人生朝露

人生朝露

『ダークナイト』と荘子 その3。

荘子です。
荘子です。

『ダークナイト( The Dark Knight)』(2008)。
『ダークナイト(The Dark Knight 2008)』と荘子の続き。

参照:『ダークナイト』と荘子 その2。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5132/

荘子 Zhuangzi。
『故盜跖之徒問於跖曰「盜亦有道乎?」跖曰「何適而無有道邪?夫妄意室中之藏、聖也。入先、勇也。出後、義也。知可否、知也、分均、仁也。五者不備而能成大盜者、天下未之有也。」由是觀之、善人不得聖人之道不立、跖不得聖人之道不行。天下之善人少而不善人多、則聖人之利天下也少而害天下也多。故曰「脣竭則齒寒、魯酒薄而邯鄲圍、聖人生而大盜起。」掊擊聖人、縱舍盜賊、而天下始治矣。夫川竭而谷虛、丘夷而淵實。聖人已死、則大盜不起、天下平而無故矣。聖人不死、大盜不止。雖重聖人而治天下、則是重利盜跖也。』(『荘子』胠篋 第十)
→大盗賊、盜跖(とうせき)の舎弟が言った、「親分、泥棒にも道ってのがありますか?」盗跖(とうせき)曰く「泥棒に道があるかって?そりゃ、どこに行くにも道はあるさ。部屋に何が置かれているかを推理できるのが聖。押し入るときに先頭に立てるのが勇。出るときにしんがりをつとめるのが義。うまくいくための作戦を立てるのが知。分け前をきっちり公平にするのが仁だ。この五つの徳がなけりゃ、天下の大泥棒になれるわけはねえよ。」このように観ると、聖人の「道」がなければ、善人であろうと、盜跖のような者であろうと自ら行うことはできない。(道の会得に善悪に関係ないとすると)、天下に善人が少なく、不善人が多ければ、本来、聖人が意図して示した道は天下の利に益するどころか、害するところが多くなってしまう。故に「脣が竭きれば則ち歯寒く、魯酒薄くして邯鄲囲まれ、聖人生まれて大盗起こる」という。聖人を討ち滅ぼし、盗賊を野に放ってこそ、天下は治まる。川が涸れて谷は虚しく、丘が崩れて淵が満たされる。聖人がいなくなれば盗賊はいなくなり、天下太平の世が訪れる。聖人が生きている限り、盗賊がはびこる。聖人が天下を統治しようとすればするほど、大盗賊・盜跖を利する結果となってしまう。』

この『荘子』の胠篋篇の文章は、『ダークナイト』のストーリーに非常によく似ています。

前半部分は、冒頭の銀行強盗のシーンに、
「ダークナイト』銀行シーン。 

参照:THE DARK KNIGHT (2008) - Bank Robbery Scene
http://www.youtube.com/watch?v=v3-ClsRE9Yk&feature=related

後半部分は、バットマンとジョーカーが表裏一体であるというところに対応しています。
ジョーカーの尋問シーン。
The Joker: I don't, I don't want to kill you! What would I do without you? Go back to ripping off mob dealers? (ハハハハ!オレがアンタを殺す?なんで殺さなきゃいけない(笑)?アンタなしじゃ、オレは売人から金を巻き上げるケチなチンピラに逆戻りだ。)
The Joker:No, no, NO! No. You... you... complete me.(いやだ、いやだ、冗談じゃない!アンタは、アンタはオレを補ってくれる。)

参照:Heath Ledger - Incredible Acting
http://www.youtube.com/watch?v=u8PxG5zvgOM

で、今回は前掲の中間の部分、特に「魯酒薄くして邯鄲囲まる」について。

「魯の国の酒が薄かったせいで邯鄲の都が囲まれた」・・・何を言っているのが原文だけでは分かりませんね。これは『釈文』によると、おおよそこんな話です。

「楚の国の王が、諸侯の集めたとき、魯の国から献上された酒が薄かった。これに腹を立てた楚王は魯の国へ攻め込んだ。一方、梁の国の王は、趙の国と友好関係にある楚の国の援軍が来ては敵わないと趙を攻めあぐねていたが、楚が魯に攻め込んだと聞き、これは好機とばかりに趙に攻め入り、こうして趙の都・邯鄲は梁軍によって包囲された。」

・・・つまり、魯の酒が薄かったことが原因となって、ドミノ倒しのように原因が重なり、趙の都・邯鄲が囲まれた。ここから「一見すると全く関係のなさそうな些細な原因から、思いもよらない結果を招く」という意味の慣用句となりました。

同じ言葉は『日本書紀』の元ネタ『淮南子』では、こうなっています。
『淮南子』。
『福之萌也綿綿、禍之生也分分。禍福之始萌微、故民嫚之。唯聖人見其始而知其終。故傳曰「魯酒薄而邯鄲圍,羊羹不斟而宋國危。」』(『淮南子』第十)
→幸福の兆しは細い糸の先のように見いだしがたく、不幸の始まりは様々な事象から生じてくる。幸福と不幸の原因は些細なことから始まるため、人々は、幸福と不幸の兆しを目の前にしながら、漫然として気にもとめない。ただ聖人のみがその始まりとその終わりを見通すことができる。故に「魯の酒が薄いために邯鄲は囲まれ、羊のスープが御者に行き渡らなかったがために宋の国は危機に陥った」という言葉がある。

『淮南子』の『許註』によると、「魯の国の酒は薄く、趙の国の酒は濃かったが、趙の国の官吏が魯への賄賂の額をケチったがために、魯の官吏が腹を立てて魯と趙の酒を取り替えた。それに怒った楚王が趙を攻めた」という説もあるそうですが、これも「些細なことが大惨事を引き起こす」という意味の言葉です。

参照:人間万事、ツァラトゥストラの偶然。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5090/

日本にも同じような意味のものがあります。
富嶽三十六景「尾州不二見ヶ原」 葛飾北斎。
「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺です。

なぜ「風が吹けば桶屋が儲かる」かというと、
1.大風で土ぼこりが立つ
2.土ぼこりが目に入って、盲人が増える
3.盲人は三味線を買う
4.三味線に使う猫皮が必要になり、ネコが殺される
5.ネコが減ればネズミが増える
6.ネズミは桶を囓る
7.桶の需要が増え桶屋が儲かる

・・・となり、最終的には桶屋が儲かるわけです。辞書によると「あることが原因となって、その影響がめぐりめぐって意外なところに及ぶことのたとえ。また、当てにならないことを期待するたとえ 」なんだそうです。意味は同じですが、現在の使用頻度はこちらの方が高いですね。

『ダークナイト』に戻ります。
トゥーフェイスとジョーカー。
The Joker: I just did what I do best. I took your little plan and I turned it on itself. Look what I did to this city with a few drums of gas and a couple of bullets. Hmmm? You know... You know what I've noticed? Nobody panics when things go "according to plan." Even if the plan is horrifying! If, tomorrow, I tell the press that, like, a gang banger will get shot, or a truckload of soldiers will be blown up, nobody panics, because it's all "part of the plan". But when I say that one little old mayor will die, well then everyone loses their minds!(おれはベストを尽くしただけさ。アンタのさかしらな計画をひっくりかえしてみせただけ。いくつかのドラム缶と銃弾でね。アンタは気づいていた?人間ってのは自分の想定の範囲内では焦ったりはしないものさ。たとえ恐ろしい計画でも。例えば、「明日ギャングを一人殺すぞ」とか「兵士を爆破するぞ」とか言ってもな。だって、想定の範囲内だから。ところが、「どうでもいい老いぼれの市長を殺します」とでも言ってみれば、みんな我を失ってパニックさ!

参照:Agent of Chaos
http://www.youtube.com/watch?v=5iwf20t9J1k&feature=related

「真・女神転生」 悪魔の属性図。
ここは、法を司る「光の騎士」が暗黒面(Darkside)に墜ちるシーン。
彼の信奉する観念が逆転し、彼の「Light-Law」の属性が変わります。

参照:「ペルソナ」と荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5129/

ジョーカーはこう言います。
トゥーフェイスとジョーカー。
The Joker: Introduce a little anarchy. Upset the established order, and everything becomes chaos. I'm an agent of chaos.
(小さな無秩序を呼び寄せて、既成の概念をひっくり返してみる。すると、全てが混沌に包まれる・・・おれは「混沌からの使者」さ。)

「魯酒薄くして邯鄲囲まる」です。

・・・このセリフを聞いて、西洋のインテリのほとんどが思い浮かべるのは「カオス理論(Chaos theory )」なんてすよ。

参照:Chaos Theory and Batman: The Dark Knight Part I
http://www.psychologytoday.com/blog/the-chaotic-life/200807/chaos-theory-and-batman-the-dark-knight-part-i
例えばこれ。

実際、ゴッサムシティは物理的に封鎖されるし、続編でも鍵となる「聖人がいなくなる」という設定からみても、『荘子』の「魯酒薄くして邯鄲囲まる」のはずなんですが、西洋人はこれに非常に似た言葉を思い浮かべるからのようです。

ただし、この言葉はその意味を知って知らずか、一人歩きをしながら多様性に富んだ変化を繰り返しておりまして、場所や効果がいろいろと違います。しかし、『ダークナイト』の混乱の舞台・ゴッサムシティのモデルがニューヨークであり、『荘子』を扱う以上、こうするしかないですね。

『北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる』

参照:Rage
http://www.youtube.com/watch?v=BaxBFnIUTrc

Wikipedia バタフライ効果
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E5%8A%B9%E6%9E%9C

荘子の造化とラプラスの悪魔。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5087/

今日はこの辺で。


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