piled timber

紀-1



 彼女に初めて出会ったのは、バイト先の上司が連れて行ってくれた飲み屋でだった。僕より二つ下で、別に目立って可愛いという事も無かったけれど、人なつっこそうな彼女は笑顔を絶やす事が無い以外は何処にでも居そうな娘だった。
 週に一二度は上司に必ずといって良いほどその店に連れて行って貰ううち彼女とも気安く話が出来る様に僕はなっていた。

 そんなある日、いつもの様にバイト先の上司に連れられて店に行ったのだが、その日は何でも他にも約束があるとかで、上司は私を置いて先に帰ってしまった、けれど上司の好意で僕は一人で飲み続ける事になった。いつもの様に僕たちがいた席にはいつもの彼女がやってきて、彼女が勧めるままにカラオケを歌い酔いが回るがままによた話をしてのだが、ふと気づくと店の照明が落ちていた。
「もう終わりなの」
 そう僕は彼女に尋ねるた。
「この曲が終わったら今日はお終いよ」
 そこで、何気なく僕が言った。
「飯でも食いに行かないか」
 彼女はちょっと何かを考えたようだったがこう答えた。
「角の喫茶店で待ってて」
 僕はタクシーでも拾って帰ろうと最初は考えていたのだけど、思いもしない展開になりドキドキしながら店を出た。その出がけに彼女は小さな声で囁いた。
「十分位で行けると思うから」
「判った」
 僕はそう答えると、少し足早に待ち合わせの店に向かって歩きながら、これってどういう事だ?彼女はただ単におなかが空いてただけなのか?それとも俺に気があったのかなと考えながら歩いているうちに喫茶店に着いてしまった。
 店に入ると終電を乗り過ごした会社員、コンパ疲れの学生、見るからにホステスと客という組み合わせがごったになっていた。席に着いた私はコーヒーを注文し彼女が訪れるのを待っていた。妙に時計の針が気にかかる。彼女に騙されたんじゃ無いか、からかわれただけじゃ無いかと。
 僕は焦る気持ちからか、店に入ってから十分も経たないうちにコーヒーを飲んでしまいさてどうしたもんかと考えているところに彼女が息を弾ませながら入ってきた。
「ごめんなさい待った?」
 僕はためらわずに答えた。
「いや、そんなに待ってないよ」
 そこへウエイターがやってきて、注文を取ろうとするのを遮り僕らは店を出た。

「何食べたい?」
「お好み焼きが食べたい」
「じゃあお好み焼き食べに行こう」
 そんな会話をしながら僕らは二人で並んでお好み焼き屋へ向かって歩いた。彼女の格好は店にいる時の制服姿では無く、トレーナーにミニスカートという何処にでも居そうな姿だった。何度か行った事のあるお好み焼き屋へだったので迷うことなくすぐに店にはたどり着いて、すぐにお腹が空いているという彼女の為にお好み焼きを注文した。二人でお好み焼きを焼きながら彼女が東京へ出てきた訳、今のバイトをしている訳などを聞いているうちに、不意に彼女が呟くように言った。
「私のこと何とも思って無いと思ってたけど、誘ってくれて嬉しかった」
 私はそんなつもりじゃ無かったとは言えなかったが、女の子に好意持たれるたのに浮かれてしまっていた。しかし楽しい一時は長くは続かない物で、食べ終わる頃には始発の走り始める時刻になっていた。仕方なく僕は、彼女と共に駅へと足を運ぶ事にした。

「朝焼けが綺麗だから今日は天気になるな!、これから海へ行かないか」
「車で行くの?」
「いやタクシーで行けば二時間かかん無いだろ」
「お金が勿体ないでしょ。でも行きたいね」
 彼女はにこにこ笑いながら答えた。それが、極普通の答えだとは思うけど、その時の僕には、そんな極普通の事を答えた彼女に対して急に愛おしさを感じてしまっていた。コマの前ではあったが僕は彼女を抱きしめた。
「人が一杯いるよ」
 そう答えはしたものの彼女は僕の唇を拒みはしなかった。

 瓢箪から駒とはこういう出来事を言うのだろうか、僕は彼女に口づけをした後、当然とでも言うように彼女の肩を抱き、ホテル街へと向かい始めた。そして彼女もそれが当然とばかりに僕の肩に頭を寄せ歩いていた。

 その日僕らは結ばれた。もっともホテルが見つからずシャワーも無いレンタルームしか空いて無かったし、よっぽど彼女は眠かったのだろう。彼女に私が繋がって数分しないうちに「アアァ」とか荒い息づかいだったものが規則正しい寝息に変わっていた。そしてそんな彼女を抱きしめながら僕も眠りに落ちていった。
 日めくりは変わらなかったが、僕らは目覚めてまた抱き合った。今度は昨夜の仕返しとばかりに彼女に乗りながらTVをみながら動きを止めて彼女に怒られたのは御愛敬だろう。僕らはレンタルームを出た後、次に会う約束もせず別れた。彼女には午後からのバイトが、そして僕には夕方からのバイトが待っていた。

 そして、いつもの様にバイトが始まった。そして昨夜の事など何も無かったかの様にいつもの様に時間が過ぎていった。僕は彼女の店での名前しか聞いて無いし彼女が何処に住んでいるか、彼女の電話番号すら聞いて無かった。彼女とは途絶えてしまったかに思えた。

 二三週間過ぎてからだろうか、僕から彼女の店に電話を入れたのは。
「今日店がはねたら会えないかな?」
「良いよ」
 そんな短い会話で彼女との約束は成立した。
 そして食事をしてホテルヘ行った。そんな関係が何度か続いた後で僕は思いきって彼女を部屋に誘った。
「汚い部屋だけどうちへ行かないか?」
「貴方の部屋へ行っても良いの?」
「あんまり汚いから君さえ嫌じゃなきゃね」
「早く行こう」
 彼女は嬉しそうに僕の腕をつかむと歩き始めた。

 彼女が部屋へ出入りを初めて私が知った事は彼女がプロレスが好きな事。アニメの仕事がしたくて東京ヘ出てきた事。好きだけじゃ飯が食えないから夜のバイトをしている事。そして本当の名前だった。
 風呂無しの汚い離れに住んでいた僕は、彼女とよく夜中にコインシャワーを浴びに行ったものだった。そして近所の仲の良いラーメン屋などへ一緒に行って食事を食べたりもしていた。

 知り合って三か月過ぎた頃だろうか、「生理が来ないの」と彼女が言っていたのは。僕はまだまだ若く真剣に彼女の話を聞いてやることなど出来なかった。そんな僕に愛想を尽かしたのか彼女は部屋に来る事も無くなってしまった。

 彼女が部屋に尋ねて来なくなった頃バイトを止めてしまった私は、取り敢えず食べる為にはとバイト先を探す事が忙しく、彼女が尋ねて来ない事は考えもしなかった。そして、次のバイト先を決めるのに一月余りかかったろうか。
 バイトが見つかってほっした瞬間、彼女の事が気になってきた。夜を待って店に電話を入れてはみたものの一月前には止めたという返事、彼女から聞いた記憶を元に彼女を捜す事にした。何軒かの店を探し回って、新宿に来る前に働いていたという店を探しあて尋ねてみると。
「ああ、その子だったら一月前から働いていますよ」
 そう答えたマネージャーの答えに僕はその店まで出向いていた。

「どうしてここが判ったの」
「前に、お前が働いていたことがあったって言ってたじゃ無いか。これでも結構探したんだぜ」
「ごめんね」
 そんなやりとりの後、その晩彼女は部屋へ尋ねて来たのだけれど、子供の結論は出ないまま彼女は翌朝帰って行ってしまった。そして、これ以降、いくら探しても彼女を見つける事は僕には出来なかった。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: