プレリュード

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2010年02月12日
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沓掛時次郎 遊侠一匹



原作は長谷川 伸の戯曲。 「股旅」という言葉は、長谷川 伸が「股旅草鞋」という戯曲を書いて使われたのが始まりらしい。 この作家には「瞼の母」「関の弥太っぺ」などの有名作品があります。 今では死語に近い「股たび」という言葉。 

男気いっぱいで、腕が立って度胸がある。 一本どっこの渡世人。 映画のポスターなどによく使われた言葉。誰もが一目置くやくざ。 その典型的な姿が沓掛時次郎。 脇役の渥美 清があこがれる「やくざ・渡世人」の姿、時次郎。

その本人が一番やくざを嫌っている。 やくざ稼業から足を洗って堅気になりたいと願っている。 それでも「一宿一飯」の仁義世界でないと暮らしていけない「悲しい性」のやくざ。ますます嫌悪を感じる渡世の世界。 そこに悲劇が生まれてこの物語が、いつまでも人の涙を誘う。 人の生き方の無情を訴えてくる。

やくざ世界には「一宿一飯の仁義」という業界のきまりがある。 江戸時代なら「草鞋を脱ぐ」という言葉があって、やくざ稼業をしておれば一門や親分から破門されていない限り、全国の親分衆を訪ねて行って「ただ飯」を食べさせてもらい、寝る場所も与えてもらえる。

しかし、世話になったその親分からの頼みごとを断ることはできない。例えそれが人を斬ることでも「いやです」とは言えない。言えば今後どこの親分も「ただ飯」「ただ寝」をさせてくれない。 それを「一宿一飯の仁義」と呼んでいる。

時次郎もこれが嫌でならない。しかし、自分の生きる場所はそこしかない。 渡世人の逃げることが出来ないジレンマがある。 この映画と同時代に一世を風靡した「任侠映画」が描いた、明治以降から現代までの「やくざ渡世」が直面した問題がこの「一宿一飯の仁義」でした。

この「沓掛時次郎 遊侠一匹」の特色は、時次郎が「やくざ世界」から抜け出したい、堅気の世界で行きたいと願っている姿が胸を打ってきます。

その例を原作にはない朝吉という人のいい無垢な気持ちのやくざを登場させて(渥美 清)、時次郎を粋な一本どっこの、いなせな渡世人として理想を求め慕わせて、挙句にやくざの醜い汚いやり方で惨殺される話を挿入して、時次郎の「嫌いなやくざ」を一層浮き彫りにしています。



三蔵の女房おきぬと子供を連れての道中旅。 旅をしながらお互いに魅かれていく二人。 恋する時次郎。 それをわかっているおきぬ。 しかし、お互いにそのことは口に出して言えない。 またもや義理と人情に引き裂かれる時次郎。

映画では時次郎とおきぬは初めての出会いではない。家に帰る道中で時次郎に出会ったおきぬ。この最初の出会いのシーンが何とも美しい。 柿を一つ時次郎に「旅人さんもどうぞ」と渡す。人の女房らしい人からの親切。心に灯がともるように顔を綻ばせる時次郎。 渡し船は実に絵になる。澄んだ川の水。そこを渡る船。まるで人と人、男と女を優しく包み込む。川と渡し船は股旅ものには欠かせない絵となる。 

そして加藤 泰監督はこういう男と女のぎりぎりの心の中を抉るのが巧い。 藤 純子主演の「緋牡丹博徒 花札勝負」でもお竜を足元から徐々に上にカメラを向けて「任侠映画」では比類のない美しさを演出している監督。

話を戻そう。 そうした時次郎の悩みを知っているおきぬは突然子供を連れて姿を消してしまう。 おきぬも義理(夫の仇)と人情(時次郎への慕情)の狭間に揺れて姿を消してしまう。

また夜の闇が宿場を覆う。場面は冬の雪の夜。時次郎は酒を呑みながらおきぬを想い瞼を濡らす。 おきぬを想う時次郎に「新内流し」の門付の三味線の音が聞こえる。

雪道を今にも血を吐きそうなか弱い体で少し首を傾け、手拭で顔を被った女を、足元から見上げようとカメラは捉えている。ここにもお竜と同様の映像美を見せてくれる。 前の場面で時次郎がおきぬを想って泣いていたから、この場面の情感の濃い深さは比類がない。斬った男の女房に惚れてしまった男に、永劫に愛の告白は出来ない。 時次郎には三蔵を斬ったことが原罪で、おきぬがキリストの十字架のようになっている。

この映画を初めて観たのは封切の時ですから今から44年前。昨年44年ぶりにDVDで観ましたが、この記事を書きながらこのシーンを想い出すとまた涙が滲んできます。それほどに哀しくも美しいシーンでした。

再会したがおきぬは労咳(結核)病みとなり、治療に金のいる時次郎。 またも喧嘩の助っ人で金を稼ぐことになり、喧嘩のあと金を持って帰ってくるがおきぬは不帰の人となっていた。おきぬが亡くなる直前に口に紅を差す。その女心に涙を誘う。

最後の場面は遺された子供を背負って街道を歩く時次郎。そこへやくざに憧れる朝吉のような男が時次郎に脇差を向ける。 時次郎の脇差が腰の鞘から抜けるや、その男は土を血で染めた。刀をほり投げて「もう二度とやくざに戻るまい」と子供をしっかりと背負って歩いて行く時次郎。 その後ろ姿にフランク永井の渋い低音で流れてくる主題歌「遊侠一匹」が重なって「終」となる。

「何でもあり」「何でも手にはいる」現代から観ると、自分の心を殺して生きていた、昔の古い日本人がとても美しく見える、そんな映画が「沓掛時次郎 遊侠一匹」です。

遊侠一匹






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最終更新日  2010年02月12日 00時47分02秒
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