January 26, 2009
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◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆ は、記事の下のコメント欄を。
  最初から、または途中の回から続きを読まれる方は、 ◆ 一覧 ◆ からどうぞ。
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 紗英が倒れた。
 病院から連絡があったのは、仕事納めだった日の翌朝、まだ夜が明けていない午前四時前のことだった。
 車で高速を使えば片道三十分で着く距離が、果てしなく遠く感じて、ただ気ばかりが焦っていた。
 病院に着いてからも焦る気持ちを抑えられず、廊下をバタバタと駆けてホスピスへと向かった。薄暗い廊下の所々に非常口を知らせるライトが淡く浮び、ワックスがけされた床はその僅かな光を反射させて濡れたように緑色に光っていた。
 紗英の部屋のドアを開けて飛び込んできた光景に、僕は一瞬たじろいだ。様変わりした物々しい雰囲気。この前まではなかった心電図などの計器類が、紗英のベッドを取り囲んでいた。
「ついさっき眠り始めたところです。今はだいぶ落ち着いています」
 強張った僕の顔を見て、看護師の一人がそう言った。
「ちょっといいか?」
 坂下に促され、部屋を出た。無言のまま案内されたのは、ホワイトボードと机と椅子しかないがらんとした狭い部屋だった。
「紗英に何があったんだ?」
 その問いかけに、坂下は僕から視線をずらして淡々と答えた。
「三時の巡回で、ベッドの脇に倒れている紗英を看護師が見つけた。お前を呼び出したのは、一時的にだが意識を失っていたからだ。ついさっき意識も取り戻したし、今回はこのまま安定すると思うが、今後またこういうことがあるだろうし、何の前触れもなく突然の場合もある。いずれにしても覚悟はしておいてくれ、それと…」
 助かる見込みのない場合、無理な延命処置は行わない。それが紗英の希望だと坂下は言った。
 覚悟、延命処置、それらの言葉が意味すること。それを理解することを、僕の心は頑なに拒んでいた。
 僕は動揺を隠せなかった。
「お前は大丈夫なのか? 紗英とお前は付き合ってはいないって言ってたが、でもお前は紗英のこと… 」
 失笑にも似たため息が、坂下の顔をほんの少し和らげた。
「優しくしないでくれとか、これ以上構うなとか、これまで紗英には何度振られたことか。あいつにとって俺はいいお友達だ。それ以上でも、それ以下でもなく。だから俺もそれでいいと思っている」
「友達? そんなわけないだろう。紗英だってお前に惚れている。お前だって、本当はそれを分かっているんじゃないのか? 紗英のことだから自分が逝った後、お前が悲しむのを心配して、これ以上優しくするなとか構うなって言ってるだけだろう?」
「どうしてそんなことが言えるんだ。紗英が何か言ってたか?」
 坂下は関心もなさそうな顔で、力無くどこか遠くを見つめていた。
「いや、あいつはそういうこと口にする方じゃないし、どうしてって言われても…」
 時間がないのは紗英だけじゃない。坂下だって紗英といられる時間は後僅かしか残されていない。二人のために何かできることはないのか。ただそれだけを考えていた。
「何て言うか、紗英を見ててそう思うんだ。勘と言うか…、僕のDNAがそう感じてる。紗英はお前に惚れてるって」
 そう言った途端、坂下は茶化すように軽く笑った。
「DNA? そういや紗英も以前同じようなことを言ってたっけ。ホント、お前ら考えることや、感じ方まで似てるんだな。兄妹だから? DNAレベルでお互いの情報をやりとりできるとでも言うのか。俺は俺の兄貴が考えていることなんて、これっぽっちも感じたことはないぞ」
 その顔にうっすらと浮んだのは、哀しく儚げな笑みだった。
「俺に対する紗英の気持ちが何なのか、それはどうでもいいんだ。今はただ紗英が望むようにしてやりたい。後に残る俺を悲しませたくなくて俺の気持ちが負担になるなら、このままいいお友達ってやつでいてやりたいんだ。紗英が望まない限り、この距離を無理に壊したいとは思ってないよ」
「お前は、それでいいのか? 本当にそれで構わないのか?」
「ああ」
 穏やかな表情で坂下は頷いた。
 部屋に戻ったときも、紗英はまだ眠っていた。今回はもう大丈夫だろうと言って、坂下は部屋を出て行った。
 点滴が一滴、また一滴。その落ちる音が聞こえてきそうなくらいに静かな部屋の中で、僕は親父が息を引き取った時のことを、その場に泣き崩れてしまった母のことを思い出した。
 覚悟なんてできるもんじゃない。できているつもりでもいざその時を迎えたら、ほとんど何の役にも立たないことを僕は親父の死を通して知っていた。
 何の心構えもなくある日突然というよりは、ある程度の心の準備はできるかもしれない。だがそれは悲しむたのめの準備ができる程度であって、心が動じないための準備などではない。そんな準備はできる訳がなかった。
 そして大切な人を失った悲しみは、一気に高さを増す津波のように襲いかかり、傷跡を残して去っていく。完全には癒えることのないこの傷跡が再び痛みに疼いたとき、波はまたやってくる。繰り返し、繰り返し。それを乗り越えながら、僕らは生きて行く。
 悲しみの波の中で、坂下は後悔しないだろうか。
 紗英、お前はこのままで本当にいいのか。
「余計なお節介よ、ほうっておいて」
 何を言っても、お前はそう言って突き放すだろうな。だけど…。
 うっすらと夜が明けて行く。今年もあと三日。新年はもうすぐそこまで来ていた。(つづく)


○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○


読んでくださり、ありがとうございました!


あなたにもイイコトがありますように☆彡 いつもありがとうございます♪(*^^)v ファイブ ブログランキング 「コンテンツバンク」で記事をチェック! あなたにもイイコトがありますように☆彡



今回の物語の補足
 DNAの話・紗英が坂下琢人に「もう私のことに関わらないで」と言った場面は
「第35話 ~ sae(11) 窓 ~」

さて…「順調に更新できれば続きは次の週末に♪」
なんて、自分に気合を入れるためにも前回書きましたが…

無理でした。(>_<)

今回は殴り書きのような下書きは早くできていたのですが、
いよいよ紗英が危ない… という場面なので、
私なりに普段以上に細心の注意を払って、言葉の一つ一つを吟味しながら
書いたので、とても時間がかかりました。

というか、本文読んでもそんなこたぁちっとも感じねぇーぞ
だとは思いますけど…“私なりに”ですので。(^^;)

先週の土曜の夕方以降と日曜はまる一日、予定があったため、
何とか土曜の夕方にはUPしようと頑張っていたのですが、
この“私なり”の妙なこだわりが納得するものがなかなか書けず、
結局、“週末更新”が“週明け更新”になりました。

土日、様子を見に来てくださった方、ごめんなさい。m(__)m
それと、ありがとうございました!
「見に来てくださったんだな~」と思うと、
いつも胸が温められます 心から感謝です


それではまた、今度こそ今週末UPを目標に頑張ります!(*^^)v
(って、一応書いておきます。一応ね。自分に気合を入れておきたいので。^^;)


今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ


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Last updated  January 28, 2009 08:23:25 AM
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