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人生朝露
ル=グウィンと荘子 その2。
荘子です。
現在は、アーシュラ・K・ル=グウィンと荘子です。
参照:アーシュラ・K・ル=グウィンと荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5164/
今日は、ル=グウィンが1971年に発表した、『天のろくろ(The Lathe of Heaven)』について。彼女の友人、フィリップ・K・ディックのSF小説を意識して書かれた作品です。『天のろくろ』は、「現実とは何か」という視点について、ディックの作品との共通項が多く見られます。
参照:ディックとユングと東洋思想。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5141/
『天のろくろ』は荘子で始まります。
≪第一章
孔子もあなたも共に夢であり、あなたを夢だと思っている私もまた夢なのだ。これは逆説である。明日には賢人が現れてこれを説明してくれるかもしれないが、その明日は、一万世代の後にしか到来しないだろう。 ――― 荘子 第二(アーシュラ・K・ル・グィン著『天のろくろ』ブッキング刊 脇明子訳)より≫
≪第九章
夢で酒を飲んだ者は眼を覚まして涙を流す。 ――― 荘子 第二(同上)≫
・・・『天のろくろ』は、全部で11章ありまして、第一章と第九章は、『荘子』の「斉物論篇」からです。
『夢飲酒者、旦而哭泣。夢哭泣者、旦而田獵。方其夢也、不知其夢也。夢之中又占其夢焉、覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也、而愚者自以為覺、竊竊然知之。君乎、牧乎、固哉。丘也與女、皆夢也、予謂女夢、亦夢也。是其言也,其名為弔詭。萬世之後,而一遇大聖知其解者,是旦暮遇之也。』(『荘子』斉物論 第二)
→夢の中で酒を飲んでいた者が、目覚めてから「あれは夢だったのか」と泣いた。夢の中で泣いていた者が、夢のことを忘れてさっさと狩りに行ってしまった。夢の中ではそれが夢であることはわからず、夢の中で夢占いをする人すらある。目が覚めてから、ああ、あれは夢だったのかと気付くものだ。大いなる目覚めがあってこそ、大いなる夢の存在に気付く。愚か者は自ら目覚めたとは大はしゃぎして、あの人は立派だ、あの人はつまらないなどとまくし立てているが、孔子だって、あなただって、皆、夢の中にいるのだ。そういう私ですら、また、夢の中にいるのだがね。こういう奇妙な話が分かる大聖人に会えることは本当に希で、千年に一人でもいたら幸運だろうよ。
Wikipedia Dream argument
http://en.wikipedia.org/wiki/Dream_argument
これは、「長梧子の夢」と題されることもあります。荘子の思想とデカルトの思想がカブるところ。
≪第三章
天の助けを受ける者を天の子と呼ぶ。天の子は学ぶことによってこれを学ぶのではない。行うことによってこれを行うものでもない。論ずることによって、それを論ずるものでもない。理解しえなくなったところで、理解を停止させるのは、最高の知惠というべきである。それを行いえない者は、天のろくろの上で破滅の憂き目にあうことになろう。
――― 荘子 第二十三≫
『學者、學其所不能學也。行者、行其所不能行也。辯者、辯其所不能辯也。知止乎其所不能知、至矣。若有不即是者、天鈞敗之。』(『荘子』 庚桑楚 第二十三)
→学者とは、学び得ない事を学ぼうとする者である。行者とは、行い得ない事を行おうとする者である。弁者とは弁じ得ない事を弁じようとする者である。知の至り得ない領域を知る者は至れり。それをなし得ない者は天の理からあぶれる。
・・・ここが、この小説のタイトル「天のろくろ」。「天鈞」を「天のろくろ」と意訳していまして、これが誤訳であろうと私は好きです。「天鈞」というのは、本来は自然の調和とか、均衡という意味で使われますが、ル=グウィンの作品のコアとなる部分です。
たとえば、『ゲド戦記』。
≪「夢には見ました」そしてそれから少し間をおいて、ゲドはつらそうに言葉を続けた。「ジェンシャーさま。わたしにはあれが何なのか、わからないのです。まじないをかけたら出てきて、わたしをつかんで、はなさない...。」
「わしにもわからぬ。あれは名前というものがないのでな。そなたはすぐれた力を持って生まれた。だが、それをあやまって使ってしまった。光と闇、生と死、善と悪、そうしたものの均衡にどういう影響を及ぼすかも考えずに、そなたは自分の力を超える魔法をかけてしまったのだ。しかも、動機となったのは、高慢と憎しみの心だった。それでは悪い結果が出てこぬのが不思議というものだ。そなたが呼び出したのは死人の霊。だがそれといっしょに、そなたは死の世界の精霊のひとつまでも、この世に放ってしまったのだ。(『ゲド戦記 影との戦い(1968)』より)≫
ゲドの成長の過程で、賢者達が「宇宙の均衡」と魔法との関係を説きますが、これは「天鈞」と言って良いんではないかと思います。
『天のろくろ』には老子の言葉もあります。
≪第五章
大道が失われたとき、博愛と正義が始まる。――― 老子 第十八(同『天のろくろ』より)≫
≪第八章
天地には人の情けはない。 ――― 老子 第五(同上)≫
有名な格言が二つ、「大道廃れて仁義あり」「天地不仁、万物を以て芻狗となす」です。
参照:湯川秀樹と老子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5116/
≪第二章
神の門は存在しないもの、無有である。 ――― 荘子 第二十三(同『天のろくろ』より)≫
≪第十一章
星光は無有に尋ねた。「師よ、あなたは存在するのか?それとも存在しないのか?」だがその問いに答えは得られず.... ――― 荘子 第二十二≫
『荘子』はその構成として内篇・外篇・雑篇と分けられまして、ル=グウィンは、外篇と雑篇の境界から引用しています。特に、雑篇の「庚桑楚篇」は老子と荘子の思想の結節点としての意味あいがありまして、ル=グウィンの老荘思想の理解の深さを示していると思います。
≪第六章
われわれ人間の仕事なんか、今がまだやっと序の口にすぎないということ、口なんぞに言うこともできない、考えることもできないような、「時」というものの助けを借りなければ、とてもそんな仕事には、助けの「た」の字も望めないということ、―――そういうことを、学び知ることであろう。そうして、おそらくその時には、われわれがその中から、どうあがいても逃れることのできない、あの生と死の永遠のうずまき、あれはじつは、われわれ自身が作りだしたものであり、われわれ自身が望んで求めたものであるということや、また、この世をつなぎとめる力は、すべて「過去」の罪業であり、永遠の悲哀とは、いつ飽くこともない欲望の永遠の飢餓にすぎないものであるということや、燃えつくした太陽は、すでに消滅した生命の不尽不滅の情火のみが、ふたたびそれを燃やす口火になるということなども、しぜん、わかっていなければならないはずである。
――― ラフカディオ・ハーン 『東の国から』≫
・・・ここが、特殊。小泉八雲の『東の国から』です。正確に言うと、『東の国から』の「石仏」という、小泉八雲が熊本に居たときの頃の随筆の最後の部分から。もともと『東の国から』は老子の思想についてもいろいろと記述があります。ル=グウィンと小泉八雲は思想の始点に一致が見られます。
≪一部の科学者は言語を文字通りの「合言葉」に使って、人と他の種の間に超えることのできない境界線を引く。デカルト的二元論、キリスト教的排他主義、行動主義理論がこぞって、二世紀の間、動物とは機械であり、コンピューターのようにプログラムされていて、心も考えも感情もコミュニケーション能力も、知覚力さえもないという教義の形成に参加した。動物と人間との共通点は何もなく、不思議なことに脳や体や行動がたまたま似ているに過ぎないというのだ。
絶対的な違いを説くこの偽科学主義は、わたしたち人間の閉鎖的傾向、自分たちと違うやり方をする者への偏見から生じ、また、それを助長する。「あの連中のしゃべり方はまともじゃない。めちゃくちゃな論法で、わあわあわめいているに過ぎない。あいつらは野蛮人だ。あいつらはほんとの人間じゃない。動物だ。わたしたちだけが人間だ。わたしたちだけが本物の言語を話す」ああ、まるでバンダー=ローグがわめいているみたいだ。
旧約聖書の神は言う。「光あれ」その聖書によれば、人間だけが神の姿をかたどっているそうだ。ゆえに「神」と「わたしたち」だけが、「光あれ」と言える。
でも、そうなら朝の四時に雄鳥はなんと言っているのだろう。
話す仕方がひとつしかないというのは、思いこみに過ぎないではないか。(『いまファンタジーにできること』アーシュラ・K・ル=グイン著 谷垣暁美訳より)≫
参照:小泉八雲と荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5046/
これ、荘子ですよね。
今日はこの辺で。
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