March 3, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧くださいえんぴつ

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「言えなかった、ってどういうことよ」
 その日の夜、同居のことをくるみに打ち明けられなかった僕を待っていたのは、テーブルの向こう側から冷たい視線で睨みつける、紗英の大きな瞳だった。
「ごめん、言いだすタイミングって言うか、なんて言うか・・・」
「はー、そんな予感はしてたけどさー。やっぱり、あのまま、朝のうちに白状しちゃえば良かったのに。明日はくるみさんに会わないの?」
「くるみ、明日は会社の先輩の結婚式があるんだ。あ、あとこれ、くるみが見つけたんだけど」
 僕は洗面台でくるみが見つけたピアスを差し出した。

「何で僕のなんだよ。おかしいだろ。紗英の忘れ物だって言ったんだ。冷蔵庫の中の野菜のこととか聞かれてさ。くるみと会った日のことを謝りにまた紗英が来て、その時の忘れ物だって言っといた」
「それで済んじゃったってわけ?もう、この役立たず」
 怒りながら、紗英はテーブルの上のピアスを指で弾いた。ピアスは一瞬きらっと光って、絨毯の上にぽとりと落ちた。僕自身が弾かれたような惨めな気分。いや、ちょっと待て。
「役立たずって、それじゃあ、お前、これわざと置いていったのか?」
「そうよ」
 何の悪びれるところもなく、しれっと紗英は言い放った。
「お前、そういうことするなよ」
「今朝みたいに急に追い出されるようなことさえなければ、もうしないと思うけど。だいたいくるみさんに打ち明けるって言い出したの、吾朗ちゃんでしょ」
 そう言われると返す言葉もない。
「だから、ごめんって。次に会ったときには必ず、言うから」
「どうだかね。今朝みたいに隠し事するときは抜かりないのに、正直に打ち明けることはできないんだから」

「認めたくはないけど、僕が隠そうとするのは親父に似たのかな」
「何よ、それ。親のせいにしないでよ」
 紗英は呆れた顔をした。
「いや、親父が亡くなる前にさ、ちょっとした事件があったんだ」
「吾朗ちゃんのお父さん、亡くなったの?いつ?」

「六年前。しばらく入院してて、寒くなってきたから、何か上に羽織るものを持っていこうとして、母さんが親父のタンスを開けたら、奥の方から通帳が出てきてさ。親父、母さんに隠して結構貯めてたんだ。母さんは何に使うのかって、さんざん問い質したけど、とうとう最後まで親父は口を割らなかった。口下手で不器用な人だったからさ、ひょっとしたらいつか母さんに何かプレゼントするために、内緒で貯めてたんじゃないかって、僕は思ったんだけどね。結局親父は白状せずに逝っちゃったけど」
 ふと気が付くと、紗英の顔からはさっきまでの刺々しさが消えていた。力を失った紗英の瞳は、仄暗い水の底でゆらゆらと揺れているようだった。
 しまった。紗英は自分の母親のことを思い出したに違いない。
 僕にとって、親父の死はもう時効。昔のこととして胸に納まりつつある話だった。
 だが、形見のロケット・ペンダントが壊れたあの夜に、紗英がこぼした止めどない涙。紗英が母親を亡くした痛みから、まだ癒えていないのは明らかだった。
 無理もない。紗英の両親は周囲から結婚を反対され、駆け落ち同然で一緒になった。父親は紗英が生まれてまもなく他界し、親戚との関わりも一切絶った母親が一人で育ててくれたと、昔、紗英本人から聞いたことがある。物心ついた時から、紗英は母娘二人きりだった。
 そのことを知りながら、僕は何の話をしているんだ。親父が死んだときの話なんて。
「ごめん、こんな話」
 俄かに紗英の瞳は光を取り戻した。
「だからって、これとそれとは違うでしょ。そんな話しで誤魔化さないでよ。いい?次にくるみさんに会うときは、今度こそちゃんと話してよ」
 これ以上話したくはないのか、そう言うと紗英は自分の部屋に行ってしまった。

 僕も肉親を失った悲しみは体験した。親父を失った母さんが、人に隠れて何日も泣いていたことも知っていた。だから紗英の悲しみの深さを、何となくはわかっているつもりだった。つもりだったが・・・。
 紗英の悲しみの本当の正体について、この時の僕には知るよしもなかった。(つづく)


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Last updated  March 5, 2008 05:10:11 PM
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