piled timber

紀-3



 尋ねて来た娘は二年前につき合っていた紀だった。別れた年には何度か手紙のやりとりはあったものの、彼女の元へと電話も出来ず、この一年近くは手紙のやりとりさえ無くなっていた彼女がいきなり目の前に現れたのである。「元気」と尋ねる紀に「元気なんか無いよ」とギブスの腕を見せながら笑った僕は、「こっちへ来いよ」とベッドへと紀を手招いた。
 二年の空白なんか何も無かったかの様に紀は私の腕の中へと飛び込んできた。当然の様に口づけを交わした、何も言わずに僕は紀の服を不自由なギブスで固められた手を使い洋服をはぎ取ろうとしていた。彼女は別に抵抗する事も無く、つい数日前にもそうしていたかの様に服を脱がそうとする僕に協力しながら裸へとなっていった。
 その華奢な体は十代の頃の固さが消え少し柔らかな曲線に変わっていた。何も語る事無く僕は紀に体を重ねていった。利き腕の右がギブスで動かないせいだろうか左手で彼女の体をまさぐり彼女の潤いを確認して彼女の中へと入っていった。

 何度交わっただろう心地よい疲労感の中で僕と彼女は抱き合っていた。そんな軽いまどろみの中、僕の腕の中でうとうとしている姿は実家へ帰ってしまう前の姿と何も変わっていなかった。「なんかあったの」と尋ねると「用事があって来たんだけど明日は帰らなきゃならないの」と紀は言った。どんな用事で紀が東京へ来たのかそして僕の元へどんな想いで来たかなんて尋ねる事は出来なかったけれど、今傍らで肌を触れ合っているという事が答えなんだろうと感じていた。

 二時間近く眠っていたろうか。目覚めると紀が出かけて来ると化粧を直していた。私はベッドの上で「帰って来るんだろ?」と尋ねると「ちょっと遅くなるかも知れない」「じゃあ行って来るね」と彼女は出かけて行った。僕は久々のセックスが堪えたのかすぐに眠りに落ちてしまった。

 「ただいま」と紀は帰って来た。その声で目が覚めた僕は外が暗い事に驚いた。一月の入院生活で落ちた体力で久々のセックスはこんなにも体力を消耗するのかと。二人で着替えて近所のコインシャワーへと脚を運び、狭いシャワー室で彼女と一緒にシャワーを浴びた。シャワーを浴びながら口づけを交わしそして互いの体をまさぐるように洗いあった。
 軽く食事をした帰り道、どちらともなく口を開いた、「貴方に会えて良かった」そう紀は言った。僕が「女に対する見方が君と別れて変わってしまった」「君との出逢いが僕にはターニングポイントだったかも知れない」と言ったとき彼女は少し怒ったような顔になっていた。しかしそんな表情はつかの間の出来事だった。部屋に帰った僕たちは貪るように相手を求めあっていた。僕は空白の二年を埋めてしまえとばかりに何度も何度も彼女を求めていた。

 翌日、東京の空は曇っていた。「何時の新幹線に乗るの」と聞くと「昼には乗らなきゃいけない」と紀は答えた。時計を見ると時間はまだ二時間以上ある、覆い被さる僕に彼女は下からしがみついて来た。しかしそうして過ごす時間の流れは速いものであっという間にリミットの時間が近づいてしまった。あわてて着替える彼女を見ながら何かが変わるのかなとぼんやり期待し考えていた。

 東京駅まで二人とも会話する事なくただ黙々と歩き続けた。何を話せば良いのだろう?次の約束も無く彼女は帰ろうとしている。しかし僕には彼女を引き留める事すら出来るはずも無かった。彼女への気持ちは確かにあったしかし彼女が田舎に帰らなければならない理由を作ったのは僕だったし、彼女の家での立場を不味いものにしたのも僕である。彼女へ対する自責の念で何も話す事が出来なかった。

 風を切る音と共にホームに新幹線が入ってきた。それでも二人とも何も話す事が出来なかった。互いに目を背け、時々思い出したように相手の顔を盗み見てはまた目をそらしてしまう。そんな事をしている間に発車のベルがホームに鳴り響いた。新幹線に乗り込む紀に「じゃあ」と僕にはその一言しか言えなかった。「じゃあ」そう告げた紀の顔は崩れ、泣き出していた。閉まるドアのその向こうで手を振り続ける彼女の姿がだんだん小さくそして見えなくなった。


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