1-5 首相代行候補選出


首相代行候補選出


牧谷:「まず、抽選議員代表の選出方法から決めてしまいませんか?」

 小休憩の後、牧谷さんが提案した。

七波:「後になってから騒ぐのは野暮ってもんだしねぇ。あたしは構わ
 ないよ」
奈良橋:「わいもかまわへんけど。他のみなさんはどうなん?」
春賀:「気になることから片付けてしまいますかいのう」
白木:「でも、課題をこなしながら、誰がふさわしいか見極める方がい
 いように思うんですけど。今はまだ、みなさんがどんな人なのかもわ
 からないし」
二緒:「だから今は、課題の結果から多数決投票で、とか決めてけば良
 いんじゃなくて?」
中目:「この場で代表そのものを決めちゃおうっていうんじゃなくて、
 決め方を決めておこうっていうだけだから。でもでも、課題の結果か
 らっていうのはどうだろ?」
轟:「どういうこったい?一番うまく立ち回った連中から選べばいいん
 じゃねぇのか?」
クリーガン:「そうすると、譲り合いが生まれる余地は少なくなるかも
 知れませんね」
赫:「これはあくまでも練習です。けれども本番では、みなさんが投票
 する中で、ゆずりたくないものがいくつも出てくるでしょう。だとし
 たら、これくらいのご褒美が目の前にぶらさげられるのは、ちょうど
 良い緊張感をもたらしてくれるのではありませんか?」
藍澤:「各自がどういう結果に終わろうと、みんなの多数決で決める、
 ということでよろしいのでは?」
鈴森:「一個も思い通りにならなかった人でも?」
藍澤:「ええ」
増満:「ぼくは、その方が公平だと思いますが・・・」
内海:「ちょっと張り合いがなくなるというか」
青月:「5個とも思い通りに出来た人も出来なかった人も、どちらも出
 てくるでしょうね。でも、自分一人を犠牲にしたからと言っても、残
 り15人の結果を思い通りに出来るというものでもないでしょ?」
奈良橋:「ええかっこしよとしても、むずかしいってことかい」
ニ緒:「そうなるわね」
牧谷:「まとめておきましょう。私達の代表は、この課題が終わった後
 に、全員の投票で選ぶ。この点について異議のある方はいらっしゃい
 ますか?」

 誰も反対しなかった。

牧谷:「そうなると、後は、課題の結果そのもので投票対象を絞り込む
 か否かを決めればよろしいのでは?」
赫:「絞り込んだ方が、この課題に対する真剣味は増すでしょうな」
八神:「手っ取り早く、投票で決めてしまいませんか?絞り込むかどう
 かだけを?」
中目:「じゃ、絞り込んだ方がいいと思う人は手をあげてー!」

 手をあげたのは、中目、二緒、赫、八神、奈良橋の5人だった。

中目:「それじゃ、絞り込まない方がいいと思う人は手をあげてー!」

 当然、残り全部が手をあげたと思うだろ?
 なんでわざわざ聞くのか?、って思うかも知れない。
 けれど実際問題、手をあげたのは、内海、鈴森、藍沢、増満、春賀、
クリーガン、牧谷の7人だけだった。

中目:「どっちも過半数取れなかったね。残りの4人は、タカシ君と轟
 さんと七波さんと青月さんか。その4人はどうすればいいと思ってる
 の かな、かな?」
轟:「なんつーかよ、課題でいくつ思い通りに出来たとか出来なかった
 とかじゃなくて、もっといい決め方があると思うんだが・・・」
鈴森:「結果で絞り込みをかけないってことじゃなくて?」
轟:「うまく説明できねぇんだが。なんかもっとシンプルに決められる
 んじゃねぇのか?」
七波:「誰かやりたいって人にやらせりゃいいんじゃないのか、そう言
 いたいのかい?」
牧谷:「立候補、ですね」
轟:「そうそう、それだよ!なんか忘れてると思ったんでぇ!」
クリーガン:「立候補した人の間から、最後にみんなで投票して決めれ
 ばいいと思います」
白木:「いくつ思い通りに出来たとか出来なかったとかじゃなくて、そ
 の人たちの立ち居振る舞いとか、みんなの意見のとりまとめ方とか。
 そういうこと見てから決めたいな」
中目:「立候補する人は、いつまでに決めないとダメなのかな?」
白木:「そりゃ、課題に本格的にとっかかり始める前だろ?」
青月:「でも、最初は立候補するつもりがなかったけど、課題の審議を
 進めてくうちに、最初に立候補した人達がどうも気に入らないとか頼
 れないとか判った後で、だったら自分が、と思う人もいるかも知れな
 いじゃない?」
春賀:「あるかも知れませんねぇ。ええ」
二緒:「立候補は、最終的な課題の結果が出る直前まで、いえ、最後の
 代表を選ぶ投票の直前まで受け付けるという形でもいいかも知れませ
 んね」
奈良橋:「後出しのが有利な気もすんけど、そう単純でも無い、か?」
赫:「一回の投票で半分以下に候補を絞り込んでいって、最後に残った
 2人で決選投票というのはいかがでしょうかね」
藍沢:「目立ちたければ、最初に立候補した方がいい。けれどもアラ探
 しもされやすい。後から立候補した方がアラは目立たないかも知れな
 いけど、打算的な人だと見られてしまうリスクがある」
クリーガン:「極端な話、16人全員が立候補して、全員が自分に投票
 したらどうなるの?」

 みな、息を呑んだ。その可能性もあったんだ。

八神:「誰かが折れなければ、決まりようがありませんな」
春賀:「うひゃひゃひゃ。こりゃ楽しいですねぇ」
鈴森:「そうすると、やっぱり立候補する人は、最初で締め切っておか
 ないと、収拾つかなくなりそうね。16人全員が立候補するともあたし
 には思えないけど」
二緒:「そうおっしゃられるってことは、鈴森さんは立候補されないん
 ですか?見返りも求めずに?」
鈴森:「えっ?あ、あたしは・・・」
七波:「一番早く立候補するか、一番早く断念して恩を誰かに売るか。
 どっちが得でしょうねぇ」

 くすくすと七波さんは笑った。

 みながばつが悪そうに視線を交わしあった。自分なんかが首相代行を
務めるなんて、夢にも思ってない、・・・筈だ。けれど、その可能性が
少しでもちらつかせられるだけで、みんなの視線の奥底に淀んだ何かが
混じりこんだような気がした。

 ので、おれは言った。

白木:「んじゃ、おれは立候補します。務まるとも思わないけど、断念
 する代わりに見返りを何かなんて考える方がウツになりそうなんで」
中目:「あったしも~!立候補しちゃいます☆」
二緒:「あら、出遅れちゃったわね。私も立候補します」
奈良橋:「わいもや!」

 その後、赫さん、青月さん、そして春賀さんまで立候補した。

牧谷:「立候補順に、白木君、中目さん、二緒さん、奈良橋さん、赫さ
 ん、青月さん、春賀さんの七人が現在立候補を表明されました。私は、
 現時点での立候補は保留させて頂きますが、立候補の辞退はどの時点
 でも可能にしておきますか?」

 牧谷さんの事務的な口調に、たじろいだ人は少なくなかった。

赫:「当然でしょうな。ただ、後からの立候補を認めるかだけ、この時
 点で投票しておくべきでは?」

 牧谷さんと赫さんの間で見えない火花が散った。

内海:「私は、認めるべきだと思います。私も今立候補する気は無いけ
 ど、この時点で立候補されてる人の誰のことも良く知らないんですも
 の。立候補しておくべきだったなんて今から後悔したくありませんし、
 フェアでもないと思います」
春賀:「あたしゃ、それでも締め切るべきだと思いますんけどねぇ。お
 互いのことを知らんのはお互い様なんですから、後は当人のやる気と
 覚悟の問題じゃないですかいのぅ?」
増満:「ぼくは、立候補する気無いし、後からも立候補するとも思えま
 せんが、それでも、今立候補してる方に満足できなかった場合、後か
 ら他の選択肢が増えてくれる方がうれしいですね」
藍沢:「同感です。とりあえず、時間も限られてますし、投票してみま
 せんか?立候補されてる人達の間でも、意見は違うかも知れませんし」
白木:「ぼくは、後からの立候補は認められていいと思います」
中木:「あたしも、問題無いと思うな」
二緒:「私も、別に構いません。ただ、最終的に代表を決める投票で選
 ばれるのは、その直前までに立候補していた人達に限定されることに
 しておきません?」
奈良橋:「それでエエやろ。んじゃ、ぱっぱと挙手で決めちまおうや。
 後からの立候補を認めてもええって人は手あげぇ!」

 結果は、十二対四で、賛成多数だった。反対した四人は、春賀、七波、
八神、クリーガンだった。

中目:「まとめておくと、抽選議員代表は、最後の投票前までに立候補し
た人達の間から選ぶってことで決まりね。課題の結果で候補をふるいには
かける?かけない?どっちにしますか?」
牧谷:「これも、議論するとかなりかかりそうだから、ぱっと投票して
過半数が出れば、そちらに決めてしまいますか?」

 特に反対意見も出ずに投票になり、課題の成績でふるいにはかけない
ということになった。
 これで、やっと、スタートラインに立った。
 勢いで立候補しちゃったけど、ほんとどうなるんだか・・・。


 八神さんが休憩を挟むことを提案して、30分後に審議は再開された。


奈良橋:「さってと、みんなもうコツはつかんどるはずや。少数派を割
 り出すこと。それがゆずれるもんかどうか確認すれば、どうにかでき
 るはずや」
二緒:「ほんとにそうかしらね?」
奈良橋:「どういうこっちゃ?」
二緒:「だって、赤文字の答えが相反してる人達がいたら、それでもう
 アウトにならない?」
藍澤:「た、確かに。でも、私みたいに赤文字の答えを引いてない人が
 他にもいるんじゃないですか?」

 ええっ、とか、うそっ、というような驚きの声が何か所かから聞こえた。

赫:「誰がどの質問に対して、赤文字の答えを引いたか。その答えがYes
 かNoなのか。それをはっきりさせないことにはどこへも進めないでしょ
 うな」
クリーガン:「質問が質問なだけに、議論のしようもありませんしね」
牧谷:「とすると、答えの交換が無しなのですから、相反する赤文字の
 答えの組み合わせがあるかどうかだけ、確かめませんか?」
青月:「でも、その人達だけが不利にならないかしら?」
増満:「この場で答えても答えなくても、後の交渉でどの道明らかに
 なってしまうなら、同じじゃないのかな?」
内海:「課題は、なるべくゆずれない答えをゆずらずに、2/3を形成す
 ること。だから『ゆずれない答え』を持つ人たちから自己申告しても
 らえばいいんじゃないの?」
七波:「はったりかどうか、見せっこしないとダメでございましょうね。
 私は五問目の『生より、死』で、赤文字の[はい]を引きました」
青月:「私は同じ質問で、赤文字の[いいえ]を引きました」
白木:「ぼくも、赤文字の[いいえ]を」
奈良橋:「わいは、赤文字の[はい]や。こりゃ、のっけから暗礁に乗り上げたか知れんのう」

 こんな調子で、みんなが自己申告していった赤文字の答えが表にまと
まった。

・『みかんより、りんご』:[はい] 鈴森、[いいえ] クリーガン
・『海より、山』:[はい] 春賀、[いいえ] 轟
・『太陽より、月』:[はい] 牧谷、[いいえ] 赫
・『お金より、愛』:[はい] 中目、[いいえ] 二緒
・『生より、死』:[はい] 奈良橋、七波、[いいえ] 白木、青月

クリーガン:「赤文字の答えを引いてない人は、4人。でもそれ以外の、
 全体で少なくとも5人は、ゆずれない答えをゆずらなくちゃいけなく
 なりますね」
轟:「すっぱりじゃんけんででも決めるか?恨みっこなしになるだろ?」

 がはは、と轟さんは笑ったが、つられて笑う人は多く無かった。

春賀:「わたしゃー、じゃんけんなんぞ、いつ最後にやったかわから
 んで。この老いぼれにはつらいかも知れんね」
八神:「はは。じゃんけんは一案でしょうが、もうちょっと何か、こ
 う、工夫の仕様があるような」
七波:「どうやってでございます?ご覧の通り、ゆずれない答えで、
 がっちり身動きが取れないような有様なんですよ?」
八神:「うぅん・・・。私には思いつかん。そうだ、さっき立候補した
 人たちに名案があるか聞いてみたいな。どうだろう、みなさん?」
内海:「賛成です。といっても、どうしようもないように見えるけど。
 くじ引きとかにしても、芸が無いし」

 自分を含めて、立候補した人たちが、競争相手達の様子をさっと眺め
渡した。実際問題、対立した利害の調整なんて、どっちが正しいとか間
違ってるとかじゃなくて、どっちを先に立てる代わりに、後で他方を立
てるという約束事で成り立ってるんだろうなぁ、と思えた。
 そして何人かが口を開こうとしたその時、AIが割って入った。

AI:「ではここで、ひとつの条件を追加します」

 議長票?、という声が同時に上がった。たぶん、二緒さんとか、牧谷
さんとか、赫さんの三人だったと思う。

AI:「そうです。議長票は、全ての設問に対して、赤文字で[はい]です」
中目:「議長票の特別加算は?」
AI:「みなさんが各設問に対して投票を行って2/3に達しない時、自動的
 に加算されていくものと考えて下さい」
七波:「つまり、時間制限までに決まってなければ、最大の七票になって
 るってことでございますね?」
AI:「はい。それでは討議を継続されて下さい」
白木:「えーと、さっき数えた赤文字の答えだけじゃ、決まりそうにな
い?」
中目:「一応、答えの配分がどうなってるか、確認した方がいいだろね♪」

 そんなわけで、全員の答えが白票も含めて確認されたが、こんな風になった。

問1:黒はい(6)、黒いいえ(6)、赤はい(2)、赤いいえ(1)、白2
問2:黒はい(6)、黒いいえ(8)、赤はい(2)、赤いいえ(1)、白0
問3:黒はい(2)、黒いいえ(7)、赤はい(2)、赤いいえ(1)、白5
問4:黒はい(6)、黒いいえ(5)、赤はい(2)、赤いいえ(1)、白3
問5:黒はい(5)、黒いいえ(6)、赤はい(3)、赤いいえ(2)、白1

 誰がどう見ても、にっちもさっちも行きそうになかった。

クリーガン:「それじゃ、意地悪だけど、立候補した人たちの意見を聞
かせて頂きましょう。どなたからでも」

 牧谷さんと赫さんが目くばせしあって、牧谷さんが先んじた。

牧谷:「一見、議長票に賛同する形に統一するのが、一番簡単に見え
ます。
 けれど、問三に関しては、[いいえ]の数が[はい]の数より圧倒的に
多いし、白票の人も多い。
 黒字の[いいえ]の人と、白票の人を合わせるだけで12票、2/3を形
成できます」
内海:「でも、それだと牧谷さんが、自分のゆずれない答えをゆずる
ことになるわ。そんな簡単にゆずってしまっていいの?」
赫:「これは練習です。だからこそスタンドプレーも簡単にできる。
本番でこうふるまえるかどうかの参考にはなりませんな」
牧谷:「じゃあ、赫さんには他のもっと良い案があるんでしょうね、
きっと?」
赫:「いいえ。あなたのおっしゃったやり方が正論ですよ。まっとう
なやり口なら、他に答えなぞ有りません。少数派には泣いてもらって、
違う機会に報いる。良心的な民主主義政治の王道ですよ」
春賀:「まっとうでないやり口なら、どうなるんです?」

 赫さんが答えようとしたのを、今度は中目が制した。

中目:「答えをね、変えちゃうの」

 みなの視線が中目に集中した。

増満:「でも、答えの交換はできないんだろう?」
中目:「他の人とはね。でも、自分の中の答えは変えちゃいけないっ
てルールは無かった。ってことは、引いた答えをどの質問に対して使
うか変えてもいいんじゃないかな、かな?」

白木:「おいおい、そんなのありかよ?!」

 似たような声があちこちから上がったが、AIは何も口を挟まなかった。

二緒:「ふぅん。確かにそれが"アリ"なら、赤文字の答えがバッティン
 グしないようにずらしてしまえば、少なくとも、ゆずれない答えが見
 かけ上は全員の思い通りになったことにできるわね。でも、私はその
 やり方に反対するわ」

 大勢が、中目と二緒さんの顔を見比べた。二人は真っ向から対峙して
視線をそらさなかった。

二緒:「本番じゃ、本当にゆずれない答えはどうしてもゆずれないの。
 私とあなたのゆずれない答えは、『お金より、愛』で対立してるわね。
  わたしが[いいえ]。あなたが[はい]。議長票が[はい]だからあなたの
 方が有利かも知れない。でも、白票の三人と、黒字の[はい]の六人の
 うち半分が[いいえ]に転向してくれれば、十一票で2/3になるわ」
中目:「計算上はね」
二緒:「ええ。あくまでも、計算上の話よ。でも、ゆずれない答えをゆ
 ずらずに交渉する練習は無駄では無いと思うわ」
奈良橋:「ま、『お金より、愛』なら、一晩中でも語れるかも知れへん
 けど、みかんとりんごとか、海より山とかじゃつらそうやな。しかも
 そいつらの票数がまた近くて、どっちにしろ譲り合いは不可欠や」
春賀:「譲り合わないことも一つの知恵じゃて」
青月:「お年寄りを敵に回しそうなことを平然と言わないで下さい」

 青月さんがぴしゃりと言ったが、それが逆に周囲の笑いを誘った。

春賀:「はん。誰を敵に回そうが何しようが、死ぬ時は死ぬねん」
八神:「まぁまぁ。青月さんも立候補されたんですよね。何か妙案はあ
 りますか?」
青月:「私は、特にありません。あえて言うなら、牧谷さんのおっしゃ
 られたようなやり方で決めていくしか無いんじゃないでしょうか?」
赫:「中目さんのおっしゃられたやり方はどうです?」
青月:「確かにこの場を収めるにはいいやり方かも知れませんが、その
 場しのぎな小手先の技の様に感じてしまいます。妙案だとは思います
 けどね」
増満:「奈良橋さんはどうです?」
奈良橋:「問三に関しては、牧谷はんの言ったやり方がええかも知れん。
 ただ、AIが提案してたことを応用してみたらどうや?ゆずれない答え
 をゆずった場合は+2点とか、ゆずってもらった方は-2点とかいう奴や」
藍澤:「牧谷さんは+2点、赫さんは-2点になるわけですね。他に問三
 で黒字の[はい]だった2人(クリーガン、七波)も+1点ずつ。黒字の
 [いいえ]だった7人は-1点ずつ。白票の5人に関してはどうします?」
増満:「ノーカウントでいい気もします。後で細かい帳尻合わせが必要
 になったら計算するんでもいい気がしますけど」
鈴森:「問三はそれでもいいかも知れないけど、他の四問はどうするの?」
白木:「思いつきなんだけど、残り四問の内、条件が残り三問と一番違
 う問五から詰めてみたらどうでしょうか?」
中目:「赤字の答えが集中してるからね。いい考えだと思うな。牧谷さ
 んの-2点と、黒字の[はい]だったナンシーさんと七波さんの-1点の
 解消。それから、赫さんの+2点と他七人の+1点の解消。それぞれを
 まず考えてみようよ」

 現状を表にするとこんな感じだ。

 -2点:牧谷
 -1点:ナンシー、七波
 +1点:白木、奈良橋、内海、増満、鈴森、青月、春賀
 +2点:赫
 ±0:中目、二緒、轟、藍澤

 まず、牧谷さんの問五の答えは黒字の[はい]なので、問五全体の答え
を[はい]で統一する方向で考えてみる。

 クリーガンさんの問五の答えは白票なので、マイナス点は保留される。
 七波さんは赤字の[はい]なので、-1点は解消され、逆に+1点となる。
 赫さんは黒字の[はい]なので、プラスは1点に縮小。
 おれ、白木は赤字の[いいえ]なので、1-2で、-1点。
 青月さんも赤字の[いいえ]で、1-2の、-1点に。
 逆に奈良橋さんは赤字の[はい]なので、1+2の+3点。

 他に目立ったのは増満さんの+2点くらいで、後は-1点が6人。+1点
が5人。±0点が3人だった。

奈良橋:「言いだしっぺで悪いんやけど、一人勝ちしてしもうてるな。
へへへ」
増満:「てことは、次は出た杭を打てばいいんですかね?」

 周囲がどっと沸いた。

七波:「奈良橋さんと増満さんがそれぞれ二つずつ答えを変えるような
 のはどれとどれでございますか?」
赫:「できれば、その二つで、1点か2点は、現在-1点の人達に加算され
 るようになるのが望ましいですね。特に赤字の答えを変えて頂いてる
 方のを」

 現在のところ、赤字の答えをあきらめたのは、牧谷さん、おれ、青月
さんだった。ポイントは3人とも-1点。
 みんなして表とにらめっこしたが、やはりPub.Cだからか、中目が最
初に答えを出した。

中目:「増満さんと奈良橋さんの答えは、問一、二、四の三つとも黒字
 の[はい]、[いいえ]、[いいえ]で重なっちゃってる。でもね、ここで
 気をつけなきゃいけないことがもう一つあるの。それは、出過ぎた杭
 を打つことよりも、打たれて沈みすぎた杭を作らないこと」
内海:「どういうこと?」
中目:「例えば、奈良橋さんを0点にまで引き下げる為に、問一を[い
 いえ]、問二を[はい]、問四を「はい」という答えに設定したとする
 と、こうなるの」

 中目が弾き出した結果予想表のトップは、何と春賀さんの四点。クリー
ガンさんと七波さんも+3点で、逆に-3点も3人いた。自分と二緒さん、
鈴森さんだった。

青月:「-3点が3人もいるなんて、あまり公平じゃない結果かも知れな
 いわね。+3点の人を0にしようとして、+4点の人を作っちゃったりし
 てるし」
二緒:「それに私は答えをゆずるつもりは無いと言ったつもりよ?」
中目:「んじゃ、問四の答えを[はい]じゃなくて、[いいえ]に変えたと
 するよ?そうすると、さっきは-3点だった二緒さんは+1点になるけ
 ど、-3点の人は3人のままだし、あたしはなんと、-5点になるの
 だぁ~!」

 全部の答えが思い通りにならなかったして、ゆずれないものが一つ混
じってれば、最悪で-6点になる。だから-5点は、限りなくそれに近い。

中目:「それでね、このポイント制にはもう一つの使い方があって、
 みんなのポイントを集計するの。例えばさっきのやり方で、最後の問
 四を[はい]にした時のみんなのポイントの合計は+3点。[いいえ]に
 したら、-3点になるの」
牧谷:「全体がプラスなら、個々には犠牲になってる人達もいるけど、
 過半数はゼロ以上、つまり満足いってる人の数とか度合のが大きい
 筈ってことか」
七波:「逆は、不満な人の数のが多いし、その度合いも大きい。調整が
 うまくいってないと見ることができるんでございますね」
赫:「勝つか負けるかの関係しか無いのなら、ゼロ付近での均衡が望ま
 しいでしょう。けれども、両方とも勝者になれるというなら、全体の
 ポイントを足した時にプラスの幅が大きければ大きいほど、私たちの
 満足度もまた大きくなってる筈です」
白木:「てことは、プラスが最大になるように、問五の答えから調節し
 なおしてみようか?」

 中目は、さささっと、表を組みなおして再表示した。
 ここら辺は、ほんとに普通の人間なら追いつかない早さだ・・・。

 ただ、いくつかの答えを入れ替えてみて判明したのは、全体としての
ポイントの総和が大きい時に、特定の人がマイナス四~六点という非常
に大きなマイナスを抱えてしまう場合があるということだった。

牧谷:「それに、今回は答えを全体として統一する為に、答えの合わな
 い人たちは全員答えを別の物に変えることを前提としているけれど、
 本来ならそのうちの何割かは変えないで済んだ人たちだし、白票を
 投じることにしてマイナスを避けることもできたから、この計算は
 目安にしかならないね」
内海:「それでも、誰が一番全体の判断の負担を担ってるのかは一目で
 わかるから、無意味じゃないとは思う」
春賀:「みなさんお忘れかの?投票は勝つことだけが目的じゃありんせ
 ん。ほんなこといったら、与党になれなかった野党側の票は全部意味
 が無うなってしまう。少数派の意見は意見として、きちんと投票結果
 に残すこと。それが民主主義の根本でもありませんかの?」
赫:「左様ですな。議長票の加算があるにせよ、抽選議院の全ての評決
 が議長票加算で採決されていったら何が起こるでしょう?」
二緒:「国民の側からの大きな反発が起こるでしょうし、私たちにも選
 挙議院側と戦う手段が用意されていないわけじゃない。立場はあちら
 の方が有利に設計されているとしてもね」
白木:「審議拒否とか?」
中目:「こちらの票を固めて議長票に反対して、選挙議院に法案を差し
 戻すのが一手。抽選議員の間で調節がつかない法案を議長票だけで押
 し切られないように時間を稼ぎたいなら審議日程の先延ばしの申請も
 2回までだけど出来るし」
七波:「何よりも、議長票だけでは採決したことにはならないんでござ
 いますよね?」
AI:「そうです。議長票の特別加算は七票まで増えますが、少なくとも
 抽選議員の過半数が同時に投票しない限り、抽選議院として採決を下
 したとは認められません」
増満:「過半っていうと、9票か。9足す7で16票。その9人のうち3人が
 議長と同一の判断を下さないといけないってことになるね」
青月:「もしくは、その3人の票に議長が同調すれば成立する、という
 ことになります」
八神:「そのパターンは考えにくいかも知れないがね。さて、与えられ
 た五つの質問による課題の検討はこれくらいにして、我々の代表の選
 出に移りませんか?」
クリーガン:「立候補の締め切りと辞退も確認しないといけませんね」
藍澤:「現時点で立候補してるのは、白木君、中目さん、二緒さん、
 奈良橋さん、赫さん、青月さん、春賀さんの7人でしたね。保留され
 ていた牧谷さんはどうされますか?」
牧谷:「立候補します」
藍澤:「どなたか辞退される方はいらっしゃいますか?」
青月:「私は辞退します」
轟:「どうしてだい?」
青月:「他にふさわしい人がいなかった場合、言い訳はしない為に立候
 補したんですけど、何人かは務められそうな方達がいらっしゃったので」

 轟さんは残念そうな顔をしていた。

白木:「えっと、ぼくも辞退します」
中目:「えーっ!?そんなのつまんないよう。辞退を辞退して!」
七波:「お譲ちゃん。一人前の男が決めたことに口出ししないの」
中目:「あたしだって一人前の女です!」

 その言葉には周囲から明るい笑い声が漏れた。

二緒:「じゃあ、他に変更が無ければ、牧谷さんが立候補者に追加。白
 木君と青月さんが辞退。全部で6人ね。どうしましょう?16人しかいな
 いから、一番票数が少なかった人を投票対象から外していって2人ま
 で減らして、最後は決戦投票でいいかしら?」

 ここで鈴森さんが手をあげて提案した。

鈴森:「それでかまわないと思うんだけど、ほら、せっかくの投票じゃ
 ない?しかも抽選議員にとってはけっこう重要なものなんでしょ?
 だから短くてもいいから、立候補した人たちから演説してもらいたい
 んだけど、どうでしょ?」
轟:「おお、そいつぁいいねぇ!おれもその意見に賛成だ!」
増満:「ぼくも賛成です」

 その他にも賛成する意見が相次いだ。

八神:「とすると、選挙の政見放送とかでも立候補の届け出順だと
 思ったから、立候補を表明した順で演説してもらうのがいいかな」
中目:「じゃあ、私が一番になるのかな、かな?他の人たちがそれでよ
 ければだけど」

 特に反対意見も出ず、演説が始まった。

中目:「私は一番若いけど、一番何も知らないってわけじゃありません。
 パブリック・チルドレンとしての教養課程を終えた後、アメリカ、EU、
 中国、インドやその他二十カ国以上の議会や政府を研修や視察で周り
 ましたし、政体崩壊後の北朝鮮や分裂後の中国を始め、LV災害で混乱
 した世界中の難民キャンプの運営や保護や物資の確保等を国連事務所
 で担当してたこともあります。日本人で私より深くLV災害とその対策
 に関わっていた人はいないくらいです。

  抽選議員代表が首相代行を務める機会があるとしたら、第三次LV災
 害が起こって世界も日本の人口も中枢も全滅したような場合しか、ほ
 とんど有り得ないでしょう。その時、一番備えができているのは、
 私だって自信があります。

  以上で、スピーチを終わります」

 拍手しながら、おれはレイナに聞いた。

「ほんとなのかよ、それ?」
「パブリック・チルドレンは、大学教程を八歳までに終えた後、外国の
政治機関に最低でも一年以上、海外でのボランティア活動に最低でも一
年以上従事した後、十二歳から十五歳で日本国政府の公務員としてのキャ
リアを始めるの」
「ほぇ~。おれなんて準義務留学制度で半年海外に行ってただけだぜ」

 その行先は、当然、野球大国のアメリカだった。

二緒:「じゃあ、次は私ね。二緒律子、ナノ・バイオ・ロボティクス社
 の代表です。日本国政府の年間運営費用の二〇%以上は、私共の会社
 から供出してますし、当然、その活動内容は監査させて頂いており
 ます。
  もちろん、二度のLV災害で被害を被った国々に対しても医療を始め、
 各国政府を担う議員を直接的に資金やAIで援助しております。今回、
 NBR社代表としての身分のまま抽選議員にも抽ばれたのは偶然ですが、
 政治の場でも積極的に皆様のお役に立てれば幸いです。以上です。」

 レイナの時よりも明らかに大きな拍手が起こった。

 次に、奈良橋さんが立ち上がった。

奈良橋:「わいは、中目はんのような知識も経験も、二緒はんのような
 ご立派な立場も持ち合わせてへん。中部大震災で両親亡くした後、と
 ある坊さんの手伝いして育った。坊さんになる教育の後は、ホスト
 やっとった。ホストやっとった若造が議員で、そんな奴がここにいる
 みなはんの代表まで務まるとは、正直わいも思っとらん。けど、わい
 はやる時はとことんやる男や。そんなわけで、ひとつよろしゅうお願
 いしま!」

 さっきよりはだいぶ控え目な拍手が起こった後、牧谷さんがスピーチ
を始めた。

牧谷:「ただの、普通の男です。人受けも良くないし、議員に抽ばれる
 前に会社をリストラされたような男です。でも、政治には興味があり
 ました。まさか自分がそこに関われるようになるとは夢にも思ってな
 かったけど、そのラインに立てたのだから、万が一でも首相代行を務
 められるような立場にも立ってみたくて、立候補してみました。務ま
 るかどうかはわからないけど、やってみなくちゃわからないと思いま
 す。よろしくお願いします」

 先ほどと同じくらいの拍手の後、今度は赫さんが起立した。

赫:「えー、私はずっと議員を務めておりました。国選議員にはなった
 ことはありませんでしたが、沖縄県議会議員、九州道議会議員、そし
 て南海道議員です。
  沖縄は、ずっと虐げられてきた土地です。特に太平洋戦争末期から、
 米軍の一大拠点を本土に代わって受け入れ続けてきたことで、大きな
 負担を担ってきました。今回、私が抽選議院議員として抽ばれたこと
 は、私の地元の人々にとっての大きな希望の灯火になっています。
  もちろん、第三次LV災害が起これば、地球上のほぼ全ての人々が
 死に絶えると予測されているのですから、そんな時には沖縄どうこう
 という話にはならないでしょう。けれども、首相代行を務める機会が
 わずかでも残されているのなら、私は立ち上がらないわけにはいきま
 せん。皆様、どうかご支持のほどよろしくお願い致します」

 二緒さんの時ほどではないにしろ、大きめの拍手が起こった。

 そして次は最高齢の一人、春賀さんが立ち上がった。

春賀:「どうもぉ。春賀でございます。こんなお婆ちゃんが立候補だな
 んておかしいってみなさん思うかも知れません。けれど私くらいの年
 齢の議員さんなんていっぱいいましたしね。これでも国会議員の秘書
 やってたこともありましたし、まだまだボケてなんぞいませんよ。
  これから2040年くらいまで日本は高齢化が続いていくんですし、私
 もまだまだ若者の一人のつもりでがんばらせていただきますよ。あ
 ひゃひゃひゃひゃ」

 ぱちぱちと散発的な拍手が起こった後、AIが進み出て言った。

AI:「では、投票方式ですが、いかがなさいますか?起立、挙手、紙
 に候補者の名前を書く投票などがありますが」

 これは誰からともなく、紙に候補者の名前を書いて、AIが集めて読み
上げる形で進めるという形に収まった。
 そして妙に静かりかえった簡易議場で、こりこりと名前を書く音が響
き、AIが紙を集めて発表した。

AI:「では、一回目の投票結果を発表します。中目議員3票、奈良橋議
 員1票、二緒議員3票、牧谷議員3票、赫議員3票、春賀議員2票。以上
 の結果から、奈良橋議員を除く5名の方で二回目の投票を行うという
 ことでよろしいでしょうか?」
二緒:「ええ」
奈良橋:「あちゃー、最初に落ちるとはなー。かっこつかへんやん」

 どっと周囲が笑い、そしてまた静かな書き込みと集計から発表が行
われた。

AI:「二回目の投票結果を発表します。中目議員3票、二緒議員3票、
 牧谷議員3票、赫議員4票、春賀議員2票。次は、春賀議員を除く4名の
 方に投票して下さい」
春賀:「まぁ、一番年寄りだけん、仕方ないかね」

 春賀議員は、さばさばした表情で笑っていた。

 そうして三回目の投票では、牧谷さんが脱落した。

牧谷:「ぼくこそ、最初に脱落するかと思ってましたよ。投票して下さっ
 てた方々、ありがとうございました」

 三回目の投票結果は、中目と二緒さんが4票、牧谷さんが3票、赫さん
が5票だった。

 そうして四回目。

AI:「中目議員、6票。二緒議員、5票。赫議員、5票」

 議場が一気にざわめいた。

AI:「みなさんの取り決めでは、二人にまで絞りこんでから決選投票
 されるということでしたが、この場合はいかが致しますか?」
中目:「私が6だけど、二緒さんと赫さんが並んじゃってるからねぇ」
二緒:「私は降りるつもりはないわよ」
赫:「では、私が降りましょうかね」

 ざわめきがどよめきに変わった。

八神:「どうしてです?まだ十分に赫さんにもチャンスはあるでしょ
 うに?」
赫:「いえ、今回、5票ですでに中目さんに負けています。二緒さんが
 降りないというのなら、私が降りるしかないでしょう」
藍澤:「しかしあなたに投票していた人の気持ちはどうなるんです?」
赫:「申し訳ないが。私は降りる。その代わり、次回の決選投票では、
 中目議員に票を投じると明言しておきます」

 どうして?、という声があちこちから上がったが、赫議員はそれ以上
は何も言わなかったし、レイナも沈黙を守った。

 そうしてまだざわめきが収まらない中、五回目の投票が行われた。
 AIが集めた投票用紙をシャッフルして読み上げていった。

AI:「敬称を略して読み上げさせて頂きます。中目、中目、二緒、二緒、
 中目、二緒、二緒、二緒、中目、二緒、二緒、中目、中目、中目、二
 緒、中目。8対8の同点です」

 おおおっという声が上がったが、さっと中目が立ち上がって言った。

中目:「このまま投票続けてもいいんだけど、私と二緒さんの一番の違
 いをもっとはっきりさせておいた方がいいと思うんだな」
二緒:「どういうこと?」
中目:「AI、この代表選出の後、抽選議院で審議する法案の審議順を決
 めることになってると思うんだけど、選挙院と企業院からそれぞれ優
 先順位最大で出ている法案は何?」
AI:「選挙議院からは『感情固定装置取締法』が。企業院からはその選
 挙議院からの法案への修正案が最優先法案として提出されています」
中目:「Emotion Locker、略称EL。日本語だと、感情制御装置。この装
 置の開発販売元は、二緒議員のNBR社。だから当然、二緒議員は、感情
 制御装置の一般への販売に"賛成"ですよね?」
二緒:「ええ、そうよ。だけどこれは、これから何十、何百と抽選議院
 で審議していく中のたった一つの法案でしかないわ」
中目:「もちろん。だけど、この法案は、二緒議員の『決してゆずれな
 い何か』じゃないのかな、かな?私は、この感情制御装置の一般販売
 には"反対"です。これは、皆さんにとっても決して関心の低い議題で
 は無いし、私と二緒議員の違いを判断する大きな材料にもなる筈です」

 エモーション・ロッカー、略してELと呼ばれる感情制御装置が何かと
いうと、例えばお役人や政治家が不正を働けないようにしたりとか、犯
罪者の再犯を防いだりとか、それどころか人種差別や戦争でさえ世界中
から根絶できるかも知れないと言われているナノ・バイオ・ロボティク
ス社の製品だ。

 ただし、誰かを奴隷化して逃げようという気さえ起こさせなくしてし
まったり、特定の宗教を信じるよう強制させたりとかいう使い方も出来
てしまうので、世界中の人々の間で賛否が分かれている。

 日本では、パブリック・チルドレンや公職に就く者の不正抑止と、
犯罪者の再犯防止といった限定された用途にのみ使われていて、一般に
は販売されていない。

 しかしカップルの間の『永遠の愛』を成就する魔法の道具として、ま
たは企業の社員に対する行動規範を100%の確率で実現する手段として、
または性犯罪を100%抑止する手段として、様々な形で社会にその恩恵
をもたらすとも期待されてて、実際問題、一般販売が禁じられてる今
でも、NBR社製でない非合法品が出回ってたりする。

二緒:「確かに私は、ELの市中一般販売に賛成です。しかし無制限に、
 というわけじゃないし、ここでその賛成か反対かで私たちの間の代表
 を 選ぶのが適切だとも感じません。残りの皆さんがどう判断される
 かは、私にはわかりませんが」

AI:「それでは六回目の投票に移りますか?他にご意見のある方は?無
 ければ投票用紙に記入をお願いします」


 そうして六回目の投票が行われ、結果は10対6で、中目が勝った。


 おれがどっちに投票してたかって?

 レイナだ。

 十代で首相になるかも知れない奴がいたら見てみたいかも知れない。
単純にそう思ったからだった。他の誰がレイナに投票してたかは知らな
いが、その人達も同じ様な心境だったんじゃないだろうか?

 そんな事は起きっこないと信じてたからこその、怖いもの見たさに似
た感情で。
 きっかけはそんなもんでも、後から起こった出来事から思い起こして、
結果的にこの判断は正しかった。それを知る事になるのは、もっとずっ
と後になってからだったけれど。



 首相代行候補がレイナに決まった後、二緒さんが法案の審議順の協議
を明日の午前中から開始することを提案して、大多数が賛成し、今日の
仕事は終わった。
 議事を進行していたAIが閉会を告げると、二緒さんが真っ先に退室し
ていった。そりゃ、一〇代の小娘に負けたんだから悔しいだろうな。

「首相代行候補当選おめでとう、レイナちゃん」
「ほんとに首相代行になるような事態にはなって欲しくはないけど、が
んばってね」

 そんな風に何人もの議員がレイナに声をかけてから退室して行った。
そして最後にレイナのところに来て声をかけたのが赫議員だった。
「おめでとう、中目議員。今後の活躍を期待してますよ」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう頑張りますので、お力添
えお願いします」

 赫議員はうなずき、退室していったが、おれはその後を追った。

 どうしても気になったことがあったから。

 エレベーターまでの通路で追い付いて声をかけた。
「赫さん、一つだけ教えて下さい。あの時どうして、中目を応援したん
ですか?」

 赫さんはにこやかに答えてくれた。

「理由は一つだけではありません。

  まず第一に、私は、どんなに国家に寄与している企業であろうと、そ
 の代表が国家元首になることを是としません。

  第二に、中目議員も指摘されていましたが、二緒議員にとっての絶対
 譲れないものとは、近々私たちの間でも審議する感情制御装置取締法で
 す。
  これは彼女がNBR社代表だからというだけではなく、彼女個人が遭遇
 した悲劇が絡んでいます。個人的なトラウマに突き動かされている人物
 が国家元首となる可能性も、私は排除すべきだと判断した。

  第三に、これは白木議員、今後のあなたにも大きく関わってくるで
 しょ うけれど、中目零那という方は、政治に関わる者の間では非常
 に有名で してね。国政に直接関与してはこなかった私にすら噂が届
 いていた程です。一般の方には二緒議員が圧倒的に有名でしょうが、
 パブリック・チルドレンだからというだけではない何かがあの方には
 あります」

「え、あの、赫さんみたいに議員をされてた方が、中目をあの方っ
て・・・?」
「詳しい事は私からではなく、直接中目議員からお話があることでしょ
う。あの方をよろしくお願いしますよ」
「ちょ、ちょっと!お願いしますって何ですか!?」

 赫さんは無言でおれの肩を何度か叩くと、そのままエレベーターに乗
り込んで姿を消してしまった。

 おいおい、これってそういう話なのか?本人の承諾抜きで?

 他に誰もいない筈の通路に人気を感じて振り返ると、レイナがいた。

「お前さ、いつからそこにいた?」
「今」
「なら、お前をお願いします、って赫さんの言葉、聞いたか?どういう
意味だあれは?」
「そのままでしょ?同じ十代の代表なんだから」

 そんな額面通りの言葉には聞こえなかったんだがな。

「それよりお腹減っちゃった。宿舎戻って光子さんに何か作ってもらお
うよ~?」
「お前のAIはどうした?おれはまだお前と共同生活ってか同棲始めるつ
もりは無いぞ?」
「応援してくれてたのに?」
「何のことだ?」
「私に投票してくれてたんじゃないの?」
「何を根拠に?おれが年上好みじゃないとなぜ言い切れる?」
「簡単だよ。教えてあげたら、抽選議院副議長当選をお祝いしてくれ
る?」
「お祝いの内容が無制限じゃないならな」
「んっとね、タカシ君、投票用紙に書き込む時、毎回同じ画数だった
んだな」

 あっ、と息を呑んだ。

「もう判ったよね?さー、何してもらおっかなー、かなー?」

 画数通りに文字を書くとは限らないが、最後に二人だけ残った投票対
象はレイナと二緒さんだけで、二人の苗字の画数は明らかに違っていた。
聞いてみればなるほどと思うしかない。

「お祝いだっていうなら、物騒なのは止めろよ。おれはまだ若い身空で
犯罪者にはなりたくない」
「合意の上でなら犯罪にならないこともあるよ?」
「残念だがおれは古風なんだ。ちゃんと手順を踏んだ上じゃないとその
気になれん性質でな。だからそっち系のお願いをされてもパスだ。拒否
権を行使する」

 レイナの奴は、かわいげに、ん~、と指を唇の前で振って考え込んで
から言った。

「じゃあ、とりあえず今日は晩御飯一緒にするってだけで許してあげる。
お祝いは何がいいかは考えておいてあげるね♪」
「オーケー。花束とかじゃダメか?」
「だーめ!楽しみにしてて」

 レイナは腕を絡めてきて、上がってきたエレベーターにおれを引き込
んだ。とりあえずその晩の光子さんの晩飯はフレンチのフルコースとい
う非常に食べなれないものになったが、それで当座をしのげるなら安い
ものだった。

 そんな程度のものでレイナがおさまるハズも無かったと思い知らされ
るのは、そのわずか数日後の事だったが、この時のおれは食事の後もワ
インで粘ろうとしたレイナを瓶ごと部屋の外に追い出すのがやっとだった。

 この歳で酒の上の過ちなんて洒落にならん。

 リビングに戻ってソファにどさっと腰を下し、ようやく一息つけた。

「かあさん、ココアお願い」

 台所に控えていたAIは食事の片づけの合間にでも用意しててくれたら
しく、温かいココアを注いだカップはすぐに供された。
 一試合で150球投げた試合の晩よりも確実にへばっていた。ココアを
啜りながら今までに味わったことのない疲れに浸っていると、AIが遠慮
がちに声をかけてきた。

「タカシ。今日届いたメールのチェックは明日になさいますか?」

 そういえば、そんな話をしていたな。今日の午前中がすでに遠い昔に思えた。

「んー、少なければ目通そうかな。何通くらいなの?」
「メールだけで1,567通です」

 危うくカップを落としそうになった。口に含んでたら噴き出していた
ろう。AIがタイミングを見計らってくれてたことに感謝した。

「AIと受付端末でフィルタリングをかけるとか言ってなかった?」
「フィルタリングをかけた後の数です。かける前の件数は10,795通でした」

 頭がくらくらした。いちまんななひゃくきゅうじゅうご?

「電話番号はまだ一般に通知されておりませんので電話はかかってきて
ませんが、公開後はメールと同数程度にかかってくると予想されます」
「えーと・・・。1,567通のメールって、読むのにどれくらいかかるの?」
「一通当たり10秒としても、15,670秒。約261分かかります」
「4時間半か。1万通とかだとその10倍として40時間、っておい・・・」

 無理だろ。それが結論だった。一通ずつに目を通して返事を書くだな
んてのもだから無理だ。その上で国会にも出て広く世に出て意見を聞い
て回って政策も考えたりとかなんて、とてもじゃないけど一人じゃでき
ないことだけは明確に分かった。

「他の議員も同じくらいなの?」
「受付初日という事もあるので平均値がどの程度に落ち着くのかは不明
ですが、二緒議員が今日一日で受け付けられたメールは最低で数万件に
及ぶでしょう」
「フィルタリングで振り落とされたの含めればその数十倍とか?」
「はい」

 一日数十通のファンレターなら受け取ったことはある身だが、上には
上がいる。天上人を気にしても仕方無いのだが。

「お知り合いの方からのものを優先順位1、抽選議員の方のものは2、
選挙議員の方が3、企業院の方が4、その他が5という形で選り分けて
あります」

 目の前の空間に大画面のメールボックスが表示されて、大半のメール
はその他のフォルダに入っていた。そして優先順位1のフォルダに入っ
ていたのはたった一通だったので、そこをまず開いたのは自然な流れだっ
た。その差出人は、行徳おじさんや元野球部の仲間たちからではなく、
確かに最優先で読みたくなる相手からのものだった。

 たった一行しか書かれていないメールを何度も読み返した後、AIに聞
いた。

「こいつに会ってもいいのか?」
「宿舎でしたら」
「二人きりで?」
「可能な限り、私は同席させて頂きます」
「例えば、二人がそーいう雰囲気になっても?」

 AIは誰かに問い合わせるように何秒か沈黙してから答えた。

「別室に控えます」
「オーケーだ」

『会えない?話したいことがあるの』

 そう書き送ってきたのは、昨年の夏におれをふった、元カノだった。


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