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9月22日■半沢直樹■が終わった。最初から見ていたドラマで会社で「やられたら、やり返す。倍返しだ!」とドラマの真似をして遊んでいたのに・・・。_| ̄|○しかし「半沢直樹」はこのままでは終わらない終わりかただった。きっとパート2があるのだろうと私が言うと、会社の関係者は、「映画かも知れんで」という。また、ある人は「最後は頭取になる」と言う。 NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」が28日に終わった。7月頃から見始めて、すっかり「アマラー」。「あまちゃん」で、ビックリした時に使われる方言■じぇじぇじぇ■も、いつの間にか普通に使っていた。ドラマで使われていた曲はどれも秀逸。オープニング曲もいいし「暦の上ではディッセンバー」も好き。ドラマの中で歌われている「潮騒のメモリー」を最近、よく聞く。「あまちゃん」にはまりすぎていて、終わった後、がっくり来る人が多いというがそんな症状を「あまロス」というのだそうだ。私もあまロス。_| ̄|○■映画2013年9月見た映画■■きっと、うまくいく■2013.9.15■タイムスクープハンター:安土城最後の一日■2013.9.18■大統領の料理人■2013.9.23■あの頃、君を追いかけた■2013.9.23■書き残したネタ■*ジムで考えること*ザ・タイガースで好きな歌*白虎隊の歌*「君をだいて」*友人の100か日。*「とっさの方言」*消えゆく職業:「猫のしっぽカエルの手」*「最高の離婚」*湿布薬の効果*探偵!ナイトスクープ*からほり御屋敷再生複合ショップ「練」*桜*近つ飛鳥*近つ、遠つ*多肉植物*悲しみや苦しみを見つめること。*排熱エネルギー*東京駅の特別な出口*領土問題*「二年間の休暇」の難点。*土人、女性は家事をすることが好き。*キラキラネーム*和泉市の美術館*もっと緑が欲しいのだ!(駐車場)*「清貧の思想」*橋元大阪市長 *みどり学*ファーストレディ *「小石川の家」*あさぶら*小説「アーレンガート」*「北極星」*アルミ缶エコ*江戸時代、和歌山の防災意識*子供と春の花と桜・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月29日*案山子*・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.30
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■THE TIGERS 2013■のチケット、とったどー!!今年12月、京セラドーム大阪で行われるザ・タイガースのチケットをとりに28日朝10時前にチケットぴあに行ってきた。ザ・タイガースといっても今の若い人たちは知らないのでは・・・。1967年にデビューした★瞳みのる(ピー)★森本太郎(タロー)★岸部おさみ(サリー)現在は岸部一徳★加橋かつみ(トッポ)★沢田研二(ジュリー)からなる京都出身の5人グループ。1967年、デビューしてすぐ爆発的に大人気。今の嵐なんかとは比べ物にならないほどの社会現象となった伝説のグループ。1969年に加橋かつみが脱退してから★岸部シロー(シロー)が加わったが、結局1971年に解散。たった4年間だけの活動だった。その後、何回か再結成したけれど、初期のメンバー5人のうち、だれか一人欠けるのだった。けれど、44年ぶりに5人揃ってツアー。そのチケットが9月28日に発売され、その日の朝からチケットびあに並んだ私。チケットぴあに並んだのは初めて。私の前の人もザ・タイガースのコンサートに行くらしい。ザ・タイガースのメンバーも60代後半。50代~60代の人でいっぱいのコンサートになりそう。今から楽しみ♪ファンもザ・タイガースのメンバーも元気でいてもらいたい。■瞳みのるが語るザ・タイガース■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月26日*父の麦わら帽子:目次* *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.28
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私の子どもの頃、大人と幼児の使う言葉が分かれていた。大人は、きちんとした言葉を使い、子どももそれにならった。しかし、幼児は、幼児特有の言葉を使った。●べべ服のこと。(着るもの全てに使った)江戸時代から使われていたようで、たまたまつけたテレビの時代劇で使っていた言葉。当時は普段着とよそゆきがきちんと分かれていたので、いつもと違う服を着ていると「ええ、べべ着てどこ行くん?」と大人は幼児に語りかけた。●とっと鳥全般をいった。●こっこ鶏のこと。鳴き声からか。 ●てんてん手ぬぐいのこと。タオルもてんてんと言っていた。京都に■てんてん■という手ぬぐい屋さんがある。てんてんは京ことばと言っているが、全国的なものだと思う。 ●ぽんぽんおなかのこと。「ぽんぽんを冷やしたらいけん」と親たちに言われ、幼児たちは、暑い時にも、母親の作った腹掛けだけはしていた。●ぽん大便のこと。おなかが痛いというと「ぽんをしてみぃ」(トイレに行って来い)と言われ、■へんなれぽんなれ(屁になれ大便になれ)■と背中をさすってもらった。「へんなれ、、ぽんなれ??」娘が聞く。 「おまじない。『屁になれ、ウンチ(ぽん)なれ』ってね。」 「じゃあ、『へんなれ、ぽんなれ、へんなれ、ぽんなれ・・・』」と娘は言いながらおなかをさする。「へんなれ、ぽんなれ・・・」。 私が、小さい頃、おなかが痛いというと、父がそう言いながら、さすってくれた。 父もきっと小さい時、そう言われたんだろう。 父の父もきっと、そう言われたんだろう・・・。「へんなれ、ぽんなれ・・・」には、まだ続きがあると、コメントをいただきました。「へんなれ、ぽんなれ、おおばたけのこえなれ」というそうです。 「屁になれ、ポン(大便の幼児語)になれ、大畑の肥になれ」という意味。 「ポンジュース」という有名なジュースがあるが、社長が命名した時、社員は大反対だったそうだ。「ポンジュース」のポンは、日本のポンから。この他にも沢山の幼児の言葉が使われていたが、それは大人や子どもたちから暖かく守られているかのような優しい言葉だった。そして、幼児が子どもになると、自分より下の子どもたちを大切に守っていた。最近、幼児の虐待をよくテレビのニュースで耳にする。貧しかった昔、より今の方が幼児を大事の出来ないのは、なぜなのか・・・。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月26日*父の麦わら帽子:目次* ・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.26
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■あの頃、君を追いかけた:あらすじ■青春は恥と後悔と初恋で作られる。1994年、台湾中西部の町・彰化。男子高校生のコーチン(クー・チェンドン)は仲間たちとともに、しょうもないいたずらをして授業を妨害してばかりいる。業を煮やした担任の教師は優等生のチアイー(ミシェル・チェン)にコーチンの見張りをするよう頼む。当初コーチンは勉強するように言ってくるチアイーをうるさがるが、次第に気になる存在になっていく。また、チアイーも自分とは違う視点を持つコーチンを好ましく思うようになる。しかしグループ交際から抜け出せないまま別々の大学へ進学していく二人。コーチンはどうしても素直に気持ちを伝えられず、すれ違いが重なっていく。やがて社会人となりそれぞれの道を歩んでいたある日、チアイーの電話によって仲間たちが再び集まることになる……。台湾の人気作家ギデンズ・コーが、自伝的小説を自らのメガホンで映画化し、台湾・香港で記録的ヒットを叩きだした青春ラブストーリー。 作詞:阿久悠、作曲:森田公一で歌:森田公一とトップギャランのヒット曲に「青春時代」(1976年)というのがある。その歌詞がこの映画にピッタリだ。(略)青春時代が夢なんて後からほのぼの想うもの青春時代の真ん中は道に迷っているばかり(略)男子高校生のコーチンのあり余るエネルギーを、羨ましいと思うのは、大人であって、当人にとっては、どうしていいか分からない。だから、大声を出したり、くだらない悪戯をしたり、取っ組み合いをするなど、アホなことばかりをやっている。好きな女の子がいても、好きと言えず、悶々としている。この時期の男子って、自分をコントロールするのが難しいんだろうなと思う。悩みのない、いや悩みを見ないようにする工夫を大人になったら出来るのだが、高校生はできない。だからこそ、高校生時代は美しいと思う。後になって恥ずかしいと思ったり後悔したりする。青春は恥と後悔と初恋で作られる。というコピーにしびれた。 You are the Apple of my eye映画のチラシやHPに書かれていた、上の言葉。映画冒頭のシーンで主人公、コーチンが林檎をかじる。*主人公のコーチンが恋する幼馴染、チアイーは、AKB48のメンバーのような可愛いけれどどこにでもいるといったこ。しかし、コーチンは魅力的。*コーチンらの卒業式に「蛍の光」が流れた。■大統領の料理人■でも流れていて、同じ日に2回も聴いたがいい曲だ。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月25日*器歳時記:水差し* *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.25
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■大統領の料理人:あらすじ■♪音が出ます!その一皿がフランスを変えた。取材に訪れた南極基地で、オーストラリアのTVクルーが遭遇したのは一人の女性シェフだった。彼女は何者で、どこから来たのか。興味を持った取材班たちの前で、少しずつ彼女の素性が明らかになっていく……。自然豊かな田園風景が広がるフランスの片田舎。小さなレストランを営むごく普通の女性オルタンス・ラボリ(カトリーヌ・フロ)を、フランス政府公用車が迎えに来た。オルタンスが連れていかれたのはパリ中心部にあるエリゼ宮殿。彼女はミッテラン大統領(ジャン・ドルメッソン)からの直々の指名で、彼のプライベートシェフに抜擢されたのだ。ところが、官邸は独特の儀礼や規律の世界。厨房も料理を美味しくつくることは二の次で、数々の細かい約束事で縛られていた。さらには代々、男たちだけで営まれてきたシェフたちのヒエラルキーの中、オルタンスは完全に“招かれざる客”なのであった。だがそれでもオルタンスは料理のこと以外は目もくれない。 さすがグルメの国、フランス。大統領のプライベートな食事のなんと豪華なことか!大統領の住むエリゼ宮には、食事を作る料理人が数十人いる。それ以外にも、配膳や給仕係などを入れたら50人くらいはいるのではと思う。まあ、各国のトップを招いての晩餐会などがあるからそれくらいはいるのかもしれない。ちなみに■日本の首相官邸■を調べてみたら、じぇじぇじぇ!!!キッチンがない!!エリゼ宮で使う鍋は、100年以上のもの。使ったら1時間以上かけて磨いているので、みな新品のようにピカピカ。それを使う料理人たちは、皆、男で、はじめての女シェフに、戸惑っている。男にとって、プロとしてやるのは、自分たち男、女は家の中でやればいいという意識が強いのだろう。料理人は男や有利だと思う。それは、重い鍋やフライパン、食材を使う力仕事だから。それに、調理台は男性のサイズで、作られていて使いにくい。しかし、それが克服できれば、味付けに、男も女もない。大統領の料理人、オルタンス・ラボリは、以前見た映画■バベットの晩餐会■のバベットを思い出す。バベットも、オルタンス・ラボリ、優秀な女性シェフ。それに生き方が、かっこいい。この映画は、南極の女料理人となったオルタンス・ラボリと、エリゼ宮の料理人となった彼女を同時に進行していく。フランスはグルメの国。その大統領は、当然、グルメ。それは大事な要素かもしれないが、大統領たるもの、パンひとつ、ジャガイモひとつ買えない国があり、人々がいることも忘れないでもらいたい。南極で、帰っていく彼女に残る男たちが「蛍の光」で送っていた。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月23日*皇太子さんが大阪に来た訳? * ・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.23
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もったいない、めんどくさいをどうするか。せっかく減らそうとしても「処分の手段」に行き詰ると、スムーズ実行に移せない。「もったいない」と「めんどくさい」は処分の行く手を阻む。気持ちで負けないよう、建設的な対処をしよう。まず、大幅にものを見直すためには、「もったいない」を受け止めなければいけない。管理できないほどものを増やしてしまった自分を思い知って、身軽な暮らしにつなげていく。それを自覚しないと、むやみに人にあげて罪悪感をごまかしたり、もとがとれるように売りたいと欲が出たり、自己本位になりがちだ。未練を手放したところで、「気持ちよく暮らす」を目指したい。手元に残すものを選ぶには主観が大切だが、行き先を決める時には客観を心がけ、「適材適所」を考える。(ダメージキズなどがあるものは、自己責任で捨てるのが大原則。)■「身軽に暮らす」■ ◎本の寄付◎■チャリボン■チャリボンとは、株式会社バリューブックスが運営する古本のリユースを活用してNPO・NGOなどのファンドレイジング(寄付集め)をお手伝いするサイトです。ご家庭や職場で読み終わった書籍、DVDなどをお送りいただくことにより様々な分野で社会的な課題を解決しているNPO・NGOの活動の支援を行なえます。■■一般財団法人NGO時遊人■教育支援を目的に活動。ウェブサイトから申し込みの上、1000円以上の寄付金を添えて発送。古本他、文房具も。 ◎衣類の寄付◎■NPO日本救援医療センター■世界各地の難民や被災者などを対象に衣料品の寄付を行っている。ウェブサイトで品目を確認の上、発送。後日、10Kgあたり1500円以上の協力金を支払う。■新宿連絡会■ホームレスに寄付するため男性用衣料、タオルなどを集めている。ウェブサイトで募集の有無を確認の上、発送。 もったいないという気持ちを少しでも無くして物を少なくするって大変だ。捨てるって、本当に大変。だから、買う時に気をつけよう。一番上のイラストは、■今年3月に亡くなった親友■からもらったもの。私が長く着て、その後、また違う人が着ている。こういうのが理想だけれど・・・。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月21日*サルビア歳時記:9月の三箇条 *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.21
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■タイムスクープハンター:あらすじ■真実に、密着せよ。タイムワープ技術を用いて様々な時代を取材し、その時代の暮らしや営みをアーカイブすることを推進するタイムスクープ社。今回時空ジャーナリストの沢嶋雄一(要潤)が派遣された先は、本能寺の変から11日後の京都。人々に混乱と動揺が走る中取材をするうちに、沢嶋は織田家の侍・矢島権之助(時任三郎)と博多の豪商、島井宗叱(上島竜平)と出会う。優れた茶器『楢柴』を持つ島井の護衛に就く権之助を同行取材しているうちに、一行は謎の人物に襲われ、『楢柴』は滝壺へと消えてしまう。襲撃してきた人物がこの時代のものではない武器を手にしていたのを見た沢嶋は、歴史が変わらないようにするため、新人ジャーナリスト細野ヒカリ(夏帆)とともに『楢柴』奪回へ向かう。二人は奪回のために安土桃山時代からバブル期の1985年、第二次世界大戦中の1945年を経て、織田信長の居城・安土城の最後の一日にまでタイムワープする。謎に包まれたその最後の日に、一体何が起きたのか……。 タイムワープ技術を駆使し、過去のあらゆる時代へ旅し、歴史に埋もれた名もなき人々の姿を後世に残そうとする未来世界のジャーナリスト、沢嶋雄一。その活躍を描くNHKの異色ドラマが初の映画化。完成からわずか3年で焼失した織田信長の居城、安土城の消失の謎に挑む。テレビ版同様、沢嶋を要潤が演じるほか、夏帆、杏、上島竜兵らが出演。 NHKのドラマ「タイムスクープハンター」が大好きでいつも見ている。「また見てんのか?好っきやな・・・」と夫に半ばあきれられているが、そう言われるたびに「アブソリュートタイム50076(適当に)。西暦変換しますと・・・」と要潤扮する主人公の沢嶋雄一の真似をする私。好きな理由は、歴史に残らないような庶民の暮らしを残すところ。今回の映画は、有名な「本能寺の変」に始まり、「安土城焼失」という大事件がある。「本能寺の変」で死んだ織田信長のことは、何回も映画はテレビに描かれている。しかし、その時、無法地区となった京の都での庶民の暮らしは、誰も描いたことがない。だからテレビで見る度に、「へえー」と思っている。無法地区となった京の都の庶民たちは、命の危険を感じて、逃げ込んだ所はなんと御所!御所が難民のテント村?になっていたなんて、知らなかった。このドラマが好きなのは、テレビでも映画も、戦国時代の人々の喋っている言葉が当時使われていた言葉。髪形も自毛でそのため、ほつれがあり、本物っぽい。テレビでは、最初は、沢嶋雄一(要潤)だけだった。2シーズンから古橋ミナミ(杏)が本社にいて、沢嶋と時空を超えてやりとりする。映画では、古橋ミナミ(杏)の上司やトップなどなど出て来る。また、沢嶋と同行する若い女性時空ジャーナリストが出てきたり、悪い時空ジャーナリストが出てくるなど目新しさ満点。時代も、戦国時代から1980年代、1945年そしてまた戦国時代と映画ならではのサービス。■HP■では、タイムスクープ社の会社概要などでていて、本部所在地はN012W554E386S01636(Absolute Position)設立E2845239年263時534分(Absolute Time)なのだそうだ。■また、時空ジャーナリスト沢嶋雄一と要潤は■知りあいで対談までしている。( ̄m ̄*)・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月19日*少年時代:昭和の少年像 * *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.19
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■きっと、うまくいく:あらすじ■♪音が出ます!舞台は日の出の勢いで躍進するインドの未来を担うエリート軍団を輩出する、超難関理系大学ICE。 未来のエンジニアを目指す若き天才が競い合うキャンパスで型破りな自由人のランチョー、 機械よりも動物が大好きなファラン、なんでも神頼みの苦学生ラジューの「三バカトリオ」が、鬼学長を激怒させるハチャメチャ珍騒動を巻き起こす。 彼らの合言葉は「きっとうまくいく!!」 抱腹絶倒の学園コメディに見せかけつつ、行方不明になったランチョー探す旅に出かけた。 騒動を描きながら、行方不明になったランチョーを探すミステリー仕立ての10年後が同時進行。その根底に流れているのは、学歴競争が過熱するインドの教育問題に一石を投じて、真に「今を生きる」ことの素晴らしさを問いかける万国共通普遍のテーマなのだ。の物語が同時進行で描かれる。インドで興行収入歴代ナンバーワンを記録する大ヒットとなったコメディドラマ。 この映画を見たのは■5月26日■、■6月26日■、そして今回と3度目。3回見た映画って、そうはない。それほど、気にいっている。3回も行ったのには、このように、笑いと涙の映画は、ひとりでみるより映画館で皆と共有したいという気持ちもある。■ストーリーの豊さや脚本・構成の緻密さのほか■、劇中で主人公たちが直面する社会的背景が日本と重なることを指摘し、「貧構層の生活にシーンにジンとくる年齢の人も来ていると思うし、高度成長期の後の学歴社会の重圧に苦しめられてきた世代も来ていると思う。あらゆる層にぶつかるようにできていると思う」と分析した。同作は真の友情や幸せな生き方、競争社会への風刺を描いたヒューマン・ストーリー。インドのエリート大学で友人たちと青春を謳歌(おうか)していた主人公が突然姿を消した謎と理由を、10年という年月を交錯させながら、抱腹絶倒のユーモアとストレートな感動を交えて解き明かしていく。大学生活を映画いた青春グラフティ映画として、広く世界に通用する普遍性を持っている映画だから、他の国でもリメイクされるそうだ。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月16日** *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.16
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このブログは どこにでもある材料で、できるだけ安く、誰にでもできる料理を載せていきたいので◆大さじ1杯の生クリーム◆卵黄5個分◆ローリエ、バルサミコ酢、渡り蟹、ワインビネガー、備中ぐわ、千歯こき・・・・なんかは使いません。 という( ̄m ̄*)な書きだしで始まる■含み笑いのカフェごはん■という私の大好きなブログがある。料理ブログだけれど、普通のネタも書いていて、私は料理よりこっちの方が好き。 9 月7日は「昔の曲の方がよかった、ということについて」。このブログの主、20代の山本ゆりさんの昔の曲って、1990年代のこと。80年代のアイドルが、歌っていた歌なら、私も知っているけど、90年代は、知らないわ。1970年代後半産まれの2人の娘たちは、ドンピシャなのかも。私にとっての、昔の歌の方がよかったというのは、1960年代、1970年代。ネットのない時代だから、外国のことがよく分からなかったけれど、あの頃って世界中で素敵な曲が流れていたような気がする。そして、21世紀に歌いつがれている。 たとえば、何度もリメイクされた■ウォーターボーイズ。■21世紀になってから作られた映画だけれど、この映画には、60年代、70年代の曲が出て来くるが古さを感じさせない。♪「ウォーターボーイズで流れる曲♪♪ザ・ベンチヤーズ「ダイヤモンドヘッド」('65)♪シルビー・バルタンの「あなたのとりこ」('68) 男のシンクロには、何故かフレンチポップスが似合う!1972年デビュー以来日本のジャクソン5として70年代J-POP界をリードした♪フィンガー5の1974年リリース、ベストソング・オブ・J-POP「学園天国」(作詞 阿久悠/作曲・編曲 井上忠夫)で最高潮に達します。 ♪青江三奈の「伊勢佐木町ブルース*1968年*」は昨年の川越高校水泳部の本家シンクロでも使われた人気ナンバー。 選曲のテーマは、世代を超えて永遠に愛されるポップミュージックのクラシックス。 テレビ版のウォーターボーイズでは、♪シュガー・ベイビー・ラヴ 1974年♪シェリーに口づけ 1971年♪狙いうち 1973年とどれもこれも名曲ばかり。この他にも1967年の映画「卒業」の音楽はサイモンとガーファンクルで、彼らのデビューは1964年。彼らの「サウンド・オブ・サイレンス」や「スカボロフェア」、「明日に架ける橋」、「コンドルは飛んで行く」はあまりにも有名。ビートルズが活躍したのは1960年代で私は高校生だった。60年代、70年代に青春時代を送ってよかったと思える曲ばかりだ。■ザ・タイガース■のデビューも1967年。これらの曲を聞くと、若かりし頃の思い出が浮かんでくる。どこで聞いたのか忘れたがこんな言葉がある。もし、タイムマシーン的なものがあれば『うた』はそれに近いですね。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月12日*芋名月* *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.12
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◎2020年「東京五輪」に決定◎2013.9.8 05:20 [2020年夏季五輪] 2020年夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会は7日(日本時間8日)、ブエノスアイレスで行われ、開催都市に東京を選んだ。東京は決選投票でイスタンブールを破り、1964年以来2度目となる開催を決めた。マドリードは1回目の投票でイスタンブールと同票となり、最下位を決める投票で落選した。日本での五輪は72年札幌、98年長野の冬季五輪と合わせ4度目の開催となる。 朝、起きたら2020年のオリンピック開催地に東京が決まったと大騒ぎだった。今から50年前の1964年東京大会は、国民がもろ手を挙げて大喜びという風潮だったかもしれないが、今回は、複雑な気持ちだ。福島の原発の汚染水は、いまだ解決ならず。この夏だけでも竜巻や大雨という気象災害が大きく報道された。東京五輪のニュースに、ここ数年、公共事業が見直されハコモノが作れなかった企業は大喜びするだろう。なにか国家的なイベントがあれば、誰にも文句を言わせないで、儲けることができるから・・・。たった数日の国体のために、■市街地に残る一万坪の里山が潰されて以来■私は、国体が大嫌い。オリンピックは、国体の世界版。まだ行ったことがないけれど、いつか行こうと思っていた、私の大好きな■北京のふうとん■も北京オリンピックで大幅に少なくなった。大切な緑を残したいとか、大切な街並みを残したいという市民の気持ちや運動も、「オリンピック」という錦の御旗のもと壊されていくのは、悲しい。 そんな、複雑な気持ちをなんとか、納得できたのは、「自ら考え、語る知的アスリート」、為末大氏の言葉だった。「東京オリンピック2020」をどんな大会にしたいかという司会者の言葉に他のアスリートたちは、「絆」とか「あたたかい」など手垢まみれのコメントをしていた。そんな中、為末氏のキーワードは「パラリンピック」だった。そのこころは、高齢化の進む日本。今の東京は、1964年に作られたものが基準となっている。あれから半世紀、高齢化が進み、50年前の街では住みにくくなっている。もし、インフラを整備するなら、オリンピックが終わった後も、高齢者が使いやすいような街づくりをと言っていた。さすが、「走る哲学者・為末大」。私もどんな街づくりがいいか考えてみた。*今の車社会の街から公共交通の便利は街に。老人になると車が運転できなくなり、出来ても事故をしやすくなる。公共交通が安く便利になって欲しい。*街並みが美しい街に。老人の健康方は散歩。ビルの色や高さを揃えるなど歩いて、楽しい街に。*省エネの街に。ネオンサインの煌めく、24時間眠らない街よりも、エスカレーターやエレベーターに電力を使うべき。*公園のある街に。街歩きと共に、公園も散歩に最適な場所。また、災害時などのためにも必要。*水と緑を大切にした街に。使いすぎのエネルギーを抑えて、水や緑を増やすことが気温上昇を止めるたったひとつの鍵。などなど、沢山希望があるが、地球と人に優しい街づくりをオリンピックという錦の御旗のもとにやって欲しいものだ。■為末大語録■◎例えばパラリンピックを中心に都市を計画できないか。パラリンピアンを想定した町づくりはバリアフリーとなり少子高齢化に適応する事にならないか。日本の後を追って世界中が高齢化する中で、右肩上がりの若い国ではない国が五輪を行う際のモデルにはならないか。◎五輪自体の感動も価値も十分にわかった上で、僕は敢えて五輪が終わった後50年、何の価値が残るのかを問うてみたい。50年前にできたインフラは今も東京の中心になっている。2060年に向けて何を残すのかという視点も、あっていいのではないかと思う。ふうとん■胡同(フートン)とは明代から続く北京の街並を構成していた庶民の住宅街そのものである。700年近く続いてきたその親しみやすい路地と中庭を囲む平屋住宅群は、今や中国を席巻する再開発と経済発展の荒波に飲まれて容赦なく取り壊されている。代々続いてきた人々の繋がりは分断され、日常生活のリズムは破壊される。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月8日*なーるほど・ザ・大阪♪:大阪の地名 * *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.08
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整理整頓が好きなのか終活を意識しているのか分からないけれど、「身軽」や「シンプル」という言葉に弱い私。本屋でタイトルを見て、買った。また物が増えたが、この本を読んで気持ちは整理できた。内容は、身軽に暮らす もの・家・仕事、40代からの整理術。身軽でいれば、いつでもあたらしいことがはじめられる。大人の転機と身軽の実戦。1 吉本由美ー60代 故郷に帰る「友達と別れるのはさみしいけど、自由になりたい気持ちのほうが強かった」2 山中とみこー50代 最後のリフォーム「住まいに満足していれば幸せと思える」3 大久保紀一郎・大久保美津子ー40代 自分の店を持つ「定年まで待っていたら、できなかった」7内藤三重子ー70代 同居で暮らす「たのしいことに目を向ける 変化をどう受け入れるかは自分の責任」 ほか)2 ヒント集 身軽に暮らす実践(たのしく持つ/気持ち良く減らす/最期を考える) 吉本由美さんは、私と同世代で雑誌でスタイリストとして活躍していた。可愛らしくて文章も上手くてといつも思っていたが、なんと40代でスタイリストは卒業していた。その後、文筆業で生活していたのだが、数年前から故郷に帰っていたのだ。■天然生活:本棚は親友■を読んだ時は、このことを、まだ知らなかった。吉本氏は「列車三昧日本のはしっこに行ってみた 」という本を書いているが、自ら日本の真ん中からはしっこに住まいを変えたのだ。彼女ほどのキャリアがあれば、東京にいれば有能で素敵な友人が沢山いただろう。彼女が東京を去る時に一番悲しかったのは、そんな友人との別れだっただろう。しかし、東京での別れがあれば、熊本での出会いがある。素敵に生きる吉本由美さんなら、どこでも楽しく生きられるという見本をみたようだ。私は結婚して40年近くになるが、引っ越しは3回。この近くをウロウロしている。現在の家の落ち着いて、はや25年以上になるが、体が不自由になったら、マンションに引っ越したいと、ぼんやりと思っている。しかし、体が不自由になってからでは、引っ越しは無理かも。せめて、小さな変化をと、大幅に植木鉢の整理をし、近々、畳を替える予定。私のように、両手にモノを持って捨てるものを惜しんでいては、新しいモノが手に入らないのだなと吉本氏の生き方を見て思う。■吉本由美HPとプロフィール■1948年熊本市生まれ。作家・エッセイストセツ・モードセミナー卒業。「スクリーン」編集部、大橋歩さんのアシスタントを経て雑誌の世界へ。「アンアン」「クロワッサン」「オリーブ」などの女性誌でフリーランスのライターおよびインテリア・スタイリストとして活動後、執筆業に専念。近著に「キミに会いたい 動物園と水族館を巡る旅」「するめ映画館」「みちくさの名前。」ほか、著書多数。2011年3月、憬れの地方都市暮らしを実践するため44年間暮らした東京から脱出し、熊本暮らしを再起動。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月5日*お婆さんの知恵袋:*てんぷら油に梅干* *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.05
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NHKの大河ドラマ■八重の桜■を見ている。舞台は会津から京都に移ったのに、今さら「さすけねぇ」という会津の言葉って言われるかもと思いながらも書かずにはいられないタチで・・・。「さすけねぇ」は大丈夫という意味。なにか事件が起きると母「さすけねぇか?」娘「さすけねぇ」という風に・・・。で、さすけねぇの語源は。「さしつかえない」ではないだろうか?東北弁は、「す」と「し」がよくおかしくなる。また、「ない」が「ねぇ」と変化する地方は東北だけでなくよくあることだ。そこで「さしつかえない」↓「さすつかえねぇ」↓「さすけねぇ」と変化したのではないかというのが私の考えだ。本当の所はどうなのだろう?所で最近、竜巻だの大雨だの日本は大荒れだ。「さすけねぇか?」■あまちゃんも見てます。(*^ー゚)b■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月4日*里山の歌:われは海の子 *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.04
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地神(じちん)様。和気の集落では、春、秋の二度ある社日(3月30日前後と9月20日前後)に「少名彦命(すくなひこのみこと)」を祀る小祠、あるいは石塚では地神様のお祭りとして、村の各戸から白米3合宛集め、社日の当日「五目飯の握り飯」を砲弾型に握り固めて地神(じちん)様に供え、家内安全と豊穣を祈願し、その後で村中の者たちで会食します。この日は農作業をしてはならない、その禁を犯せば罰が当たるという伝承があった。「ふるさと和気」より。 この季節に、「おひまち」という集まりがあって、父はよくいそいそと出かけていった。 近所の人が少しずつ、米を持ち寄って、当番の家の集まる。 当番の家は、持ち寄られた米と、油揚げやコンニャク、山から採って来たマツタケなどを入れて炊く、炊き込み御飯を振舞う。その炊き込み御飯のことを「かきまぜ」と言った。 当時は、普段には、麦飯を食べていた。 子どもの私は気が付かなかったけれど、麦飯さえも無かった時があったという。そんな訳で、私の子どもの頃は、かきまぜは、ごちそうだった。その上、少しばかりのお酒もつく。だから、父は、いそいそと出かけて行った。 「しかし、世の中には悪い奴がいるもんじゃ」と父は言った。 当番に当たった家がケチで、持ち寄った米を、くすねたいた。 「じゃあから、あの家の、かきまぜは、じるかった(柔らかかった)。」それ以来、みんな、その家の主人に「カキマゼ」というあだ名を進呈した。 父の友人の呼び名は、面白いが、この「カキマゼ」は、この時期になると、思い出す。■おひまち■は各地で行われていたようだ。「ふるさと和気」は、私の故郷が発行したもの。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2013年9月1日*月遅れの八朔(はっさく) *・・・・・・・・・・・・・・
2013.09.01
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