プロローグ的なもの

プロローグ的なもの


 おれは神の存在を信じていない。
 天国も地獄も、天使も悪魔も、超能力も幽霊も異星人も信じていない。
 それでも、なぜおれが助かったのか、なぜあの光景を目の当たりにさせられたのかについては、未だに答えが出ていない。

 それは、おれが8歳だったある晩のこと。
 おれは夜中にトイレに起きるということがほとんど無い子供だったけど、その晩は違った。
 まだ寒い季節じゃなかったから、寝ぼけながら起きて窓の外を見た。平凡な住宅街が平穏に寝静まっていた。
 トイレで用を足し、体を震わせてから流して、部屋に戻った。
 ベッドにもぐり込み、まどろもうとした時、なんとなく窓の外を眺めると、隣の家に何かが落ちてくるのが見えた。
 何かの決定的な瞬間には時間がスローモーションで流れるって言うだろ?たぶん、それだと思う。
 何かが隣の家に落ちてきて、そのまま家の半分近くをへずり取った。
 ものすごい音がして、いろんな物が飛び散って、自分の部屋の窓ガラスも割れた。きっとそれだけじゃ済んでないのは子供心にも想像できた。
 最初のと同じくらいの衝撃音が何回もしてから、両親がおれの部屋に上がってきて、おれの姿を見て安心してたけど、外を見て真っ青になってた。
 慌ててた両親が割れたガラスで足の裏を(ちょっぴり)切ったとかはあったけど、家族は皆無事だった。
 外はもうサイレンが鳴り響いてて、人が大勢通りに飛び出してて、すごい騒ぎになっていた。
 父親だけが隣の様子を見に外に飛び出していったけど、なかなか戻っては来なかった。
 外の通りにはパトカーとか消防車とか救急車とかがわんさと来た。
 母親がつけたテレビで、北朝鮮というところの独裁政権が崩壊して、それでミサイルがたくさん飛んできたのだと説明されていた。

 その夜はそのまま学校に避難させられて、家に帰れたのは次の日の昼間だった。
 明るい所で見た隣の家は、半分近くが吹き飛んでいたけど、青いビニールシートに囲まれてて中は見えなかった。
 周りにたくさんいた人達の話で、隣に住んでいたおばさんとその赤ちゃんが死んでしまったと聞いた。
 その次の日には、両親につれられて、お葬式に参列させられた。棺桶は閉まっていて、二人の姿は見れなかったけど、大きいのと小さいのが並んでいる姿は何か悲しかった。
 それからしばらくしても、家は直されなかったし、他の誰も引っ越してこなかった。何ヶ月かすると、誰も見てない時に入り込むこともできるようになった。
 隣の家を削ってできた深い穴の真ん中は、自分の部屋からほんとに近かった。小学校の教室の端から端くらいしか離れていなかった。
 壊れたままの家を見る度に、もしかしたら死んでいたのは自分だったかも知れないって怖くなった。
 自分の部屋が削れて、自分の体も削られて死ぬ夢も何度も見た。
 だから、一年くらいしてようやく更地になって、それから一年くらいして新しい家が建ち他の家族が引っ越してきて、ようやく安心できた。

 そこはもう自分が知っていた隣の家でもないし、自分が知っていた隣の家族でもなかったから。





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