プレリュード

プレリュード

2007年12月04日
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カテゴリ: クラシック音楽
室内楽の楽しみ

作曲家にとても親しい友人や先輩、師匠がいて、その人たちが亡くなると作曲家がその人の思い出をこめて音楽を書くということがよくあります。 そういう曲の中でも有名な1曲があります。チャイコフスキーが作曲しましたピアノ三重奏曲イ短調 作品50「偉大な芸術家の思い出」です。

チャイコフスキーにとって「偉大な芸術家」とは、モスクワ音楽院の設立者であり、ピアノの名手だったニコライ・ルビンシュテインのことです。 チャイコフスキーが音楽院の教授として迎えられてからその親交が始まったのですが、彼の曲の初演や音楽への助言などもおこなっていたそうです。

ところが、チャイコフスキーが書いた「ピアノ協奏曲第1番」については、ルビンシュテインに助言を求めなかったことで、この親友はへそを曲げてしまい、完成後に楽譜を親友に見せに来たチャイコフスキーに散々な酷評を述べたために、さすがのチャイコフスキーも怒ってしまい不仲となりました。

実は、このピアノ協奏曲はルビンシテインに捧げるつもりで書かれていて、楽譜にもそう書くつもりだったそうです。

その後この協奏曲はまったく手を加えることなく出版されて、曲は名指揮者ハンス・フォン・ビューローに捧げられてニューヨークで初演されました。
しかしその後二人は元の仲に戻り、再び親交を深めるようになりました。

再び戻った友情でしたが、そのルビンシュテインが46歳の若さでフランス・パリで亡くなり、チャイコフスキーはその死を嘆き悲しみ、その死を悼んで書いたのがこの曲です。



その後シューベルトの2曲に代表されるように、ロマンの香りいっぱいの抒情的な曲が生まれて、ピアノ三重奏曲は独自の芸術性を確立していました。

ところがチャイコフスキーはあまり数多くの室内楽を書き残していません。今でも頻繁にコンサートや録音に採り上げられるのは、後期の3曲の交響曲、ヴァイオリンやピアノの協奏曲、3大バレエ音楽に代表されるオーケストラ作品、ピアノ小品集、それにオペラです。

彼の室内楽作品として今日でも演奏されているのが弦楽四重奏曲が筆頭でしょう。

しかし、ピアノ三重奏曲としてはベートーベンの「大公トリオ」と並んで最も人気の高い、また優れた作品として挙げられるのがこの「偉大な芸術家の思い出」です。

私の勝手な想像ですがニコライ・ルビンシュテインの追悼曲としては、弦楽四重奏・五重奏ではなくてやはりピアノが活躍するジャンルとして三重奏曲を選んだのだと思います。 彼はピアノ三重奏曲という形式の作品を書くことが苦手だったようです。 この曲は1892年の2月9日、イタリア滞在中に完成しています。 チャイコフスキーが支持者であったフォン・メック夫人に書いた手紙の中に、この曲について苦心したことが書かれています。

「私が今何を作曲しているかご存じですか? あなたは驚くでしょう。 以前にあなたは、私にピアノ三重奏曲を書くように要求されました。 ・・・・・・・あの時私はこの楽器の編成が嫌いなのだと書きました。 そして今、私は嫌っていたにもかかわらず、これまで私が避けていたこの分野を試みてみようという決心を突然しました。 ・・・・・・・うまくゆくかどうかわかりません。 しかし、うまくよくようにと切に願っています。 (後略)」

その苦心とは2楽章構成で書かれており、演奏時間45分という長大な作品として書きあげています。 それまで先人たちが築きあげたソナタ形式を含む作品の形式を、見事に打ち破っています。 第1楽章はソナタ形式に従いながらも提示部にウエイトを置いて書かれており、第2楽章は変奏曲となっています。 ピアノが縦横無尽に活躍するこの変奏は、やはりルビンシュテインの卓越したピアノ演奏を念頭に書かれていることは容易に想像できます。

しかもこの第2楽章は2部に分かれており、変奏の終わったあとに終結としての「終曲」を置いて、第1楽章の主題を回想するという有機的な方法で見事に曲を閉じています。

この曲を初めて聴いた時のことを今でも鮮やかに覚えています。高校2年生の音楽授業で、非常勤の女性教師が授業でこの曲を聴かせてくれたのが最初の出会いで、聴き終わって波のように押し寄せる感動に浸っていて、授業が終わってからそのLP盤を貸して欲しい、もう一度聴きたいからと教師に頼み込んでいました。そのLPは学校のライブラリーに備えられていたものではなく、その教師のプライベートの持ち物でした。

次の音楽授業がやってくるまで1週間の間自宅で毎日聴いていました。日に3度聴く日もありました。 演奏はロストロポーヴィチ(チェロ)、エミール・ギレリス(ピアノ)、レオニード・コーガン(ヴァイオリン)という1960年代の旧ソ連を代表する演奏家の夢のトリオでした。

曲の冒頭、ピアノの分散和音に乗ってチェロが奏でる深い悲しみに溢れた旋律が流れると、そこはもうチャイコフスキーの世界で、ルビンシュテインを思う気持ちが切々とあふれ出ています。 



この曲の白眉が第2楽章で、民謡調の旋律がピアノ独奏で流れ出し、ヴァイオリン、チェロを交えた11の変奏が繰り広げられます。 最も活躍するのはピアノで、多彩な音色の変化に満ちた音楽で、ここにもピアノの名手ルビンシュテインへの想いが溢れているのでしょう。

第2楽章は2部構成となっており変奏の終曲と終結部が第2部で、これまで親友の死を悼み悲しみながらも静かに思い出に耽っていたチャイコフスキーが、なりふり構わず泣きじゃくっているかのようで、第1楽章の主題がヴァイオリンで奏されてクライマックスを迎えるところなどは、泣きに泣くヴァイオリンに胸をしめつけられます。 そしてやがて静かに、静かに、ピアノとチェロが消え入るように音を刻みながら曲が閉じています。 まるで人が臨終を迎えて心臓が止まるかのように。 こうして「ある芸術家の思い出」は静かにカーテンを閉じていきます。

古今のピアノ三重奏曲の中でも、いやチャイコフスキーのどの交響曲や管弦楽曲、器楽曲、オペラやバレエ音楽の中でも一番好きなのがこの「芸術家の思い出」です。 第2楽章終結部の慟哭とも言えるヴァイオリンが泣いている旋律をいかなる時に聴いても、目頭が熱くなってしまいます。

愛聴盤 

(1) スーク・トリオ

COCO70528 1976年


堂々とした迫力とピアノの凄さに魅かれる演奏

(2) ウイーン・ベートーベン・トリオ

チャイコフスキー
(ビクター VDC1365 1988年録音 廃盤)

熱い情熱とどの楽器も美音に溢れる演奏


(3) デュ・プレ(チェロ) バレンボイム(P) ズッカーマン(Vn)

TOCE1547 1972年ライブ録音
(EMI原盤 東芝セラフィム TOCE1547 1972年ライブ録音 廃盤)

モノラル録音ながらデュ・プレのチェロ、バレンボイムのピアノが素晴らしい名演。現在であはデュ・プレのEMI録音として17枚組の中に収録されています。単品での復刻をやってほしい1枚。 このジャケットはその17枚組です。





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最終更新日  2007年12月04日 00時31分48秒
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