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このところ、私にとっては、超人的なスケジュール。旅の前ということもあって、レイキのクラスの予約とキネシオロジーのモニターの予約がばたばたと入っていて、旅の出発前日をのぞいてほぼぎっしり埋まっています。(いつもはこんな状態ではないのですけどね)でも、このように仕事があるというのはとてもありがたいことです。まあ一般の人にとっては、これくらいの忙しさはごく普通なのかもしれません。たぶん、毎日、のんびりと夕日を眺めに行くなんてことさえできない方も多いでしょうし、そういう意味では、本当に恵まれていると感じます。とはいえ、最近の私の周りの急激な変化は昔から、ジェットコースターのような人生を歩いてきた私も何かを感じずにはいられません。今回は、旅の準備らしい準備は全くできませんでした。半年前、丁度、この旅が決まった時は旅に行く前には、スペイン語をしっかり勉強して、ペルーについてもいろいろ調べて、何度か断食もやって、心身ともに浄化して、、、、などと思っていたのですが今年に入って、あれよあれよという間に月日はすぎ、特に今年2月に父が倒れてから、怒濤のごとくいろんなことが起こって、その変化についていくのが精一杯。あれから、ほとんどスペイン語も勉強する間もなくペルーについても、すべて予約も下調べもおさむに任せっきり。断食も、先日、久々に1日断食はやりましたが、ほとんどやっていない状態ですペルーでのアヤワスカのセレモニー当日は断食すること、またそれまでに瞑想をやっておくこと必要だと主催の方からお知らせがありました。その何日か前から、食事制限をした方がいいとのこと。また別の土地で行われるエハンさんの友人のシャーマンがやってくださるサンペドロのセレモニーもやはり食事を制限した方がいいようです。食事はもちろん肉やアルコールはだめですがもともと私たちは肉を食べないし、と軽く考えていたのですが、塩、砂糖、油もだめ、発酵食品(納豆や味噌、チーズ)もだめといろんな制限があります。塩や油がだめとなると、かなり食事は限られてきて、結局、フルーツぐらいしか食べれないかも。先日、久々に1日断食(40時間の断食)をやったら最後の方はかなり厳しかったので旅に出発する前に、もう少し断食にも慣れておきたかったなあと。と、何で旅に出てまで、断食なのよ~という気もしないではないですけどね先日、知り合いに「バケーションいいですね~」と言われたのですが、ここ最近の私たちの旅は「バケーション」というニュアンスにはほど遠いようである種の「修行」のよう。もちろん楽しみなのですが、「よし、気合いを入れていくぞ~」という感じです。以前、シャスタの治美さんにリーディングしてもらった時は修は、前世でものすごい修行僧だったそうでかなり肉体的にも厳しい修行を積んできたんだそうです。それで治美さん曰く「今生ではもう修行はやめなさい」と言われたにも関わらず、やっぱり修行が好きなようで。だから修行、修なんだね、などと言っていたのですが治美さん曰く、修だけでなく、私もけっこう修行好きなんだとかそれを言われた時は「え~!努力家のおさむはわかるけど、こんななまけ者の私が修行好き??」と、思ったものですが、もしかすると、けっこう好きなのかもしれないなあと。(隠れ修行好き?)だから、やはりこのような状況を自ら作っていくのでしょうね。修行好きカップルのペルーへの旅これが終わったら一体どんな心境になるのでしょうか?う~ん、のんびりビーチで海を眺めているような旅がしたくなるかも~@Bahama
2009年05月31日
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アカデミー賞を取ったという『おくりびと』(Departures)の上映が昨日からニューヨークで始まったので、映画館に見に行こう~と楽しみにしていたのですが、先日、友人に話したら、DVDを持っているから貸してあげるよ~と持ってきてくれたので、結局、昨日は映画館に行く代わりに、家で映画を見ました。でも、家で見てよかったのかも~。もう後半は涙が止まらなくて、泣き通しでしたから日本では大ヒットでたくさんの方が見たそうですが、本当に素晴らしい映画ですね。久しぶりにこんなよい映画を見た感じがします。この映画で、納棺師というお仕事について、初めて知りました。友人や祖母が亡くなった時、遺体にきれいにお化粧してあったのは覚えていますが、そういう仕事について、今まで考えてみたこともありませんでした。日本の文化の中で「型」はとても美しいものだと思うのですが納棺の儀というものの中に、その型が息づいていてまるで、剣道の型や茶道、禅の食事の型などのように優雅で美しいものだということがわかってとても感動しました。その納棺の儀を完璧に行った主演の本木雅弘さんが、本当に素晴らしい何でも彼は、20代後半にインドへ旅して日常に生と死が存在しているインドの世界観に感銘を受けその後、日本の納棺師という仕事に興味を持ちいつか映画でやりたいと15年ほど暖めていた構想なんだそう。この映画のために、毎日、納棺の特訓をし、納棺師について、本当の葬儀の現場に変装して参加したり、実際に手伝ったりしたのだそうですね。この本木演じる、小林大悟は、チェロ演奏家の夢に破れて故郷の山形に帰り、それから納棺師の仕事を始めるという設定ですがチェロというのが、またとてもよい設定だなあと。きっと納棺師になった後の大吾のチェロの音はその前よりもずっと深い音になっているのだろうなあなどと考えながら見ていました。久石譲の音楽も相変わらずの久石節で素敵です♪本木さんは、このチェロも毎日練習していたそうで自分でも簡単に演奏できるぐらいまでなっていて(メイキング映像では演奏していました)すごい役者さんだなあと思います。脇役もすばらしい。何より、山崎努の存在感もう何も語らなくても、そこにいるだけで何かを感じさせる存在そして、火葬場で働いているおじいちゃんの言葉が素敵。「この人たちは、三途の川を渡るのではなく、門をくぐって行くわけです。私は門番としてたくさんの人をおくって来たんですよ」一方で、大吾の幼なじみが「もっとまともな仕事につけよ」と大吾に言ったり大吾の奥さん(広末涼子)が「汚わしい」と家を出ていったりと納棺師という仕事に対する偏見も描かれていてやはり、世の中にはそういう見方をする人もたくさんいるのだろうなあと考えさせられました。それに対して、大吾が一切反論をしないというのがまたいいのですよね~(この映画の脚本が、とてもいいのですね)その頃には、大吾は納棺師の仕事の奥深さや社長(山崎努)の人間性の魅力を感じ初めてきた頃なのだけどそういう偏見を持っている人たちに対して一切の説明も主張もしないというところに相手を変えようとか、自分のことをわかってもらおうとしない潔さみたいなものを感じます。結局、それは、その人それぞれの「死」に対する感じ方なのですから、理解できない人には、いくら説明しても理解できないかもしれません。それはきっと「体験」を通じてしか、変わっていかないのでしょうね。そして、家を出ていった妻は、結局戻ってきてたまたま彼の仕事の現場を見ることになりその体験を通じて、納棺師という仕事についての認識が変わってゆくところも見ていて感動します。つまり、それは「死」に対する捉え方も変わってきたということ。最後に彼女が葬儀屋さんに向かって「夫は納棺師なのです」と誇らしげにいうところが、また泣けちゃうのです。日々、人の死を見つめるお仕事なんて本当に大変でしょうし、誰にでもできるお仕事ではないでしょうが、だからこそ、素晴らしいし、誇りが持てるお仕事なのでしょうね。「死」がけして、汚らわしいものでも忌み嫌うものでもなく新たな旅立ちの場として、人々の認識が変わってゆくことが大切だなあと。そして、死と真正面から向かうことによって、より生を感じ、精一杯「今」を生きることができるのだと感じます。大切な人の旅立ちの時には、「本当によく生きたね、ありがとう、そして行ってらっしゃい」そう、心から送りだしてあげたいし、また、いつか、送られる立場になった時にはそう送り出してもらうことができたら、うれしい。「おくりびと」というこの日本語の響きがとても美しいです。こちらではDeparturesとなっていますがタイトルから受ける印象がかなり違ってきますよね。日本人の高い精神性と日本の美を感じることのできた映画でした。さて、ニューヨーカーの反応はどうなんだろう?と一度、映画館で見てみたい気もちょっとします@Santa fe
2009年05月30日
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先日、セドナに住む大好きな友人、イルさんの夫でチャネラー&ヒーラー、音楽家のLEEさんが、この地球でのお仕事を終えられ、あちらの世界に旅立たれました。そのことを書いてくださっているイルさんの日記です。Sedona Dolphin dairyそれは、本当にすごい生き様でした。彼は、あちらの世界とこちらの世界をいつも半分半分生きているような方だったそう。いつもアセンテッドマスターたちからのメッセージを聞いて地球のために、人々のための奉仕にその人生のすべてを捧げていました。2006年に、最初にセドナのイルさんの家におじゃまして、一歩、LEEさんの部屋に入った時、もう全身がびりびり来て、そのあまりいに強いエネルギーにびっくりしました。LEEさんの部屋には、巨大な地球儀がありその周りに、たくさんのクリスタルが置かれていました。彼は、たった一人で、今、地球にとって一番エネルギーが必要なところを癒しエネルギーを与えるというお仕事をされていました。たまたま私たちが訪れた日LEEさんとその友人の方が、次元音楽のセッションをするというのでそれに参加させて頂くことができました。次元音楽?それまでそんなものがあるとは知らなかったのですが私たちはスタジオに入り、それぞれヘッドホンをつけて、彼とその友人が即興で演奏していく音楽を聴きました。二人で天からのメッセージを降ろす感じで言葉の代わりに、そのチャネリングした音を奏でていくのです。それはとても不思議な音楽でした。目をつぶってその音に身を委ねていると、身体が自然と動いてきます。音楽に合わせて踊るというより、何かそう動かずにはいられない動きを身体が自然にやってしまうという感じです。そして、目の前にいろんなビジョンが次々と現れてきました。おさむは、強烈な光を見たと言っていました。イルさんとの出会い、LEEとの出会いは本当にそういう次元を越えた世界が存在するということを実感として感じることができた、最初の出来事だったように思います。世の中にはチャネラーと言われる方々は五万といますが真のチャネラーは、その自分に与えられた能力をすべて、人々や地球に捧げるために使っている人だということも、LEEさんやイルさんを見てわかりました。前世が観れたり、高次元のスピリットと話が出来たりそんな力があったらいいなあと普通の人は思うかもしれませんが、(私もそう思っていましたけど)天からそんな力を与えられるということは、実は、とても大変な使命を与えられ、その人生を捧げなければならないということなのですね。LEEさんが、最後の最後の時まで、彼の使命を果たすために動いていたお話を聞いて、感動で胸が一杯になりました。ふと思い出した、リチャードバックのイリュージョンの中からの言葉です 世界の遊戯に寄与する 君たちの使命が 終了したかどうかを判断する簡単な 基準がある。 もし君達が生きていれば 瀕死の重傷でかすかに息がある場合でも生きていれば まだ使命は終わっていない。 それができるのは、彼の持っていた強力な精神力と深い無償の愛なのでしょうね。イルさんの日記にYou Tubeのyakima Leeで検索してみてくださいと 書かれてあったので、検索してみたら たくさんの映像メッセージがYou tubeにアップされてあったので びっくり。 これは、その中の一つですが、これまでLEEさんが 3回死んだ(肉体を離れてあちらの世界に行った)時のことなど 語られていて、おもしろいです。 (最初にお会いした時もまるで宇宙人みたいな人だと思いましたがこのビデオの頃は、ますます人間離れしていてすごいです)これを見ていると、やっとここの使命を終えられて、あちらの世界に 行くことができたのだなあと祝福の気持ちが湧いてきます。 そして、彼は、もうこの世界で彼が過ごす時間がないことを知っていて こうやって、できる限り多くのメッセージを伝えてくれたのですね。 亡くなる直前の、LEEさんの言葉「もう一度僕は寝たらもう目を覚まさない・・アセンションする・・」私たちは、つい死を悲しんだり、恐れたりしてしまいます。LEEさんのようにその生も死もすべてを越えて真に私たちが魂の状態であることを理解した時それはどんな人生になるのでしょうか?そして、LEEさんがイルさんに最後に残した言葉『Hold the Light 』光を持ち続けなさいこの言葉をしっかり私の胸の中にもやきつけました。例え、これからどんなことがあっても、いつも光を持ち続けてゆきたいLEEさんへ長い間、お疲れさまでした。肉体を離れて自由な身になった今どのように感じていらっしゃるのでしょうか?きっと、あなたは、あちらの世界でも自分がやるべき仕事を、もくもくとされていてお忙しいことなのでしょう。イルさんを通じて、あなたと出会えたことそして、私たちにたくさんの気づきを与えてくださったこと、本当に感謝です。私たちも、それぞれのお役目をしっかり果たして行きたいです。どうか、あちらの世界から、見守っていてくださいね。たくさんの愛をありがとうございますニューメキシコで見たズニ族の長老の平和の祈りの舞。彼もまた、自分の使命を受け入れてその人生のすべてを捧げている一人であると感じました。
2009年05月26日
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ちょうど1年ぐらい前に、ミキシィの日記で紹介した熊森協会「クマともりとひと」また、ここでも紹介させてくださいね。とても素敵なので、一人でも多くの方にお伝えしたいなあと。熊森協会は、森と森に住む動物たちを守る活動をしている団体です。この小冊子が日本から届いた日。私は友人との待ち合わせのため、カフェにいたのですが、 待ち時間に読もうと、この熊森協会の小冊子を読んでいて、 もうボロボロと、涙が止まらなくなっていましたこの小冊子は熊森協会を創立した、森山まりこさんという方が 自分が、なぜこういった活動をすることになったか、今、日本の森がどういうことになっているのか、 などについて、子どもにもわかりやすい簡単な文章で綴られてあります。 詳しくは、その小冊子を読んでくだされば、わかるのですが 簡単に説明すると 森山まりこさんは、中学校の理科の先生でした。 彼女は、環境保護なんて自分がやることになるとは夢にも思っていなかった方なのです。 そんなことは、そういうことをやる人に任せておけばいいし、 そんな未来の地球のことなんて考えているより 今、生徒たちとの毎日を大切にして、先生としての喜びを感じながら 人生を送りたいと思っていたそうです。 それが、ある日、ある生徒が、持ってきた新聞記事によって熊が森を失ったために、里に降りてきて殺されて 絶滅の危機に瀕しているということを知ります。そして、今、日本の森がどんなことになっているかを初めて知り、ショックを受けます。 日本には森がたくさんあるから、たくさんの自然が残っていて大丈夫だと思っていたその森は、ほとんどすべて杉や檜の人口林であり、昔あった原生林は、もうほとんど残っていないということ。 そして、杉や檜の林は、実がならないために、動物たちの食べ物がなくなり どんどん餓死しており、里まで降りてきて、農家の作物を荒らしたりして 問題になっていること。 このままでは、熊は絶滅の危機に瀕しているとのこと。 そのことを知った彼女は、学校新聞にその記事を載せ、生徒たちの間に広まってゆきました。 でも、彼女としては、そのことで、もうその話題は終わったつもりでいました。 ところが、生徒たちから、毎日のように「あの熊たちはどうなるの? そのために誰かが助けるために動いているのですか?」 と質問されます。 彼女は、あらゆる新聞記事を見たり、調べたりしますが 結局、熊を絶滅から守る活動などやっているところは一つもないという 事実を認めざるを得なくなります。 普段から「正しいと思ったことは、たった一人でも行動しなければなりません」 と生徒たちに指導してきた彼女は、だんだん苦しくなります。 その辺りの彼女の葛藤が、とてもよく語られていて、共感できます。 誰だって、自分の生活を犠牲にしてまで、一見全く得にもならない森や動物たちのために活動するなんて、やりたくないことですものね。 彼女の素敵なところは、けして聖人ぶらないで、 その辺りの自分の気持ちを正直に語っているところなのです。 でも、子どもたちは違ったのです。 彼らは、動物がいなくなった世界には、自分たちも住めなくなるということを 知っていました。 一つの種が絶滅すれば、それに付随しているあらゆる生き物たちが 影響を受け、生態系は狂ってきます。 これはけして熊だけの問題ではなく、杉や檜の植林がこれ以上増えると 森はどんどん崩壊してゆき、保水力のない土壌となり、私たちの水の供給もできなくなってしまうのです。 子どもたちは、街角で署名を集めたり、熊を殺さないでという電話をしたりして動き始めます。 そして、子どもたちの熱意に動かされるようにして、彼女も動きはじめるのです。これがこの熊森協会を設立することになった経緯だそう。 『大人たちは本当は、私たち子どものことを愛していないんじゃない? だって、今のままでは地球はあと何十年ももたないよ。 大人たちは僕たちに地球を残そうなんて気持ちはないんでしょう?』 そういう子どもたちの心からの叫びに、読んでいて、涙が溢れてきます。 今日、また久々に読んで、胸が熱くなりました。熊は、けして、普段は人を襲うような獰猛な動物ではないのだそう。 それが、住む場所を追われたり、食べ物がなくなって里におりてきて、 敏感になっている時に、人間が現れると驚いて、叩いて逃げるだけなのですが、その力がとても強いために、熊が襲ったとされているとのことでした。 私は小冊子の他に、森山さんの講演会のDVDも見たのですが とても感動のお話の連続でした。 子どもたちは、ほんとうにピュアな心で動いていくのですね。 そして、その小さな一歩が大きな力へと変わっていくことを この熊森協会は教えてくれます。 この小冊子は100円。ここで購入できます。ぜひ購入して読んでみてくださいね。また、お近くに住んでいる方でボランティアで参加できたりしたらいいですね~以前、私のこの熊森に関する日記を読んでくれた友人がこのボランティアに参加して、そのご報告を頂いていますのでここにシェアさせてくださいね。早速昨日行ってきました!熊森協会のボランティアに! 熊森協会はこれから自然農業にも取り組んでいくそうでして 今回は今はもう使われていない田畑を耕して、苗を植えられる状態にするというフィールドワークでした。 今回集まったのは協会の職員、ボランティアあわせて約18人で、 阪急夙川駅に集合して、そこから車何台かに分かれて、約2時間ほどかけて、現地に到着しました。 戦後、建築資材の急速な需要の為、材木として針葉樹を植えることを、政府が奨励していたそうで、そのため皆家族総出で、子供たちなどは遊ぶ事を我慢してまで働いたそうです。 その結果が、今の人工の針葉樹林なのですが、結果は海外からの安い材木の輸入の為日本の木は全くの利益にならない上に、今ご存知のとおり生態系を壊す結果となってしまっています。 またその山に生えている人工の針葉樹は、九州地方からのもので、兵庫県の大雪には耐えられないで倒れてしまったりで、森は荒れていく一方のようです。 自分の青春時代を、それを良いことだと思って、また自分の子供たちの豊かな未来を願って植樹することに費やした人々、今のお年よりたちは、この結果を非常に悲しんでいるようですが、農村には、それを建て直す若い力も無いというのが現状のよう。 そこで熊森協会が立ち上がって実をつける広葉樹の植樹などを始めたようです。 今回はメンテナンスなので、18人でも人数は少ないほうらしいのですが、 植樹などのメインなフィールドワークの時には50名くらいのボランティアが集まってバス1台借り切って行くそうです。 都会の方ではなかなかこのような問題に気付きにくいし、関係ないと思ってしまいがちだけど、いずれは自分達にもまわりまわって確実に降りかかってくる問題なわけで、手遅れにならないうちに、今自分達が直していかなければいけないんだ、と協会の人は言っていました。 協会の人たちも、ボランティアの人たちも本当に暖かく、また自分達が何かを変えていこうという前向きな意志を持った方たちばかりで、私としては自然に触れ合えただけでなく、人々からもたくさんのパワーを貰う事ができました。 ボランティアといっても、このようにアットホームで、初めて参加した者にも、まったく分け隔てなく接してくれるような暖かい雰囲気のところは、ほかではあまりないと何人かの人が言っておられました。 また熊森協会のように、ただ熊を助けるだけとか、植樹をするだけとかいうのではなくトータルに考えて活動している団体もなかなか他にはないようです。 以上長くなりましたがご報告です! 感謝、感謝です。大変勉強になった1日でした。 いつも有益な情報ありがとうございます。 このあとまた、耕した田んぼに、田植えなどのボランティアがあるようなので参加してみたいなと思っています。 私の日記を読んで、実際に行動してくださった方がいたことにとても感動しました。それぞれが自分にできることを少しだけでもやっていったら、それは大きな力となってゆきますね。森山まりこさんがマザーテレサの言葉を紹介していました。 『愛は言葉ではなく行動である』 私たちみんなの豊かさの実現のためにありがとうございます。@コスタリカ 豊かな原始の森に住む、幻の鳥ケツァール。
2009年05月25日
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今日は新月ですね新月は引寄せる力が強くなる日。それに、自分の中にある無限の力をプラスして人生をより豊かにクリエイトしていきたいですね。みなさまとっての「豊かさ」って何でしょうか?充分なお金、やりがいのある仕事、信頼できる友人や仲間、家族、愛、健康、美しさ、創造性、自然のある暮らしゆとりの時間、、、人によって、さまざまな答えが出てくるのでしょうね。先日、お話したチャネラーのTさんが『やりたい時にやりたいことができる能力を豊かさだということをバシャールから学びました』といわれていました。いくら銀行に貯金がたくさんあったとしても仕事に追われて、または子育てや家族のためにやりたいことができなくてストレスになっている状態では豊かであるとは言えませんし反対に、お金はなくても、自分が好きなように生きて満足していたら、それは豊かであるのだと言えるのでしょう。つまり、今、何かが足りない、何かが欠乏していると感じているのは、豊かではないということ。お金がなくなったらどうしよう、とかこの仕事を失ったらどうしよう、とか恋人が現れたら幸せになれるのに、とかこの病気が治らないと幸せではないとか考えているとしたら、それは豊かさとは言えませんよね。もっと食べたいと思っているのに食べることができないのと心身を整えるために、自分で断食を始めたのとでは同じ「食べない」状況であっても、その内容は全く違ったものになります。結局、豊かさは、その人がどれだけ何を持っているか?何をしているか?ではなくて、今、どう感じているか?やりたいと感じることをやっているか?なんだなあと思うのです。なので、生活のために仕事をすることや子育て自体が問題なのではなく、それが今の自分にとってやりたいことの一つである必要があるのですね。私の古い友人が、2、3年ほど前に私に言ったことなのですが「僕の方がのりこよりも遥かに収入はいいし貯金もマンションもあるし、経済的には豊かだと思うのだけどでも、のりこの方がずっと豊かな人生を歩いている気がするのはなんでだろう?』と真剣な顔して言うのです。そりゃそうですよねもちろんお金も豊かさの一つの要素であるかもしれませんがお金が充分だから、豊かな生活になるというわけではありませんもの。これまでの人生で、いつも感じていたのはお金を持っているからこそ、得ることができる豊かさもあるけどお金を持っていないからこそ、得ることができる豊かさもあるんだなあということ。お金を持っていないと、それを補うためにいろいろ工夫をしたりアイデアを考えたりしますよね?もしお金があったら、これはやらなかっただろうなあということもあります。それが逆に自分の成長にとって大きなプラスになることも多いのです。もちろん、お金は、エネルギーの一つの形なのですからお金を得ることは悪いことではありません。必要なものはどんどん受け入れていきたいな~と思います。(と、お金を引寄せる力は、まだ弱い私ですが)豊かさを受け入れて生きることは誰だって、いつからだって可能だと思います。自分が今持っている豊かさに感謝して、毎日を幸せに生きること、(生きていること、身体が動くこと、食事ができること家があること、服を着れること、など無限にありますよね♪)それと同時に、夢や目標に向かっての行動を起こし人生を冒険すること。この二つのバランスが取れていることが豊かさへの実現への鍵なのかな~という気がします。やはり、豊かな人生のために大切なことは、今の状態に感謝して毎日を生きるということかもしれません。目標や夢を持っている人が陥りやすいのは、それを達成できないと幸せになれないと思い込んでしまうこと。なので「今は夢の達成のためにがまんして」日々を生きることになってしまうのです。実は、そういう方はその夢を達成しても幸せにはなりません。次の願望が出てくるからです。例えば「歌手になりたい」という夢があって、幸いそれを実現できて歌手になったとして、その次は「その歌手の仕事をずっと続けたい」になるし「歌手としてもっと成功したい」とか「もっと大きなステージにたちたい」とか永遠に終わりはありません。やりたいと感じることや夢があるのはとても素晴らしいことだと思うので、人生を通じて、その夢を実現していく過程を楽しんで、毎日を幸せに過ごすことができたら素敵だなあと思うのです。また、反対に、自分はたいしたことができるわけはないしあまり多くを望まないようにと、自分を納得させて、心の底ではやりたいと思っていることにたいしてチャレンジしてみようとしない方がいます。でも、一度きりの人生。やりたいを思ったことは、結果を恐れずどんどんチャンレンジした方が、この世を去る時に、きっと悔いは残らないはず。私たちは、みな無限の可能性があるのですしそこには年齢も何も関係ありません。さて、今日の新月の日、みなさまは何を引寄せようと願ったでしょうか?今、私たちが持っているさまざまな豊かさに感謝しながらさらに、私たちの人生をより豊かなものにしくために冒険していきたいですね自然が与えてくれる豊かさは、何よりもかけがえのないもの。
2009年05月24日
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昨日、母から電話があり、父がすごい勢いで回復しているんだそうです。3週間近くも、意識がなく、つい先日まで、身体中に管をつけられて、植物人間状態だったのに意識が戻ってから、病院を移りその後、みるみる回復して最近は歩けるようにもなったと聞いて、さすがに驚きました。少しずつですが、口からも食べることもできています。また、意識は常にしっかりしていて、記憶もよく覚えているそうです。脳梗塞で倒れた直後は、認知症を併発していたのですがそれもほぼ問題なくなってきました。最近は、父はリハビリもかなりやる気になっていて家に帰ることが夢だといってがんばっているとのこと。あの状態から、ここまで回復した患者は初めてなんだそうで、お医者さまも、看護婦さんたちもみなさん驚いているのそう。入院の患者さんのほとんどは、みんな何年も植物人間のようになって回復しない人がほとんどなんだとか。父は意識が戻ってからしばらくして、新しい病院に移ったわけですが今度の病院は、点滴も薬もほどんどやらないとのこと。母は、そういう薬をあまり飲んでいない状態でフラワーエッセンスを取ったので、さらに自然治癒力が強まったのね~と言っていて母が意外にとてもよくわかってくれていることにも、うれしくなりました。先日、日本に戻った時に私が母に薬の害についての本を、何冊か買って渡していたこともありますが薬=治療という概念が、崩れてきたのはとてもよいことです。私は、今回の父の脳梗塞が起こったのも父がこれまで喘息の薬や降圧剤など薬づけであったことが大きく影響していると思っています。母は、退院したら、喘息の薬も減らしていって、エッセンスのみにしていくつもりだと言っていました。本当に人が持っている治癒力は無限。それを薬を取ることで、弱めているだけでなく身体にとって害になるものになってしまっているのですね。父は、エッセンスをかなり信頼しているそうで、毎日欠かさず、取っているとのこと。父は、母と同じく、フラワーエッセンスを漢方薬だと思って取っているわけですがこれが、植物のエネルギーだけを転写して作られたものであることを知ったら、一体どう思うのかしらねエッセンスは、ものによっては、作る時にエンジェルやアセンテッドマスターの助けを得て作られているものもありますがそんなこと知ったら、卒倒するかもしれませんあのがんこものの父が、フラワーエッセンスを毎日欠かさず取っているのを想像するだけで、おもしろくなります。そして、最近はがんこものではなくなってきたという母の報告にもびっくり。母の話をちゃんと聞くし、笑うことも多くなってきて明るくなってきたのだとか。エッセンス恐るべし~脳梗塞や脳疾患、認知症の方にはペガサス社のエッセンス、本当にお勧めです。(そのことを書いた日記です)父が夢みている退院する日もそう遠くはなさそう家族が元気でいてくれること本当にそのことの有り難さ、大切さをあらためて気づかされ、喜びを噛み締めています。ありがとうございますこんな乾いた大地にさえ、しっかりと根を張って生きている木のように力強く生きていきたいな~
2009年05月23日
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今日は、友人のお誘いでマンハッタンの北のはずれにあるクロイスラー美術館へ行ってきました。このクロイスラーは、メトロポリタン美術館の別館。もともとはメトロポリタン美術館に収められていたロックフェラーのコレクションを、こちらに移したものだそうです。最寄りの地下鉄の駅が190丁目と、かなり遠いこともあってこれまで一度も行ったことがなかったのですが、地下鉄の駅を降りると、予想に反して周りは緑に囲まれて、とても気持ちのよい風景。しばらく歩くとハドソン川が見えてきてハドソン川のほとりで、みんなピクニックしたり遊んだりしていました。雰囲気のある回廊式の館内には静かにグレゴリオ聖歌が流れていて、中世へタイムトリップしたかのような雰囲気。中庭の風景。手入れが行き届いて、生き生きと咲いているお花たち。 午後の光が差し込んでいるステンドグラス。 思ったよりも小さな美術館で、特にすごいアートがあるというわけではないのですが(ここで有名なのは、ユニコーンのタペストリーだそう)なんだか、とても落ち着く雰囲気で、ここでハドソン川を眺めながら、本でも読んで、午後を過ごすのはよさそうです~。夕方は、94stにあるアーユルヴェーダカフェへ。ここはNY唯一のアーユルヴェーダのレストランだそう。ここも、一度は来てみたかったのですが場所が遠いので、なかなか来る機会はなく、今日が初めて。ここにはメニューの選択というのはなくディナーのセットの一種類のみ。テーブルに座ると何も言わなくても、自動的に出てきます。すべて、ベジタリアンの料理でチャツネやベジタブルデッシュ、ナンや玄米、サラダ、デザートまでついて、14ドルと格安。お味の方は、正直、特に印象に残るというものではありませんがこの値段で、レストランで健康的な食事が食べられることを考えると物価の高いNYでは貴重なのかもしれません。と、昨日、たまたま見つけた「ニューヨークブロガーズサイト」というのに登録してみたので、今日は、NYのことなぞ書いてみました
2009年05月20日
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先日、ミキシィのマイミクさんがインディゴたちへの言葉を紹介してくださっていました。ミキシィ内で『インディゴチルドレン』というコミュニティがあったのですが、それが閉鎖した時に最後に残されたメッセージだとのこと。インディゴチルドレンに関しては、2、3年ほど前からインディゴを持っている子どもたちのお母さんとつながることが増えてきました。それまでは、そういう子どもたちがいるんだなあぐらいだったのですが、そういうお母さんたちの話を聞いて実感として感じるようになりました。ほんとうに今、すごい子どもたちがたくさん生まれてきているのですねインディゴチルドレン、レインボーチルドレン、クリスタルチルドレン、と続きますがインディゴは、その3つを総称する意味もあるようです。1年以上前になりますが、 NHK の子どもの歌で『クリスタルチルドレン』という曲が出てきて話題になりましたね。この歌詞がほんとうに素晴らしいとうとう、こういう曲が出て来るようになったんだなあなんて、感動していました。インディゴについてはまた、いつか書いてみたいと思いますが今日は、そのインディゴたちに向けられた素敵なメッセージをお届けしたいと思います。私はインディゴではないけれど心に響いてくるメッセージでした。今、迷っている方、苦しんでいる方、不安な方、すべてに気力がない方、人生に疲れた方、孤独を感じている方、、、そんな方に読んでほしいメッセージです。生命ある限り、精一杯、生きてください。 苦しみも、傷も、痛みも、孤独感も、悪いことじゃないと思います。 必ず、それを越える時が来るし、 誰もが、歓びをめいっぱい感じるために、産まれてきているのだから。 きっと、その方向に動き出します。 どうか、「自分」という枠を超えて、 そのチカラを、世界に差し出してください。 世の中には、飢餓や貧困に苦しみ、サポートを必要としている人たちがたくさんいます。 人が苦手だったら、山に登って木や森を守ってください。 海や川を綺麗にするお手伝いをしてください。 捨てられている子猫を、家に連れて帰ってあげてください。 小さな子どもや、お年寄りに、優しくしてあげてください。 やることは、いっぱいいっぱいあります。 誰かや何かのためにチカラを差し出すことは、 自分自身を、最もシアワセにしてくれます。 「誰か助けて」と懇願するほど苦しい時、 逆に、誰かを助けてあげてください。 そうすることで、自分のほうが救われていることにきっと気づくはず。 これはまるで魔法です。 優しくて素敵な、魔法使いになってください。 それでこそ、インディゴチルドレンです。 『あなたが、チカラの無いフリをしたところで、この星は救われないよ』 この宇宙の中で、すべての人はみんな必要な存在。誰もが、この世界で与えられた、それぞれのお役目があります。でも、様々なことが起こっているこの社会の中で、時々、自分の価値を見いだせなくなったり希望を失ってしまったりすることもありますよね。そんな時、誰かの小さな喜びや、笑顔に出会うと、またそのことを思い出して、新たな勇気が湧いてきます。ほんの小さなことでも、自分が誰かのために、また生き物たちや自然のために、何かできているいうことがこの世界で、生きてゆく原動力なのかもしれません。私たちができることは、きっと無限ですね
2009年05月19日
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先日、私のレイキのクラスを受けてくださっていた友人のTOMOXさんが、キネシオロジーのセラピーに来てくれてそれを彼女のブログに書いてくださっていました。彼女は、人気ブロガーなので、それを見た方から、次の日、早速連絡がありびっくり。これまでは、レイキを受けた方や親しい友人に対してのみキネシオロジーのセラピーはやってきたのですが一般的にも始めるよい機会だなあと、今日からスタートしています。そのTOMOXさんのブログは、こちらです。彼女曰く、レイキのことを友人に話しても、なかなか受け入れられないことも多く特に日本発祥で『霊気』と書くことを言うとほとんどは引かれてしまうそうなんですがキネシオロジーは筋肉反射だというとみんな抵抗なく受け入れてくれるしまたフラワーエッセンスも興味を持つ方が多いとのこと。ふむふむ~私はフラワーエッセンスというのは、実はレイキよりもずっと怪しい世界だと思うんですけどね~(笑)だって、フラワーエッセンスは、アロマテラピーとは違って植物のエネルギーだけを水に転写したもの。植物の成分自体は、全く入っていないのですから。しかも、私が使っているのは、フラワーエッセンスだけではなくシーエッセンスなどもあります。これはイルカやクジラ、くらげなどのエネルギーを転写したもの。イルカのエネルギーだけを水に転写って一体どうやって作るの?って普通なら思いますよね。フラワーエッセンスを作る人というのは、それはもうサイキック的な能力を持っている方なのですね。ペガサス社のグルダス博士しかり、バッチ博士しかり、パシフィックエッセンスのサビーナさんしかり。コルテPHIというエッセンスの会社を作ったアンドレアス コルテさんも小さい頃から植物と対話が出来て植物から花を摘まずにエッセンスを作る方法を教えてもらったのだそう。なので、レイキのように手からエネルギーが出ている方がまだ納得いくような気がするのですが一般的には「エッセンス」というイメージから何か、アロマテラピーと同じようなものという感じでみなさん抵抗なく受け入れられるのでしょうね。こういったことに抵抗がありそうな方に関しては説明するのも上手にやった方がいいかもしれませんうちの母は、このエッセンスを「漢方薬」だと思い込んでいて「あの漢方薬、効いたわよ~」といつも言っているのですが、敢えて否定しませんでしたまあ、効果を実感してくれれば、何だっていいんです。また、フラワーエッセンスを取っても感覚としてピンと来ない方は、その効果について半信半疑になるかもしれませんが、キエシオロジーでエッセンスを取った途端に筋肉の力が変化するのを実感すれば、誰でもこれは効果があるんだなあとわかります。でも、実はレイキも同じなんですよね。レイキでも同じように筋肉の反射を即座に変える効果があるのです。目に観えないものに対していかに、多くの人が抵抗を持っているかそして、それを目で観える形にしないとわからないことも多いんだなあと思います。なので、それを見るためのツールとしてはキネシオロジーは、とっても便利。またキネシオロジー自体は、体育大学などでは教えられている教科ですし一般的な学問としても確立されていることも抵抗がない理由なのでしょう。(もっとも私がやっているキネシオロジー、タッチフォーヘルスは、一般的に大学で教えられているものとは違いますが)でも、キネシオロジーでも代理キネシオロジーとか遠隔キネシとかなると、また怪しい世界と言われるのかもしれませんね代理キネシオロジーというのは例えば、赤ちゃんや重病の方など筋肉を調べることができない人の代わりに別の人の筋肉を使って調べるやり方です。赤ちゃんを抱いたり、触れたままお母さんの筋肉を調べるとお母さんの反応ではなく、赤ちゃんの筋肉の反応がでますので赤ちゃんの身体を調べることができます。実は、この原理はゼミでも実験でやったのですが実際にセラピーをしたことはまだないので、近いうちに、この代理キネシオロジーセラピーをやってみたいなあと思っています。遠隔キネシに関しては、実は本間先生は教えてくださらなかったのです。先生は、自分が教える分野ではないと判断したものに関しては教えません。でも、実は先生はいろんなことを知っているのだと私はニラんでいるのですがカイロプラクティックの医院をやっている先生としては立場上、そこまでは教えることはできないのかもしれません。ということで、遠隔キネシに関してはそのうち、これだ~とピンとくるやり方がわかるかもしれませんが、やはり、できれば実際に身体に触って調べた方が間違いないのでしょう。そして、世の中、実はもっともっと不思議な世界があるんですよね~レイキが怪しい世界という方にとってはもうそういったことは問題外かもしれませんけどね。こういったことを誰もが自然に受け入れられる世界にこれからなっていくのでしょうかな~これから水族館でクラゲを見ると「心包経にいいのね~」なんて思うのかも
2009年05月18日
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以前の日記に書きましたがペルーへの旅もいよいよあと3週間になりました。ペルー滞在中に、できれば1日ぐらい信頼できるシャーマンの方にガイドをして頂けないかなあと考えていたのですが何と、あのエハン デラヴィさんから、シャーマンの方を紹介して頂けることになり、わくわくしています。いろんな経緯があって(説明すると長くなるので省略しますが)私の友人でエハンさんと親しい方がいらっしゃって、その方がエハンさんに連絡を取ってくださったのですそれでエハンさんの親しい友人のシャーマンをご紹介してくださることになったのですがその前に、エハンさんに私のバックグラウンドやペルーの旅の意図、またこれまで受けた シャーマニックな経験について話してほしいと言われました。 エハンさん曰く、シャーマンの聖なる儀式は とても真剣な大切なものであり、それと同時に大きな影響を与えるので、 間違った人や間違った場所でやると、 すべてを破壊することになるとのこと。 私たちが、どのようなバックグラウンドで、どのような考えを持って、 シャーマンのセレモニーにのぞむのかを知らなければ 大切な友人であるシャーマンを紹介することはできないということでしょう。 地球や人々のことを第一に考えているエハンさんらしいとても誠実な対応だなあと感じます。 それで、私たちのバックグラウンド、ヒーリングのことや音楽、 私たちが抱いている想い、ペルーの旅の目的などについて、 エハンさんにメールしました。 そもそも、エハンさんは、私たちにとても大きな影響を 与えてくださった存在なのです。 私がキネシオロジーに最初に興味を持ったのも エハンさんの講演からだったし ペルーの聖なる植物、アヤワスカのことを知ったのも 彼の著書『五次元世界への超扉」 また以前、ここでもご紹介させて頂きましたが彼の訳書「パワーかフォースか」も読んで とても感銘を受けた本です。 なので、直接エハンさんにメールして、 私たちのことを説明するなんていう機会があること自体が 何だかすごいなあと感動しましたそして、それをつなげてくれたYさんは、 前回シャスタでオマカユエルを紹介してくださった方で 今回もキーパーソン。 本当に感謝です♪そして、Yさんとつながったのもシャスタつながり。 これもシャスタマジックなのかなあ、なんて感じています。 と、エハンさんにメールを送ったら、すぐに彼から返信がありました。 あなたたちの想いやニーズはとてもよく理解できた。 音楽もすばらしい。 そのシャーマンを紹介するので、ぜひ聖なる谷にある 彼のヒーリングセンターに行ってください。 という、とても暖かいお返事でした。エハンさんから信頼できるシャーマンを紹介して頂けるなんて夢のようです。またアヤワスカのセレモニーについても最近、偽シャーマンがアマゾンにはたくさんいてアヤワスカ目当てのツーリストたちを騙していることやクスコは高山で、かなり体力を使う場所なので酷い吐き気や強烈なビジョンを体験するアヤワスカをするのは危険であることなども、アドバイスして頂きました。でも、今回、私たちはクスコでの2日間のアヤワスカのセレモニーに既に参加を申し込んでいて、料金も支払っていたのでそのまま、参加することになりましたが充分に注意して、そしてリラックスしてのぞみたいなあと思っています。ペルーへ行く前は、体調を整えること、心の平安を保つこと、心身の浄化に努めること、ペルーへ行ってからは、自分の体調や気分をよくみて過信をしないこと、そして、やるべきことをやったなら、あとはすべてを天にお任せするしかないですねエハンさんのアドバイスのおかげで、心の準備ができそうです。こちらは、エハンさんが制作している映画のサイトです。 (ちなみにこちらはエハンさんの最近の本『地球巡礼者』) 素敵なご縁に感謝です@Arizona
2009年05月17日
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先日、珍しくおさむが風邪ぎみだというのでくず湯を飲んで、なるべく物を食べないようにアドバイスしました。風邪を引くのは、ほとんど過食にストレス、運動不足や冷えなどが重なった時。なので、風邪の時は、できるだけ食べ物を食べないで、内臓を休ませることが大切です。よく風邪の時は栄養を取らなければならないと思って食欲がないのに、食べる方がいますが食欲がないというのは、身体は、今、食べ物を必要としていないということ。無理に食べると、内臓が疲れて、自己治癒力が弱まり風邪は長引きます。試しにおさむにキネシオロジーで筋肉反射を調べてみたら普段はオフにならない小腸経に反応がありました。小腸は胃で消化された食べ物を受けて、栄養分とカスとに選別するところ。胃に入る食べ物が多すぎると、すぐに支障をきたします。まさに、食事の乱れが、消化器系に負担を与えたのが風邪の主な要因ですね。実は、ここ2週間ほど、夜中に二人でクッキーやムースなどを食べるくせがついてしまっていたのでした砂糖や乳製品は全く使っていないものですがそれでも、この時間に毎日食べ続けたらよくないですよね。ちょっと油断していたのでやっぱり~という感じで反省です小腸経に対応しているフラワーエッセンスで調整した後、食事を減らし、ショウガ入りの葛湯を飲んでいたらひどくならずにすんだようです。先日、友人が風邪を引いた時にも絶食と葛湯を勧めたら、1日ですぐに回復したと喜んでいました。その他の風邪の時の対処法について私の経験やいくつかの本から抜粋したものを、まとめてみますね~まずレイキができる方は、もちろんレイキ。特に風邪の引き始めに喉が痛くなった時などレイキをすれば、すぐに回復することが多いです。私は夏にお店や地下鉄内の冷房で喉をやられそうになるのですがすぐに手を当てると、ほとんどひどくならずに治ります。それと、大切なのは風に当たらないということ。風邪のウイルスは、乾燥した粘膜の上で繁殖します。風邪の時には、呼吸器全体が乾燥しているので室内の湿度を高くしておくようにします。加湿器があれば、それを使う、なければ、ぬれたバスタオルなどを2、3枚かけておくなど。乾燥した粘膜に湿気を与えると、風邪のウイルスは繁殖しにくくなるので、吸入を行うと効果的です。(火からおろしたやかんの蒸気を吸入しても)またうがいをよくしてくださいね。市販のうがい薬などは使わないで、自然塩をいれたぬるま湯で口の奥までうがいをします。また、上質のアロマオイルを持っていればアロマを使うととてもよいです。私は、ここ数年、ほとんど風邪は引かないのですが引きそうだと感じたら、すぐに絶食しレイキとアロマセラピーを併用すれば、1日で治ります。アロマテラピーに関しては、ここで説明するととても長くなるので簡単にできるものを紹介しますね。使うアロマは、ラベンダー、ユーカリ、ペパーミント、ティートリーなど。(ユーカリは花粉症などにも効果的です)やり方はいろいろありますが1)ボールにお湯をいれ、オイルを数滴落とします。 目を閉じて、5~10分程度、蒸気を当てます。 時々口を半開きにして、呼吸します。2)マッサージ 希釈オイル30mlに対して、数滴のアロマオイルをいれて マッサージオイルを作ります。 それを、手にとり、胸やのどの部分を円を描くように さすります。 のどの痛みを緩和します。3)ハンカチやガーゼなどにアロマオイルを数滴垂らし、 それを口に当てて、香りをかきます。 (花粉症の方などは、ユーカリオイルを含ませたハンカチを 持ち歩くとよいですよ)4)コップの水にティートリーなどのアロマを数滴おとして、うがいをします。 ただし、使うアロマオイルは、上質の精油でないと意味がないだけでなく、逆に悪化する場合もあるので、気をつけてください。市販されている安いアロマオイルの多くは、自然成分ではなく(例え、ナチュラルと書かれてあっても)化学物質ですので気をつけてくださいね。また、葛は食養生のためには最適のすばらしい食材です。自然の解熱剤にもなるし、咳をとめる作用もあります。葛をいつも家に常備しておくのがお勧めです。細かく砕いた葛にお湯を入れて、葛湯を作ります。大根やレンコンなどをすりおろして入れてもよいです。葛湯の他は、レンコン湯も効果的。(レンコンのおろし汁と、ショウガの絞り汁を少しお湯にいれて、鍋で火にかけ一度煮たたせて、飲みます)食事の代わりに葛湯を飲むくらいの感じでとにかく、内臓を休ませるために、できる限り食べないこと。それと入浴やシャワーは、なるべく控えます。特に熱がある時に入ると、風邪の時は、体温調節ができないので出た直後に体温が下がって症状が悪化します。それと便秘は禁物。特に熱のある時に便秘になると腸の中で腐敗しますので便秘になったら、浣腸して出してしまう方がいいです。(オーガニックのペパーミントティーを使った浣腸やコーヒー浣腸、または微温湯浣腸など)そして、何より心の安静が大事ですね~。ストレスがあると、身体の免疫力は衰えます。本当にリラックスした状態でいることが大切。薬を飲んで、熱や咳をおさえると毒は外に出切れずに体内に残り免疫力、自然治癒力が弱まり、ますます風邪を引きやすい体質になるので薬はどんな風邪でも飲まない方がいいです。頭痛薬、解熱剤、咳止め、あらゆる薬を飲まないようになると身体は自分で自然に治す力をつけてきます。「くすりは、りすく」ですよん~ということで、インフルエンザや風邪を引いている方はくれぐれもお大事に。
2009年05月16日
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キネシオロジーのセラピーに来てくださった方が先日、夏樹静子の『椅子がこわい』という本を貸してくださったので、昨日、読みました。これまで、夏樹静子=ミステリー作家というイメージしかなかったし事件だ、殺人だというタイプの本はほとんど読まないので彼女の本に全く興味はなかったのですが、この本はミステリーではなく彼女の腰痛に関する実体験を綴ったもの。副題に「私の腰痛放浪記」とあります。正直、腰痛体験なんて読んでもあまり楽しそうなものではなさそうですし、例え、本屋でこの本を見ても、自分で買うことはなかったでしょうところが、読みはじめると、とてもおもしろくてあっという間に読んでしまいました。ある日、彼女は突然、腰痛になるのですが彼女の腰痛は、かなりひどいもので椅子に10分と座っていられない状態。かといって、長く立っていることもできず腹這いになって本の原稿を書かなければならない状態です。すぐに治るだろうと思っていたのに、1年すぎ、2年すぎても治らずその間、彼女はありとあらゆる治療法を試してみます。病院でいくらレントゲンをとったり検査しても、骨や内臓に異常は全くなく原因不明。最初は運動不足による筋肉の低下と診断され筋肉をつけるためにがんばって水泳に通い、リハビリも行います。また西洋医学でだめなら、東洋医学と鍼や整体、カイロプラクティック、漢方から気功から、はては除霊まで誰かが腰痛によいといえば、あらゆるものを試してみます。それでもすべて全く効果なし。有名な治療家の方たちもさじを投げます。他の人の腰痛には効いても、彼女の腰痛は治らないのです。この彼女の受けた治療歴は、驚きに値します。ここまでやるのは、すごい執念かも。でも、何をやっても痛みは全く引かず病院で出されるかなり強い痛み止めでさえ彼女には全く効かないのでした。それで病院のお医者さまも、これは心因ではないかと、言われるのですが彼女は、それは認められません。これほどの激痛が、ストレスや何かから起こるとは思えないししかも、自分にはそんなストレスを貯め込むようなタイプではない明るく、さっぱりした性格だし、仕事=書く事は大好きなのだから、仕事でのストレスはないしと、それには同意できないでいたのですがそれでも試しに心療内科に通ってみます。が、やはりそこでも効果なし。精神科で精神安定剤やうつ病の薬を処方してもらっても何も変わりません。それどころか、3年たっても痛みはひどくなる一方。すべてのものを試して、だめだったことでもう自分は生きている間、この痛みから逃れることはできない治ることはできないという思いで一杯になり自殺願望も出てきます。ところが、ある先生に出会ったことで、彼女の運命は変わります。この先生が本当に素晴らしいこんな先生が日本にはいらっしゃるのだなあととても勇気が湧いてくるお話でした。(ちなみに、その先生の連絡先も書かれていますのでもし何かそういう痛みでお困りの方はぜひ本を読まれてみるといいと思います)読みはじめてから、彼女の腰痛の根本原因は何なのかまた、最終的に、どういう治療で彼女が完治するのかそれを知りたくて、どんどん読み進めてしまいます。そして、それは本当に素晴らしい治療法でした私も以前から、その方法の素晴らしさを実感していることです。(ちなみにレイキではありません~)実は、私の父にもそれを実行させたいと考えていたので日本に行った時に、それに関する本を母に何冊か買って読んでもらったのですが体力も気力もない今の父の状態では、当分無理なので、あきらめたのです。でも、身体と心の状態を根本的に変えるのはこの方法が一番早いんじゃないかと私は思っています。あらゆる心身の不調に有効な方法なのです。それが何であるかを知りたい方は、ぜひ本を読んでみてくださいませ~って、ここまで書いておいて、答えを言わないのも何ですね(と、わかる方にはすぐにわかるのでしょうけどね)それについては、またいつか別の日記に書いてみたいと思います~。この本を読んで、思い出したのはカイロプラクティックの本間先生が最近の患者の痛みの原因が、昔とは変わってきているとおっしゃっていたこと。昔は、腰痛や肩こり、筋肉や関節の痛みなどの原因は事故だとか、スポーツでのけがだとかそういうことがほとんどだったそうなのですが最近は、そういう原因よりも食事やストレス、心理的な要因から痛みが起こる場合が多いのだそうです。そして、ほとんどの方は、この激痛がまさか心理的なことから起こっているなんて夢にも思わないんだそう。胃潰瘍などだったら、ストレスということもみなさん思うのでしょうが、こういう腰痛などは筋肉の弱化や骨や内臓が悪いのだと考えるのでしょう。そして、自分はストレスなんてないと思っている人も多いですがキネシオロジーで筋肉の反射を調べてみると、実はいろんなストレスを持っていることがすぐにわかります。表の意識(顕在意識)では大丈夫だと思っていても潜在意識は、そうは感じていないことが多いのです。自分では楽しい毎日を過ごしたいと思っているのに潜在意識はそうは感じていなかったり。本当に不思議ですけどね。そして、潜在意識=身体なので潜在意識が感じている通りに身体は反応しているのですよね。だからこそ、自分の潜在意識が何を感じているかを知ることは、とても大切ですね。何か身体の不調が起こったら、それは潜在意識からのメッセージ。そしてその潜在意識を知る方法は、もちろん、キネシオロジーで調べてみるのもいいですが一人でもできる方法としては、やはり、日々の瞑想はいいなあと感じます。幸いにして、夏樹静子さんは、彼女の腰痛を治す方法と出会い、回復されましたが、世の中には、この痛みは原因不明だと思って苦しんでいる方々が多いのでしょう。あとがきに、この貴重な経験をすることができて感謝の気持ちで一杯だと書かれてありました。私たちは痛みを感じたり、病気になって初めて、椅子に座るとか、普通に歩くとかいうごく当たり前だと考えていることが、いかに有り難いことであるかを、実感することができます。そして、そこからの経験を通して自分の身体や心のことを知っていくのでしょうね。ほんとうに、すべてのことは、必然な学びですね~この本を読むことができて感謝です♪腰痛は、文明社会の副産物だそう。
2009年05月15日
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最近、フラワーエッセンスやシーエッセンスのドーセージボトル(調合ボトル)を作りキネシオロジーのセラピーにも使うようになりました。現在のところ、キネシオロジーのセラピーは無料モニターでやっていますが、セラピーに使ったエッセンスをご希望の方には、ドーセージボトルを作って、安くお分けするようにしています。ドーセージボトルを作るのに一番こだわっているのが、お水。クリスタルボウルで作った波動の高いお水を使います。それから、作る前に、調合したものを入れる遮光ボトルも保存料として使用するブランデーもエネルギーを浄化します。このエッセンスに使うブランデーは、どれを使うのがいいのか今のところ、 よくわからないのですが、これから、いろいろ試してみようと思います。またドーセージボトルを作る際の部屋の浄化や自分自身の浄化も欠かせないですね。フラワーエッセンスは、植物のピュアなエネルギー。ネガティブな波動が入ってしまっては全く意味がないですから。エッセンスを扱う時は、何だか、レイキの伝授する時に感じるような集中力&精神のリラックスが必要な感じがします。作ったドーセージボトルのエッセンスが、ストックボトルのものと同じように作用するかどうかキネシオロジーで何度も調べたので、その効果は実証ずみです。ドーセージボトルのものでも、エッセンスを取るとすぐにオフになっている筋肉の反射がオンになるのはやはりすごい♪ちょっと前までは、エッセンスをやることになるとは、思いもしなかったけれど、やればやるほど、その効果にわくわくいつか、シャスタの天然のピュアな湧き水を使ってドーセージボトルを作りたいな~と♪いや、フラワーエッセンス自体を作ってみたいかもおさむもすっかりフラワーエッセンスにはまってしまっていて最近は、ペガサスの他、スターエッセンスが気にいって取っています。と、フラワーエッセンスのみならず、私がやるものはすべて彼もやるのですけどねレイキもアロマテラピーもクリスタルもオラクルカードも、私がやっていることは、彼もすべてやり始めるので今や、好みのものも、やっていることもほとんどすべてが同じ(というより、後から始めた彼の方が何でもはまってしまう傾向ありですが)彼と14年前に出会った頃は、音楽以外は全く何も興味がない人でしたがそれが、こんなフラワーエッセンスやエンジェル大好き男になるとはでも、おかげで、どんなものでも二人分の経験ができて倍の速度でいろんなことを知ることができるみたいです今日は、先日、オーダーしたパシフィックエッセンスのドルフィンエッセンスとホエールエッセンスがやってきたので、早速ドルフィンの方を試してみました。と、取ってすぐに髪の毛をびび~~と上の方にひっぱられるような感覚。(数時間後の今もその感覚がずっと続いています)これは、クリスタルなどをたくさん置いているお店などの場所に行ったりしても起こりますよね。おさむは、East West Booksに行くたびに「髪の毛がひっぱられる~」と言っていますが。(NYのEast West Books は、とてもエネルギーが高い本屋です)ドルフィンのエッセンスは、さすがにすごいエネルギーみたい明日はホエールのエッセンスを試してみようと思います。エッセンスに対する興味は当分尽きそうにありませ~ん♪ちなみに、ペガサスのフラワーエッセンスを取り続けている父の調子はかなりよい感じになってきています。意識が戻ってから、最近は、記憶もしっかりしてきているようです。明日はドルフィンのエッセンスと数種類のエッセンスのコンビネーションボトルを作って、父に送る予定です。陽気なドルフィンのエネルギー効果で父が明るい気分になるといいな~
2009年05月13日
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瞑想は、椅子に座っても、歩きながらでもできるものですが床に座ってやる場合、座禅をする時に使う座布があると、背筋が無理なく伸びるので、姿勢がとても楽ですね。ソーホーに座禅に行った時やアレキサンダーテクニックで瞑想での姿勢を学んだ時に座布があるとやっぱりいいなあと実感したので今年の誕生日におさむにリクエストして買ってもらいました座布はこちらでも、ZAFUとして売られています。ヨガ用品を扱っているお店にもありますが、ネットで購入しました。座布団ーZAFUTONとセットで売られていることも多いです。これは少し一般的なものより大きめで高さも高いですがもう少し使っていけば、ほどよい高さになってくるでしょう。それまでは、前に低いクッションを置いて、高さを調節しています。ほとんどの座布は素材は、Buckwheat(そばがら) か Kapok(パンヤの綿)を使っているようです。Buckwheatの方が重く、形も崩れにくいですがKapokの方が、座り心地がよいような感じがしたのでKapokを買いました。最近は、ここに座るだけで、これから瞑想だ~とわくわくした気持ちになります。これがなければ瞑想出来ないなんてものは何もないのですがちょっとした小道具を使うとより瞑想が楽しめますよね。私はアロマを焚いたり(瞑想にはフランキンセンスやミルラ、サンダルウッドなどがお勧めです)やインセント(最近は、もっぱらナグチャンパばっかりだけど)クリアクォーツやアメジストなどの水晶を使ったり、その時々の気分によって、楽しんでいます~やはり瞑想を習慣にすることは誰にとっても、大切なんだなあと感じます。最近は「小さい子どもの頃から瞑想していました~」なんて若い人も増えてきているみたいで素敵ですね。進化した生命体、アミでさえ瞑想は欠かせないようです「瞑想は何かを得るための目的ではなく、それ自体が喜びである」と何かに書かれてありましたが、日々、瞑想ライフを楽しんでいきたいな~と思います。@Sedona自然の中の瞑想はスペシャル他はもう何も要らないよね
2009年05月12日
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またまたアミシリーズから今回はエゴについて、書いてみたいなあと。うーん、これは簡単には説明できない、とても大きな問題ですよね~。エゴを手放していかない限り、私たちの精神レベル、つまり愛のレベルを高めることはできません。でも、エゴはいろんなところに、いろんな形で潜んでいるので最初は、自分でこれがエゴとは見分けられないほどなんですよね。アミシリーズの中でも、第2巻『もどってきたアミ」でアミが、ペドゥリートの潜在的に持っているエゴについて指摘をする箇所があります。指摘されたペドゥリートは、ショックを受け、次に、それを指摘したアミに対して強い怒りを覚えます。この「怒りを覚える」このことがエゴである証拠なんですね。エゴは、傷つけられたと感じると、それを怒りに変換させてエゴ自体を守ろうとするのです。「私は悪くない」と。なので、誰かに欠点を指摘されて、それに対して怒りを感じるようならそれはまさに図星なのです。怒りを感じるのは、それが一番認めたくない部分だからなんですよね。反対にアミは、ペドゥリートから『やい、いい子ぶった宇宙人。愛を語り、大げさに愛を吹聴するけど、じっさいにやることといったら、人の欠点をあげつらって非難することだけじゃないか。きみに愛なんてあるはずはない」とののしられても怒りは感じません。でも、悲しげな顔をするのです。『ペドゥリート、心が痛むのはよくわかるよ。でも、これもすべてきみのことを思ってのことなんだよ。ごめんね』そう、本当に相手のために想ってやったり、言ったりしたことが相手に理解されなかった場合、怒りではなく、悲しい気持ちそれも、相手のことを想うがゆえの悲しみの気持ちが湧いてくるのですね。一方、この「相手のために何かをやる」ということにもエゴが隠れている場合があります。「相手のため」と言いながら、実は、自分をよく見せたい気持ちからだったり単なる自己満足だったり。よく親が子どもに『これはあなたのために言っているのよ』なんてことを言いますが、よくよく見てみると案外、親の面目のためだったりしますよね。なので、それが自分のエゴの気持ちからでなく本当に相手を想う気持ちからなのかどうか、きちんと自分自身の内側を見つめてみることが大切だと感じます。でも、だからといって、自分自身の感情や気持ちを尊重せず、相手のために、完全に自分を犠牲にして何かをやるというのも本来あるべき自然な形ではありません。アミも、ビンカとペドゥリートに対して自分を愛する度合いと他人を愛する度合いのバランスが取れていなければならないことをきちんと説明しています。そのあたりのバランスというか「誰かのために」何かをやる場合相手のためにやっていることが、自分自身の喜びであることを、しっかりと認識した上で、例え、相手がすぐにはそれを理解しなかったとしてもそれはそれでよしとすることが大切だなあ、と思うのです。(いや、むしろ理解されないことの方が多いのかもしれませんが)そして、相手がそれを理解するのがあまりにも難しいと感じる場合は、やはりその時は相手のためにも自分のためにも、少し時期を待った方がよさそうですね。アミも言っていますが、いきなり、相手のエゴを刺激するような言葉を放つととてもショックで、相手は決して受け入れられないし単に反発されるだけのことになってしまうのです。(以前は、私もそんな失敗を何度もやりました)アミ曰く、『ある程度までの水準の人生において、エゴは一緒の「救命具」のような保護者的な役割を持っている。でも、もし、もっと上の水準に進歩したければその重い「救命具」つまりエゴを一緒に持っていくことはできないんだ。いつか、二者択一をしなければならない時機というものがやってくるんだよ」う~ん、なるほど~深く納得です。自分のエゴを満足させるために、がんばって何かをやるというのは多くの人たちにとって、最初は必要なことなのでしょう。アミは、そのあたりのバランスを上手くとりつつ相手の進歩の度合いによって忍耐強く、少しずつレベルアップさせていくそのあたりのやり方が、すばらしいなあと感じます。(もちろん、アミは、ペドゥリートが持っている本来の力を見通しているからなのですが)何より、どんなことでもアミが説明すると、とてもわかりやすいですしねそして、精神レベルが上がってきた人たちが陥りやすい最後のエゴと言われるのが精神的(スピリチュアルな)エゴ。他の人より何かをよく知っているとか特別な経験をしたとかいうことで、自分が相手より優れている存在であると感じるエゴです。どんな人も同じように、輝く魂を持っていますがそれがこの世に生まれて、いろんな環境で暮らしていると、見えなくなってしまうこともあります。でも、最終的に、みんなが到達するところは同じだし単に人それぞれ、学びのスピードやタイミングや方法が違うだけなのですが、それを相手より自分が優れていると錯覚してしまうのが精神的エゴ。精神レベル=愛のレベルですから、本当に精神レベルが高い人は、相手を見下すことはしないのです。精神的エゴに関しては、以前読んだ「からだの声を聞きなさい」by リズブルボーという本もお勧めです。私も時々、内観しては『はは~~まだ、こんなところにエゴが隠れていたのね~』と見つけだすことがあります自分の中のエゴを認めることは、けして楽しい作業ではありません。むしろ、その時は、胸がキリキリと痛むようなとても辛い思いをすることになることがあります。誰だって、自分はいつも清い人間だ、正しい人間だ特別な人間だと、思いたいものですものね。でも、そのエゴを認めて、受け入れ、手放していくことで私たちは本来誰もが持っているピュアな魂の状態により近づいていくことができるのだな~と思うのです。エゴが隠れている時は必ず、認めたくないという気持ちがどこかで働きますのでちょっとした勇気を持って、内観してみることが大事ですね。(でも、これもちょっと練習すれば、それほど辛い思いをせずに、認めることに慣れてきますけどね)そして、それを勇気を持って、手放した後はいつも、とてもすがすがしい気持ちになります。ああ、また一つ軽くなった~という感じです。と、これを書きながら、これを書くという行為においてどこかにエゴは隠れていないかどうか、チェックしてみる私です(もしかしてこの文は自分をよく見せようというエゴ?エゴなの~~~?)←かなり考えすぎそれぞれみんなが、愛の度数を高めていって世界をよい方向へ変えてゆくことができますように読んでくださって、ありがとうこんな小さな花たちが持っている、愛と奉仕の気持ちがあったなら、たぶんそれだけで充分なんだよね
2009年05月11日
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昨日、夕日を見に行こうと、家の近くの公園へ行ったらこの辺りに住んでいるメキシカンの人たちのお祭りがあっていました。みんな大きな羽をつけて、お面をかぶって踊っているのですが、なんか踊りというより、音楽に合わせて、足踏みしている感じです。それで、かわいかったのが子どもたち♪子どもは、ちょこまか動くので写真は上手く撮れなかったのですが。それから丘に上って、夕日を見ました。やっぱり、このサンセットパークから見るNYの夕日は最高~~これから夏の間は、毎日のようにござを持ってここで本を読んだり、夕日を見たり、レイキをしたり、瞑想をしたり。楽しい季節がやってきます~
2009年05月10日
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2週間ほど前に、キネシオロジーのモニター募集のお知らせを レイキのクラスを受けてくれた方々へお送りしたのですがこの2週間ちょっとで20人以上、セラピーの回数も、 ようやく80回を越えました。 目標の1000回までは、まだまだ遠いですけど 毎日、新たな発見があり、とても楽しいです。 モニターの結果のご報告も頂いていますが、 けっこう手応えがあって、 やっぱりキネシオロジーはすごいんだなあと、 あらためて感動しています。 仕事を探さなければ、と思っていても、 腰が重く、なかなか行動に移せなかったという方が キネシオロジーで調整した次の日に、 初めて、積極的に会社に電話をして 履歴書を持って面接に行くことができた~というご報告を頂いたり、 長い間、掃除をしなければ、と思っていてなかなかできなかったという方が 「掃除をする」で潜在意識を調整をしたら、 次の日から、どんどん必要ないものを処分できるようになったというご報告や (これまで「掃除をする」で調整した方は3人いらっしゃいました。けっこうみなさん、掃除が苦手な方は多いのですね)進路のことを考えると、憂鬱になっていたという方が 「進路を考える」で調整したら、 それ以来、すっかり考え方が変わってストレスがなくなったというご報告を頂いたり、 「レイキを毎日する」で調整して、 それ以来、毎日レイキやっています~という報告や 「自分に自信があります」で調整した後、 何だか自信がついたような気がするなどなど、、 (「自分を信頼する」で調整した方が3人いました)調整をしたその日は、セラピーを受けた方も、私も正直 「こんなので、本当に掃除できるようになったり、 仕事のストレスがなくなったりするのかしらね~」という感じなのすが それが、こんな風に結果が出ると、本当にうれしいものですね。 もちろん、一方で、セラピーを受けたあと、 特に変化はないという方もいらっしゃいます。 私もそうなのですが、調整の目標となるところを上手くやらないと なかなか結果が出ないんですよね。 例えば、最近、私はボーカルの練習がなかなかはかどらなかったのですが 『ボーカルの練習をする』で調べてみると、筋肉はオン、 つまり潜在意識も、練習するつもりでいるのです。 ところが「ボーカルの練習が好きです」 で筋肉の状態を調べてみるとオフ、 つまり、潜在意識は、本当はボーカルの練習は好きではないけれど とりあえずやろう、と思っている状態ということになります どうりで、ボーカルの練習を始めても、ちょっとやってやめてしまうことが多く 長く続かなかったりするんだなあと。 それで昨日、「ボーカルの練習が好きです」で おさむに筋肉のテストをしてもらって、調整しました。 (あ、ちなみに、これはキネシをやっている方でないとわからないのですが 「ボーカルの練習」で筋肉を調べたら、13番の肺経のみがオフになったのが とてもおもしろかったです。 今まで、私は肺経がオフになったことは一度もなかったのですが やはり、歌う=呼吸、というところなのでしょうか) そうしたら、昨日は、とにかくボーカルをやることが楽しく 久しぶりにちゃんと練習ができました。 この感じだと、毎日できそう~ 今やおさむは、14カ所の筋肉をテストする方法も ほとんどマスターしてくれたので、 彼が私をテストすることができます。 本当は、私が14筋テストの方法を誰かに教えることはできないし 本間先生や正式な認定を受けた方のクラスを受けないと できないことなのですが とりあえず、私だけに筋肉の反射テストすることぐらいはいいかな~と おさむに方法を教えて、練習してもらいました。 そうしないと、私が他の方に調整はできても 私自身の調整ができませんしね もちろん、調整方法とか、どこの経絡がオフだとかは おさむはわからないですが、 私の筋肉をテストすることさえしてできれば 後は、私が自分で判断して調整できますから。おかげで、とても便利になりました~。 それで二人の関係もお互いに調整して、今、とてもいい感じですちょっと前に、おさむは、「のりこにいつも優しくする」で調整しました(笑)(いや、けしてこれは私が強制したわけじゃないのです彼がそれでやりたいと言ったので、ほんとに)←強調するで、結果は、何だか、前より優しくなった感じがします一方、先日、私はふと 『私の潜在意識は、私はおさむに必要とされていない、 と感じているのではないか?」 という疑問が湧きました。 もちろん、普段、頭ではそんなことは考えていないのですが ふとしたことで、彼への不信感みたいなものが芽生えたことがあったからです。 それで、「私はおさむにとって必要な存在です」で調べてもらったら やっぱりオフ。 それで14筋テストをおさむにしてもらって、 潜在意識も「私はおさむにとって必要な存在です」になるように 調整したら、その日から、何かおさむに対する意識が 変わったような気がしています。 おさむも、それ以来、私の彼への信頼度が増したように感じるそう(*^^*)これまで、それぞれが自立していることを目標とするあまりに お互いが必要な存在であることを認めようとしなかったのかも しれませんね。 それと、これまで、レイキを受けてくださった方にレイキをすると、どのように食べ物のエネルギーが変わるかをキネシオロジーの筋肉テストで確かめてもらうと「わ♪ほんとにこんなに変わるんですね!」と実感としてわかって頂けるので、みなさん、食べ物にちゃんとレイキするようになるみたいでとてもよいです~♪ということで、キネシの日々、これからも続きそうです~ @Shasta
2009年05月09日
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またまたアミシリーズについてです実は、これは単なる子どものファンタジーではなくすごい内容のことが書かれてある本であることを多くの方は気づいているので、これだけのファンが多いのでしょうね。ここに書かれている内容はバーバラマーシニアックの「プレアデス+地球を開く鍵」やアモラクァンインの『プレアデス覚醒への道』などに書かれている内容と、共通する内容ですしシャンバラについても「レムリアの真実」「超シャンバラー地下都市テロスからのメッセージ』などの話とも、ほとんど同じ内容なのです。宇宙から地球にやってきた宇宙人たちが、遺伝子操作をして原始猿人と宇宙人を交配し、人間を創りだしたというお話。古代インカ帝国の繁栄の謎。そして、高度な精神世界の文明が存在している地下都市、シャンバラ。そして、アミの本の中で次元上昇(アセンション)についてもはっきりとその言葉は使ってはいませんが、示唆しています。私たちがこれから完全な平和で新しい世界に移行するための大切な選択の時期に、今いるということ。そして、アミシリーズの2巻目『もどってきたアミ』では、私たちが選択を間違えた時に起こりうる最悪の状況にも触れています。しかし、この中でシャンバラに住む、シルクが言っているように大事なことは、そういう情報を広めることによって恐怖や不安を煽ってはいけないということ。とつぜん、シルクが「もう時間がない」と言った。ぼくはとても怖くなった。そしてシルク自身、言っていることのつじつまが合っていないような気がした。だってその言葉自体、彼が「死の使者」であるように思われたからだ。でも、シルクが言いたかったのは、僕たちにはもう無駄にしている時間はないのであって、これまでは内面的にも外面的にも事態を真剣に変える努力をしないまま、何とかやってこれたけど、これから先は一人ひとりが「愛の使者」へと変身するべきでありそれを自分の人生にしていかなくてはいけないということだった」そして、ペドゥリートは、自分自身に対してがっかりします。「ぼくは、崇高なことを知ったにも関わらず、結局、他のこどもたちと変わることのない、ごくごく普通の子どものまんまだったからだ。もちろん、悪い子ではなかったけれど「愛の使者」らしいふるまいをしてこなかった。だって、もし、そんなことをしたら、絶対、みんなにからかわれて、いじめや悪い冗談の対象になっていたことはまちがいなかったし、考えただけで、そんなのは嫌だ。だから、だいたいみんなと同じような行動をとっていた。そして、それは愛の使者のふるまいからはかけはなれたものになっていた。そして、あれほど崇高な人たちと知り合ったということが、一方で僕を傷つけた。だって、そのときから、仲間のちょっとした欠点をすぐに発見できるようになったからだ。それは、周りの友人たちをオフィル星の人たちとどうしても比較してしまうからで、それが、ときに僕の心を閉ざすことにもなった。ぼくは、情け深いやさしい人となる代わりに反対の人となった」これは、スピリチュアルな学びの最初の過程でよく起こることですよね。そういう愛の世界の存在を知った後、自分が今いる周りの世界とのギャップを感じ、どちらにも属すことができず孤独感を味わってしまうのです。今の自分がけして「真実の道」を歩いていないことはわかっていながらその生き方を変えるだけの勇気も知性も持ち合わせていない。だから、この時期は、周りの人たちより自分はいろんなことを知っているんだというエゴとともに、それを実践できていないことに対する自己嫌悪に陥ってしまいがちです。でも、シルクは、大事なことは、毎日、少しずつ欠点を克服し変化させていくことから、始めればよいとペドゥリートに勇気を与えてくれます。『それから、シルクは、人々が苦悩することも、大量の死者を出すこともなく、ぼくたちの惑星がよい方向に変化していく可能性は残っていると言った。でも、これはしっかりと自覚しておかなければいけないけれど「もう時間がない」つまり、もう僕たちは時間をムダにはできないということだ」「それから、喜び、健康なユーモア、楽天主義、希望、責任、悪意のない魂、信念、許し、隣人へのたすけ、本物の愛などが、ますます必要不可欠になっていきそれが人類にとって、一人ひとりにとって、高い水準の存在に移るのに必要なエネルギーになると言っていた」「シルクは、つぎに上げる欠点は、どんな犠牲を払ってでも自分たちの中から追放するべきで、もしそれらの欠点が大きければ新しい世界の一員となることはできないと言っていた。それは、羨望(ねたみ)利己主義、暴力、物質主義、ひとの不幸を望むこと(知的、感情的、物質的、性的な)無責任恩知らず、不きげん」今回初めて「不きげん」に目が止まりました。「不きげん」ってある程度、誰にでもあることだと思うのですがどんな犠牲を払ってでも、追放するべき欠点だと考えている人は少ないですよね。でも、ある人が「不きげん」でいることが周りにも「不きげん」なエネルギーを与え確実に、周りのエネルギーをダウンさせてしまうことを考えれば納得できます周りに与える影響を考えて、自分の感情をコントロールするということがとても大切だということでしょう。すべてのことは、私たち、それぞれが自分自身の内面をしっかり見つめどれだけ高めてゆくことができるかにかかっているのですね。これまでに哲学書、さまざまなチャネリングの本、スピリチュアル関係の本、いろいろと読みましたがこのアミシリーズほどわかりやすく、これからの私たちが進んでゆくべき道を示してくれる物語は、そんなに多くはないように思います。もしまだ読まれていない方は、ぜひご一読を(ってここまで書いてしまって、ネタバレバレかも?)
2009年05月08日
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昨日のアミの続きです。『アミ 小さな宇宙人』『もどってきたアミ』『アミ 3度目の約束』と話が進むにつれて、それに伴う意識レベル、精神レベルも高くなってゆきます。主人公のペドゥリートが、どんどん高いレベルに行くのが読んでいる人たちもわかります。でも、なかなか一足飛びにはいかないものですよね。最初にペドゥリートが、彼のおばあさんと、アミを引き合わせた時おばあさんは、アミに対して『ありがとう、アミ。私の孫の師でいてくれて」と言います。ところが、ペドゥリートは、「違うよ。アミはぼくの師ではなくて、友達なんだよ」と答えるのです。そうするとアミは、ちらっとおばあさんを見ておばあさんは、それを見て何かを察して「そうだったね。あたしの孫のそんなにもいい友達でいてくれてありがとう」と言い換えるのです。この場面は、ペドリゥートが、アミを師であるということを認識するほど、まだ精神レベルが高いわけではないことを示しているようです。(反対におばあさんの精神レベルの高さとペドゥリートへの想いがよくわかるお話ですが)もしくは、アミが意図的に二人の精神レベルが離れているようには見せず、あくまで友人としてのコミュニケーションを図っているということもあるでしょう。この物語の中では、アミは、高度な精神性、高い愛のレベルを持っている銀河連合と(地球人のような)まだ精神レベルが低い未開人との間をとりもつ役割を担っているということになっています。例えば、A さんとCさんがいてAさんが、Cさんよりずっと高い精神レベルにいた場合Cさんにとっては、あまり学びにならない場合が多いのですよね。二人のレベルが、あまりにもかけ離れていると、Cさんは、Aさんがどれほどのレベルにいるのかを認識できないしAさんは、あえてそれをCさんにわかるように説明しないのでCさんにとっては、ピンと来ないことがあるのです。でも、ここにBさんという二人の中間地点にいる人が存在するとCさんにとって、大きな学びとなります。精神レベルがそれほど高くないところにいる時はとにかく見た感じや外見で判断してしまうんだなあと。アミは、見かけは小さな子どもの宇宙人だしとてもフレンドリーなのでペドゥリートにとっては、自分よりも精神レベルが高いことはわかっていても、まだそれほど上だとは認識できないのでしょう。外見で惑わされてしまうというのはまだまだ私たちが進化できていないということですよね。「アミ、3度めの約束」の中である進化した星で、「美人コンテスト」と称して、心の内面の美しさを見せ合うコンテストというのがあるのですが、とてもおもしろい発想だなあと♪私たちが、外見や見かけを全くとらわらず内面の魂の輝きだけで、お互いを見ることができるようになったら世界は随分と変わることでしょうね。ちょっと話は変わりますが一昨年、マヤの長老、ドンアレハンドロに会うために、日本へ行って、富士の聖地で初めて彼を見た時「この方が、マヤ13代目の長老でマヤの23の部族、440人の長老たちをを総括する人なの~?」と正直、最初は、ちょっと驚きました。ものすごく例えが悪くて申し訳ないけど、NYのレストランでお皿を洗っているメキシカンのおじさんとしてこのマヤの長老が働いていたとしても、誰も気づかないかもしれませんそれくらい見た目は普通の方なのです。(ちなみにその時の様子は、この方のブログをどうぞ)でも、やはり本当に素晴らしい方でした。ダライラマ法王もそうですが、こういう精神性の高い人に限って話すとごく普通の気さくなおじさんみたいなんですよね本当に人は見た目ではわからないということをつくづく感じました。外見ではなく、その人の深いところにある美しさを認識できるようになることこそ本当にその人の精神レベルが上がったという証拠なのでしょう。私も「内面美人コンテスト」に出場できるぐらいになったらいいな~(今は、まだお見せできない?)アミシリーズについて、まだまだ書きたいことがたくさんあるのでしばらく続けるかも~(アミについては、書き出すととまらなくなることはわかっていたのですけどね)
2009年05月07日
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前回の日記で、昔の私のバイブル的な本について書きましたがさて、最近の私にとってのバイブルって何だろう?と考えたら、いろいろ心に残る本はあるけれど、一つだけ上げるとしたら、やっぱり『アミ 小さな宇宙人』これは3部作シリーズになっていて『もどってきたアミ』『アミ 3度目の約束』と続きます。以前なら、リチャードは、救世主はどう考えるだろう?そう考えてきたことが、最近は『アミなら何て言うかしら?』って思ったりしますアミは、かなり精神レベルが高い、進化した生命体ですが神さまじゃないところがミソかもしれません。神さまだと、あまりにも完璧すぎて、普段の生活のいろんな場面で、神さまだったらどうするかしら?とはなかなか考えられないものですものね昨日も洗濯している間に『アミ 3度目の約束』を読みました。そして、また新ためて感動この「アミ 3度めの約束」は主人公は地球に住むペドゥリート、そして、別の星キアに住む永遠のソウルメイト、ビンカが一緒に住むことを夢みて、いろんな苦難を乗り越えていくというストーリーになっています。この本の中でビンカを取り調べた精神科医の医者が「神なんて、そういう科学的でないものは信じない。そういうものは無知な人の話すことだ。もし、そういうものがいるというなら、証拠を見せてもらおう」とビンカに言うのですがそれに対してのビンカの答えは「神はちゃんといるわ。私がその証拠よ」「先生、そこに掛かっている絵、見えるでしょう?」「この絵があるということは、この絵を描いた画家がいるってことの証拠じゃなくって?」『この手も、このつめも、この声も私自身が作ったものじゃない。つまり、私を作った優れた知性が存在するということよ。これだけじゃまだ、科学者たちにとっては充分な証拠にはならないの?星や銀河系や海の色や花の香りだけじゃ充分ではないの?その存在について、研究できるだけの能力を与えてもらっておきながら科学者たちは、どうして優れた知性の存在を疑うことができるの?』思わず、バチバチバチ~~と拍手をしたくなるような場面です。(なぜだか、この場面は、『天空の城ラピュタ」でシータがムスカに対して最後の場面で語る場面と共通する感動を覚えます)神を信じるとか信じないとか言うこと自体がナンセンスなのかもしれません。キネシオロジーで、人間の身体と心のしくみを知っていくにつれてつくづく感じたのは、これ(人間)を作った存在はすごいなあ~ということ。こんなスーパーコンピューターを兼ね備えた人間というものを作ったのですものね。そして偉大なる科学者ほど、人間の手の及ばない大きな力を知っているものだなあと思います。あのアインシュタインも「人は永遠という神秘、生命という神秘、そしてこの実在の驚くべき構造などの神秘について深く思いをめぐらせてみるとき、畏敬の念を覚えずにはいられないのです。毎日この神秘をほんのわずかでも理解しようと試みるだけで十分です」と述べていますし、科学者でそういう力の存在を感じている方も少なくはないのでしょう。宇宙飛行士たちが後で宗教家や牧師になったりするのもそういう神秘の体験をするからでしょうね。そして、神の存在を感じることは、宗教を持つこととは違います。以前「オーラの泉」で中井貴一が「私は有神論者で、無宗教です」と言われていましたが、私もそうですし、日本人の多くの方はそうなのでしょうね。日本人は、木々の中に、そして、山に海に、あらゆるところに神を見いだし、自然を敬ってきた人種です。そのことを一昨年、13年ぶりに日本に帰って神社や、あちこちの森や川を見て回った時に深く感じました。でも、こちらアメリカでは、一般的に無宗教=神を信じない人となってしまい=物質的なレベルでしか物事を見ようとしない人になってしまう傾向があるようです。特に宗教を持っていないけれど、神の存在は信じているということが理解できない方も多いそうで説明しないと、なかなかわかってもらえないみたいです。また、この本の中でペドゥリートのおばあさんもとても素敵おばあさんは、いろんなことに関してお願い事をする時に直接神さまには祈らず、天使やマスターたちに祈りを捧げるのです。その理由は、「神さまは忙しくて、こんな私の小さなお願いに一つ一つ構っていられないから聖シリロさまにお願いしておいて、神さまがお手のすきの時に伝えてもらうのよ」『それに聖人や天使たちにも何か仕事を与えたいんだよ。仕事がなくて、自分たちを役立たずなんて思い始めちゃったらかわいそうだし』これもとっても納得例えば、人はとても大変な時に神さまに祈りを捧げますがその人にとって、それが必要な学びになることだったら例え、その人が病気であっても、今生で死んだとしても長い目で考えて、それを与えるかもしれませんしね。でも、天使やアセンテッドマスターたちや、その他たくさんの精霊たちというのは神と私たちの中間にいて、その間を取り持ってくれる存在だなあなんて、思うのです。そして、おばあさんのその信じる力というのはこれはまさにあの「思考は現実化する」という『シークレット』の中の実践そのものなんだなあなんて感じます。(ちなみにシークレットに関しては、こちらをどうぞ♪この中の「The Secret to You」の映像はお勧めです~)おばあさんは、別の星キアにビンカを救いだすために危険を冒して出発するという、アミとペドゥリート送り出しますが今日中にみんながここに戻ってくることを確信しています。それに対して、とても精神レベルが高いアミでさえそれはさすがに無理だと思っているところがおもしろい。でも、おばあさんの信じる力は素晴らしくその日、みんなで食事をするために素敵な食事を用意し、テーブルを美しく整えて待っているのです。そして、本当にみんなはその日にうちに無事、すべてを解決して、地球に戻ってくることができるようになるのでした。おばあさんは、それが当然実現するものとして行動したことで、その現実を引き寄せたのですね。アミシリーズは、子どもにも読めるように簡単な言葉で書かれた物語ですがとても奥が深いなあと感じます。そして、今回、読み直して、また新たなちょっとした気づきもありました。長くなるので、それについては、また次の日記で~(もう充分長いけど)
2009年05月06日
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『イリュージョン』by リチャードバックかれこれ、18年ぐらい前に出会ってから長い間、私にとってバイブルだった本です。この薄い文庫本をこれまでに何度読んだかわかりません。物語は、主人公で飛行機乗りであるリチャードが自らを「救世主」だと名乗る不思議な男と出会い、彼から様々なことを学んでいくお話です。私たちはみんな多かれ少なかれ、さまざまな既成概念にとらわれて、生きていること。それは、まるで映画のようなものであり、すべては幻想、イリュージョン。そして、私たちは、そこから、いつでも抜け出せるしストーリーを書き変えることができること。自分を取り巻くすべての現実は、自分自身が生み出したものであること。思考は現実化すること。この本の中で学んだことは、私の人生の中でとても大きなものでした。何かあると、この本を読んで、リチャードならそして、救世主ならどうするだろう?そんな風に考えてきました。いつだって、この本を読むと、勇気が湧いてきました。『君にふりかかること全ては訓練である。訓練であることを自覚しておけば、君はもっとそれを楽しむことができる』『最も学ぶべきこと、それを君は最も上手く教えることができるだろう』『君たちが自己に忠実に話す時、そこには過去も未来は関わりなく真実が永遠に光輝く。自己に忠実に話す。それのみが真実の正統な有り様なのである』でも、ここ数年、この「イリュージョン」から学ぶことは終わったような感覚がありました。そして、先日、ふと思い立って、久々に読んでみたら、私の中では、もう何かが違っているのを感じました。もちろん、この本に書かれてあることは、以前として、私の中のベーシックな考え方としてはあるのですがその先にあるもの、(上手く言葉で説明できないのですが)それが今の私にとっては、とても大きくなっているのがわかったのです。もうそろそろ、この本を手放す時期が来たんだな、そう感じていた時たまたま、友人がリチャードバックに興味を持っていると言うので先日「イリュージョン」を貸したら、『今の私にとても必要な本だった』と、とても感激してくれたのでそのまま、その本を、彼女にプレゼントしました。もう随分古くなってしまった小さな文庫本ですが、私を長い間、支えてくれて、とても大切なことを教えてくれた本を、大切な友人に渡すことができたことがとてもうれしい一方、このイリュージョンをさらに発展した作品であるリチャードバックの『ONE』は主人公のリチャードと、彼の妻であるソウルメイトとの旅を通じて、世界が一つのものであることを教えてくれました。リチャードバックの小説は、どこまでが本当でどこまでが作り話なのかわからないのですがでも、リチャードと彼の妻、レスリーが本当に深く魂が結びついているソウルメイトであることは明らかでした。『ONE』の中でリチャードバックは「もうどこまでが自分でどこまでがレスリーなのかわからない」と書いていますがそれほどの一体感を持っていた二人でした。彼らのようなソウルメイトの関係はたぶん、誰にとっても理想であろうし私もそんな関係を築きたいとずっと願っていました。だから、リチャードとレスリーが1999年に離婚をしリチャードは再婚したという事実を友人から聞いた時は、かなり驚きました。リチャードバックファンなら少なからず衝撃を受けたことでしょう。彼らほどの強い結びつきがあっても別れることがあるというのは、本当にこれから先、何が起こるか、私たちには予測はつかないそう考えさせられます。いくらソウルメイトであっても今生で、お互いの学びが終われば、別れることもあるということでしょう。そう考えると、これから先、私とおさむもいつどうなるかは全くわからないなあ~なんて、思うこの頃です。リチャードとレスリーが死によってではなくお互いのゆく道が違ってきたために今生で別れるということがあるのならもし、私たちが、明日別れることになったとしてもそう驚くに値しません。(今のところ、そんな話はないですけどね)リチャードバックが今、何を感じているのかとても興味はありますが彼は「もう生きている限り、小説を書くことはない」と言っているとのこと。すべてのものは変化してゆく。これもまたイリュージョンから学んだことの一つです。だからこそ、今、この一瞬一瞬を一生懸命、生きるしかないのでしょうね。@Shasta
2009年05月04日
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『レイキと太陽と月と』もともと、このブログは、レイキを学んだ方やこれから学びたいと思っている方のためにレイキのことを、もっと伝えたいな~と思って去年の暮れにスタートしたのですが、気がつけば、日々の私の独り言みたいになっていてレイキ以外の話題の方が遥かに多くなってしまっています(最近は、キネシ日記になりつつあるし)ということで、今日は初心に戻って、レイキの話題を先日、思い立ってレイキ2のクラスの内容を変更しました。レイキのクラスをやっていくにつれて「これはレイキ2のクラスでは必要ないな~」と、思う部分がわかっていたのですがでも、オリジナルのテキストを作り直すのが、面倒だったのでついつい後回しになってしまっていました。先日のレイキ2のクラスの前日にぎりぎり、テキストの修正を終えて当日、何とか間に合いました。こういうのって、余裕を持って始めればいいんでしょうけどなぜかやろうと思いついた時は、いつも時間ぎりぎりというパターンが多いんですよねこれまで、レイキ2では、レイキのこと以外にクリスタルヒーリングや他の浄化法などにも触れていたのですがその部分は全部カットしました。普通のレイキマスターのところではレイキでクリスタルヒーリングを教えているところはほとんどないと思うのですが、私は、これまで何年もレイキ2のクラスで教えていました。レイキとクリスタルは相性がいいこと、また、レイキを受けられる方のほとんどは女性であるしクリスタルやジュエリーが好きな方は多いからです。でも、レイキ2のクラスでは、レイキを、よりシンプルに深めた方がいいな~と考え直し、内容を練り直しました。その代わり、レイキ2のクラスの最後に私へのヒーリングをやってもらうことをメニューに加えました。レイキ1のクラスでは、必ず、最後に私への1時間のハンドヒーリングをやってもらって終了なのですが、これまでレイキ2のクラスでは、希望する人だけで、省略することが多かったのです。でもやはり、レイキを学んですぐは、なるべく多くの人にハンドヒーリングする機会を持ってもらった方がいいですものね。私はレイキ2では、ヒビキ(エネルギーの流れが滞っているところで感じる手の感覚)を教えているので、ヒーリングの際に相手のエネルギーの流れを感じることを学びます。レイキ2のクラスの最後のヒーリング実践は、ヒビキを感じるように意識すること。クラスを終了した方が、私に対して行ってくれるヒーリング実践は、もう最高に気持ちよくて、毎回のようにぐっすり眠ってしまいます。レイキって、クラスを受けたばかりで、ほとんど実践の経験が浅い人にやってもらってもやっぱり気もちいいんですよね。そして、レイキ2では、やはりレイキ1の時より、さらにエネルギーの流れがよくなっている方が多いです。ヒーリングをやっている本人は、まだレイキエネルギーを実感できていないケースも多いのですが、ヒーリングを受けている私はすぐに『ああ、きたきた~~』って感じになります。と、先日、私へのヒーリング実践が終了した後、『どうでした?何かヒビキを感じました?』と尋ねたら『たくさん感じました。もしかして、先生疲れてます?』はい、、、やっぱりわかりますか~~このところキネシオロジーのモニターがずっと入っていたこともあって休みなしだったし、最近、睡眠不足で自己ヒーリングが充分にできていませんでした。反省ですそして、先日に引き続き、たまたま昨日もレイキ2のクラスだったのでヒーリングを受けたのですがやはり、気持ちよかった~レイキのクラスをすると癒されます~~@Castle Lake , Shasta
2009年05月03日
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豚インフルエンザ、かなり騒がれているようですね。親しい友人からも「豚インフルエンザ、どう思う~?』と質問されたり不安に感じている方も多いようなのでちょっと書いてみようかな~と。豚インフルエンザ、なんか日本ではすごい騒ぎのようだけど、アメリカで今のところ感染者は約90人、そのうち亡くなったのは1歳の子ども1名で、あとは、ごく軽症。日本にはまだ一人も出ていないというのに、マスコミのこの騒ぎ方。そして、恐怖を煽るように報道しているのですよね。私は環境運動家のきくちえみさんや森田玄さんの感性が好きなのですが、きくちゆみさんのHPから(4/30の記事)マスコミは大騒ぎだけど、世界中で昨日も今日も相変わらず最も多く人が亡くなっているのは餓死。乳幼児を中心に1日4-5万人、3秒に一人がキレイな水や食べものがないことでいのちを落としています。これは人類の、特に飽食の先進国の私たちの生活の仕方(食糧を輸入に頼っているのに毎日2千万食も残飯を出す日本とか)にも原因があります。日本のガン死だって年間35万人ぐらいですから、毎日千人弱がガンでいのちを落としています。発ガン性が疑われる農薬や添加物や日常使われる様々な化学物質や原発から毎日出ている放射能の方は「許容量」や「環境基準」以内で使い続け、複合汚染の影響も調べずお咎めなし。そして日本の自殺者。こちらは毎日100人弱。こっちの対策のほうが急務だと私は思うんだけど。豚インフルエンザで大さわぎして、誰が得するのかな?タミフル、売れてますよねー(ドナルド・ラムズフェルドさんも大儲けで喜んでいるのでは?)。2005年の鳥インフルエンザのときの情報をアップしておきます。このワクチンが一番危険だという話があります。私は以前から、インフルエンザワクチンに関しては使われている成分や製薬会社の仕組みを考えるとかなり懐疑的です。こちらがタミフルに関する記事。ここでも良く取り上げている、抗インフルエンザ薬「タミフル」タミフルの製造元はスイスのロシュ社です成分はリン酸オセルタミビルですタミフルには、インフルエンザを予防する効果はありませんタミフルには、ウイルスを撃退する作用は有りませんまた、ウイルスには「抗生物質」も効果を発揮しません。インフルエンザは、インフルエンザ・ウイルスに感染した後、1~3日間の潜伏期間を経て、38~40度の高熱が出て発症しますが、タミフルはウイルスの増殖を妨げ、熱がある期間を1日程度縮める効果があるだけです。(国立感染症研究所の談話より)人間の身体は「免疫システム」が創り出す「抗体」の働きによって、インフルエンザ・ウイルスを撃退します。タミフルは、インフルエンザ・ウイルスの増加を抑えることによって、「身体の免疫システム」がインフルエンザに対抗する為の「抗体」を作り出し、ウイルスの増殖を止めて、それを撃退するまでの時間を短縮するだけなのです。現時点では、ウイルスは「抗体」でしか撃退できないのです。最近の新聞やニュースでは、とにかく人々に恐れを抱かせる話題ばかり。新聞を読んで、明るい気持ちにはなりませんよね。そして、けして真実は伝えていません。タミフルの危険性についても、あまり知られていないのが現実。こちらは、天木直人さんの記事「タミフルの危険性を黙殺した厚労官僚」メディアからの情報に惑わされず、本当に身体にとってよいものは何なのか、自分で調べてみることが大切だと思います。そして、何より、大切だと思うのは、不安になったり、恐れを抱いたりしないこと。ネガティブな想念は、ネガティブな現実を引き寄せます。恐怖を抱いたり、心配したりすると、免疫力は確実に下がりますしね。きくちゆみさんも言われていますがとにかく、普段から免疫力を高めておくのがよさそうですね。食事や生活習慣、ストレスをなくすこと、様々なヒーリング適度な運動や自然に触れることなどそれぞれのやり方で、免疫力を高めることが大切だなあと感じます。動物たちには責任はないし、迷惑な話よね~
2009年05月02日
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ここしばらくおさむが、ソロアルバムを作成中なのですが、今日、ミキシングをほぼ終えたので、それを試聴しました。もう泣けました素晴らし過ぎてアルバムタイトルは『Mother Earth Father Sky』このアルバムは、去年の10月私たちのアリゾナ、ニューメキシコの旅で彼がインスパイアされて、出来上がった作品。この旅の中で、インスピレーションが湧いて購入したインディアンフルートがフューチャーされています。作曲、フルート、ギター、その他パーカッションもすべて彼一人での演奏。この旅をするまでは、彼は全くインディアンフルートは吹いたことがなかったのですがそれからかなり練習して、最近は、すごく上手くなっています。インディアンフルートの音色は、とても素朴で、癒されます。どこまでも広がる空の青さ。草原の緑の輝き。暖かく包み込む大地。輝く太陽。心地よくかけぬける風。自然の大いなる恵み。その中で育まれる新しい命。まさに、母なる大地と、父なる空のもと、生まれ出て、力強く生きてゆく様々な生命を感じあ~私もここに生まれてきてよかった~そんな思いがこみ上げてくる音楽です。(ここまで褒めるか~)こんな天才音楽家が世に埋もれていてはいけない(笑)そうつくづく思った作品でした。(自分の旦那捕まえて、天才って言っているんだからもう世話ないよね)どうか、この素晴らしい音楽が、たくさんの人のもとへ届きますようにアルバムの表紙に使う予定の私が撮ったセドナの写真。
2009年05月01日
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