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人生朝露
カフカと荘子 その2。
荘子です。
フランツ・カフカ(Franz Kafka(1883~1924)と荘子をやっています。
参照:Wikipedia フランツ・カフカ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%AB
当ブログ 荘子と『変身』。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5105
カフカと荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5106
「怪」を綴るひとびと。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5107
カフカの作風が、荘子の影響を受けているということについて。今日は、実例をいくつか。
≪賢者の言うことは喩えばかりだ、日常の役に立ちやしない、自分たちの生活は変哲もない日常ずくめだというのに、と多くの人が不平を鳴らす。たとえば賢者が言うとしよう。
「かなたへ赴け」
道を渡った向こうという意味ではないのである。道を渡るだけならば、いつでもできる。渡りがいのあるものならば渡りもしよう。だが、賢者の言う「かなた」はそうではない。それがどこなのやら誰にもわからず、詳しくは話してもらえず、だからして何の役にも立たない「かなた」である。本来、この種の喩えは、伝えようのないものは理解できないことを伝えているだけかもしれない。だが、そんなことなら私たちはよく知っている。自分たちが毎日のように苦労しているのは、もっと別のことである。
これに対して、ある人が言った。
「何故さからうの? 喩えどおりにすればいい。そうすれば自分もまた喩えになる。日常の苦労から解放される」
すると、もう一人が言った。
「それだって喩えだね。賭けてもいい」
先の一人が言った。
「賭けは君の勝ちだ」
あとの一人が言った。
「残念ながら、喩えのなかで勝っただけだ」
先の一人が言った。
「いや、ちがう。君はほんとうに賭けに勝った。喩えのなかでは負けている」≫(『カフカ短篇集』「喩えについて」より)
この、役に立つとか立たないとかいう話は、「無用の用」にそっくりです。
『惠子謂荘子曰、子言無用、荘子曰、知無用、而始可與言用矣、夫地非不廣且大也、人之所用容足耳、然則廁足而□塾之、致黄泉、人尚有用乎、惠子曰、無用、荘子曰、然則無用之為用也、亦明矣。』(『荘子』外物 第二十六)
→恵子が「あなたの言っていることは何も役に立たない」と言った。すると荘子は「役に立たないという意味を本当に理解してから、役に立つかどうか、ということを論じましょう。この大地はもとより広大だけども、人間がその大地を進む時に必要なのは、地に足が着いている部分だけでしょう。もし、仮に、あなたが歩く足の形に合わせて大地を残しておき、残りの全てを黄泉の国まで掘り下げてしまうとして、あなたは、そんな「底なしの大地」を役に立つと言えるのですか?」恵子「役には立たないでしょう」荘子「役に立つとか立たないとか、という視点は、そうやって考えれば答えは明白なのです。」
『荘子与恵子游於濠梁之上。荘子曰「魚出游従容、是魚之楽也。」恵子曰「子非魚、知魚之楽。」荘子曰「子非我、安知我不知魚之楽。」恵子曰「我非子、固不知子矣。子固非魚也。子之不知魚之楽全矣。」荘子曰「請循其本。子曰女安知魚楽云者、既已知吾知之而問我。我知之濠上也。」』(『荘子』秋水 第十七)
→荘子と恵子が二人が橋の上に来かかった時に、荘子が言った。「魚が水面にでて、ゆうゆうとおよいでいる。あれが魚の楽しみというものだ」 すると恵子は、たちまち反論した。「君は魚じゃない。魚の楽しみがわかるはずがないじゃないか」 荘子が言うには、「君は僕じゃない。僕に魚の楽しみが分からないということが、どうしてわかるのか」 恵子はここぞと言った。「僕は君でない。だから、もちろん君のことはわからない。君は魚ではない。だから君には魚の楽しみがわからない。どうだ、僕の論法は完全無欠だろう」そこで荘子は答えた。「ひとつ、議論の根元にたちもどって見ようじゃないか。君が僕に『君にどうして魚の楽しみがわかるか』ときいた時には、すでに君は僕に魚の楽しみがわかるかどうかを知っていた。僕は橋の上で魚の楽しみがわかったのだ」≫(現代語訳は、湯川秀樹さんの随筆「知魚楽」による)
参照:荘子とクオリア。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5098
・・・この、『喩えについて』という短篇は、露骨に『荘子』の影響が見られます。「かなた」云々というのは、省略しましたがグスタフ・ヤノーホに紹介した斉物論篇の「方正の説」についてです。よくよく見ると、全て『荘子』の中での恵子との対話の部分から引用しているものでして、そこも面白い。
≪夜、狭い通りを散歩中に、遠くに見えていた男が―-というのは前が坂道で、明るい満月ときている―まっしぐらに走ってくるとしよう。たとえそれが弱々しげな、身なりのひどい男であっても、またそのうしろから何やらわめきながら走ってくる男がいたとしても、われわれはとどめたりしない。走り過ぎるがままにさせるだろう。
なぜなら、いまは夜なのだから。前方が上り坂で、そこに明るい月光がさしおちているのは、われわれのせいではない。それにその両名は、ふざけ半分に追いかけ合っているだけなのかもしれないのだから。ことによると二人して第三の男を追いかけているのかもしれないのだから。先の男は罪もないのに追われていて、背後の男が殺したがっているのかもしれず、とすると、こちらが巻き添えをくいかねないのだから。もしかすると双方ともまったく相手のことを知らず、それぞれがベッドへ急いでいるだけなのかもしれないのだから。もしかすると夢遊病者なのかもしれないのだから。もしかしたら先の男が武器を持っているかもしれないのだから。
それにそもそも、われわれは綿のように疲れていないだろうか。少々ワインを飲みすぎはしなかったか。第二の男も見えなくなって、ホッと胸をなでおろす。≫(『走り過ぎる者たち』「カフカ寓話集」より)
これは巧いです。夜という設定なので、
客悽然變容曰「甚矣子之難悟也。人有畏影惡跡而去之走者、舉足愈數而跡愈多、走愈疾而影不離身、自以為尚遲、疾走不休、絶力而死。不知處陰以休影、處靜以息跡、愚亦甚矣。(『荘子』 漁父 第三十一)
→漁師は孔子を哀れんでこういった「自分の影を恐れ、自分の足跡を憎んだ男がいた。あせってじたばたしたものだから、足跡はさらに増えるし、いくら速く走っても影は自分から離れてはくれない。走るのが遅いからだと思い込んでさらに疾走し、ついにその男は死んでしまったそうな。日陰に入って休めば自分の影は見えないし、じっとしているだけで足跡はつかないのに、それすらも分からない。愚かなことだな。」
・・・「影を畏れ迹を悪む」をの影を「第二の男」、モウリョウを「第三の男」とできます。
≪もののけある家には月かげに女のかげ障子などにうつると云。荘子にも罔両と景と問答せし事あり。景は人のかげ也。罔両は景のそばにある微陰なり。≫(『今昔百鬼拾遺』影女の解説より)
参照:八雲とユングと胡蝶の夢。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5049
Wikipedia 影女
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%B1%E5%A5%B3
カフカの作品の中でもこの二作は、原典である『荘子』を読めないと、掴めないものがあるでしょうね。他にも『流刑地にて』の冒頭の≪「実に大した機械でしてね」学術調査の旅行家にむかって将校が言った。そしてとっくにおなじみのはずの機械を、あらためて感嘆の面持ちでしげしげと見つめた。≫というのは、荘子の「機心」とそっくりです。
参照:ハイゼンベルクの機心。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5099
で、
カフカの『田舎医者』という短篇は、『荘子』というよりも『淮南子』の「人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)」で説明し易いと思われます。馬と怪我ですね。
参照:Kafka's A Country Doctor 1/3
http://www.youtube.com/watch?v=_XpvlrOcEcM
『本当の道は、一本の綱の上を通っているのだが、綱が張られているのは高いところではなく、地面すれすれである。それは歩かせるためというよりむしろ、つまずかせるためのもののように見える』
参照:人間万事、ツァラトゥストラの偶然。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5090
≪「偶然は私たちの頭の中だけにあるのです。私たちの限られた知覚のなかに。それは私たちの認識の限界を反映するものです。偶然に対する戦いは、つねに私たち自身に対するところの、完全には勝を制することのできぬ戦いです。」≫(G.ヤノーホ著 『カフカとの対話』より)
参照:荘子の造化とラプラスの悪魔。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5087
今日はこの辺で。
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