家庭教育

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虐待 娘に嫉妬、やまぬ怒り~朝日新聞




 手が痛くなっていた。2歳の長女を叩きながら、栄美は自分の手がしびれているのを感じた。はたしてどれほどの時間、続けていたのだろう。火がついたように泣く声で我に返った。見ると、長女のほおや太ももは真っ赤に腫れ上がっていた。その少し前。家の近くの公園で長女が友達とけんかした。栄美は笑顔で「けんかしたらダメでしょ」と語りかけ、長女の手を引いて家に戻った。窓を閉めると、怒鳴り上げた。「なんで仲良く遊べないの!」。次の瞬間、手をあげていた。
 長女を産んだ産院では、母乳は2時間おきに与え、室温は28度以下にしないように、と注意点ばかり並べられた。それが気になり、1日中クーラーをつけたり消したり。時計を見ては長女を起こし、母乳を飲ませた。おふろ、授乳、おしめ。すべて栄美の役目だった。夫は仕事ばかりで、帰宅はいつも深夜。相談する人も、子育てに協力してくれる人もいなかった。
 4ヵ月のとき。泣き声に耐え切れず、長女を布団の上に放り投げた。噴き出す気持ちを、抑え切れなかった。母乳を飲ませながら、長女を押しつぶして、窒息させたい衝動にもかられた。子育ては頑張ろうと、もちろん思っていた。離乳食は全部手作りし、絵本を読み書きさせた。おむつはずしの時期にもこだわった。母親としてできる限りのことをした。だが、長女は思い通りには動かなかった。お漏らしをし、ごはんをこぼした。そのたびに手をあげた。
 「こんなに愛情をかけているのに、どうしてできないの」。ある時、長女におもちゃを買ってやりながら、どうしようもないうらやましさに襲われた。「私はこんなにしてもらったことはない」長女への嫉妬が、栄美を虐待へと駆り立てた。
 栄美は小さい頃、母に火のついた線香やたばこを押し付けられた。はたきで、みみず腫れができるほどたたかれた。父は外に女をつくって出て行った。10歳のころ、母の実家に引っ越した。が、母は半年もしないうちに、黙って姿を消した。「捨てられた」と思った。
 長女が5歳のころ、ふと手にした心理学の本で「アダルト・チルドレン」という言葉を目にした。「もしかして私も?」。どきりとした。自分がしていることも、されてきたことも虐待だったのか。頭が混乱した。1週間以上布団の中で泣き続けた。なぜたたいてしまうのか。あの怒りはどこからくるのか。思い悩んで駆け込んだ精神科で「大変な人生を歩いてきたね」と言われた。
 1年、2年と時間をかけ、自分の生い立ちを振り返った。気持ちが落ち着き、ようやく長女への暴力が止まった。自分も親に愛されたかったという思い。一人で抱え込んだ子育て。41歳になった栄美はいう。「虐待は特別なことではないと思う。日常からつながっていて、きっかけはどこにでも転がっている」

 子どもへの虐待が目立っている。逮捕される親も、後を絶たない。昨年度、全国の児童相談所に通報されたのは約2万4千件。うち65%は母親によるものだ。加害者である親の多くも悩み、苦しんでいる。なぜ、子どもを虐待してしまうのか。


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