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この日、おさむの運転でブルックリンの自宅を朝8時頃、出発しました。ちょうど日曜日だったので、ラッシュアワーもなくスムーズに着いて、2時間半でキャッツキルに到着です。キャッツキルは、NYアップステートのハドソン川の西に広がる州立の自然保護区。今日、私たちが訪れたのは、キャッツキルのKaasterskill という滝です。車を路肩に停めて、道の脇から入ると目の前に滝がありました。それから、このトレイルを登ってゆきます。20分ほど歩くと、先ほどの滝の上流にある2番目の滝に到着。滝の上に人がいるのがわかるかしら?滝に近寄って、犬をバックに一枚。トレイルはここで終わりと表示されていたのですが、この滝に上に人がいるのが見て私たちも行ってみようと山を登っていくと15分ぐらいで3番目の滝に到着。ここが最高に素晴らしい〜〜かなり高いところから落ちてくる迫力のある滝の水しぶきが一面に飛び散って、まさにパワースポットでした。この滝は、裏側に回ってみることができます。滝壺に落ちる水は、すごい勢いだったのでこんなところで滝行したら、脳みそ割れそうだよね〜なんて言っていたのですが、何人かのアメリカ人が滝の真下に行くというチャレンジしていて、周りから歓声が上がっていました。ここにいる間中、エネルギーがチャージ’されていくようでした。しばらくの間、石の上に座って、おさむとしぶきを浴びながら滝を眺めていました。このまま何時間でも、いることができそうでしたがトイレに行きたくなったので、戻ることに。車で通りがかりのレストランでランチを食べた後(この日の朝、おにぎりを作る時間がなかったのがとても残念)宿泊するB&Bにチェックイン。アメリカにはよくある感じのオーソドックスなB&B(Bed&Breakfast)です。こじんまりとしたきれいな部屋。 よかったのは、この敷地内にクリークがあったこと♪ ウッドチャックという大きなネズミみたいなウサギ科の動物に遭遇。ちょっと険しい顔。このアングルだと、何だかかっこいい〜〜(何だかって何だかだよね)この日の夕食は、近くのwindhamという街のレストランで取りました。(味はかなりいまいちだったけど)次の日もいいお天気。この日は、B&Bのオーナーの方に教えてもらったNorth South Lakeに行ってみることに。これはNorth Lake。静かな美しい湖でした。小ガモ湖の周りのルートをてくてく歩きます。怪獣のような石。そしてSouth Lakeに到着。それからカヌーを借りて、湖へ。私はパドルでこぐとすぐに腕が疲れてくるのでほとんどおさむに任せっきり。計3時間ぐらい湖で過ごした後はキャッツキルの街をぶらぶらして、それからランチ。今回、あまりおいしいレストランを見つけられなかったのが残念。 それから出発して、帰りもズムーズに2時間半で自宅に到着しました。今回、自然の中でおにぎりを食べれなかったことだけが、心残りだったので家でおにぎりを作って、サンセットパークへ。あいにく雲がかかって、夕日が沈むところは見れませんでしたがのんびりとまったりと過ごした2日間でした。飛行機に乗らないで、自宅から車で行くのは楽だね、とNYに長い間住んでいて、今更ながらこれからはもっと頻繁にNY近郊へドライブしようね、とおさむと話しています。私は昔は、アップステートの方によくドライブしていたのですがおさむとつきあいはじめてからは、ほとんどなく考えてみれば、二人で車でNY郊外に出かけたのはボストンはのぞくと、なんと15年ぶり。ジップカーも登録して利用しようと言っていたのは、かれこれ10年前なのにすっかり忘れていて、ごく最近初めて登録してみたのですからほんとあっという間に月日は流れるものだなあと。15年前のドライブは、まだおさむが車の運転が慣れていない頃で交通量の多いNYを走るのはかなり怖かったです。帰り道に雨が降っていたのですが、高速から降りる時におさむが慌ててブレーキを踏んだため、何と車がすべってぐるぐるとスピンしてしまい、絶対絶命〜という感じだったのですが運よく何にもぶつからず、道の脇の草むらの中で止まったのでした。あの時、もし後ろから車が来ていたら最後でほんとラッキーでした。あれから月日は経って、おさむもあちこち旅の度に運転して今ではすっかり安心していられるしあの頃とは、随分と変わったね〜と。運転だけでなく、あの頃のおさむとは人格も性格も別人だね〜と家に戻ってから、当時を思い出して二人で15年前の写真を見ながら話しました。(私はおさむほどには変わっていないかも)さて、今日から1週間は、オフの日はなくセッションが入っています。まだどんなストーリーが出てくるのか私も気合い入れて臨みます〜(とお手柔らかにお願いしま〜す)
2014年06月22日
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いつのまにか、久々のアップです~。みなさま初夏をいかがお過ごしかしら~?このところ、書きたいテーマはいろいろあるもののなかなかブログをアップする時間が取れないでいます。最近、何人かの方から「ブログをアップしていないので、お忙しいのでしょうね」と言われたのですがブログをアップする時間がないというとまるで朝から晩まで動いているみたいですが実際は、セッションの後は、毎日のように近くのサンセットパークに行って草の上で夕日をボーっと眺めたり、おさむと一緒に夜空を眺めたりおさむのギターに合わせて歌ったりする時間もあってそれほど忙しい~という感覚ではないのです。ただ最近は、日々コンピューターの前にいる時間をある程度(感覚的に)決めているのでメールのお返事だけで、けっこう時間がなくなって今日のコンピューター時間は終了、となってブログまで行き着かない感じなのですよね〜。(と、まだメールのお返事をしていない方はごめんなさい〜〜)1日の中で、ヒーリングの仕事以外の時間にやりたいことは山ほどあって、ブログもそうだし、ピアノも歌も絵もヨガも身体についての勉強ももっとしたいし、教えるためのキネシの資料もまとめたいし最近は作曲も再び始めたので、それももっとやりたい。ああ、そして夜にはおいしいもの食べて、ワインも飲みたい♪と、もちろん一度にすべてのことはできないわけで少しでも頭で「やらなければならない」と思っていることがあったらそれは排除して、本当に心からやりたいと感じることのみにしぼってゆくそしてその中でも、今はこれが一番やりたい(=それをやることが必要)という直感に従っていくとやりたいことをするための時間が足りないという感覚はなくなるのですよね。とりあえず、このところのNYは、最高のお天気が続いていることもあってサンセットパークでの夕涼みは、身体も心も喜んでいるので最近の私とおさむの優先項目になっています。さて、昨日は夏至の日でした。夏至のお祝いをされた方もけっこういらっしゃるかしら?ご存知ように、太陽の光が一番長い日、一番強くなる日である夏至の日には古代から様々な祈りやセレモニーが行われてきました。イギルスのストーンヘンジやペルーのマチュピチュなど古代遺跡やパワースポットには、夏至や冬至を知らせるような作りが多く見られますが自然と調和して生きる古代の人たちにとってはこの日は特別な日だったのでしょうね。私とおさむが2009年に初めてペルーを訪れたのもこの夏至の日に行われるインティライミのお祭りの時期でした。昨日は、レイキのレベル3のクラスだったのでクラスの中でスマッジングや太陽、地球とつながる瞑想をしたりおさむのサウンドヒーリングを行って参加者と一緒に夏至を祝いました。最近は、レベル3はグループのみにしていますがレイキだけでなく、いろんなヒーリングを取り入れるようにしてからさらにおもしろいです。ということで、昨日のレイキのクラスを受けた方から頂いた感想の中でお一人紹介させてくださいね。昨日はどうもありがとうございました。やさしいけどパワフルなレイキをあらためて感じました。本当にクラスを受けてよかったです♪自分の心がやりたいと思ったことをやるというのはこういうことなんですね。満ち足りた気持ちです。留守番してくれた次女にも感謝です。先ほどレイキをして、すぐに眠りに落ちました。クラスの途中でもデトックスであろう咳がでましたがおさむさんのサウンドヒーリング中も咳が出ました。以前のサウンドヒーリングでは始まるとすぐに無意識状態に入ったのですが、今回はしばら〜くいろんな楽器の旋律を聴いていてなんでこんなクリアな感じでいるんだろうなぁと思っていました。銅鑼の音がなり始めた時、のどのあたりがむずむずし始め、咳が。。。その時に何か出さなきゃいけないなにかがあったんでしょう。そこまで寝てはいけなかったのでしょう。。。そのあとはふわふわと聴いていたと思います。ほんとうにおもしろいですね。ハイヤーセルフと繋がる練習、グラウンディングもヨガ自主練の前後に少しずつでもしていきたいです。クリスタルも欲しいなぁ。でも焦ることなく、ビビビっときたものを買いたいと思います。のりこさん、おさむさん一緒にクラスを受けたみなさん、次女、ベビーシッターさん、そして自分にも感謝です。幸せな時間をありがとうございました!自分が本当にやりたいことをやる、このシンプルなことを防いでいるのが思考(マインド)ですがそのマインドに気づくことが第一歩なんですね。自分ではやりたいことだと思っていたのだけどそれはマインドの「やらねばならない」であって本当の自分はやりたいわけではなかったというのはよくあることで反対に、自分ではそれに対して情熱がない、今はやりたいとは感じないと思っていたことが、実はマインドのブロックで本当の自分はそれがやりたいと感じているというのもよくあることなのです。本当の自分がやりたいことをやっている時にはストン、と腹に落ちている感じがするのであ〜これだったんだ〜とわかるのですよね。さて、昨日が夏至の当日でしたが、一夜明けて今日は夏至の祝いと称して、NYのアップステートにあるキャッツキルマウンテンに来ています。今回初めて、普通のレンタル会社ではなく、ジップカーを利用してみたのですがとっても手軽だし、楽でした。これなら、月に1、2度ぐらい、郊外にドライブするのもいいね〜なんて、またやりたいことが増えてゆくわけですが今夜はキャッツキルに宿泊して、明日には家に戻ります。案外、旅先では、夜にブログを書いたりする時間があるのですね。ということで、続きはまた〜〜♪
2014年06月21日
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さて、身体のほとんどすべてに問題がある父のセッションでは身体は、その日できる最大限の臓器や器官の調整を少しずつ行うように指示してきます。例えば、今日は、腎臓、膀胱、肝臓、大腸、脳神経、神経伝達物質の調整次の日は、脾臓、リンパ、腎臓、肝臓、脳血管の調整その次の日は、大腸、胃、十二指腸、小腸、小脳、脳幹の調整などという感じです。でも、父の場合、例えばその日、腎臓の機能をマイナス50%からマイナス3%ぐらいにまで高めたとしても、次の日には、またマイナス30%ぐらいまで落ちているといった感じで、まるでいたちごっこでした。これは、腎臓、膀胱、大腸、胃腸などの身体の内蔵や器官に関しては感情や精神の影響を大きく受けてしまうからです。特にキネシオロジーではセッションの後の統合期間が大切で統合期間中に大きなストレスを感じると元の状態に戻る力が働いたり、好転反応として起こったりすることがありますが父は常に大きなストレスを抱えている状態でした。毎回、薬の排毒のための調整を行ったのですが薬の毒がデトックスとして皮膚に湿疹ができはじめ父はかゆくて眠れない状態が続きました。そのかゆみに対するイライラの感情がさらに好転反応を大きくしていました。また昔から父は超ネガティブ思考の人なのですがさらに恐れや不安が強くなっていて父の身体は毎回のように様々な不安や恐れの感情を伝えてきました。特に「情けない」という言葉に父の身体は反応しました。何も父は言いませんでしたが、プライドが高い父にとっては身体が上手く動かない状態や、膀胱の機能が衰えておむつをしなければならない状態は堪え難いものなのだなあと。通常のクライアントさんのケースでは、身体の調整とともにネガティブな思考パターンを変えたり、ストレスに強くするための調整を行ってゆくわけですが、そのためには、必ずインナーチャイルドの調整が必要なのです。インナーチャイルが大きく傷ついている状態には、いくら他の調整を行っても、感情的にもけして癒されないし思考パターンも変えることができないのですが私は父のインナーチャイルドにはアクセスはできませんでした。私が娘であることもありますがセッションがスタートすれば、必ず意識がなくなってしまう今の父の状態ではいずれにしてもインナーチャイルドへのアクセスは無理でした。他の調整は、すべて寝ている間に行うことはできますがインナーチャイルドだけは、その人が意識的にその時の感情や思いとつながっていなければならないので、寝ている間に行うことはできないのです。ですから、父のネガティブ思考を変えることなく毎回セッションの度に、身体の不調につながっている感情をピックアップしてそれを浄化しながら身体の調整を行う、というプロセスになりました。精神的なものを調整しない限り、効果は上手く出てこないわけですが例え少しずつでも回復すればと思っていました。でも、ある時、セッション中にふっと私がNYに戻ってしばらく時間が経てば、結局すべて元に戻ってしまうのだろうなああと何回かしかできないのに一体、これをやって何の意味があるのか?という思考が働いた時私の中に急にむなしさや悲しみの感情が湧いてきて涙が出てきました。すると、その瞬間、眠っていた父の息づかいがはあはあと荒くなってきました。今の父はグラウンディングが弱いこともありますがもともと感受性が強く、周りの人の感情やエネルギーの影響をすぐに受けるのだということが、今回の一連のセッションでよりはっきりしました。(このあたりも、人のエネルギーに鈍感な母とは対照的なのですが)その父の様子はまるで、私が一瞬抱いた悲しみに父の魂が、異議を唱えているかのようでした。あ〜例え、調整したことが元に戻ることになったとしても今、父の身体がこの調整を必要だと伝えてくる以上私はただそれをやるだけなのだ、ということに、あらためて気づき意識を変えて、セッションを続けました。数回のセッションをやって、父の症状はほとんど変わらなかったものの石像のようだった足が少しやわらなくなって足首が若干曲がるようになっていました。最初は、この足が戻るのは、たぶん果てしなくセッションを重ねないとだめだろうと思っていたので、数回のセッションで改善が見られたことでこんな状態であっても、セッションをやれば必ず回復してゆくことを確信しました。ところが私が屋久島から戻ってきてすぐのある日の朝、父は突然、全く立てなくなりました。父は「足が動かない、動かない」と恐れで一杯になっていました。でも父の意識はしっかりしていたので、これは脳から来ているのではなく腰ではないか?と思い、父に尋ねたのですが父は腰は痛くない、足が立てないのだ、と言います。それで、母と二人で父をマッサージベッドまで抱えてゆき筋反射で見てみたら、やはり筋肉がかなり衰えていたためトイレで立った瞬間に、腰が抜けた感じになっていたことがわかりました。もう父は痛みを感じる力もなくなっていたので(これは脳の問題なのですが)いわゆるぎっくり腰のようになっても、痛みは全く感じないのです。父はもう何ヶ月も歩くことなく、ほとんど家で座りっぱなしでテレビを見ている状態だったので、背中や腰の筋肉がすっかり衰えていました。その上に、夜眠れないので、あれこれと考えて不安になりトイレに何度も行って、そこで腰を抜かしたのです。腎臓は恐れの感情と密接に関連しており東洋医学では腎経として大腰筋とつながっています。つまり、もともと筋肉が衰えていた上に、さらに恐れや不安を感じたので一気に腰が抜けてしまったのでした。こうなってしまうと、少しでも腰の筋肉やじん帯の調整をする必要がありました。それから1、2回のセッションで、少し歩けるようにはなってきましたが根本的に衰えている父の筋肉は、少々の調整では回復は難しくとりあえずは、座らないで1日中、できるだけ腰に負担がかからないように腰を丸めて横になってもらいました。母は私に対して「(腰を抜かしたのが)あなたがいる時でよかったわ」と言っていましたが、もしこれが私がいない時だったら、たぶん救急車か何かで病院に行くことになっていたでしょうし病院では父の腰は治らないので、入院して検査するうちにさらに歩けなくなったかもしれません。でも、このぎっくり腰で父の中に歩けなくなることへの恐れがさらに強くなり、それが膀胱や腎臓の機能をさらに損なわせ頻繁にトイレに行きたいと言い出してある夜は、母は15回以上、父のトイレのために起こされました。これでは母が持ちませんから、できるだけ膀胱とそれに関する脳神経の調整を集中的に行いました。今回、本当に母はすごいと思ったのが介護は、かなり体力を使うしストレスになるものであって介護している人が調子を悪くすることも多いですが母はいつでもバイタリティにあふれていることでした。父の世話の合間に水泳に行き、毎日1000メートルを泳ぎ(しかも得意はバタフライ)1日中、動き回っていても元気なのです。母は77歳ですが、これまで一度も病気したことがないだけでなく腰を悪くしたことも一度もないのですから半端な精神力、体力ではないなあと。今回、はじめて母の記憶力のためにとセッションを行ったのですがこれまで一度も調整したことはないのにすごいグラウンディング力でした。一方で母は共鳴力があまりないこともあり父の感情と共鳴しないのでそれが父のストレスを受けないでいられることにもなっていました。人と共鳴しなければ深い心のつながりはなくなりますが一方で共鳴力がない方がいいこともあると今回の母へのセッションで実感しました。ポジティブ思考である母は「もう80歳まで生きて充分長生きしなのだから幸せだった〜と思えばいいのにね」などと言っていましたが今の父は、もともと持っていた心配性の部分が大きく出ていてとてもそんな風には思えないのでした。もちろん母は父が少しでも元気になるよう食事や薬草などできる限りのことをあれこれやっていましたが一方でその時の覚悟はとっくにできていました。今回、母は「あなたの肝が座っている性質は、私から受けついだのね〜」としみじみ語っていました。確かに先のことを考えない何が起こっても「まあ、なんとかなる」という意識でいる母の性質を私は受け継いでいますが一方で、私は父の感受性の強さや共鳴力も受け継いでいるんだなあと今回つくづく感じました。さて、こういったヒーリングによって、インナーチャイルドが癒されれば親に対して、子供としてではなく、一人の人間として接することができるようになります。一方で、もし親のインナーチャイルドが残ったままであれば親子の関係は逆転します。つまり親が子供に対して甘えたりわがままを言うようになり子供がそれを受け止めてあげる立場になる、ということです。よく年を取ると「子供返りをする」と言われていますが父も脳の機能が衰え、思考がこれまでのように働かなくなった今子供の頃に癒されていない意識、つまりインナーチャイルドが強く出てきました。父は子供時代、全く甘えたりできなかった人で私が子供の頃は、父が人に頼るなどは絶対になく頑固で厳しい父だったのですが今は、私のインナーチャイルドが癒されているので父は私に対して甘えてくるし私も父に対して子供のように接するようになりました。今回も父は「おまえがNYに戻ってしまったら、俺は一体どうすればいいんだ?』と私に何度も伝えてきてさすがにそれにはグ〜っと辛くなりました。実際このまま何もしないでいると、下半身の筋肉は衰えじきに立てなくなることは見えていたし自然治癒力がない今の父では、内臓や器官もますます衰えてゆくこともわかっていました。それを聞くと、助けが必要な子供を置いて出てゆく親のような気持ちになってこのまま日本に滞在して父のセッションを続けたいという気持ちが大きくなったのですが一方でそれは私自身の魂は望んでいないことであるのも、よくわかっていました。すべては天の思し召しでありすべては父が選んできた人生であることを思い出しNYに戻ってきたわけです。いつも母が「(子供が)そばにいれば、仕事は大丈夫かしら?とかあれこれ気になるものだけど、遠く離れて目の前にいないと全く気にならないのよね~」ととよく言っていたのですが私も同じように、今、目の前にあることにしか意識が向かないのでNYに戻ってくれば、もっと父にセッションをしたかったという思いもなくなり父の状態も気にならなくなりました。次回、私が日本に戻るまで父の生命力が持つのかどうかわかりませんが私は自分がやるべきことをやり、後はすべてゆだねてゆこうと。これから父がどうなるにしてもセッションを通じて、父が誰にも言えないでいる思いに触れることができただけでも、私にとって大きな意味があったなあと感じるのです。今回、父とセッションで共有できた時間そして母と過ごした時間は私にとっての宝物なのだなあと。私のプライベートな記録を読んでくださった方、ありがとうございます。(といってもすべてプライベートな記録だけどね)
2014年06月10日
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さて、今回の日本での父へのセッションについて福岡にいる時にアップしようと思っていたもののこれは書き出すと長くなりそうだなあ〜と、NYに戻ってから書こうと思っていたわけですが(といっても、何を書いても長くなるんだけど)いざニューヨークに戻ってくると何だかんだで、気持ちも変化していってすっかり書きそびれてしまっていました。でも、私のブログを読んでくださっているクライアントさんから「お父様大丈夫でしたか~?」と気遣って頂くことも何度かあって人の親のことまで気遣ってくれるなんて、なんとありがたいことかしらという感謝とともに、とりあえず、自分の記録のためにも今回の父のことをブログにも書いておくことにしました。(もっともあまり楽しい話題ではないかもなので心優しい人はあまり読まない方がいいかも)さて、1年ぶりに会った父は、たった1年でここまで変わるか、というほどすっかり衰えてしまっていました。1年前は、家の周りを散歩したりできたし、私が数回セッションをした後は身体が随分軽くなって、バスで出かけても大丈夫になったと喜んでいたほどだったのに今は、もう家から外に歩くこともできず1日中座りっぱなしで、トイレに行くのが精一杯の状態でした。それでセッションをやってみて、わかったのは薬の副作用。というより、猛毒の薬を飲み続けた結果身体のあらゆる器官がダメージを受けてしまっていました。特に見て驚いたのが、その手足。人の身体はここまでなるのか〜と驚くほど足はまるで石像のように堅く固まってしまっていて足首は1ミリも動かない状態でした。筋肉、骨の問題だけでなく、リンパも通っていない状態でこの状態で歩けるはずがありません。また、手は1年前は少し赤みがある程度だったのですが今は、どす黒く変色していて、母に尋ねると最近はちょっと強く手を握っただけでも出血し、血が止まらなくなってしまうのだそうで、大変なのだそう。皮膚科に通い続けても治らないということでこれはセッションで調べなくても、皮膚の問題ではなく肝臓の血液の凝固に関する機能や、脾臓、リンパなども機能障害であることは明らかでした。実際にセッションで調べてみても薬のために肝臓の解毒機能は衰え、脾臓、リンパなどはかなりのダメージがある状態でした。またもともと父は昔から、ぜんそくで、呼吸器や大腸などに問題を抱えている人だったのですが今回調べてみても、心臓以外のすべての臓器や器官腎臓、膀胱、消化器官、肺、大腸、骨、筋肉などほとんど機能していない状態でした。ここまであらゆる器官や臓器が機能していなくてそれでも生きているなんて、人の生命力はすごいと妙なところに感心したのですが。特に父が飲んでいたパーキンソン病の薬は、猛毒とも言えるものでこんなもの毎日飲んだら、自殺行為というか身体のあらゆる機能が損なわれるのは明らかでした。1年前に戻った時も、薬の害を伝えてその時は父は薬をやめたのですが、私がNYに戻った後また医者から新たな薬を出されて、不安な父は結局、また飲んでしまっていたのでした。このまま飲み続ければ、間もなく死ぬことになることは目に見えていたのでとりあえず、私がセッションをやった日から薬はやめてもらいました。前回の日本の滞在の時には、パーキンソン病の調整までに至らなかったので今回は、パーキンソン病に対して調整できて回復も望めるかも?と思っていたのですが、それはかなり甘い予想だったようでここまですべての身体の機能が働いていない状態で今回の10回ほどのキネシオロジーのセッションで、どこまでやれるのかというより、最初、この父の手足を最初に見た時には、もうセッションはできないと父の身体は反応するんじゃないかと思ったのですがそれでも父の身体はセッションで調整すると伝えてきました。それに何より、父もセッションを受けたいという思いが強く1回の調整が3、4時間かかっても、けして途中でやめると言い出すことなくマッサージベッドの上に横たわっていました。パーキンソン病というのは、難病指定されている病気ですが脳の黒質から出されるドーパミンの分泌量が少なくそれに呼応してアセチルコリンの分泌量が増えていることが知られている病気です。私は、普段のセッションでも神経伝達物質の調整は、よく行っているので父のドーパミンの調整もそれほど問題でなないのではないか?思っていました。実際、筋反射で調べてみると、ドーパミンやノルエピネフリンなどの問題はクリアに出てきます。ところが数回セッションを行って、ドーパミンやノルエピネルリンの分泌量がかなり戻ってきているのにも関わらず父の症状には全く変化が見られませんでした。それでさらにあれこれ調べてみると右脳の多くの部分に血栓があるのがわかりそこが感覚器官や運動障害を起こしていることとさらに運動機能を司る小脳や運動ニューロン平衡感覚を司る前庭神経や内耳また言語を司る左脳のウエルニッケ野やブローカ野などにも問題があり、結局、ドーパミンだけでなく脳や耳などのほとんどすべてに問題があることが明らかになってきました。何かの本に「老人の多くは多かれ少なかれパーキンソン病のような症状を持っている」と書かれてありましたが手足の震えや、動きがスムーズでなくなったり、言葉のろれつが回らないなどそういう老人特有の症状をパーキンソン病と認定しているだけで実際は、薬や様々なストレスから、脳の様々な箇所に問題を生じてそういう症状になっていることが多いのではないかしら?と今回、私なりの仮説が出てきました。少なくとも私の父は、ドーパミンの問題だけでなく脳のあらゆるところに問題はあったわけです。父がかかっている脳専門の医者はパーキンソン病の権威、と言われている人なんだそうですがその医者が母に『もしかしてパーキンソン病じゃないかもしれないなあ。でもまあこの薬でやってみるか』とつぶやいたそうで結局、医者は本当はどこが悪いかなんてことはわからず一かバチかで、猛毒とも言える薬を出していることが’ほとんどなのだろうなあと。父がかかっている皮膚科の先生も、父の診察はいつも1分で終了しいつもの薬を出されるだけなのだそうで母は「全く治そうなんて気ないのよ」と言っていました。脳の先生は「皮膚科はまだこれを治せないのか」と父の手を見ていつも笑うのだそう。そういう医者のあり方に関してはこれまでもクライアントさんのケースからよくわかってはいたので、もうそれほど怒りなどはないものの私より遥かに人の身体のことを学び、知っているはずの医者がすべての臓器や器官は密接につながっていて、皮膚と内臓と脳の問題が別々ではないという、ごく当たり前のことが、どうしてわからないのかしら?と思わずにいられませんでした。さて、セッションの2回目のこと。その回のセッションでは、父の身体は、魂の統合のプロセスが必要、と伝えてきました。これまでも何度か書いてきましたが、魂の統合とはIHで行うプロセスの一つで心とエネルギーの統合と安定のためのプロセスです。様々なストレスやトラウマなどによって心が分裂した状態になっている場合、エネルギー的に不安定な状態になります。私は最近は、筋反射で調べなくても会って話をしただけで、その人の魂統合率が何%ぐらいかがだいたいわかるので(たまに勘が外れることもあるけど)父の魂統合率がかなり低いのは前からよくわかっていたもののそれまでのセッションでは一度も出てきませんでした。調べてみると、これはほぼ予想していた通り父の魂の統合率は17%しかありませんでした。通常、魂の’統合のプロセスの際には、その人がショックやストレスを感じた年代や時期が上がってきます。イメージとしては、一つストレスをピックアップする度にその時失った魂のかけらが戻ってくる、という感じです。特に脳梗塞を起こした年は、大きなショックとストレスがありましたが父の80年の人生の中でのたくさんの年代が上がってきました。と、その情報を上げている最中、急に父の容態が急変しました。それまでのセッションでは、父はセッションが始まった途端眠ってしまって、ほぼ意識はない状態になっていました。これは脳に問題がある人は、セッションの最初から意識が飛んでしまうことが多く、その場合私はクライアントさんと会話することなく、眠っている間にセッションを行います。ところが、この魂の統合のプロセスの最中に初めて父は苦しそうに喘ぎはじめました。魂の統合のプロセスの中では、魂が分裂した年代、つまりストレスやショックを感じた時をピックアップすることで一時的にそのストレスが戻ってくるような状態になります。そして、すべての魂が戻ってきた後で、調整(ヒーリング)を行うわけですが父の場合、分裂率が大きくしかも体力的に弱い状態であることで、その一時的にストレスのある魂のかけらが戻ってきた状態が、かなりの負担になるわけです。だからこれまでのセッションでは、まだそれに父の身体は耐えれないので出てこなかったわけですね。父はカーっと目を見開き、オオ〜〜〜と叫び声ともうめき声ともつかぬ声をあげ完全に身体が硬直した状態になりました。ちょうどその時間、母は買い物に行って家にいなかったのでよかったですがそのホラー映画のような父の様子を見たら、たぶんさすがに肝が座っている母も救急車を呼んだだろうなあと。私ももしそれがセッション中でない時に起こっていたらあ〜これはもうだめかな、と思ったでしょうがそれが魂の統合のプロセスから来ていることはわかっていたし身体はけして無理なことは指示しないこともよくわかっていたので心配することはなく、父の身体に今、どうしたらいいか?と尋ねました。父の身体は、すべての情報をピックアップする前に一旦チューニングフォークを使って調整すると出たのでそこで選ばれたチューニんグフォークを使ったらホラー映画のような恐ろしい表情をしながら苦しんでいた父がみるみる穏やかになり、息づかいも普通に戻ってきました。それが収まってから、父はあはは〜と笑い出し「どうやら俺は夢を見ていたようだ」と言いました。父にとっては、今、起こったことが何なのかとても理解できないので悪夢でも見てそんな風になった、と思ったのでしょう。(私もそれを説明する必要もないので、そうね〜とうなずきましたが)これまでクライアントさんがセッション中に叫びだすとか泣き出すとかはたくさんありましたが、ここまで壮絶なセッションは滅多になかったので、私にとっていい経験だったかもしれません。魂の統合の後、母が「顔色が随分よくなっているわ」と言ったのですが確かに、そのセッションの後、父の顔に赤みが戻っていました。これまで魂がほとんどない状態だったわけですから、やっと生き返って血の気が戻ってきたという感じだなあと。この2回目の魂の統合のセッションでこれからの調整がさらに効果を上げることができるんじゃないかしら?とその時は思ったわけですが、実際はそう簡単にはいかなったわけです。文字制限になったので、続きは分けてアップします〜。(あ〜やっぱり長くなってしまう〜〜)
2014年06月09日
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日本からニューヨークに戻って、早1週間。次の日からキネシオロジーのセッションが入っていましたが一昨日は1日オフの日だったので、のんびりしました。その一昨日におさむも一足遅れて、日本から戻ってきたのでいつも通りのニューヨークでの生活に戻っています。日本でセッションを行ったり、また街の人々を見ているとニューヨークでの習慣の違いを改めて感じることも多くて日本は、力を抜いて暮らすのが難しいところなんだなあと感じます。だから、多くの人があれこれ頭で考えなければならなくなってしまったり人に気を使いすぎて疲れていたりするのだろうなあと。例えばサービスなんかも日本は素晴らしいけれど行き届いているというより、過剰な感じだったりそんなことまで必要ないところにサービスしている感じがして私にとっては、ニューヨークのゆるくて、それでいて暖かいサービスの方が落ち着くのですよね。日本では「お客様は神様です」ならニューヨークでは「お客様は友達です」という感じかしら。例えば、ニューヨークのレストランに行くとウエイターやウエイトレスの人たちは大抵どこもフレンドリーで、先日も食事をオーダーして待っていると「もうすぐできるからね〜」とか声をかけてくれたり自然なサービスをやってくれるので安心していられるのだけど日本でレストランに行くと、お客様〜という感じで過剰に気を使われることがあるかと思えば一方で店によっては、オーダーをなかなか取りに来てくれないとか、ワインを注がないでボトルだけ置いてさっさと行ってしまうとかいうところもあって、この落差がおもしろいなあと感じます。ニューヨークのレストランでサービスが悪かった、なんてことは何年もここで暮らしてきてほとんど記憶にないけど、日本では短い滞在の中でも案外あるのですよね〜。もちろんこれは、アメリカではウエイターやウエイトレスは基本チップ収入なのでチップをもらうためサービスをよくする、というのもあるのですがそのサービスが、日本のようにマニュアル化されたものでなくてフレキシブルなものであるし、それでいてお客が心地よいレベルでケアしてくれるので、楽なんだなあと。例えば、日本では、服など購入してレジで包んでもらってそれを受け取ろうとしたら店員さんが「そこまでお持ちします」と言って、レジから出てきて店の入り口まで一緒に出てきて入り口で、うやうやしく買ったものを差し出される、とかけっこう当たり前にあって、なんだかすごいなあと思うのですが先日はハンカチを友人へのおみやげに買った時も「お包みしましょうか?」と聞かれてそれも素晴らしいサービスなんだけど定員さんが「包んだらすぐにお持ちしますので」と言って丁寧に包んで後から持ってきて、うやうやしく差し出してくれてあの〜ハンカチだよ~、と思わずつっこみたくなりました。うちの母が美容院で髪を切った後「下までお送りします」と言われるそうで『「いえ、私は一人で歩けますから」と言って断るのよ。ついて来られても面倒だし』と言っていましたがほんとそんなサービスいらん、という感じです。いかにもサービスしてます、という感じより相手に余計な気を使わせない方が本当の意味でのケアなんじゃないかしらと。スーパーのレジに並んでいても私の前に一人しかいなくて、ほとんど待っていないのに「申し訳ありません。大変お待たせいたしました」と言われて、それが決まり文句だとわかっていても「え?今並んだばかりで、全く待っていないんですけど』と思うわけです。NYなら、ホールフーズでも銀行でも郵便局でもどこも長蛇の列だし銀行や店によっては、店員が一人しかいなかったりまたは作業が遅くてかなり時間がかかっていたりしても誰も文句を言わないで、当たり前に待っているのが逆にすごいと言えばすごいかもしれません。話はまたそれますが少し前にNYでボイス瞑想というか、トーニングのクラスに行った時のこと3分ぐらい遅刻だなあ、と走りながら、クラスの会場に着いたらビルの前に10名以上の人たちが待っていたことがありました。そのクラスの先生もいて、何でもそのクラスを行う部屋のカギを持っている人がいないとのことで、その人の到着を待っているとのこと。冬の気温零下の時期にみんな凍えながらも外で待っていて10分以上経ってようやく、かぎを持った人が到着したわけですがこういう時、アメリカ人って何か事情があって遅くなったのだから仕方ないという感じで、誰も文句言わないしイライラしたりしないし、おおらかなんですよね。先生もその人も、みんなに対して特に詫びれることもないですが日本なら、みなさんを寒い中、外にお待たせして申し訳ないとなるだろうし、そもそもこういうことはあり得ないだろうなと。一方、日本の伝統文化であるおじぎも久々に日本に戻るとやっぱり新鮮に感じます。空港で飛行機までの乗り継ぎバスで向かっていた時飛行機の前で待っていた係の女性がバスが到着する前に、深々とバスに向かっておじぎしているのを見ておさむが「おぉ、もうおじぎしているよ〜」と外国人のごとく感動していましたが、駅でも空港でも駅員さんや職員さんが無駄におじぎしているようで、思わず「おつとめご苦労さまです」と声をかけたくなります。私とおさむが屋久島に行った時JR屋久島ホテルで日帰り温泉に入ろうとホテルのカウンターで、温泉に入りに来たことを告げると「こちらのエレベーターで1階に降りて、そこで温泉の受付をされてください」と言われたのですが係の女性がエレベーターまで見送ってくれて、私たちのエレベーターが閉まるまで、深々ときっちり90度に頭を下げておじぎをしていたのでドアが閉まった途端、私とおさむは思わず吹き出してしまいました。「俺たち宿泊客でもないし、温泉入りに来ただけなのにね~。こう深々とおじぎをされると、こっちの方が恐縮するよね~」と話したのですが、そこまでしなくていいのに~と思う場面がとても多いです。だから、みんな仕事でストレス抱えることになるんじゃないかなあと。(もっともニューヨークでも力を抜けず、ストレスを抱えている人は山ほどいますが)みんなと同じでなけければ、外れてはいけないみんなが画一化した行動を取る、というのは今の日本に限ったことではなく、昔からですが例えば、携帯のマナーモード。何年か前に、日本に一時帰国した人に「日本に行って、電車の中で携帯で小声で少しだけ話しをしたのだけどおじさんにしつこく注意されたのよ。ほんの短い間、話しただけなのにね〜」という話を聞いていたので日本では、バスや電車の中では、携帯で話すことは御法度なんだということは知っていたもののほんとうに誰一人もバスや電車の中で携帯で話したりしないんですね~。他人に迷惑をかけてはいけないという日本人気質はセッションの中でもよく出てきますがその気持ちが強いあまり、こだわりすぎるというか、臨機応変に対応できないというか。みんなが画一化しているということで言えばたくさんの人がマスクをしているというたぶん外国の人から見たら、ちょっと異様な風景。ニューヨークでマスクしている人は見たことがないですがもしいたら、結核かなにか大変な病気を持っているような病人に見られるんじゃないかしら。日本は花粉症対策なのか、インフルエンザなのかマスクをしている人がほんと多いなあと思っていたら何でも最近は、伊達マスクというのもあるそうで人に顔を見られないためにマスクする人もいるとのこと。精神的に病んでるなあという感じですが、日本人は人にどう見られるか?を気にしている人が多いからなのでしょうね。でもさすがに、日本人のマスクにも慣れたなあ~と思っていたのですが今回初めて、マスクの上にさらにヘルメットみたいな帽子のつばが顔全部を覆っているものをつけて歩いている人を見て、一瞬、ぎょっとしました。あれも花粉症対策?アメリカであれをやったら、銀行強盗か何か、かなり怪しい人だと思われて警官に呼び止められそうです。そういうところは、人にどう見られてもいいのかしら?ほんと不思議な国だ〜。とまあ、こちらに長く暮らしていると日本に戻ると、外国人みたいな視点になってしまうのか一昨日、アーユルヴェーダのみささんのところに行って彼女もこちらが長い人なので「日本って大変だよね〜」などと話していたのだけどそんな中で、日本にいても周りの人に無理に合わせたりすることなく自然な形で自分を出すことができて、それでいて孤立することなく周りとつながっている人たちも、最近少しずつ増えている感じがします。最近は、海外に長く暮らしてから日本に帰国する人も多いわけだしこれから日本も変わってゆくのかもしれませんね。ということで、旅から戻ると、また違った視点でここでの暮らしを見つめることができてまた自分の中の感覚も何かが変わった感じがしておもしろいです。さて、今日もニューヨークは最高のお天気です今日もこれから1日セッション、楽しみます〜♪
2014年06月06日
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