人生朝露

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ボルヘスと『聊斎志異』。

荘子です。
荘子です。

Google ホルヘ・ルイス・ボルヘス生誕112年記念ロゴ。
ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899~1986)の『聊斎志異(りょうさいしい)』に注目しています。去年もGoogleのロゴに使われましたが、ボルヘスはアルゼンチンを代表する作家であり、現代でも世界的に人気のある作家であります。

参照:夢と鏡のドッペルゲンガー。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5125

参照:Wikipedia 聊斎志異
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%8A%E6%96%8E%E5%BF%97%E7%95%B0

で、
『聊斎志異』蒲松齢著
ボルヘスも、カフカも読んでいる『聊斎志異』ですが、この本は、清朝の時代・1776年に刊行された怪奇小説でして、当時巷で交わされていたり、古くから口承されていた不思議な物語をベースに作者の蒲松齢(ほしょうれい)が短篇小説集にしたものです。

通常、中国の小説というと「四大奇書」と言うように、『西遊記』『水滸伝』『三国志演義』『金瓶梅』あたりがテーブルに載るものです。これらは、日本における影響は言うまでもない作品群です。『南総里見八犬伝』とかは『水滸伝』の世界観を間借りしていると言っていいほどの作品ですし、『西遊記』と『三国志』に至っては21世紀になっても現役です。

参照:『真・三國無双6』張飛、星彩
http://www.youtube.com/watch?v=TAN1u5TjTGA

Olympics 2008 Monkey Movie - BBC Sport
http://www.youtube.com/watch?v=Yr5ZWYRaAyw
・・ちなみに、↑の動画のコメント欄が面白くて、だいたい「Dragon ballだ!」「Gorillaz(ゴリラズ)のイラストと同じだ!」「その昔“monkey”というタイトルの日本のテレビ番組が放映されていて、我々のガキのころは釘付けになって観ていたものさ。」「いやいや、これは中国の古典“Journey to the West”といってだね・・。」いうのが、エンドレスで繰り返されています。

『バベルの図書館』より「聊斎志異」。
『聊斎志異』は、知名度こそ低い作品ですが、Wikipediaにもあるように、カフカ、ボルヘスだけでなく、日本の作家への影響も絶大です。芥川龍之介、佐藤春夫、木下杢太郎、太宰治、井伏鱒二、司馬遼太郎等々、錚々たる顔ぶれが並びます(個人的には澁澤龍彦とかはモロ)。。

当ブログとして外せないのは、
『新・聊斎志異』 手塚治虫。『本へのとびら』宮崎駿著 岩波新書。
手塚治虫と宮崎駿です。この本のファンは文学のジャンルにとどまらないのも特徴的です。ま、想像力に関して突出しているんですよ。

≪たくさんのお話がのっていて、どれもふしぎでおもしろいのですが、中でも「酒の精」という、ごく短いお話だけでも読むねうちがあります。このお話はぼくのものの考え方にとても大きな影響をのこしました。ぼくはいまだに煙草をすいます。もう50年ちかくすっていますが、やめようと思ったことはありません。「酒の精」のお話の、酒のかわりに煙草と入れかえてみて下さい。ぼくの気持ちが分かってくれましたか(笑)(『本へのとびら』宮崎駿著(「聊斎志異」より)≫

宮崎駿オススメの「酒の精」の話は『酒虫』というタイトルで、芥川がリメイクしています。

参照:『酒虫』 芥川龍之介
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/161_15133.html

・・・また、虫の話です(笑)。

参照:Matrix - Interrogation
http://www.youtube.com/watch?v=4D7cPH7DHgA&feature=related

参照:ゆっくりレオンのバイオハザード4 ゆっくり実況と解説と縛りと part6
http://www.youtube.com/watch?v=pfhtesmQVjU

『バベルの図書館』より「聊斎志異」。
ボルヘスの『聊斎志異』には、「酒虫(しゅちゅう)」は出てきませんし、凡そ500の短篇が並ぶ中で、わずか12篇しか載せていません。しかし、博覧強記のボルヘスが選んだ短篇が道家思想や後の道教、特に『荘子』と『列子』の寓話の延長にあるものに集中しています。タイトルだけ列挙すると、

≪「考城隍(氏神試験)」「長清僧(老僧転生)」「席方平(孝子入冥)」「単道士(幻術道士)」「郭秀才(魔術街道)」「龍飛相公(暗黒地獄)」「銭流(金貨迅流)」「?遂良(狐仙女房)」「苗生(妖狐宴遊)」「趙城虎(猛虎贖罪)」「夢狼(狼虎夢占)」「向杲(人虎報仇)」「画皮(人皮女装)」「陸判(生首交換)」()内は訳題。国書刊行会 ホルヘ・ルイス・ボルヘス『バベルの図書館』『聊斎志異』より)≫

となっておりまして、夢にまつわる話が非常に多いのが特色です。12篇の中は今年の夏に公開される「画皮(がひ)」も入っています。ボルヘスは当然、要所はおさえてあります。

参照:映画『画皮 あやかしの恋』日本版予告編
http://www.youtube.com/watch?v=D2xDaYyG1p0

・・・このうち「長清僧(老僧転生)」は、死んだはずのお坊さんの魂がある御曹司の魂混ざって再び寺に戻るというお話で、中国では古くからあるパターンのものです。奇しくも『『聊斎志異』と同じ1776年に刊行された上田秋成の『雨月物語』の「夢応の鯉魚」もしくは、太宰治の『魚服記』や『竹青―新曲聊斎志異―』と対比すると面白いです。

参照:『雨月物語』と荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5113

青空文庫 竹青―新曲聊斎志異― 太宰治
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1047_20130.html

ボルヘス版の中盤以降に「虎」という単語が連続するので分かるように「人が虎に変身する話(人虎伝)」をベースにした話もふんだんにありまして、書生が虎になるなんていうところは、中島敦の『山月記』との共通点が多いです。もちろん紀元前の『荘子』にも虎に食われる話は登場しますが、中島敦の『山月記』の場合、隴西の李徴の「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」は、科挙試験に挫折し続けた『聊斎志異』の作者・蒲松齢と重ね合わせた方がなじむところもあると思います。

参照:Wikipedia 人虎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E8%99%8E

参照:荘子とカフカと中島敦。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5112

『聊斎志異』には、道教の「道士」が多く登場しまして、日本で言うと「陰陽師」止まりで、きちんと伝わらなかった道家の幻術の記載があります。日本でファンタジーを描く場合でも陰陽術は扱われますが、中国でも「仙人」と共に「道士」がその担い手になります。

例えば、こんな感じ。
『バベルの図書館』より「聊斎志異」。
≪単道士(ぜんどうし)は、誰かと歩いたり座ったりしているときでも、忽然と姿を消す。御曹司はどうにかしてこの法を伝授してもらいたいのだが、単道士は頑としてきいてくれない。それでも、そこをなんとかと懇願すると、道士は言った。
 「術をおしむわけではないが、わしの道をぶちこわしにされるのが心配なのじゃよ。この術を伝授した相手が君子ならばよいが、さもなければ、どうじゃ?この術を悪用して泥棒だってできるのじゃよ。(中略)ひょっとしたら、その美人の閨に忍び込むかもしれん。そうなりゃ悪の手助けをし、淫をすすめることになろうじゃないか。せっかくだがあきらめなされ」
 御曹司、それ以上どうにもならず、腹を立てた。こっそり下僕たちと謀り、あの道士をぶんなぐり、恥をかかせることにした。とはいえ、身を隠してしまうかも知れない。そこで脱穀場に細かな灰をまかせた。幻術者は隠形の法はたくみでも、歩いた所には必ず足跡を残す。足跡をたどって不意打ちをすればよい、というのである。
 そこで単道士を誘い出し脱穀場に行った。牛追い用の鞭で、いきなり殴りかからせたところ、道士はぱっと見えなくなった。しかし、灰には果たして履(くつ)の跡がある。左右からむちゃくちゃにぶんなぐったが、やがて足跡もわからなくなってしまった。(同書「単道士(幻術道士)」より≫

・・・これは、全人類のうち、無駄な妄想力が膨らみやすい方の半分が、一度は妄想する夢「透明人間」についての記述です。

参照:透明人間
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%8F%E6%98%8E%E4%BA%BA%E9%96%93

さらに、単道士(ぜんどうし)はこんな事もできます。

≪御曹司が帰宅すると単道士が来た。下僕たちが言うには、
 「わしももうここにはおらん方がいいようじゃ。これまでいろいろ世話になったので、別れにあたり礼をしたい。」
 とて、袖から特上の酒ひと瓶を取り出した。また袖をさぐり、酒の肴を一皿出し、卓上にならべた。ならべると、また袖をさぐる、といったぐあいに、およそ十回以上も繰り返す。卓上がいっぱいになったところで、みんなを呼び集め大いに飲んだ。みなご機嫌になったところで、ひとつひとつ袖にしまい込んだ。
 韓家の御曹司、この不思議な話を耳にするや、またまた幻術を使わせた。
 単道士は壁に城壁の絵を描いた。手でぐいと押すと城門はすぐに開いた。そこで身の回りのものを入れた行李などを、そっくり城門の内側に投げこんだ。手をこまねいて、
 「あばよ!」
 と言うが早いか、場内に飛び込むと、城門はひとりでに閉じた。それきり道士の行方は杳としてわからないのである。(同書「単道士(幻術道士)」より≫

・・・私が知るかぎり、最古の「四次元ポケット」と「どこでもドア」の記述があるのがこの『聊斎志異』の「単道士」です。日本人も江戸時代には触れている本ですが、発想がもはやSFです。こういった空間の跳躍を描けるのは『老子』や『荘子』『列子』に代表される道家の思想家にみられる徹底した認識論の裏打ちあってこそでして、仏教思想から同じ真似ができるかというと、非常に困難だと思います。

今日はこの辺で。


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