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浜辺にて
浜辺にて:二人の馴れ初め
(語り部:瑞姫)
今でもはっきり覚えている。
あれは2013年7月。
マミー(母)がお勤めしてるワジマってところに初めて行った夏のこと。
マミーは去年にミサイルが飛んできたから、私が来ることに反対してたけど、押しきった。
ダディー(父)も遠く離れた場所で死んじゃったのに、マミーも同じことをするの?、と。
最後にはジジとババの力も借りた。
空港でひさしぶりに合ったマミーは、苦笑いしてたけど、すっごく強くハグしてくれた。
休暇日に合わせて行ったから、その日はレストランで食事して、海に行って(沖縄に比べて冷たかったけど)、お買い物に行ってお洋服買ってもらって、夜更かししておしゃべりして、すごく楽しかった。
次の日からは、地図を片手にあちこちを探検した。マミーが転属する度の楽しみだった。
昼間は図書館で夏休みの宿題をしたり本を読んだり、あちこちの海水浴場に行ったりしながら過ごして、マミーの夕食の時間に合わせて帰った。
マミーのお休みの日にはまた二人でお出かけして一日中二人で過ごして、その二度目のお出かけの翌日のことだった。
市街地からちょっと離れた海岸線沿いの道路を流してて、しばらく林が続いていた。またしばらくすると人家とかが集まってる海水浴場があって、そこにはもう何回か行っていた。
私はふと閃いてとって返し、さっきの林の切れ目をさがして自転車を止めて、海の方へと歩いていってみた。私有林につき立ち入りを何とかって看板もあったけど気にしなかった。
何分か歩くと、そこは両側がちょっとした崖になってた隠れ砂浜になっていた。
「すてき、プライベート・ビーチね!」
私は服を脱ぎながら駆けだして、海に飛び込んだ。入ってすぐ足がつかないほど深くなっていたけど気にしなかった。
しばらく泳いでから砂浜に戻ると、放り出した荷物とか服が消えていた。
ホワッツ!?、と首をかしげた。
周りには誰もいなかった筈だし、今も誰も見えなかった。
服があった筈の場所を良く見ると、木の枝で小さな矢印が作られてた。その矢印に従って林の際まで行くと、別の矢印があって、そんな風に何回か矢印を辿っていくと、片方の崖の上に出て、そこに服や荷物が置いてあった。
私は警戒しながらもとりあえずタオルで体を拭いて、辺りを見回して言った。
「誰か、いるの?」
「静かにしろよ。そろそろ見回りが来るんだ」
ほんの2、3メートル先から声がした。
自分と同じくらいの年の子だとわかって少し安心して、そちらに歩いていくと、少年が木の幹に背を預けて座っていた。
黒髪の、ごく普通の日本人の少年。そう思ったけれど、風に吹かれた前髪の下には傷跡が見えた。
「あなた、その傷どうしたの?」
「・・・窓ガラスで切っただけだ」
「そう。それで、見回りって?」
「林の入り口に看板があったろ?日に2回くらいは見回りが来るんだ。見つかると面倒なことになる」
「私はまだ子供だし、夏の間来てるだけだから、見つかっても怒られるくらいですむわ」
「おれは地元でここは重宝してる場所なんだ。見回りが厳しくなったりすると困る」
「ちょーほー?」
「大事な場所ってことだ」
そんな話をしてたら、本当に60過ぎくらいのおじさんが砂浜の入り口まで来て、誰もいないのを確認すると去っていった。
「あ、でも私の自転車!」
「もう隠してある」
「ずいぶん用意周到なのね」
そいつは携帯音楽プレイヤーを取り出して、ヘッドフォンを耳に押し込みながら言った。
「今のが午後の見回りだから、今日はもう来ない。日が落ちるくらいまでは泳いでても大丈夫だけど、溺れるなよ。あとが面倒になる」
そいつは足下に隠していた教科書やノートみたいのを何冊も地面に広げ始めた。
「私の自転車は?」
「さっきみたく小さな矢印でわかるようにしてある。わかったらもう行けよ」
何となくかちんと来た私は、そいつから離れずに側に座り込んだ。
「これ、日本語と英語ね。こっちは中国語かな。それでこれは?」
「さわるな!」
テキストを取り上げようとした手を思い切り払われていた。どこかで見覚えはあったのだけど、それがどの言語かは思い当たらなかった。
「とっとと泳ぎにでもどこへでも行けよ!」
私はますます興味を持った。自分も英語と日本語の両方は勉強していたから。
「子供で4つも勉強してるなんて、すごくない?」
ほめられてそいつは照れたけど、さっき隠したテキストはまだ見せてもらえなかった。
「私はダディーがアメリカの兵隊さん。マミーが自衛隊の兵隊、じえーかん、って言うんだっけ。だから両方話せるの。
ダディーはアフガンてとこで死んじゃったけど、沖縄の基地のあるとことかで住んでるから、英語であれば教えてあげられるんじゃないかな?」
そいつは、わずかばかりの関心を示した。
「おれは、死んだばあちゃんが通訳の仕事やってたんだ。両親は共働きだから、ほとんどおばあちゃんに育てられて、その間にいろんなことを教わったんだ」
「へ~。4つも通訳できるなんてすごいね!日本人だったの?」
「うん。れっきとした日本人だよ」
「れっきとした?」
「ちゃんとした、っていうか、ああ、面倒だな」
そいつは日英辞典をめくっていき、該当するような単語を探して見せてきた。lawfullとかregitimateとか、そんな言葉だった。
「すごいね。もうそんな言葉まで」
「ばあちゃんがいつも言ってたんだ。子供の頃に覚えちゃえば後は苦労しなくなるって」
「うん。まぁそうだろうね。私にもハーフの子供の友達はたくさんいるけど、両親が両方の言葉教えてる子はみんな両方話せるよ。読み書きまではともかくとしてね」
「それで、お前も、日本人だっていうんだな?」
「しつれーね!私もれっきとした日本人よ!」
そいつはただ笑った。見た目が完全に白人な私としては珍しい質問じゃなかったけど、なんかが今までとは違っていた。
「それで、あなたは泳がないの?」
「今日はもう泳いだ。あとは帰り際に少し泳ぐだけだ」
「ふぅん。でも、なんでこんなところで勉強してるの?家でもできるんじゃないの?」
「さぁな。ここのが眺めいいし、すぐ泳げるし、それでいいじゃんか」
そいつの表情は、それだけじゃなさそうだった。私はついいたずらしたくなって、そいつが耳にはめてたイヤホンを抜き取って自分の耳にはめてみた。
それは日本語でも英語でも中国語でもない言葉だった。どこかで確かに聞いた覚えはあるけど、これって・・・?
思い当たる前にイヤホンは取り上げられてしまっていた。
少年は怒ったふうに荷物をかばんに放り込み、立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!どうしてそんなに怒るの?」
そいつは立ち止まろうとしなかったので、私は悲鳴を上げた。
きゃーーーーーーーーーっ、という絶叫に、さすがにそいつもぎょっとして振り返った。
「言う事聞かないと、明日にでもあなたの居場所を見回りに来る人にばらすわよ?」
「お前、最悪だな。隠れ場所はまだある」
「待ちなさいよ。そうね、これを見なさい!」
私はマミーから渡されている携帯電話をかざした。
「GPS付きのこの携帯でエマージェンシー(緊急)・ボタンを押せば、マミーには私に何かあったことが伝わるわよ?そしたら私はあなたに乱暴されたとかあることないこと言いつけてやるんだから」
そいつはあきらめたようにかぶりをふって戻ってきた。
「お前、最低だよ。最初から放っておくんだった」
「私に関わったのが運の尽きね。私はね、シシ。宍戸瑞姫(ししどみずき)」
そういって手を差し出した。
「おれはタイガ。大賀光希(たいがみつき)だ」
私はおかしくなって吹き出した。
「タイガーで、ミッキー?あはは、おっかしいの」
そいつはまた怒って歩きだそうとしたので、さっと荷物を取り上げてさっき大賀が座っていた木の幹まで戻った。
「お前なぁ。携帯ごと崖から突き落としてやろうか?」
「残念でした。携帯からの電波が途絶えたりしたら、きっとマミーはお仲間従えて飛んでくるわよ?マミーはここのレーダーサイトの警務隊なの」
タイガーの動きが止まった。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ・・・」
「話しなさいよ」
「泳いでくる。荷物はさっきの場所に戻しておいてくれればいい」
「ちょっと!?」
だけど大賀はぱっぱと服を脱ぐと海パン姿になって、助走をつけると、崖の上から飛び降りていった。
私は慌てて荷物を放り出してその後を追って崖の下をのぞき込んで見たら、ちょうど水しぶきが上がって、大賀が海面から頭を出していた。
私は負けるもんかと意地になって、さっきの大賀と同じくらい助走距離を取って、思い切り崖から飛び出してみた。
空の青と海の青が一瞬で交わって、下の方で慌てて大賀が脇へとよけようとしてるのが見えた。
派手な水しぶきが上がって、真っ青な水中に落ち、海面へと頭を出すと、大賀が呆れていた。
「危なっかしいやつだな。お前は」
「ちゃんと名前で呼んで」
「シシド?ミズキ?」
「ミズキって呼んで。私はあなたのこと、ミッキーって呼ぶから」
「ややこしくないか?」
「そういうのもたまにはいいんじゃない?」
二人の目があって、二人ともくすくすと、次第に大声で笑いあって、その日は暗くなるまで泳いで、帰ることにした。自転車の隠し場所も教わった。
その晩はマミーにミッキーのことをずっとしゃべってた。マミーも友達ができたんだねって喜んでくれた。
次の日からは、マミーとのお出かけの日以外は、大賀の所に行って、宿題も手伝ってもらったりした。お礼に英会話とかを教えてあげたりした。発音とかイントネーションくらいしか教えることはなかったけど。
4つめの言葉は、ハングルだって教えてもらえたけど、どうしてあんなに隠そうとしたのか、理由は教えてもらえなかった。マミーに訊いたら、訊かないでおいてあげなさいって言われた。納得がいかなかったけど、訊こうとする度にミッキーが不機嫌になるから、私もそっとしておいてあげることにした。
会ってからしばらくして、何度もせがんでから、ようやくミッキーの家の場所も教えてもらった。
狭い通りを挟んだすぐ隣の家が、半分くらい壊れて青いシートで囲まれていた。
理由を訊くと大賀は暗い顔で答えた。
私のマミーが知っているって。
その日は、大賀の家にはあげてもらえなかった。
私はその晩、マミーに訊いてみた。そしたらマミーは真っ青になって、私の行動記録を自分の携帯で表示させて、その地図の1カ所を指でさして、ここ?、って訊いてきた。
私は何も考えずに、うん、て答えた。
マミーは考えごとがあるからって、その日は早く寝るように言いつけられてしまった。
ミッキーもマミーも両方とも様子がおかしかったので、私は次の日、いつもの場所に行く前に図書館に寄って、インターネットで調べてみた。そこの地図情報から何かヒットするかなって。
そして、それはすぐに見つかった。
いろんなことのパズルが組み合わさった気がした。
私もどうしたらいいかわからなくなったけど、夕方になってからいつもの海岸へ行った。大賀はもう帰ろうとしてるところだった。
「遅かったな。おれはもう帰るぞ?」
「ちょっとだけ、お話しできない?」
私は返事を待たないで、大賀の手首をつかんで、いつも飛び込む崖の縁まで歩いていって、そこに並んで座った。
夕日がもう水平線にさしかかっていた。
「その額の傷って、その時のものなの?」
「そうだよ」
「そうなんだ。ふぅん・・・」
「それで、話は終わりか?」
「うん。とりあえず聞きたいことは聞けたから。あとは、大賀が話したいことがあれば聞くよ」
「今はとりあえず、まだ、いい」
「じゃ、暗くなるから、帰ろっか」
私は先に立ち上がって、手を差し出した。大賀は私の手を取って立ち上がりながら言った。
「お前、いつまでいるんだ?」
「夏の終わりだから、あと2、3週間くらいかな」
「じゃあ帰る前にさ、花火しようよ」
「いいね、それ!」
もう暗くなりかけていた海を背に、二人は指切りして、それぞれの家族の元へと帰った。
マミーには、大賀から聞いた事を話した。マミーも、大賀の事は知っていたらしい。個人的にお見舞いに行くことは禁じられていたから、時々休みの日にあの青いシートで囲まれた家の前にお花を持っていき、そこで大賀らしき少年の姿も何度か見ていたらしい。
マミーには、花火の件も話した。一緒に行ってくれると約束した。
そして、私が沖縄へと帰る前の晩、一緒に行く筈だったマミーは、同僚の人が病気になった関係でシフトを代わらなくてはいけなくなってしまった。
あまり遅くならないように釘を刺されて、私はいつもより遅い時間に海岸へと出かけた。
大賀は、いつもの崖の上で待っていた。たくさんの花火が入った袋やバケツもそろっていた。
「準備万端だね」
「暗くなってから始めようか」
「うん」
二人して崖の縁に腰掛けて夕日が沈むのを見送ってしばらくしてから、花火とかを持って砂浜へと降りて行った。
それからはなるべく時間をかけて、いろんな花火を楽しんだ。親がその場にいれば怒られたろう火をつけたねずみ花火を投げあったり、ロケット花火での決闘ごっこをしたりした。
それでもだんだんと買ってきた花火は残り少なくなって、あとは一番大きな打ち上げ花火と線香花火を残すだけになっていた。
もう、月が夜空に昇り始めて、砂浜を銀色に照らし始めていた。
残り少なくなった花火を前にして、どちらからともなく黙り込んでしまうと、遠くから車の止まる音が聞こえてきた。
私と大賀は慌てていつもの崖の方へと駆けだした。何とか林の際までたどり着くと、中年くらいの男性が3人ほど砂浜に現れた。
3人は打ち捨てられた花火を見て、周囲に誰かいるのか見回していたけど、その話し声は日本語ではなかった。
「もうちょっと奥に隠れよう」
そう大賀に言われて、いつもの崖の方へ、だけど3人の声がぎりぎり聞こえるくらいの位置へと移動した。
3人は手分けして砂浜全体や林の際の捜索を終えると、懐から赤いライトを取り出して、沖合の方へと何回か点滅させた。別の男が携帯を取り出して何かを話していたけど、今度はさっきとは違う言葉だった。
「大賀、どうする?」
「あいつら、中国人だ。何か呼び寄せるつもりらしいけど」
「何を?」
「ついてきて」
大賀に手を引かれるまま崖の上まで行くと、はるか沖合から粗末な船が近づいてくるのが見えた。
「難民船、かな」
「ね、どうする?」
ボートはすでにはっきりと見える距離まで近づいてきていて、甲板にはぎっしりと隙間無く30人くらいが詰め込まれていた。
「警察に通報かな」
「うん、わかった!」
と、その時、唐突に携帯の着信音が鳴ってしまった。
大した音量でもない筈が、静まり返った砂浜中に響きわたってしまい、遠目にも男達が動揺して、二人がこちらへ向かってこようとするのが見えた。
慌ててしまい、携帯にも出れないでいると、大賀から携帯を取り上げられた。
「どれがエマージェンシー・ボタンだ?」
「その、あの、上の、まずロックを・・・」
まともに説明できないでいると、大賀はそのまま携帯を海に向かって投げ捨ててしまった。
「何するのよ!」
「電波が届かなくなったら、それでも用は足りるんだろう?」
「そそそうかもだけど、それでこれからどうするのよ?」
大賀は周囲を見渡して、いつも寄りかかっていた木を指さして言った。
「木登りできるか?」
「へ?」
「夜になると潮が引くから、ここからは飛び込めないんだ。とっとと早く登れ!」
大賀が手をついて自分の背中をあごで指し示した。
私は大賀の背中から最初の木の枝に手をかけて、とにかく上へ上へと急いだ。
「何してるのよ、あなたも早く!」
「いや。もう黙ってろ」
何か言い返そうとしたら、もう男達が近づいてくる音が聞こえた。
大賀はわざと木から離れて、見えやすいだろう崖へと移動した。
男達は大賀を見つけると、脅してきた。
「坊や。さっきの携帯の音は、お前か?」
「うん、そうだよ」
「携帯はどうした?」
「慌ててたんで、ここから落としちゃった」
「電話をかけてきた相手は?」
ここで大賀は少しだけ考えて、答えた。
「親だよ。早く帰って来なさいって」
「そうか、そうだな。早く帰れ。お前はここで何も見なかった。そうだな?」
「うん、そうだね。それじゃ」
大賀は男達とすれ違って通り過ぎようとしたけど、肩を掴まれてしまった。
男達はそのまま、たぶん中国語で何かを会話し、砂浜に残っていた男とも携帯で相談して、大賀を引き連れていなくなってしまった。
3人の姿が完全に見えなくなって物音もしなくなってから、私は木から降りて、考えた。
携帯は無い。マミーはいつ来るかわからない。ふと木の根本を見ると、最後に取っておいた線香花火と打ち上げ花火が転がっていた。
私はポケットにしまっていたライターの感触を確かめて、花火を手に砂浜の方へと静かに近づいていった。
大賀が何事も無く解放されそうなら、おとなしく隠れてばいい。しかしそうでないなら、私は大賀を守らなくてはいけなかった。私はソルジャーの父母から生まれたのだから。私も誰かを守るために生まれてきたのだと思っていた。そう行動する時が来たのだと思って、少しだけわくわくドキドキし始めた。
砂浜には、男達が3人揃い、大賀を取り囲んでいたけど、何を話しているのかはわからなかった。
ボートはもう目の前まで来ていた。甲板にいる人達の話し声は、あの4番目の言葉だということはわかった。
あの男達が映画に出てくるような悪者だったら、きっとピストルを持っているに違いない。花火だけで抵抗できるとも思えなかったけど、もし大賀がピンチに陥ったら、やるしかない。
そう覚悟を決めた時、男達が懐に手を入れて何かを、そう、見間違いようもなく、あれは・・・!
迷わず打ち上げ花火の導火線にライターを近づけようとしたところで、唐突に背後から口をふさがれて、体を抱きすくめられた。
もう一人いた!?
パニックになりながら、叫ぼうにも叫べない。そんな私の目の前で、男の一人がピストルを大賀の額に突きつけていた。
泣きそうな私に、背後の人物が声をかけてきた。
「落ち着きなさい、瑞姫。ここは私が何とかするから、あなたが持ってる花火とライターを私に渡して。もう警察にも通報してあるから。私が手を離しても、泣いたり叫んだりしないでね。そしたら3人とも助からないわ。わかったら、3回うなずいて」
私は勢い良く何回もうなずいた。マミーはちょっと間を置いてから片手を離して、自分の携帯で誰かに連絡していた。
「瑞姫、あなたはこの携帯を持って、どこか見つからない場所から状況を相手に伝えて。いいわね?」
「ママ、ママはどうするの?」
「今ここにいるのはあなたのママじゃなくて、守るべき人を守るための人なの。言うことを聞ける?」
マミーに威圧されたのなんて、初めての経験だった。何も言い返せる雰囲気じゃなかった。
私はただうなずいて、すぐには見つからないだろう場所へと移動した。
マミーは足下に何かの仕掛けをしてから、砂浜へと歩きだした。
「その子を放しなさい。もう警察には通報済みです」
大賀を取り囲んでいた男達3人は、突然の乱入者に驚いて、銃口をマミーに向けた。船から降り始めていた人達も動きを止めていた。
「今ならまだ罪は軽い。その拳銃は海に投げ捨てれば見なかったことにしましょう。難民の方々は、難民条約に則って保護されます」
男達は動揺してたけど、船に乗っていた人達は何が話されたのかわからないようだった。
そこに突然、大賀が4番目の言葉で、何かを彼らに伝えた。動揺が初めて、彼らの間にも伝わった。
男達も驚いて、大賀に詰め寄ったけど、大賀は男達の言葉でも語りかけた。
難民達の間からも、大賀の元に駆け寄ろうとする人達がいた。
彼らを威嚇するように、男の一人が拳銃を空に向かって撃った。
男が4番目の言葉で何かを人々に怒鳴っていた時、マミーは大賀に向かって駆けだしていた。
「その子から離れなさい!」
男達が一斉に銃口をマミーに向けた瞬間、私は思い切り悲鳴を上げていた。ぎょっとした男達の視線がこちらへと向いた瞬間、打ち上げ花火の光の弾が男達に向かって打ち出されていた。
マミーは、一番近くにいた男の鳩尾に突きを入れて、うずくまるその後頭部に手刀を落として気絶させた。
まだ花火からの弾が打ち出されているその間に、マミーは銃を拾って最終警告した。
「銃を捨てて降伏しなさい!さもないと撃ちます!」
だけど花火が止んだ瞬間、一人は銃口をマミーに向けていて、もう一人は腕に絡みついて銃を奪おうとしていた大賀に、発砲していた。
大賀の額から鮮血がほとばしって、砂浜に倒れ込んだ。
マミーは大賀を撃った相手の頭部に2連射。撃たれた相手は即死していた。
もう一人の相手は叫びながら、マミーに向かって何発も撃った。
マミーも撃ち返して、先に男が倒れて、それからゆっくりとマミーも倒れた。駆け寄ってみると、肩とお腹が血に染まっていた。
「マミー!死なないで、マミー!」
「あたしはだいじょうぶ。それより、大賀君は?」
「だって、だって、マミーが死んじゃったら、私一人ぼっちになっちゃうよ!」
「瑞姫!私は兵隊なの。守るべき人を守る人なの。だからお願い。大賀君が無事かどうか、生きてるのか、教えて」
その時、聞き覚えのある大賀の声が、4番目の言葉で何かを叫んでいるのが聞こえた。
振り返ると、額を血で染めながら、ボートに乗っていた人々に話しかけていた。
ボートの上でも、誰かが倒れていた。自分や大賀と同じくらいの年の子供だった。側に付き添って脈を取っていた誰かが悲しそうに首を左右に振って、何かを周りにいた人達に告げてから、船から降りて大賀の元へ、それからマミーの元に来た。
その人は大賀の出血をとりあえず裂いて作ったらしい布で巻いて止血すると、大賀を間に挟んでマミーとやり取りしながら、マミーの傷の応急手当をしてくれた。しっかりと傷口を押さえてると、パトカーとかのサイレンが聞こえてきて、マミーもすぐに救急車に乗せられて病院に運ばれた。私も、大賀も一緒に。
大賀の傷は病院で縫われて止血されて包帯を巻き直されただけで済んだけど、マミーが運び込まれた手術室のランプは朝方まで消えなかった。
待ってる間、大賀の両親がやってきて、ずっと一緒にいてくれた。励ましてくれて、ぽろぽろとみっともないくらい泣いてしまったけど、大賀は側から離れないでいてくれた。
疲れて眠ってしまって起きた時、大賀が教えてくれた。手術は成功したって。それでまた泣いてしまったけど、大賀は良かったねって言ってくれた。
次の日の飛行機はキャンセルして、逆にジジとババがやってきた。意識はちゃんとしてるマミーと一緒に、大賀やそのご両親にお詫びしたけど、二人とも大賀の命を助けてくれてありがとうと何度もお礼を言ってくれた。
警察の人達からの取り調べもあったけど、大賀と口裏を合わせて、あの日の夜はたまたまあの浜辺で花火をしていたことにした。そうでないとあそこには立ち入り禁止になってしまうからと。
警察以外の人達からも同じ様な質問を何度も受けたけど、驚いたのはアメリカ大使館の人からも何が起こったのかを逐一聞かれたことだった。
マミーの状態は心配だったけど、二学期が始まる前日には地元に帰らされることになってしまった。どうせ完治までに2、3ヶ月かかるから、その間ずっとこちらにいることはできないって。
ババがマミーにしばらく付きそうことになって、ジジと沖縄に帰る時、大賀一家が見送りに来てくれた。
大賀の額の傷は増えて、まるで十字になってしまっていた。
ジジも大賀の両親も気を利かせてくれたのか少し離れてくれた時に、大賀が言ってくれた。
「また、来年の夏も来る?」
「うん、絶対に!」
「じゃあ、約束だよ」
大賀が小指を差し出してきたので、指切りしてから、私は大賀をハグした。
「お、おい、瑞姫?」
「これは、額の傷のお詫びと、私とマミーを助けてくれたお礼よ」
私は、私とマミーの分、大賀の両頬にキスしてから離れて、ジジと一緒に搭乗ゲートへと向かった。
手を振っていた大賀は小気味がよくなるくらい真っ赤になっていた。
それからマミーは無事回復して、また自衛隊の任務へと戻った。
私は毎年夏、マミーと大賀に会いに輪島を訪れる。大賀にだけは、水着姿の自分の写真を絵葉書にして送った。
次の年の夏までに、大賀家の隣の家が建て直されて、新しいお隣さんが引っ越してきたのだ。
大賀がそれをすごく喜んでいたのは理解できたけど、一緒に写真に写っていた女の子が気になった。大賀は気づいてないみたいだけど、どう見てもその視線が怪しかったから。
小鹿雪乃。私の恋のライバルともなる彼女との友情物語は、また別の機会に改めようと思う。
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