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先日、またジップカーを借りて、この夏2度目のキャッツキルマウンテンに行ってきました。たまたまその前日は、なんだかんだとやることがあって睡眠時間3時間ぐらいだったのですが前回、滝のそばでおにぎりを食べたかった〜という思いがあったので今回は、朝6時には起きて、高菜おにぎりを作って出発です。(って言っても、私は行きの車の中で寝たのだけどね)3時間で前回訪れたKaasterskill の滝に到着。一番目の滝。そこからトレッキング。 こちらは2番目と3番目の滝。今日は平日なので、前回よりも人が少なく頂上の3番目の滝には、2組ぐらいしかいませんでした。水量は前回よりは少なかったですが、それでも力強い流れです。と滝行をする若い女性二人。やるなあ〜滝を見ながら食べるおにぎりはやっぱり最高でした♪さて、滝を後にしてから、この日の宿泊するホテルにチェックインします。ホテル言っても、今回は以前、ここにコメントをくれた竹やんのおすすめのB&Bの部屋を予約しようとそのサイトから予約したのですがスイートルームを予約したら、なぜか、そのB&Bの姉妹店であるロッジを予約していたのに後から気づきました。ここは、普通のB&Bのように朝食はついておらず、その代わり、キッチンがついています。予約したら、ロッジの入り口にあるボックスの暗証番号を入力して鍵を取り出すシステムなので誰にも会うことなくチェックインです。中は、広くてとてもきれいなスイート。ベッドルームもバスルームも広々です。これはリビングルームと設備が整ったキッチン。バドミントンのラケットを持ってきていたので、ロッジの前の広場でやりました。この日、二人とも睡眠不足で疲れてはいたもののやっているうちに白熱してきて、けっこうな運動となりました。ラリーも100回以上は続くようになってきたので、いい感じです。近いうちにコートに入って、試合したい〜♪さて、夕食は、前回、このあたりのレストランであまりピンと来るものがなかったので今回は、ここにあるキッチンで作って食べようとワインや簡単な野菜は持ってきていました。近くのスーパーでスモークサーモンやパンを買った後おさむが、ささっとパスタを作ってくれました。こういう旅先での食事の準備は、大抵、おさむがやってくれるので私は楽ちん。先日、クライアントさんから家で取れたという無農薬のズッキーニを頂いたのでそれを使って、ズッキーニ入りペストジェノベーゼ。とてもおいしく頂きましたさて、次の日はゆっくり起きて近くのカフェで朝食を取った後、トレッキングに出発です。今回は、おさむがトレッキングルートを見つけてきて往復3時間ぐらいのコースで、到着地は山からの眺めがいいコースだそう。なだらかな山道をスタートして、これなら体力のない私でもいけそう、超いい感じ〜いいルートを見つけたね、でかしたぞ、おさむ〜という感じでした。とても小さなきのこ。 ところが到着予定時間の1時間半を過ぎても、2時間をすぎても眺めのよい場所に到着する気配は全くありません。最初は、割となだらかなコースでしたが、途中から岩がごつごつだったり道がドロドロに抜かるんでいて、かなり気をつけて渡らないと通れなかったり、歩きにくい道が続きます。そういう道を、ほとんど休みなく歩き続けて2時間半を過ぎてもどこにも到着することなく、これはさすがにおかしいんじゃないの?と、おさむと話しました。「俺たちはスローなペースだから、時間がかかっているんだよ。きっとこの3時間というのは、かなり早いペースなんじゃない」とか「往復3時間とあったけど、もしかして片道3時間だったかも?」とか話したのですがおさむが「このルートであることは間違いがないから、あともうちょっと歩こう」と言うので歩いているうちに3時間になりちょうどそこに一つの標識がありました。それには、ビューポイントとは書かれておらず滝まで2マイルとのこと。この歩きにくい道で2マイルだったら、軽く1時間はかかります。ここでどういう選択をするのか?もしかすると、あと5分でビューポイントに到着するかもしれないしあと1時間かかるかもしれない。もし1時間かかったら、往復8時間近くのコースになってしまい駐車場まで戻るのは、夜になってしまいます。こういう時は、やっぱりハート(感覚)に従うだけですよね。あとちょっとかもしれないという思いはあったものの私の感覚では、これ以上は行かず、ここで戻ると出たので戻ることにしました。目的や目標を必ず達成しなければならない、という思いはよくクライアントさんのセっションでも問題として出てきますがすべてはプロセスですから例え、目的地(目標)に到着しなくても、そこに向かうまでの過程こうやって山を歩いている瞬間瞬間を感じれたらそれでいいわけなのです。と引き返して、1時間半ぐらい歩いた時おさむが一つの分岐点を見つけました。そう、ビューポイントに行くルートは、その分岐点で右に曲がらなければならなかったのに私たちは、そのまままっすぐ歩いて違うルートを歩いていたのです。でも、おさむの見たサイトの写真では、その分岐点にはビューポイントへの標識があったのに、そこにはありませんでした。何らかの理由で、唯一存在していたはずのビューポイントへの標識が取り外されていたのですね。これでは、おさむが見逃してしまうのも無理はありませんでした。それにしても、やっぱりあそこであれ以上行かず、引き返してよかったなあと。ということで、駐車場に戻ったのは夕方5時。トレッキングをスタートして5時間半でした。ほとんど休みなく岩道を歩き続けて、足も痛くなりくたくたに疲れていたので駐車場に到着した時はやった〜戻ってきた〜♪という妙な達成感はあったのですけどねトレッキングの行き道は「でかしたぞ〜おさむ〜」だったのが帰り道には「そういえば、おさむ、少し前にチェックした時には緊張性迷路反射が、まだ100%に統合されていなかったよね」なんて言っているのには、ふとおかしくなりましたが。原始反射の中で緊張性迷路反射が残っているとうっかりミスや注意不足が多くなるのです。(おさむ曰く、典子が最近なかなか俺にセッションやってくれないからお知らせとしてこういうことが起こったんだよ〜なんて言っていましたが)←人のせいにするやつほえ〜次回までには、必ず、統合しておこう。さて、これはもう上手いものでも食べに行こうとそこから車で30分のウッドストックへ向かいます。はい、あの伝説のウッドストックです。ウッドストックのメインストリートには、ギャラリーや店やレストランが並んでいてあ〜こんなにキャッツキルと近いんだったら、次回はここに泊まろうということに。ガーデンのあるビーガンレストランに入りました。オーガニックワインもおいしい〜〜それから再び、ドライブして家に戻ったのは夜10時をすぎていました。トレッキングコースは、ルート違いでビューポイントに行けなかったのは残念でしたが、ま、それもまた終わってみれば笑い話。旅は(いや人生は、ですね)上手くいったことも、上手くいかなかったこともすべて楽しい思い出になるんですよねさて、その日の夜、家に戻ってから急に思い立ち以前、ブログで告知した10月のキネシオロジープロ養成講座の日程や詳細を決めました。一応、以前、参加希望をお知らせしてくださった方にはクラスの詳細のメールを送ったのですがもし参加希望をされているにも関わらずメールが送られてきていない方はご連絡くださいね。(と、ここで業務連絡でした〜)
2014年07月30日
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よくセラピストの方やまたはクライアントさんからの質問でいくらヒーリングやセラピーを受けても、ほとんど効果が出ない人や何も変わらない人がいるのですがそれはどうしてですか?という質問を受けます。これについては、まず効果が出ないというのがどういうことなのか、を再確認しておく必要がありますがセッションが終わってから、すぐに変化を実感できました、という人もいますが大抵は、セッションが終わって、しばらく経ってから何かの拍子に「そういえば以前の私はこうだったのに、いつのまにかこうなっているな〜」と気づくというケースが多いです。効果の感じ方や気づきは、それぞれのペースであってどれが正しいというのはありません。だから、セッションが終わったらすぐに何かが変化しなければならない何かに気づかなければならない、などと思う必要はないのです。また自分自身では変わったと感じていなくても周りから見るとかなり変わったというのがわかる人もいます。その場合、変化しているのに変化を感じれない、というのは感性の問題ですから、感性を高める調整が必要になりますがどちらにしても実際は変化しているのです。ですが、そういう風に効果を感じれないという問題ではなく実際にいくらいろんなヒーリングやセラピーを受けても、ほとんど効果が出ない人または最初は少し効果が出るのだけれど、根本的な問題は何も解決されずずっと同じような問題を抱えているような人がいます。その要因もいろいろあるのですがその一つに「幸せになりたくない」という無意識の作用が働いているケースです。幸せになりたくない人なんているの?と思われるかもしれませんが自分が不幸になることでメリットがあると潜在意識で感じている人も多いのです。その意識の最大の要因が「被害者意識』です。この被害者意識が大きければ大きいほど変化すること(ヒーリング)へのブロックになります。被害者意識というのは、多かれ少なかれ人は持っているもので旦那が~~だから、イライラする、とか上司が~~だから、会社でストレスを感じる、とか友人が~~と言ったから、傷ついた、とか社会が~~だから、仕事が見つからない、とか私の気持ちなんて誰にもわかってもらえない、など常に自分の問題の要因が他の人や社会にある、という意識です。ヒーリングというのは、自分自身の内面を変えることですべてを変えてゆくものなので外に自分の問題の原因がある、とする意識はヒーリングの本質からずれているため、変化が起こらないのです。そういう人たちはどこかで「かわいそうな自分」「傷ついた自分」のままでいたいので幸せになるための選択ができないためいくらいろんなヒーリングを受けても、その被害者としての意識を解除しない限り元に戻る力が働いて、ヒーリングの効果が上手く出てこないのです。被害者意識を強くもっているほとんどは両親のどちらかから、何らかの抑圧を受けています。親に自分の気持ちをわかってもらえなかった親に傷つけられた充分なサポートをもらえなかったという抑圧です。ですが、親からの抑圧があったからと言って、必ずしも被害者意識を持つようになるわけではありません。例え、同じような辛い経験をしても被害者意識が全くない人もいます。同じ兄弟姉妹でも、一人は被害者意識を持ち一人は持っていない、というようなことはよくあります。では、どうして被害者意識を持ってしまうのか?はこれにもいろんな要因がありますが一つは原始反射も大きな要因として上がってきます。例えば、恐怖麻痺反射やモロー反射などが大きく残っているとあれこれと考えすぎたり、すぐに不安になったり、ストレスに弱い傾向にありその上で親からの抑圧があれば普通以上に傷ついてしまうため、被害的に捉えてしまうのです。被害者意識が強い人の多くに、原始反射が大きく残っているのが見られます。(注:原始反射が残っているからと言って被害者意識が生まれるわけではありません)また被害者意識の強い人のほとんどは思い込みやこだわりが強い傾向にあります。特に被害者意識と正義感が結びついている人は問題がかなり根深くなります。これが正しい、これは間違いという思考パターンです。例えば「一度約束したら、必ず、守らなければならない」という正義感(思い込み)があったとしてそれをもし相手が守らなかったら「あの人は約束を守ってくれなかった(から私は傷ついた)」となってしまうのです。先日、来られたアメリカ人の女性はかなり大きな被害者意識を持っていて人からのサポートを受けるということについて身体からの反応があった時に「だって、私がお金を貸してといっても、誰も貸してくれなかったのよ。あの人たちはたくさん貯金があるのに」と言っていました。「貯金がいくらあっても、それをどう使うかはその人の自由なのです。あなたの持っている被害者的なエネルギーでは誰もあなたにお金を貸したいと思わないでしょう」と私はお伝えしましたがお金があったら、人に与えるのが当たり前だという正義感を持っていたり自分は助けてもらえないという被害者意識が強ければいつも被害的なことが現実として起こります。また、被害者意識の人は、周りの人たちも被害者意識にしてしまうというパターンになることが多いです。例えば「あなたの言葉で私は傷ついたのよ」と相手に伝えることで、そう伝えられた相手にとっては「加害者にさせられる」ことになり「私は何も相手を傷つけるつもりなんてなかったのにその気持ちを理解してもらえず、私のせいにされた」という新たな被害者意識を生み出してゆくのです。これも先日来られた方で数日前のストレスと身体が反応したのでどんなストレスが聞いてみると「ルームメイトAが大きな音を立てるので、イライラしていたらルームメイトBが自分のせいで私がイライラしているんじゃないかと勘違いしてイライラしていたので、それを見てさらにイライラした」などと、もうわけがわからなくなるような被害者意識の連鎖が起こっていました。その人の問題を見てみると「小さな音にも過敏に反応する」という原始反射の問題が上がってきました。つまり、音に反応してイライラしているのは、自分の問題なのですがそのイライラが相手のせいで起こっている、という被害者意識であることが最大の問題でありまた、私は小さな音が気になってしまうからもしできるなら音に気をつけてほしいという自分の問題としてお願いすることができないことが問題であると身体は伝えてきました。こういった根深い被害者意識は、ちょっとやそっとのヒーリングでは手放されないので、根気強くそれを手放すための調整が必要になります。被害者意識の人でも、自分が子供の頃に傷ついたということを認識していない人も多いのでまずは子供の頃の傷ついた気持ちを受け入れることからスタートすることが多いです。その時には、一旦、何らかの変化が起こります。クライアントさんの「私の傷ついた気持ちをわかってもらえた」という思いです。「のりこさんは私の思い(傷ついた気持ち)をわかってくれる」というのは、セラピストとクラウアントの信頼関係という意味では一見、よさそうですが例え、セラピストがクライアントさんの傷ついた気持ちをわかってあげても被害者意識が残っていれば、日々の生活の中で家族や友人たちとの間で彼らはわかってあげれないので、その方の持っている問題(人間関係やコミュニケーション)は何も変わらないのです。ですから、単に子供の頃の傷を認識するだけでは、被害者意識はなくならないし本質的なヒーリングは起こりません。なので、その被害者意識を脱することつまり「かわいそうな自分」「傷ついているのに、がんばっている自分」を手放すことが必要になる時が必ずやってきます。そのために、最初は過去の自分が感じていた傷を受け入れると同時に傷つきやすい性質、つまりグラウンディングの弱さを克服し安定し揺るぎない精神状態にすることそして様々な「〜〜ねばならない」という思い込みを外すという被害者意識を手放すための前段階としての調整が必要になります。どうやら、そういう決めのセッションの時は私も自然と気合いが入るのか「今日の典子さん、何だか鬼気迫っている感じ」とか「今日の典子さん、ちょっと怖い感じがします」などと言われる時があります。実際は、とてもやさしいのですがそのクライアントさんが被害者意識を脱するためには、私はその人にとって見たくないこと、嫌なことを言う役目を引き受ける必要があるからです。つまり、もちろんその人が傷ついたというのは事実であってもその傷はあくまでも自分が選択してできた傷であって実際は誰も悪くはないし(例え親からの抑圧であっても、その親もそのまた親に抑圧されているわけですから)ただ自分が愛されたかった、自分を認めてほしかった、という思いから傷ついた自分、かわいそうな自分で居続けようとしているというマインドの幻想に過ぎないということです。ですが、どうしても被害者意識を持ち続けたい人にとってはかわいそうな自分で居続けることで、自分を守ろうとする意識が働くのでそうなるとヒーリングセッションを受けることへの抵抗が起こります。この人、あともう一歩で被害者意識が抜けそうだなあと思うような時に、セッションの予約をキャンセルされる方がいるのはそういうケースです。そういうケースでセラピストがどう対応するか?もそれぞれ違います。以前、私の友人の修行系ヒーラーの人は「そういう人に対しては、何としてもセッションに来させて最後までケアする」と言われていました。それもまた一つの道だなあと。私の場合は、どんな被害者意識を持っていようとも、セッションに来らたら全力を尽くして、不幸から脱する方向へと向かうようにサポートしますがセッションに来るか来ないかの選択だけはクライアントさん自身に任せよう、と思っています。(これも人にもよりますので、たまにお伝えするケースもありますが)自分で選択してセッションに来られるということは例え、潜在的に被害者意識を持っていようとも幸せになるための準備ができたということですから。(って、セッション受けたくても、予約取れないじゃん!というつっこみが入りそうですが。。すみません、、、、←逃げる図)ということで、被害者意識の強い人に対してセッションを行うのはセラピストもそれなりの覚悟が必要です。セラピスト自身が「自分が認められたい」などと思っていればクライアントさんの被害者意識がなくなることはけしてないからです。ふふ、こうやって書くとまるで「ヒーラーも楽じゃないのよ」なんて言葉が出てきそうですけどねま、そういうことも含めて、この人生は最高に楽しいのです。
2014年07月29日
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あっという間にもう7月が終わりますね〜私の方は6月末から、7月中旬ぐらいまで遠方から来られている方が重なったり、緊急セッションなどでほとんど休みがない状態がしばらく続いていましたが今週から、週休2日になって、落ち着いてきました。と言っても、やはり一昨年、去年ぐらいまでの感じに比べるとかなり余裕があるなあと。去年の5月に日本に行く前までは、ほんと引きこもり仙人?と言われるぐらいひたすらセッションをやっていて、外に出ることも滅多になかったのですが最近は友人と夕方からのワインティスティングのワークショップに出かけたり街をぶらぶら買い物したりサンセットパークで夕涼みしながら、ワイン飲んだりする時間の余裕があってようやく人間としての生活を取り戻した感じですそうそう、最近、おさむと始めたバドミントンが楽しくてはまりつつあります。サンセットパークでは、チャイニーズが多いせいかバドミントンをやっている人をちらほら見かけていたのですが先日、突然「バドミントンやってみよう」という話になり早速、次の日にバドミントンのラケットを購入して始めました。最初の日はバドミントンというより羽子板?という感じでラリーも5回も続かなかったのが2日目からなぜか二人とも急に上達して、40回以上ラリーが続くようになってきました。とても楽しいので、しばらくしたらコートに入っていずれバドミントンクラブ作ろうか、などと盛り上がっているのですけどね。二人でスポーツにはまるなんて、これまでにはないパターンかも。私とおさむは、1日が終わるとその日、それぞれが気づいたことや感じたことについてあれこれと話が尽きないのですがキネシオロジーやヒーリングについては、語っても語っても語り尽くせないぐらい出てきます。ほんとうに人の身体やエネルギーや心の仕組みは奥が深いですね〜。おさむに「のりこはいつも熱いよね。のりこに情熱がなかった時期なんて見たことがない」と言われて確かにいつも何かに夢中になってやっているなあと。では、なぜ情熱の持てない人たちがいるのか?について二人で話し合ったのですが私がクライアントさんのセッションを通じて感じているのは情熱がない人は、情熱ができてから行動しよう、と思っているのに対して情熱がある人は、行動しているうちに情熱が自然と湧いてくる、というプロセスになっているということです。例えば、私もキネシオロジーを始める時に今のような情熱があったわけではなくというより、一体どんなものかもわからずただおもしろそうだし、試しにやってみようと気軽に初めてそれをやっているうちに、どんどんと情熱が高まってきたわけです。だからたまに「今、私はそれを本当にやりたいかどうかわからないです。それに対する情熱があるのかどうかわからないので、まだ始める気にならないんです」などと言われる人がいますがたぶん、そういう方はそのままでは、ずっとスタートすることはないのだろうなあと。行動によってのみ情熱は生まれるのであってスタートしなければ、情熱は出て来ないのですから。だから、とりあえず何かをやりたいと少しでも感じたのなら結果を考えず、ただやってみるそうしたら、もっと学んでみようとか、もっと研究してみようとかさらに深くやってみたくなる、それが自然と情熱につながってくるのです。もちろんやってみても、やる気が湧いてこなければやり方を変えるのか、それとも自分にとってそれは必要ないものなのかはその時々でまた感じてみればいいだけです。とてもシンプルなのですが行動より先にあれこれ考えすぎてしまう人は、なかなかできないのですよね。さて、昨日は世界を着物で放浪中のケント君とNYファミリーと私たちが呼んでいる8人で集って楽しい時間を過ごしました。ケント君が「これからの日本について語り合いましょう」と言うのでお〜♪いいね、いいね〜と昔に戻った感覚で、語り合いました。おさむに「のりこは昔から男同士のつきあいが好きだからなあ」と言われてえ〜男同士って何よ〜、とつっこみつつ確かに、酒飲んで、人生について熱く語り合うという男のようなつきあいは昔は好きだったなあと。だから、昔は友人も男性が多かったですがいつのまにか、女性ばかりになってきて最近は、むしろ、女性の方が熱くてパワーがある感じがしていたのだけど久々に男性パワーもいいなあと。ケント君のようにリーダーとしての男性性の資質とゆだねるという女性性の資質の両方がバランスが取れている人は貴重な存在です。ケント君のように、これからの私たちの生き方について、真摯に意識を向けながら自由に行動している若者(私も若いけどね)を見るとほんとこれからの未来はさらに楽しくなりそうです。だからこそ、今、多くの人が彼をサポートしたりつながったりしているのだなあと。世界中を旅して、その場所その場所で深く人と関わって生のコミュニケーションを楽しんでいる彼ほどの行動力と人との深いつながりがあればどんなことでも実現可能でしょう。そうそう、人とのつながりということでつい先日、私の友人がアップしていた動画が気になったので紹介しますね。(英語ですが)https://www.facebook.com/photo.php?v=761916027187909&set=vb.253946261318224&type=2&theater先日、レストランで食事をしていたら、隣の親子が子供はIpadでゲーム、お父さんとお母さんは携帯でネットをチェックしていて3人で食べているのに親子の会話がない情景を見かけました。この親子だけでなく、カップルでカフェにいるのに別々にスマートフォンを見ている、なんていう光景をよく見かけます。もともと人と深くつながっていくツールとしてのスマートフォンやテクノロジーが逆に人との深いエネルギーの交流や様々な可能性を防ぐことにもなっているわけですね。ネットでのつながりで人とつながったような気分になっているだけでその場その場の目の前にあるリアルな会話やエネルギーの交流やアクシデントを楽しむという最も大切なコミュニケーションができなくなっているのだなあと。この動画にもあるように、携帯など下を見ながら歩くのではなく頭を上げて、目と目を合わせて人とつながり、共鳴してゆく。それが情熱にもつながってくるように感じるのです。さて、私とおさむは来年2月11日から1ヶ月ハワイのカリスマロミロミヒーラーである朱実さんとコラボでリトリートを開くことが決定しました。まだ詳細は後ほどアップしますが、1回のリトリートは、5泊6日でそれを4回、つまり1ヶ月間行う予定です。1回のリトリートの人数は6人限定です。朱実さんは、ペルーやセドナやシャスタの聖地にたくさんの人を案内してきた人でもあります。5泊6日の間に、私とおさむのキネシオロジーによるプライベートセッションあり、おさむのサウンドヒーリングあり朱実さんのロミロミあり、聖地巡りありの盛りだくさんのプログラムになる予定です。詳細が決まり次第、お知らせしますね〜そこでどんな人と出会うことになるのか、今からとても楽しみです。これはワインテイスティングのクラス風景。この先生、とてもワイン詳しくて、ワインについて話すのが楽しそうでほんと好きなことを仕事にしているんだな〜という感じでした。昨日の飲み会。この写真じゃわかりにくいけど、今回はケント君の他、Tくんが着物での参加で着物二人の男性は、とてもかっこよかったです。いつものサンセットパークの夕日。
2014年07月27日
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ハロハロ〜夏も本番ですね。いろいろ書きたいことが溜まっているのですがまずは、キネシオロジーのセッションの感想からシェアしたいと思います。今回は、先日、日本からお越しになって12回のセッションを受けられた方でした。ありがとうございます~帰国してから数日が過ぎました。丸1日はほぼ眠って過ごし、徐々にゆっくりと活動して時差ボケから脱しつつあります。最終日のレポートありがとうございました!最終日にこのテーマが選ばれたことは本当に嬉しく、問題はたくさんありましたが、この問題こそ大きな砦だったように思います。喉の奥につかえていたものがポン!と取れたような、すごく視界がクリアになって、自分が違和感なく、肩に力を入れることなくそこにいる感覚を味わっています。この感覚がどれだけ嬉しいことか、、、今まで味わったことがないのです。毎日この喜びを噛みしめるように過ごしています。しかしこの問題に至るためにたくさんの問題をノリコさんに調整して頂きましたし、ここに向かうための道のりは本当に簡単なものではなかったことを思うと、癒しが起きると一言に言っても、その複雑さは想像を絶すると思いました。帰国してからすぐに彼と深く話し合い私はこれから自分を犠牲にすることなく、今は自分の能力を開花させたい、そのために別れを選択することができました。今引越しの荷物をまとめようとしています。私の決断について、母にも話しました。今まで認めてもらえていないと感じていた母です。話すのには勇気が必要でした。しかし何かを始めようとすると必ずと言っていいほど反対されていた母から、『あなたがやっと見つけた居場所がそこだと思うなら、きっとそうなんだと思う 応援してるよ』と言ってもらえ、涙が止まりませんでした。ノリコさんに『伝えようと思って伝えれば、必ず伝わる』と言われたことを何度も思い返していました。本当に日本に帰って1日経つほどNYが遠く懐かしいです。先週の今頃はまだセッションを受けていたなんて信じられない!ノリコさんでさえ、日本の空気感に自分に力が無いような錯覚を感じるのですから、よっぽどなのですね、、周りのエネルギーに飲み込まれず、自分のハートに従うレッスンだと思ってやってみます。欲すること、自分の感覚をしっかり見ること、それに従うこと、ですね。それにしても日本に帰ってきてから、これからもずっとですが、人生は選択と決断の連続ですね。ノリコさんがおっしゃっていましたが確かにそこで、1度1度迷って悩んで苦しんでいては身が持たない。この選択と決断が、今とても楽に、更に直感に従ってできていることに驚きます。パズルのピースがパスッ、パスッとはまっていくような必然の流れに乗っているように感じます。ノリコさんのベッドに横たわるだけで安心して、全て信頼してノリコさんに身を委ねていました。とても心地良かったなぁ。。大きな感謝と親愛の気持ちをこめて、ありがとうございました。彼女の12回のセッションの中では、彼との関係や仕事の問題、お金体力や健康面での問題など、様々な問題や要因が出てきました。すべての問題は密接に関連しあっているのでお金の問題が終わったら、体力の問題、という感じではなく一回のセッションの中で同時にいろんな問題にアクセスしながらやっていきます。いろんな問題があった中で、この方にとって、一番大きかったことは「自分がやりたいことがよくわからない。何かをやりたいと欲しない」という問題だったかもしれません、やりたいことがわからないという問題を持った人は、たくさんいてそれは自己価値が低かったり、グラウンディング力が弱かったりいろんな要因が関わっていて、今回もいろいろ出てきましたが彼女の最も大きな要因は小さな頃から、母のために自分のやりたいことを表現することを抑えてきて他の人の傷や痛みに敏感になり他の人と同化してしまい、自分自身がなくなってしまっていることでした。12回目の最後のセッションで「欲すること」というキーワードが出てきました。ここでの欲するというのは、これが足りない、あれも欲しいと渇望することではなく、本当の自分が望んでいることに目を向けるということです。それまでの人生では、彼女自身から何かを欲することがなくいつも他の人の意向や思いに添って生きて来ていたのでした。そういう方は、ほぼ間違いなく決断や選択が苦手です。なぜなら、何かをしようとする前に必ず他の人の気持ちを考慮してしまうのでそうしているうちに自分が何をしたいのかもわからなくなって決断できなくなってしまうからです。さらに彼女は、他の人のエネルギーの影響をとても受けやすいために健康面でも体力がなくあらゆる身体の器官や臓器に反応が出ていました。こういう方は、免疫力に関するリンパや呼吸器官や活力の源である腎臓に影響が出てくる人が多いのです。今回、彼女は10回目のセッションが終了した後彼女のやりたいことを彼女自身で見つけてそして11回目のセッションの時に、私にそれを伝えてくれました。身体に聞いてみると、それはまさに彼女の魂が望んでいる仕事だと出てきました。彼との別れは、そのやりたい仕事をするためにというだけではなくこれまでの彼との関係自体が、彼女が犠牲になってしまうものだったのでそれに別れを告げる決心をしたのです。相手のために自分が犠牲になってつきあっていてもそれは、けして相手のためにもならない、ということが彼女の魂の声として何度も伝えてきました。セッションを受けるに従って、彼女は自分の感覚に従うことがだんだんとできるようになり、この短期間で彼との別れ、やりたい仕事に向けての準備そのための別の国への転居と3つの大きな決断を行うことになったのは、本当にすごいなあと思います。この方に限らず、自分のやりたいことをやると他の人に迷惑になるとか、他の人を傷つけてしまうとか周りの不幸な人たちに対して申し訳なく感じる、という人は多いのですが(本当は不幸に見える人たち、幸せを感じれない人たちであって本当の意味で不幸な人なんていないのですが)自分のハートに従って、わくわくすることをやったら他の人が傷つくなんてことは幻想でしかありません。もし、相手がそれによって傷ついたというのならそれは、もともとその相手が持っていた問題であってその人が越えてゆくべき課題ですからそれを自分が相手のためにがまんしたり、抑えてしまうと逆に相手はその人が抱えている問題に向かい合えなくなってしまうのです。自分が本当にハッピーな状態でいれば、周りの人にもその影響がエネルギーとして伝わって変容が起こってきます。自分が犠牲になっている状態では、結局、誰も幸せにすることなんてできないのです。こうして、彼女は今回のNYで大きく変容したのですがそれでも、日本に戻ってすぐに彼女はメールをくれて「何か日本に降り立った瞬間に、あの素晴らしい解放への日々の全てが夢だったのではないかと感じます。そして「この決断は、日本ではけしてできませんでした」と書かれてありました。その気持ちは私にもよくわかります。私も数年前に、一度日本に戻って、福岡で電車に乗っていた時にふっと「ここにいるとまるでNYの私が夢みたいだなあ」と感じたことがありました。NYから世界は近く感じるのに、そこにいるとNYがとても遠く感じるのは不思議でした。私は何かをやりたいと思った時にそれが無理なんて、感じたことがほとんどない人なのですがそこにいると、まるで、自分には何の力もないかのように感じたのです。もちろん、それは私自身ではないことはよくわかっていたしすぐにいつもの私の感覚に戻ったもののあの一瞬、周りの人たちが持っているエネルギーを感じていたのだなあと。自分の心が喜んでいない仕事のために、毎日会社に行ったり本当はつきあいたくない人とのつきあいをこなしていく生活が多くの人々の抑圧とあきらめのエネルギーとなり「自分にはどんなこともできるし、好きなことだけで生きていける」というごく当たり前のことが、まるで不可能なことのように感じさせてしまうのです。だから、共鳴力の強い彼女が、他の人のエネルギーを感じて彼女自身に何も力がないように感じてしまったのも無理はないことです。でも、自分の感覚(ハート)としっかりとつながっていれば例え、どこにいても、周りのエネルギーに惑わされず自分のやりたいことに向かっていくことができるようになります。彼女が日本に戻ってから、たった数日の間に、周りのエネルギーに流されることなく自分の魂の道に向かって着実に歩き始めていることを見るのは私にとっても喜びそのものでした。もし、あなたが何かをやってみたいと言った時それに対して誰かが(例えばAさんが)「あなたにそんなことができるわけはない」とか「そんなことは特別な才能がある人だけよ」などと言ったしたらそれは、Aさん自身が自分には力がない、と言っているだけのことなのです。でも、もしも、そのAさんの言葉にあなたが傷ついたとしたらそれは、あなたの中にも「自分には力がないんじゃないか?』という恐れがあるということ。自分に対する深い信頼があれば、例え、他の人が何と言おうと蚊に刺されたぐらいの感覚にしかならないし、傷つくことはありません。大人になって、人の言葉に傷ついてしまうのは、子供の頃に受け入れてもらえなかった感覚がまだ残っているからです。そして、それが癒されてくると、なぜか不思議と周りの人たちも自分の歩く道を受け入れてくれるようになります。結局、ただ自分の中の恐れをお知らせするために、周りの言葉として出てきているだけなのですから。一見、複雑に見えるけど、実はとてもシンプルなことなのです。そうして、ハートに従うことができるようになってくるとまさにパズルがはまっていくようにあらゆることが、スムーズに動き出します。現実(だと思っているもの)は私たちの意識をそのまま見せてくれているだけなのですから。あなたが今日も本当の自分の声を聴いて、進んでゆけますように
2014年07月22日
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私のキネシオロジーのセッションの中でクライアントさんの身体から、女性性の問題がテーマとして上がってきた時にその人にとって、女性性のどういった特質が欠けているのかを筋反射で調べていて、よく反応するのが「甘えること」です。女性性の特質は、感じる力や情熱、人との親密さなど様々なものがありますが甘える、という特質も女性性の一つです。これが女性性のブロックの一つとして出てくるということは甘えることが苦手である、ということ。それでクライアントさんに伺ってみると「どういう風に甘えたらいいかわからないんです」というお返事がよく上がってきます。また「どういう時に甘えたらいいのですか?』とか「甘えることによって、何を得るのですか?」などと質問してくる方もいます。そういう質問が出てくること自体が物事を目的や結果の論理性で捉えるという男性性の特質であり女性性が弱いことを意味しているわけですが私にとっては、それは例えば「どういう時に笑うのですか?」とか「何のために笑うのですか?」という感じに聞こえます。つまり、笑う時はこういう時、と決まっていないように甘えたい気分の時に甘えるわけで笑うことに目的がないのと同じで(目的をもって笑う場合もありますが)甘える理由や目的を上げるとしたら、それが楽しいからであり甘えるというのは、男女間において、愛を高める遊びの一つなのです。そもそも「甘える」という言葉を辞書で引くと「かわいがってもらおうとして、まとわりついたり、ねだったりする」という表現としての甘える、というものと「それではお言葉に甘えて、頂きます」などというように相手の厚意を受け取る、お願いするという行為としての甘えるがあります。行為としての甘えるは、男性にも必要であって人からのサポートを(申し訳ないと言う気持ち抜きにありがたく)受け取るということにつながります。そして、相手からサポートを受け取れない、お願いできないわがままではいけないと思っている女性は表現として甘えることも苦手になります。また、なぜ男性に甘えれないか?をクライアントさんの身体に聞いてみると「男にこびる感じで嫌」とか「負けた気がする」とか「フェアじゃない」「プライドが許さない」などという言葉が上がってくることもあります。特に女性性を受け入れていない上に、(不要な)正義感が強い人はその傾向にあります。男性と対等意識というか、男女は同じでないといけない、という思い込みや信念体系が男女の本質的な違いを理解することや自分の内なる感覚をブロックしてしまっているのです。ですから、甘えることが苦手な女性は同時に人との親密さや感じる力も弱い傾向にあるのです。笑い方にいろいろあるように、甘え方にもいろいろあり普通は女性は、自分の母親が父親に対して甘えていたやり方で無意識に甘え方を学んでいます。母親が父親に全く甘えない人だったり、または自分自身が子供の頃に親に甘えられなかったりすると、甘え方がわからなくなってしまうわけですね。私はおさむによく甘えていますが例えば、1日中、仕事をした後、あ〜今日もよくやったな〜おさむに話を聞いてほしい〜などという時に、おさむが自分の音楽制作やギターの練習に打ち込んでいる、というような状況があります。そういう時、わがままはいけない、と思っている女性は相手のじゃまになってはいけないから、と自分の話を聞いてほしい、という気持ちを抑えてしまうのです。気持ちや感情を抑えれば、それは不要なエネルギーとして溜まってゆくので、何かの時に怒りや不満という形で出てきます。私は甘えたい気分の時には例え、おさむが何か自分のやりたいことをやっていても、とりあえず「かまって〜〜」と(ハートマークを飛ばしながら←ここが肝心)甘えます。すると、おさむは自分のやっていることを中断して私に構ってくれる時もあればそうではなく、とりあえずハグして「どう、どう、どう」と(馬をなだめるように)私をなだめて「後で相手してあげるからな」などと言って、彼がその時やっていることにさっさと戻ることもあります。それはその時々の二人のエネルギーのよって変化しますが、どちらにしても私の甘えたいという気持ちは彼に受け取ってもらえたので私は満たされるわけです。私にとっては、絶対におさむに構ってもらわないと困るというようなことではなく甘えるという行為を通じて、その瞬間私のエネルギーとおさむのエネルギーを交流させるという彼とのコミュニケーションにおける遊びの一つだからです。でも、私がそういう風に甘えた時に、もしおさむが「俺は今、音楽をやりたいからじゃましないでほしい」などと言ったとしたら私の甘えたい気持ちは受け取ってもらえなくなります。(もちろん「50を過ぎた女が構って〜はないだろう」なんて言う化石のような古い意識の男は対象外よ)また、女性の甘えをまじめに受け取りすぎる男性にも女性は甘えられなくなります。昔、私がつきあった男性で、私としてはただ甘えるつもりで「今日は仕事を休んで、一緒に遊ぼ〜よ〜」と言うと本当にいつも仕事を休んでしまって「のりことつきあいだしてから、仕事休んでばかりだ」なんてことになったり何でも私の願いを叶えようとするので、うれしい反面気軽に甘えられなくなったことがありました。男性は、女性の甘えを受け取りながらも場合によっては、上手く受け流すことも必要なのです。女性の甘えはあくまでも「あなたのことが好きよ〜」という愛情表現の一つでありそこに目的はないのですから。ですから、女性が甘えることを受け取れない男性やまた受け取りすぎる男性に対しては女性は甘えることは愛情表現であり、遊びの一つなのだ、ということを上手く伝えていく必要が出てくるわけです。もっとも、甘えるにしても、もし私が状況を全く感知せず例えば、おさむがクライアントさんとの仕事の間や真剣なレコーディングの最中に「かまって〜〜」と言ったとしたらそれはもう甘えるという遊びを超えてしまっています。つまり、本当に相手にとって迷惑になることは、甘えるとは言わないわけですね。ですから、甘えるためには、人との共鳴力が必要になってくるわけです。甘えられない女性は、自分の欲求があると「どうして〜〜してくれないの?』などと論理的に相手を責めることになりがちでそうなると男性も「俺は仕事が忙しくて疲れているのだからそんなこと言っても仕方ないだろう」などということになり「やっぱりあなたは私を大事にしてくれないのね」などと発展しそれでは、どこまで論議しても、男女の愛の高まりにはつながらないわけです。そういう時に女性が「話せなくて、さみし〜〜い」(ハートマークは必要)と甘えさえすれば男性も自分が責められていると感じません。つまり女性が「彼と一緒にいたい」という思いがあるのに一方で「わがままではいけない」という意識があれば自分の思いを伝えるのに、自分がわがままであるということを認めない形でそれは相手に問題があるからだ、というように伝えてしまうので話がややこしくなるわけですね。ですから、最初から「これは私のわがままなのよ〜」というエナジーで相手にやってほしいことを伝えると、相手にとっては自分のやり方が否定されたことにはならず、負担にならないし女性の気もちを受け止めてあげたいと感じるわけです。(それでもそれを感じない男性は、調整必要よ)甘えることは、甘えられた相手にとってはけして負担ではなくむしろ愛を受け取ることであり、喜びそのものなのです。さて、もちろん私はいつもおさむに甘えているわけではなく日によって、その瞬間瞬間によって、私のエネルギーは変化しますからおさむとの関係においても、さばさまと語り合う友人になる時もあれば何かを教える先生になる時もあり、またはヒーリングをやっている時はヒーラーとしておさむと接するわけで、そこには、甘えるエナジーはありません。また私たちには子供がいないので、親としての自分は味わえませんがセドナつながりの仲間などが家に来た時などは私たちはみんなのお父さん、お母さん的な感覚もあるので私はおさむに対して「おとうさ〜ん、娘が今、来ているわよ〜」などという対応になったりします。つまり、ここで私がお伝えしたいのは一つの性格やキャラや立場に自分が限定されないでその場、その場で感じるままに自分の持っているものを出していくということです。多くの人は、例えば、父親として母親としての自分とか会社の社長として、先生としての自分、などというように自分の立場や環境によって、自分のあり方を限定してしまいます。例えば、昔、子供が生まれる前は、二人はラブラブな雰囲気だったのに結婚して子供が生まれたら、母親としての自分だけになってしまって夫に甘えることがなくなってしまいました、とかまたは、会社を設立して女社長としてやっていくうちに男性に甘えれなくなってしまいました、などということになってしまうのです。ですから、子供といる時は母親でも、旦那と二人になればパパとママとしてではなく恋人のようであったりまた会社では社長としてとかリーダーとしての対応をしていてもプライベートでは、一人の女性として彼に甘えたりとその場、その場で、自分のエナジーを自在に変化させていくことが大切なのです。これは相手に合わせなければ、というようなことではなくて相手と共鳴しながら、その環境や状況に合わせて自分の持っているものを自然と出すということです。実はこれはとても楽しいことなのです。もともとすべての人は「これが自分だ」というものは何もないのですから自分の中には様々な自分があるのは自然なことであってその時々の相手との関係における、自分の中のエナジーの変化を日々感じていくとA-HA(あ〜なるほど!)という感覚が頻繁に訪れます。ですから、人との直接会って行うコミュニケーションは何よりも自分自身の内面を見せられるし、感じられるわけですね。ということで、まだ書き足らない感じはあるのですが今日の講座はここまで〜(もっともらしいので、何でもかんでも講座にしてしまおう)
2014年07月09日
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実は今、夜中の4時すぎなのですが、変な時間に目が冷めてしまったのでブログをアップしようと。(寝ろよ〜と自分でつっこみつつ)今日のテーマは、少し前に行ったセッションの感想からです。シャアしてくださってありがとうございます♪ちなみにエンティティというのは、いわゆる霊のことです。先日もヘビーなセッションになってしまいましたが最後まで私の司令官(身体)と対話して下さってありがとうございました!伺った時ののりこさんの様子がいつもと違う感じがしたので、何でかなーと思っていたのですが、覚悟してたエナジーだったのですね(笑)まさか、エンティティがいたとは想像もできませんでしたが後から思い出すととっても納得!エンティティと一体化した一ヶ月半は心身と共にしんどくて、私が目にしたり感じたエナジーは恐怖、罪悪感、不安、苛立ち、満たされない感、無気力、無感動、無感覚、、、、等々それらがとても強調されて感じられていました。それ故に、周りの人の行動、態度、発言もそういったものばかりが目につき、恐怖で敏感になり、どんどんエネルギーが下がってしまい、そんな自分が嫌になるという悪循環。分厚いオブラートに包まれた様な感じで、自分の感覚がとにかく鈍く、重かったです。面白かったのは、セッション中に、この原因がわかったらまだクレンジングされていないうちに本当に頭がクリアになり感覚が戻り、笑顔が出て来て、急に鳥の鳴き声が良く聞こえて来た事です!あれ?鳥がいっぱい歌ってる♪みたいな!もうすでにハッピーないつもの感覚が戻ってきました(笑)このセッション前とセッション後では近場で例えると職場の人や接する人達が、晴れて自分のエナジーにになった後は、皆微笑みかけてくれ、声かけて、笑ってハッピーな状態がパァーっと目に飛び込んできました!あれー!あんなにピリピリストレスまみれで文句ばっかだったんじゃないのー?って (笑)この極端な感覚の違いから本当に人は自分のフィルターを通して物事を捉えて感じているんだなーと実体験しました。また、共鳴と同情の学び。私の人生のテーマである、女性と性と男性と、、、この部分で大変な思いをした人にはめっぽう弱く思わず同情になってしまったんですね。甲状腺もこんなに機能低下していたとは! 暫くとっても疲れていて、毎日昼頃、昼過ぎにやっと起き上がるも疲れている状態でした。色々身体のリズムも崩れていましたし大腸で思い出したのは、私にしては便秘気味になっていました。今回のインナーチャイルドもまさか、これが一番の原因だったのーーーー!!!と言う感じでした。母を喜ばせたい とか、楽させたい とか、安心させたい とか、深い所で思っているのにも関わらず、結局ずっとそうできてないと罪悪感は増すばかり。でも、”お母さんの幸せを信頼する’’ と、のりこさんの言葉に ハッ としました。全く信頼できていませんでした!!!!(ここが凄い気づきだったかも!?)私は自分のやりたい事を選択して生きて来た ‘’つもり’’ だったのにベースが ‘’母を安心させる為’’ とかだったのですね。もっとこの辺をワークして、本当の自分の人生を自分を見過ごす事なく選択していけるように。私が、母は母で幸せな人生なんだって、ハラで理解したらその現実が沢山目に見えてくると感じています。そう想像したら、ワクワクしてきました♪今回も沢山の癒しに気づき、(更には除霊まで)ありがとうございました!!!私は霊媒師ではないので、よくわからないのですが一般的に除霊というと、霊を取り除くことで、浄霊というと霊を天に上げることなのだそうでそういう意味では、私のキネシオロジーのセッションで行うのは浄霊ということになるわけですがただ、除霊とか浄霊という、何だかちょっとおどろおどろしい感じとは違って普通のキネシオロジーのセッションとプロセスは変わらないし何も怖いものはないです。霊が取り憑くというと、まるで悪いものが外からやってきたというイメージですが、実際はその人の中にそれを引き寄せるものがあるからそうなるわけので、問題なのは、その人がもともと持っているその要因の方です。ですから、セッションのメインのテーマは浄霊ではなく、その人がもともと持っていた(可能性を広がることをブロックしている)要因を変化させることにあります。私は霊など全く見えない人なので、クライントさんの身体が筋反射でエンティティと反応したら、エンティティがいるんだなあという感じです。ただ、セッションをする前に、その人のエネルギーが重いというのは感じられるし、時にはその方が来られる前から何となく今日のセッションは重いものが上がってきそうだなあというのも感じたりします。それがエンティティなのか、他の人からのエネルギーなのかはたまた本人だけのエネルギーでそうなっているのかは身体に聞いてみないとわからないわけですが、そういうケースでは最初にクライアントさんの腕に触ると、独特のピンと張った抵抗感があるので身体に質問する前にあ〜何となくこれは何かいそうだな〜とわかります。今回、最初にAさんの身体が筋反射でエンティティという言葉に反応した時にいつそれが憑いたのか身体に聞いてみると、6週間前と反応しその日は、Aさんがあるヒーリングのワークショップに参加した日でした。よく話を伺ってみると、そのクラスで二人一組になってワークした時にAさんは、とても重いエナジーの人、Bさんと組んでワークしたとのこと。そのヒーリングワークは、とてもディープなものだったのでBさんの話を聞いて、Aさんは深く同情したそう。その日は、Aさん自身も心が揺らいでいてグラウンディングが弱い状態にありました。グラウンディングが弱い状態の時に、相手に深く同情したりすると相手のエネルギーを受ける、ということはよくありますが今回、Aさんの身体が筋反射で伝えてきたのはBさんに取り憑いていたエンティティがいたためにエンティティがBさんからAさんに移った、ということでした。いや、これはすべて私やAさんが見たわけじゃなくただAさんの身体が伝えていることなので、それが真実かどうかなんてわからないわけですがこのセッションの中で、エンティティがいると身体が反応した時にクリスタルボールを鳴らしたら、一気にAさんは、エネルギーが軽くなるのを感じられたとのこと。「すごい、一瞬前の感覚と全く違う、さきほどまで聞こえなかった外の鳥の声が聞こえます」とAさんは言われていました。でも身体に聞いてみると、その時点ではまだエンティティはAざんから離れておらず根本的な解除のためには、Aさん自身が持っている要因を解除しなければならないと伝えてきたわけです。この根本的な要因が、Aさんの持っていたギルティ感でありまた男性や性に対する抵抗でした。母を喜ばせたい、でもそうできない自分に対してのギいらだちやギルティ感そして、男性から守られていないという感覚それらがエンティティの持っていたエネルギーと共鳴していました。(つまりはBさんも同じエネルギーを持っているということ)今回、ちょっと複雑だったのは、Aさんにエンティティが憑いている間感じていた恐怖、罪悪感、不安、苛立ち、満たされない感、無気力といったエネルギーは、Aさんがつながっていた4つの前世ともリンクしていました。このセッションで、何だか私にはAさんが根本的に持っていたその要因を手放すきっかけを作るためにこのエンティティが取り憑いたようにも思えるんですよね。つまりそれもAさんの学びのプロセスの一つというか。このエンティティもBさんからAさんに移れば天に上がれることをわかっていたんじゃないか、とも。いや、これは何も確証はないのですけどね。ちなみに、親を安心させたい、喜ばせたい、というのはAさんに限らず、多くの人が持っている思いですがそれが強いと自分自身の人生の選択ができなくなることがよくあります。自分が本当にやりたいことを選ぶと、親を安心させたり喜ばせたりできない、と潜在的に感じているとその道を選ぶことができなくなったり自分が進むべき道が見えなくなったりするのですよね。思い返せば、以前、私にもその気持ちはあったなあと。私の両親は、私に学校の先生になることを期待していたので私は大学の教育学部を卒業したわけですが卒業後、私は自分のハートに従って「学校の先生にはなりたくない」と普通の企業に就職し結局、それも辞めてアメリカに来て、バーテンダーやウエイトレスなどやってきたわけです。それを特に何とも思っていなかったわけですがある時(かれこれ15年以上前になりますが)親の期待を裏切って生きてきたギルティ感みたいなものが私の中から出てきたことがあってある日、NYで学校の先生になろうと日本人の子供たちを教える学校に面接に行ったことがありました。そこで試験として1時間の模擬クラスを行って、無事合格となり給与の話になったのですが、予想していた以上に給料が低かったことで結局、私はその場でお断りしました。試験のために勉強したのに、決まらなかったことにも関わらずその時に「決まらなくてよかった〜」というほっとした気持ちが自分の中にあるのを感じてあ〜私は人の期待に沿わないように生きてきたつもりだったのに結局、ここで親を喜ばせるための人生を選ぼうとしていたんだなあとつくづくわかったわけです。その気づきがあってからは、ギルティ感を持つこともなく自分のやりたいことだけをやってきたわけですが今では、私がこのヒーリングの仕事をやっていることを両親ともに喜んでくれているし例え、すぐに親を喜ばせたり安心させたりすることができなくても自分の本当にやりたい道を進んで自分自身がハッピーでいれば最終的には、親も周りの人もハッピーになってゆくんだなあと。これは私だけのケースではなくいろんな方の人生に関わってきてそう感じるのです。ということで、セッションの話に戻すと今回は、インナーチャイルドの癒しとともに前世とのつながりを切ること、浄霊、またそれらのストレスに伴って低下していた甲状腺の調整などあれやこれやになったわけですが他に問題だと上がってきたのは、A さんの「ポジティブ思考」でした。このポジティブ思考がなぜ問題なのかは、また今度詳しく書きたいと思いますがそのポジティブ思考が、Aさんが自分の問題の本質を見ることを防いでいたわけです。一般的には、こういうエンティティは、ネガティブ思考の人に憑きそうなイメージがあるかもしれませんがネガティブであろうとポジティブであろうと思考は思考であって、ポジティブ思考であってもネガティブな意識(満たされない、守られていない感覚など)が根底に持っていれば同じことなのです。ということで、長くなったので今日のキネシオロジーセッション解説講座はここまで〜。(え?講座だったの?)あ〜朝5時になった〜〜寝よう。。。
2014年07月01日
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