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忘れた頃にやってくるマンホール探訪企画。下を向いて歩こう、埼玉県川越市編。小江戸と呼ばれる川越市。汚水のマンホールの蓋は市の花やまぶきのデザインで江戸っぽさのかけらもなかった。しかし消火栓のマンホールは、「川」と「越」のまといを描いたデザインで小江戸っぽくてよい。都市景観100選に選ばれたという川越の歴史的町並み地区。車を停車できるスペースがない一方通行の道で、写真を撮る事が出来なかった。一度ゆっくりとこの通りを歩いてみたいものだ。川越市の隣は日高市、川越に日高って、オリックスのバッテリーみたいやんか(笑)。その川越は昨季戦力外通告を受け、駄菓子屋へ移籍した。オリックスを出て行った選手は活躍するという歴史はまた繰り返されるのか、川越の今季にある意味注目だ。あれ、最後は川越市に全く関係なかった(笑)。
2010年01月31日
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1月30日はフィル・コリンズの誕生日。今日で59歳、来年はついに還暦だ。ロックの殿堂入りが決まったジェネシス。3月15日に行われる式典に初代ヴォーカリストでジェネシスの顔、ピーター・ゲイブリエルは参加しないらしく、夢の再結成への一縷の望みも失せてしまったようだ。ピーガブが脱退した瀕死状態のジェネシスが、フィルを2代目ヴォーカリスト兼ドラマーに据えた事で、フィルの人生も変わったとも言える。フィルが前面に出た事でジェネシスの方向も変わっていき、「そして3人が残った」80年代のジェネシスはファンの間でも評価の分かれるところだが、なんやかんや言うても、そして3人が残ったジェネシスは商業的には恐ろしいぐらいの大成功を収めた。昨夜、横浜のハードロックカフェでビートルズになれなかった男、億万長者になり損ねた男、ビートルズ初代ドラマーのピート・ベストのサイン入りのメモラビリアを見つけた。ピート・ベストがそのままビートルズに居続けて、ドラムを叩いていたらその後のビートルズはどうなってただろうか、ピート・ベストの人生は変わっていただろうか。ピートを解雇したビートルズは20世紀最高の成功を収めた。共にドラマーであまりに好対照なフィルとピート・・・。人の人生はどこでどう変わるかわからない。かつて世界で一番忙しい男と言われたフィル。59歳の誕生日を迎える今日はどんな1日を過ごすのだろうか。85年のソロでの来日以降、87年のジェネシスでの来日、90年、95年のソロ公演と、フィルが来日するたびにライブ会場へ駆けつけたが、という事はもう15年間もフィルは日本の土を踏んでいない事になる。59歳のお誕生日おめでとうございます。極東の島国で貴方のドラムを叩く姿を生で観る事は出来ないのでしょうか。昨年脊髄の手術を受けられ、手の動きに支障が出たという話、その後の具合は如何なのでしょうか。とにかく、どうかいつまでもお元気でいて下さい。Phil Collins フィル・コリンズ / Hits 輸入盤 【CD】
2010年01月30日
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久しぶりに通勤通学ラッシュの電車に乗り合わせた。車での移動に慣れ切った体に久々のラッシュは堪えた。皆さんホントに毎日よく耐えているなあと思う。昔、このおしくらまんじゅう地獄に毎日参加していたが、以前にも増してひどくなった混雑ぶりには閉口、こんな状態の時に人身事故や車両故障で車内に閉じ込められたりしたらと思うとゾッとする。寒がりの厚着で汗かきの私は玉のような汗を噴出して、ヘトヘトになってホームに飛びだすと今度は寒気が押し寄せる。こりゃあ体調管理が大変だ。道路の大渋滞にはいつも怒り爆発しているが、この通勤ラッシュのイライラを再体験してみると、たとえ渋滞で前に進まなくても、のんびりゆったりと個人的な空間の中でiPodをFMで大音量で聴きながらの車の移動は有難く、幸せな事なのかもしれない。満員電車で日々通勤されていらっしゃる皆様、毎日ホントにご苦労様です。
2010年01月29日
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先週の水曜日の深夜、ふとテレビのチャンネルを回していたら、いや、回すなんて表現はもう死語かもしれないが(苦笑)、小田さんが佐野元春と語っており、観ているうちにグイグイと引き込まれていって、すっかりテレビの前で釘付けになっている自分に気付いた。「佐野元春のザ・ソングライターズ」という番組で、去年の7月から9月まで放送されていたものの再放送だった。こんな興味深い番組を去年やっていたなんて全く知らなかった。番組の最後に次週以降の再放送スケジュールが流れて、観た事も聴いた事もない2月24日の人以外は観逃せないと、携帯電話のアラームで忘れないようにセットしていた。昨日というか、今日というか、今週はさだまさしで、今回もまた興味深くあっという間の1時間だった。改めて聴いた「檸檬」の歌詞、やっぱりさだまさしは天才詩人だった。ベース弾きでジェフ・ポーカロ教の信者の私、どうしても音楽はリズムや曲の方に耳を奪われがち。歌詞に焦点を絞り、ゲストの作った楽曲の歌詞について深く掘り下げていく斬新な試みが面白い。オープニングで見覚えのある赤レンガの校舎が映る。私とは別の音楽サークルから飛び出した伝説の大先輩。当時には無かった新しい校舎の教室で現役大学生を前に、音楽について語り合う超貴重な公開講義。自由の学府の面目躍如、こんな貴重な体験を出来る今の学生諸君が羨ましい。来週は松本隆、忘れないようにしなければ。
2010年01月28日
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昔、学生時代のうちの2年間住んでいたアパートの近くを通ったので試しに前を通ってみたら、ま、まだ健在だった!引越しを済ませて、手伝ってくれた友人に晩飯をご馳走してアパートに戻ると、電気もつけてないのに部屋に明かりが差し込んでいる。なんと木の柱の隙間から隣の部屋の明かりがもれていた。やっかいな所に引っ越してきたと後悔先に立たず。隣の部屋のステレオが爆音で繰り返し繰り返し繰り返し麻倉美稀の「ヒーロー」をエンドレスで聴いている。やっかいな所に引っ越してきたと大後悔先に立たず。引越しの初日からそんな現実が私に降りかかった。悪徳新聞勧誘のオッサンに目をつけられてしまい、度重なる訪問の末、朝日の契約だと嘘をつかれて読みたくもない讀賣新聞を1か月とらされた事もあった。その1か月は2紙購読の無駄遣い・・・。その後もしつこいオッサン。無視して居留守を使うと扉を壊す勢いで叩いたり怒鳴ったりされた。エアコンも無く扇風機だけの真夏の頃は、窓を開けてたら窓から顔出してくるし、もう最悪。あの時、讀賣新聞は一生読まないと心に決めた。まあ、悪い事ばかりではなくて、思い出すだけで腹を抱えて笑ってしまうような話とか、楽しい想い出も山のようにあった2年間だったが。そして、このアパートを出て行く引越しの日は、もうすぐ春だというのに大雪が降って大わらわ。最初から最後まで何かと想い出深い2年間だった。駅前から記憶を辿りながらアパートのある場所に向かった。昔よく通った定食屋がまだ営業していた!おお、よくお世話になった惣菜屋も健在だ!でも、空き地になっていたり全然違う建物に変わっていたりと、風景がところどころ激変している所もあったので、風呂無し、給湯器無し、便器は和式、小さい押入れ、壁が薄くて柱の隙間から隣の明かりがもれるような、前時代的アパートはもう取り壊されてるだろうと思った。ところがどっこい、今もしっかり建っているではないか。数十年前の様々な記憶が鮮やかによみがって、懐かしさでいっぱい。周りの風景は変わってもここだけは昔のままだった。色々あったけど、その節は本当にお世話になりました。密度の濃い700日間をありがとうございました。出来ることなら今度来た時もこのままで居てほしいです。
2010年01月27日
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John Valenti / Anything You Want 【CD】ん~、やっぱり名曲、名盤だ。24日の山下達郎サンデーソングブック、CM明けの1曲目にかかったのがジョン・ヴァレンティの「Anything You Want」。イントロのドラムで、おおジョン・ヴァレンティやんけ!と狂喜乱舞しながら聴き入ってしまった。番組終了後に改めてアルバムを聴き直したが、雲ひとつない晴天のような爽快感があり、いつ聴いても気分を高揚させてくれる名盤。若い頃聴く機会を逸していたアーティストやアルバムが山のようにあるが、ジェフ・ポーカロがドラムを叩いている事や、再発やリイシュー化で聴く機会ができて、発表後数十年経過した今になって、初めてその魅力に気づかされる。そんな魅力を発見できた中で、ジェフ・ポーカロが絡んでないAOR系のアルバムでは、このジョン・ヴァレンティの「Anything You Want」とブルース・ヒバードの「Never Turnin' Back」は双璧の2枚ではないだろうか。また、iPodをシャッフル機能にして毎日聴いていると、長い間聴いていなかった曲が突然選曲されて、改めてその曲、アーティストに惹かれる事もよくあるが、今回のサンソンのように、ラジオで大好きな曲や忘れていた名曲が突然かかると、その日1日が少し得したような気分になるのがいい。何度も日記で書いているとは思うが、やはり日曜のタツローさんのサンデーソングブックと木曜のDJ矢口清治さんのミュージックプラザは、そんなラジオの楽しみの貰える双璧の番組だ。
2010年01月26日
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坂本龍馬の妻だった楢崎龍のお墓が横須賀にあるという事は随分前から知ってはいたが、ようやく初めてその墓がある信楽寺に訪れる機会を得た。先日1月15日のお龍の命日には、京都の霊山護国神社から龍馬の霊璽を宮司さんが新幹線で信楽寺に運んでお龍と143年ぶりの再会を果たしたというニュースがあった。その日はNHK大河ドラマ龍馬伝でお龍役を演じる真木よう子も墓参りに訪れて、墓前で手を合わせていた。初めて訪れた信楽寺。改めて場所を確認したら、こんなところにあったのか、という感じで、不定期ながら10年ぐらい前から何度となく仕事で近くを通っている場所にあった。岡本太郎記念館といい、信楽寺といい、知らずに通り過ぎている場所の多いこと・・・。様々な龍馬本で写真は何度も見ていたお龍のお墓。ようやく墓参りが実現、手を合わせる事ができた。想像していた以上に立派で大きなお墓に驚いた。龍馬のラベルのビールや龍馬フィギュアが置かれており、先日真木よう子が供えたお花もまだ置かれていた。龍馬の死後、各地を転々としてたどりついた横須賀。再婚した西村松兵衛氏が建碑を思い立ち、多くの人々の寄付を仰いで大正3年に建立したこの墓碑。なぜ字が間違っているのかわからないが、わざわざ「阪本龍馬之妻」と刻まれているこの墓碑、後夫の西村松兵衛はよっぽど出来た人だったのか、松兵衛さんの立場で考えると愛した妻の墓碑に前夫の名を刻ませる心境はどんなものだったのだろう。お寺に入口にあがる階段の下にペリーのデザインの横須賀市のマンホールを見つけた。龍馬の人生が変わったともいえるペリーの来航。ペリーが上陸した浦賀も程近いこの場所で、ペリーが描かれたマンホールに見守られながら、龍馬が愛したお龍さんが眠っている。ペリーが来航していなかったら、生きてる時代が違っていたなら、龍馬の東奔西走の活躍も無かったかもしれないし、龍馬が京都でお龍と出会う事もなかったかもしれない。京都で生まれたお龍さんが眠る横須賀の寺の前にペリーのマンホール。幕末という時代が作った奇跡を想いをはせ、何ともいえない気持ちで信楽寺を後にした。昨日の大河ドラマ龍馬伝には、龍馬を巡る重要なもう1人の女性、千葉さな子が登場した。龍馬ファンの間では、さな子派かお龍派か、と十人十色で意見が分かれる重要人物だ。真木よう子のお龍登場は5月末と、まだだいぶ先だが大好きな真木よう子がどんなお龍を演じてくれるのか、今から期待でドキをムネムネしながら楽しみに待とう。あ、寺田屋事件のシーンがどうなるかという事でドキをムネムネしているのでは決してありません(苦笑)。
2010年01月25日
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先日、朝日新聞の夕刊を読んでいたら文化欄に近鉄の帽子をかぶった岩隈の写真が載っていて驚いた。岡本太郎がデザインした近鉄のマークには採用されなかったもう一つのデザインがあり、2年前に見つかった原画が岡本太郎記念館で2月28日まで展示されているという記事だった。昨年のプロ野球の陰の主役は近鉄バファローズでは・・・という出だしで始まる記事に近鉄難民の私が惹きつけられない訳がない。よくぞ言ってくれた。岩隈・藤井のバッテリーが梨田監督と雌雄を決し、海の向こうでもマニエル監督がフィリーズを優勝に導く。昨年は近鉄バファローズがある意味、主役だった。この記事を書かれた方にお会いして握手を求めて、ありがとうございますとお礼を言いたいぐらいだ。そんな記事を見たら岡本太郎記念館に行かなくてはと、時間を作って南青山の記念館に初めて行ってきた。なんと、この記念館は岡本太郎が住んでいた場所だった。また、何度と無く通っていた道の一つ奥に入った所にあり、岡本太郎がこんな身近な場所に住んでいたなんて、今まで知らずに通っていた事に驚かされた。2月28日まで開催されている企画展、岡本太郎と「いきもの」。美術館は大抵館内撮影禁止が当たり前だと思うが、この岡本太郎記念館は写真撮影OKというのも凄い。2階の企画展示場に入ると三色帽子時代のヘルメットと、大阪ドーム移転以降の帽子が展示されていて感激。その奥で岡本太郎が野球のユニフォームを着て太陽の塔と共にお迎えしてくれる。そして、近鉄バファローマークの展示。正式採用された御馴染みの猛牛マークと並んで幻のマークの原画が飾られている。弱かった近鉄パールスの監督を1959年に千葉茂が引き受け、球団名を近鉄バファローに変更する際に、岡本太郎に新しい球団マークのデザインを依頼し、この2つのデザインを提案したらしい。岡本太郎のセリフを借りて「何だ、これは」(笑)。今回初公開された幻のデザインのマークはユーモラスすぎて不採用になったらしいが、これぞ岡本太郎といったデザインでユニークだった。近鉄ファンのこだわりとしては、入館時に貰ったチラシの文中も、このマークの表題も「近鉄バッファローズ」となっていた事。正確にはこの1959年当時は近鉄バファローだったし、百歩譲ったとしてもせめて近鉄バファローズと書いて欲しかった。それはそれとして、愛しの猛牛マークの原画と躍動感溢れる幻の太っちょ猛牛マークをじーっと見ていたら、まさに岡本敏子さんが言われるが如く、不思議な“いのち”が、なまなましく、こちらに迫ってくるようで改めて岡本太郎の凄さをひしひしと感じた。近鉄バファローズの消滅から5年、稀代の芸術家がデザインした猛牛マークも、最後の砦だった近鉄物流が近物レックスになってしまい、トラックの車体から猛牛マークが消され、無機質なKBRのロゴに変わり果ててしまった事で、完全に闇に葬られてしまったのが本当に悔しいし腹立たしい。しかし、50年の時を経て今回初公開された、貴重なもう1つの幻の猛牛マークと共に、近鉄バファローズの魂は岡本太郎記念館の中で今もなお、活き活きと躍っていた。朝日新聞さん、素晴らしい記事と貴重な情報を本当にありがとうございました。
2010年01月24日
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先週大阪で見たものをもうひとつだけ。フェスティバルホールから梅田に向かって歩くと、毎回通っているはずなのに全く気づかなかったのだが、知らぬ間にサンケイホールが無くなって、跡地にブリーゼタワーなる高層ビルができていた(汗)。サンケイホールは規模を縮小したものの、このブリーゼタワーの中で新たにサンケイホールブリーゼとして甦っていた。既に2008年にできていたとは・・・(大汗)。建物に入って驚いた。その下層部にある商業施設のブリーゼブリーゼの吹き抜け部に巨大な人形が立っていて、名前をブリCH(ブリチャン)というらしい。ちなみに写真の左端の「初ブリ」は開催中のバーゲンのポスターが見切れている(笑)。ブリCHの前に鳥居が設けられて賽銭箱まであってブリチャン大明神と書かれていた。ブリCHは神様なのか(笑)。全長12メートルのブリCH、世界最大のマリオネットとして、ギネスに申請中との事だが、ホンマにデカい。私が訪れた時間は運悪く見れなかったが、ブリCHは決まった時間に動くらしい。今度行った時は動いているところを見てみよう。それにしても、まったく大阪らしいというか、突拍子もない物体を設置したもんだ(笑)。
2010年01月23日
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先日フェスティバルホールの事を書いた時に、色々とインターネットで記事を見ていたら、なんとフェスティバルホールで使用していた椅子の2700席のうち700席が東京の有楽町マリオンにある有楽町朝日ホールに移設されていることを知った。開館25周年を経て椅子やカーペットの老朽化が顕著になり、タイミング良くフェスティバルホールからの要望もあって、大阪のフェスティバルホールで使っていた椅子を東京へ運んで有楽町朝日ホールに移設したらしい。フェスティバルホールで20年以上使用していた椅子はカーネギーホールでも使われているアーウィン社製の椅子。世界が認めた音響はもちろんの事、椅子も一級品だった。2008年に椅子の写真を撮っていた。この椅子、メンテナンスがしっかりしていて、まだ10年以上は十分使える状態だったという事で、有楽町朝日ホールとしても新品での入れ替えと比べて1億円以上の経費削減にもなるという一石二鳥、イトーキがリニューアル工事を行ったようだ。なんと有難い話だろうか。今は亡きフェスティバルホールの椅子に東京で座れるとは。フェスティバルホールの神様の啓示か。これは有楽町朝日ホールに行かなければ。先日は桂三枝が独演会をやっていたようで、もっと早く知っていたら行きたかった・・・。同じ落語で朝日名人会が定期的に行われているようで、機会をうかがって一度訪れてみることにしよう。フェスティバルホールをこよなく愛した山下達郎さん。フェスの神様の魂が染み込んでいる椅子のあるホールでファンクラブのイベントとか、やっていただけませんか(笑)。
2010年01月22日
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フェスティバルホール跡に行ったならば、ダイビルにも行かなければと、足を延ばした事を書き忘れていた。前回来た時よりもの囲いの高さが高くなって、ダイビルを象徴する装飾が見えなくなってしまった。朝顔養生も施されて、これから全体に防音パネルが張り巡らされるのも時間の問題だろうか。これから来るたびにビル自体が隠れていく事だろう。フェスティバルタワーの建設は竹中工務店、そしてこのダイビルはパネルに大林組のマークが。ちなみにフェスもダイビルも設計はやはり日建設計。このダイビル、調べてみると元々建てたのも大林組だったようでまさに自己スクラップアンドビルト。新しいビルの低層部はこの外装のレンガや石材の装飾品をスクラップにせずにできる限り再利用すると言うから、解体工事も時間がかかって今の姿を見られる期間が少しでも長ければいいのだが。中之島のあっちでこっちで大阪を代表する歴史的建築物にメスが入り、風景がどんどんと様変わりしていく。大阪に帰る度に大阪駅前とこの中之島の変わる風景に戸惑う、大阪弁を話す田舎者になっていく事だろう(苦笑)。
2010年01月21日
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今日で楽天335号室に間借りして丸5年が過ぎ、6年目を迎える記念すべき日。小学校に入学したピカピカの1年生も、最高学年の6年生になる6年目。日々成長していく小学生の6年間とは違って、書いてる文章も話題も載せる写真の画素数もまったく成長していない5年間だったが(苦笑)。昔の日記など読み返すと顔から火が出るような文章もあるが、それでも1826日間、累計372675の訪問をいただいて、1日も欠かさず1826日間更新し続けてこれた事だけは継続は力なり、よくもまあ飽きずに続いたと我ながら感心する。以前のような1日2回の更新はさすがに体力は続かない。ここ数年、5年前のブログ開設時には無かったようなTwitterなるつぶやきものも流行っており、国の首相や大臣までつぶやく時代になっているが、もともと簡潔に文章をまとめられないタチひろしなので、ブログの方が性に合っているのかもしれない(笑)。と言いながらもいつまで続くか。とりあえず5年間続けてきたが、今の時勢と同じように全く先が見えない。体力気力の続く限り根性で毎日更新を続けていきたい。【送料無料選択可!】6 kinds 6 sizes(HQCD)/PARACHUTE1月20日は過去「3」「Fourplay」「Firth Of Fifth」と数字に絡めたアルバムを挙げているので、今年は6年目と言う事で6を使った楽曲やアルバムをiPodで検索してみたが、やっぱり6と言えばパラシュートの名盤「6kinds 6sizes」だろう。5年間の間に何度となく取り上げていると思うが、大昔バンドでコピーして演奏した事もある「Hercules」をはじめ、日本のTOTOとも呼ばれた伝説のスタジオミュージシャンバンドのパラシュートの30年前に発表された代表作。J-Fusion史に燦然と輝くフュージョン・AORアルバムにあやかり、6年目も飛ばしていけたらと思う。今年中にブログ開設2000日を迎える事だし。皆様、楽天335号室の間借りも今日6年目に突入しました。1826日間書き続けてこれたのは、ひとえにお越し下さる皆様のお陰、改めて御礼を申し上げます。相も変わらず適当な知識でいいかげんな事を書いておりますが、6年目もどうかよろしくお願い申し上げます。
2010年01月20日
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小林繁さんが亡くなった。私にとっては我らが近鉄の投手コーチとして、1997年から2001年まで投手陣を指導された姿が何と言っても印象深い。それにしても突然の訃報に驚きを禁じ得ない。97年から01年までの近鉄のイヤーブックを引っ張りだして、小林さんの写真や座談会の記事を茫然自失で眺めていた。2000年、一軍投手コーチに返り咲いた時は梨田監督、真弓コーチとともに男前トリオと呼ばれた。正田コーチの立場は・・・。昨日のニッポン放送ののってけラジオの冒頭、阪神時代に同僚だった江本孟紀さんが電話で出演された。何事にも「まじめ」な男で、ノックアウトされた時は他の選手が帰っても最後までロッカールームで残って帰ろうとしなかった事もあったらしい。そのまじめさが寿命を縮めてしまったのではないかと、江本さんが想い出を語りながら小林さんを偲んでいた。スポーツ新聞に亡くなられる前日16日の日本ハムのイベント参加時の写真が掲載されていたが、今思えばひどく疲れていらっしゃったような表情に見える。今季は梨田さんの片腕として、ベンチでマウンドで一軍の投手コーチの小林さんの姿をテレビや球場で観るのを楽しみにしていたのに・・・。57歳・・・余りにも突然で早すぎる悲報に今も信じられない気持でいっぱいだ。近鉄バファローズの背番号70番。小林さん、夢を、情熱を、ありがとうございました。安らかにお眠り下さい・・・。
2010年01月19日
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大阪へ出張した際は必ず訪れなければと、起工式を終えたフェスティバルホール跡地に出かけた。橋の向こうにどっしりと鎮座ましましていたフェスティバルホール。フェスが無くなってしまい錦橋も落ち着かずに悲しそうに見える。錦橋から見るフェスの象徴だった信楽焼の大レリーフ「牧神、音楽を楽しむの図」は、新しいフェスティバルタワーの完成予想図にも描かれているが、どこかでちゃんと保管されているのだろうか。肥後橋北詰交差点から見た写真。先月訪れた時と劇的な変化があった訳ではないが、フェスティバルタワー建設に向けて着々と基礎工事を進めている様子だった。以前では考えられないような200mの高層ビルが建つので、基礎工事にはかなり時間がかかるだろうが、いざ建方工事が始まれば、あっという間にこの風景も劇的に変わっていくだろう。エリック・カルメン/雄々しき翼(CD)♪Seasons are changin' Reasons are changin' But the story isn't ending So we find ourselves pretending one more day And the years keep slippin' away昨日の山下達郎サンデーソングブックを聞いていたら、既に伝説と化したタツローさんのフェス最終日に行かれた方のお便りが読まれたり、ジェフ・ポーカロの力強いドラミングが聴けるエリック・カルメンの「Boats Against the Current」がかかったりして、フェスティバルホールへ別れを告げているような放送だった。ラジオから流れる「Boats Against the Current」。持ってるCDを取り出して歌詞カードを眺めながら聴いていたらウルウルきてしまった。悲しいけれど、この見晴らしのいい風景を目に焼き付けておくことにしよう。朝日新聞が社運を賭けて建設する水都大阪のフラッグシップと位置付けるフェスティバルタワー。どうか、世界一素晴らしい新フェスティバルホールを完成させて下さいよ。
2010年01月18日
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阪神・淡路大震災から15年を迎える。15年前の今日、私の生まれ育った関西で起こってしまった出来事を風化させてはならない。ハイチでマグニチュード7の大地震が起きてしまった。テレビで観る首都ポルトーフランスの惨状、1分1秒でも早く、1人でも多くの人が救助されることを心から祈りたい。大阪出張から帰ってきて不在期間中の新聞を読むと、大阪で読んでいたのとは違う新聞社の新聞なので単純に比較はできないが、今日の日を迎えるまでのここ数日の記事で、被災地だった関西と関東との温度差を感じた。大地震がいつどこで起こってもおかしくない地震国で生活している事を再認識しないといけないし、日々の備えをもう一度考え直す1日にしたい。
2010年01月17日
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何の変哲もない街の風景に見えるが、子供の頃の私にとっては興奮が最高潮に達する場所だった。大阪難波の高島屋の角を曲がるとこの写真の風景が広がる。そしてその一番奥にそびえ建っていたのが大阪球場だった。野球を観に行く為に、この通りを歩く時の何ともいえないワクワク感が大好きだった。昔は南海ホークスが野球ファンを待ち受けていたが、今はなんばパークスが買い物客を待っている。今の子供達は昔この通りの先に野球場があったなんて、まさか信じられないだろう。そんなわけで超久しぶりに、なんばパークスの入口付近にある大阪球場のあった証、ホームベースとピッチャーズプレート位置に訪れた。杉浦が、江夏が、この場所に立ち、ノムさんが出すサインを確認していた位置。相変わらず誰一人として気付きもせず、こんな所で写真を撮っている変なオッサンという目で、私を見て通り過ぎていく(苦笑)。今考えてみれば、こんな都会のど真ん中によく野球場を作ったなぁと思う。幸せな時代だった。
2010年01月16日
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今宮戎神社、えべっさんへお参りしてきた。小さい頃、親に連れられて行ったかもしれないが、ほぼ初のえべっさんと言ってもいいぐらいだ。かつて藤原紀香や東北楽天の福盛の嫁さんが福娘だった事でも有名な商売繁盛の神様。こんなこじんまりとしているとは思わなかった。十日戎も終わって撤収作業の真っ只中の境内。残り福を求めて今年一年の商売繁盛を祈願し、ご祈祷してもらってきた。まったく先の光明が見えない2010年、残るは神様に頼るのみ。たのんまっせ、えべっさん。
2010年01月15日
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寒いぞ、大阪(笑)。昨日の夜、大阪にやってきた。新幹線の新大阪駅のホームに降り立った瞬間、あまりの寒さに声をあげそうになった。電車の窓から見えた広告塔の気温表示を見たら2度!どおりで寒いはず、えらい時に来てしもた(苦笑)。新大阪で見つけた広告。見た目はたこ焼き、中身はシューのたこ焼きシューらしい。既に閉店してるのでわからないが売れてるんやろか。ご当地シューという事は全国各地で色々あるんだろうか。博多の明太子シューとか、いかにもありそうだ(笑)。見た目と味のギャップ、食べてみたい気もするが(笑)。
2010年01月14日
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10日放送の第2回も従来の大河ドラマとは一線を画すスケール感のあるカメラワークで、今後がますます楽しみなNHK大河ドラマ「龍馬伝」。やはり香川照之の岩崎弥太郎は恐ろしい程の存在感で、他の役者を圧倒している。龍馬伝(1)ただ一つ気になっているのが、いまだキャストが発表されていない登場人物が何人かいる事。龍馬の物語を進める上で欠かせない人物、お登勢、お慶といった女性と、三吉慎蔵、松平春嶽、小松帯刀、高杉晋作等の演者がまだ発表されていない。龍馬伝龍馬伝のスタートと同時に決まってもいいぐらいの重要人物ばかりだと思うのだが・・・。特に寺田屋の女将のお登勢なんて、おりょうと同じぐらいに重要人物なのに。実は既に決定しているが発表されていないだけなのか、はたまた役者選びで難航していてまだ決まってないのか。イメージが全く違った岡田以蔵以外は(失敬)言い得て妙のなかなか素晴らしい出演者陣なので、残る重要人物の出演者発表が待たれるところ。
2010年01月13日
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山下達郎サンデーソングブックで今年も2週連続で大瀧詠一氏との新春放談が放送された。昨年末にニッポン放送高田文夫のラジオビバリー昼ズにゲスト登場した大瀧詠一氏。高田先生の話によると大瀧さんは12月28日の有楽町での生放送出演の前日にTOKYO-FMでタツローさんとのサンソンの新春放談を録音したらしい。大瀧さんの2009年の仕事始めはサンソンの録音、仕事納めが次の日のラジオビバリー昼ズ。大御所はこうありたいもんである?(笑)10日の新春放談で聞き捨てならない発言が。今年のタツローさん、ニューアルバムを1枚発売して、30本(30か所だったかもしれない)のライブツアーを考えている、というお言葉が飛び出した。30なんて具体的な数字が出たという事は、既にスケジュールがほぼ決定しているのだろうか。正式発表が待ち遠しい限りだ。ツアーバンドとの練習を重ねて、演奏できるレパートリーが着々と増えているとの事。前回のツアーで演奏した「Downtown」の出来に気を良くして、次回のツアーではさらにシュガーベイブ時代の楽曲を新たにセットリストに加わりそうな話だった。《送料無料》SUGAR BABE/SONGS(CD)そんな話の後にオンエアされたのが「今日はなんだか」。この曲をもしライブで聴けたら本当にうれしい限り。昨日はフェスティバルホールの話を取り上げたが、今年行われるツアーはフェスが無くなった大阪ではどこでライブが行われるかも気になるところだ。何はともあれ、今年もタツローさんから目が離せない。
2010年01月12日
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9日の朝刊を見ていたら驚いた。見開き2ページで大阪の中之島フェスティバルタワーが9日に起工式が行われるのに際した特集記事が組まれていた。記事を読みながら一瞬今自分は大阪に帰っているのかと、新聞から目を離して周りの景色を確認してしまった。いやいや、私は関東にいる。「フェスティバルホールは、まごうかたなき日本で最高のコンサートホールであり、私ももう25年以上お世話になっています。演じてよし、観てなおよし、観客との一体感はまるで大きなライブハウスのようです。数々の伝説に彩られた50年が、また新たな未来へのスタートとなりますように。近いうちにまたフェスの舞台に立てる日を楽しみに。」フェスティバルホールが50年を迎えた時に、山下達郎さんが寄せたコメント。それからほどなくして建替えが決定。オペラ座やカーネギーホールを壊すような愚挙とタツローさんに言わせた、残響1.7秒、日本一の音響を誇った世界的なホール、フェスティバルホールが今はもう跡形もない。今まで在りし日の姿から解体工事の様子を大阪に帰る度に写真に撮り、このブログに残してきた。ここ数年追っかけてきた場所の特集記事、じっくり読ませてもらわないわけにはいかない。この特集記事は全国版だったのだろうか。9日は夕刊にも起工式が記事になっていたが、朝日新聞の社内的には創業の地、大阪の本社ビルに関わる重要事項だろうが、関西の人々以外の全国の読者にとってはほとんどスルーしてしまう記事では。先月のフェスティバルホール跡の写真。今はどんな風景になっているのだろう。それにしても、ついに起工式かぁ・・・という感じ。完成が当初の計画よりも早い2012年秋予定に前倒しされたのは、大阪の3000人規模のコンサート会場不在に少しでも早く対応するためだろうか。耐震、免震性に優れ、環境にも優しいエコビルで、それぞれの特徴を図や絵で詳しく説明されており、在りし日のフェスティバルホールを継承するような新ホール内の完成イメージ図が載っている。天井から音が降ると呼ばれた明瞭な響きは継承しつつ、と書かれているが、はたして以前の音響を再現する事が本当に可能なのであろうか。タツローさんがライブでのMCで、ホールは舞台で歌う芸人の血と汗と涙を吸って生きているんだから、建替えしたところで同じものが作れるはずがない、というような事を仰っていた。いまさら何を言っても、フェスはもう跡形も無い。日本が誇る建築設計事務所の日建設計の設計に、スーパーゼネコン竹中工務店の施工という、超一流の企業の皆様に全てを委ねて、誰にも文句を言わせないような高い完成度の新フェスティバルホールを作ってもらうしかない。あとはフェスティバルホールの神様が舞い降りてくることを願うのみだ。これからも大阪へ帰る毎に肥後橋へ立ち寄って、工事の進行状況を確認させてもらいに行こう。
2010年01月11日
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今日1月10日はドナルド・フェイゲンの誕生日。フェイゲン先生は今日62歳になられた。ジミー・ペイジと1日違いの誕生日。ジミー・ペイジの事を書いた次の日に、ドナルド・フェイゲンについて言及するブログも案外珍しいのではないだろうか(苦笑)。まったく、聴く音楽の節操のなさと言ったら・・・(笑)。昨年、ヨーロッパとアメリカのツアーのあと、日本に来てくれるのかなあと密かに期待をしていたが、全く来日するなんて兆候もな~んにも無い。とにかく大好きなスティーリー・ダン。来日する度に駆けつけさせてもらっていることは過去何度も日記に取り上げている通り。1994年の初来日は東京ベイNKホール、1996年が日本武道館、2000年に東京国際フォーラムホールAへ。そして2007年の来日はビルボードライブ東京のこけら落としで23000円も取っておきながらライブは1時間ちょっと。1曲当たり約2000円、これ以上ない高価なライブだった。不思議な事に来日する度に演奏するハコが小さくなっている。なんとかもう一度スティーリーダンのライブが観たい。ホールライブがいい。2時間以上たっぷり楽しめる形でなんとかもう一度来日して欲しいとずっと願っている。と思ったら去年のお誕生日の時も同じ事を書いていた(苦笑)。♪Bodhisattva I'm gonna self my house in town And I'll be there To shine of your Japan To sparkle of your China And I'll be there Bodhisattva「菩薩」の歌詞の「菩薩」の部分を「ドナルド・フェイゲン大菩薩」に替えて歌いながらフェイゲン先生の誕生日を祝おう。そして御光が照らす国、日本への再来を祈願しよう。♪I'll be there~、いつでも貴殿のもとへ駆けつけまっせ~!【送料無料】[初回限定盤 ] Steely Dan/Countdown To Ecstasy 【SHM-CD】
2010年01月10日
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今日1月9日でジミー・ペイジ御大は66歳になられる。四捨五入したら70歳のカウントダウンが始まっている。余談ながらいつも思うが、なんで年齢を四捨五入したり、「3人の年齢を足すとなんと150歳」とか言うのだろう。足して何の意味があるのか、さっぱりわからない(笑)。2008年の北京オリンピックの閉会式で次のロンドン五輪のPRに突然現れて、中国で「胸いっぱいの愛を」を演奏するという、離れ業を成し遂げたジミー・ペイジ御大。それ以来、御大の姿をそういえば見ていない。私のチェック不足でその後も活躍されているかもしれないが、その後、お元気なんだろうか。2007年のZEPの一夜限りの再結成時、プラントの喉の経年劣化の影響でキーが下がってしまい、全く違う「天国への階段」を聴いて落胆した事を思い出す。経年劣化のロバート・プラントもその後お元気なんだろうか。毎年1月9日は正月明けという事でドタバタしてて御大の誕生日に気づいたり忘れていたりと、ZEPファンとしては失格のオッサンだが、今年はバッチリ覚えていた。1月3日のジョン・ポール・ジョーンズの誕生日は今年もまた忘れてしまっていたが(苦笑)。【送料無料】Bungee Price CD20% OFF 音楽[初回限定盤 ] Led Zeppelin/ Song Remains The Same永遠の詩: 狂熱のライヴ-最強盤 【SHM-CD】♪きゃりふぉるにゃあ さんらい~ すいかるかられいん~ ほのる~るすた~ぶらい そんぐりめいん~ざせい~ん~今日は朝早くから出かけないといけないので、目覚めのアラームはこのアルバムの「永遠の詩」の着うたでガバッと布団から勢いよく起こしてもらう事にしよう。オリジナル盤とはだいぶヴァージョンが変わってしまった最強盤の「永遠の詩」だが、プラントのキーは70年代の声なので原曲のまま、安心して聴ける(笑)。そして今日1日、原曲のキーで演奏している(しつこい・笑)、ZEPのナンバーをiPodでシャッフルして、ジミー・ペイジ御大の66歳のお誕生日を祝うとしよう。御大、お誕生日おめでとうございます。どうかいつまでもお元気で。
2010年01月09日
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昨年末にフライングで届いた「Oh Johnny!」と同時に予約していたが、到着が遅れていたもう1枚、Alan O'dayの「Appetizers」がようやく手元に届いた。【送料無料】Alan O'day / Appetizers 【SHM-CD】タツローさんの英語詞で必ず名前が登場するAlan O'day、肝心のアランの楽曲を今まで一度も聴いた事がなかった。今回はジェフ・ポーカロが参加している2枚が世界初CD化という事で、2重3重の嬉しい再発になった。到着した1977年発表のアルバム「Appetizers」は全曲ジェフのドラムという最高に嬉しい1枚。77年というとTOTO結成の年、ジェフのドラミングの中でも20代前半の若かりし頃、非常に聴きたい時代の音でもある。1曲目の「Soldier Of Fortune」。「Soldier Of Fortune」と歌っているのが、「そうじゃ、ポーちゃん」に聞こえて仕方ない。ポーカロポーちゃんの素晴らしいドラミングに「そうじゃ!」とアランが喜んでいるのか、私の耳が壊れているのか(笑)。私の大好きなジェフのハネたグルーヴが堪能できる。こういう曲のジェフのハイハットのオープン、クローズは最高に私の琴線をブルンブルン揺るがす。そうじゃ、ポーちゃん、その調子!この曲のベースを弾いているのは仙人リー・スクラーでは?この頃は「仙人」ではないかもしれないが(笑)。ジェフのドラムに合わせて「仙人」らしきベースもポップに歌いまくっているようなベースラインで、この2人が組むリズム隊のポップさは素晴らしい。中間の展開部からドラムソロ的なオカズがあって、それから残り1分間のドラミングには狂喜乱舞。立ち上がって思わずガッツポーズをしてしまうレベルでジェフ・ポーカロ教の信者ならば、この躍動感に全信者が「そうじゃ、ポーちゃん!」とスタンディングオベイションで応える事、間違いなし。「Slot Machine」も同様にハネたリズムだが、こちらはクロっぽい重たいビートでファンキーなナンバー。ジェフがどっしりとボトムを支える中で、ベースとギターがユニゾンのリフで攻めこんでくる。全米ナンバーワンヒットだったらしい「Undercover Angel」。この曲を聴いて思い出したのがフィル・コリンズのソロの「Thunder And Lighting」。そっくりなテイストで、恐らくこの曲のニュアンスをパクったのではないか。「そうじゃ、ポーちゃん」に続いてこの曲では「Undercover Angel」がどうしても「あんた、カバ、ええんじゃあ」にしか聞こえない。後半からフェイドアウトまで「あんた、カバ」の応酬で、左耳側から「あんたカバ、あんたカバ、あんたカバ」と囁きまくられる。やっぱり私の耳は壊れている(爆)。先に入手した「Oh Johnny!」も「Appetizers」もまだじっくり聴き込んでいない段階だが、「Appetizers」はジェフが微笑みながら楽しそうにドラムを叩いている光景が目に浮かぶような好盤だった。ジェフ・ポーカロ参加作品でまだまだCD化されていないもの、廃盤になったままほったらかしのもの等が山のようにあるはず。1000枚以上のアルバムに参加したといわれるうちの、このアルバム2枚を加えるとまだ340枚しか聴けていない。ジェフ・ポーカロ教の信者としてまだまだ修行が足りない。今回の2枚の初CD化アルバムは修行の足りない私にとっては、ジェフの新譜を聴くようなもので本当に有難い事だ。年の初めにジェフからのお年玉のような「Appetizers」。ジェフのお陰でまた素晴らしいミュージシャンの素晴らしいアルバムと出会えた事に感謝したい。
2010年01月08日
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週刊プロ野球セ・パ誕生30年も今週が38号、さすがに38冊ともなると、我が家の本棚をどんどん占領してきている。今週発売されたのは2001年の特集。愛する近鉄バファローズ最後の優勝年だ。だが巻頭の「2001年激闘の記憶」ベスト5ではイチローの活躍、ヤクルトの日本一に次いでの3番目。私のような近鉄ファンには12年ぶりの近鉄の優勝が何を差し置いても当然ナンバーワンの出来事だったが、こうやってみると世間的にはやはりイチローの活躍はトップの出来事になるのは仕方ないか・・・。今でも脳裏に焼きついている様々な記憶。開幕戦での大逆転勝利に始まり、中村が言い続けた「何かが起きるんです」という言葉。2年連続最下位のチームの快進撃に夢を託した。9月の熾烈な首位争いの中、9月24日の西武戦、ローズが記念すべき55号ホームランを放ち、憎き松坂から中村が打ったサヨナラホームランの歓喜。そして9月26日、今となっては吸収されたチームとの対戦で北川が決めた代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームランに涙。すべてはもう9年も前の話になる。近鉄は現存しない。日本シリーズで古田にやられて日本一を逃し、日本一を経験することなく近鉄は球団の歴史に幕を下ろし、梨田さんは日本ハムの監督になっても未だ日本一になれない。そんな9年前の2001年、近鉄ばかりに私の目が向かってたが、この年の横浜の監督は森だった事に驚き、ミスターがついに讀賣の監督を退任し、ノムさんは阪神の監督を辞任せざるを得なくなり、中日監督を退任したばかりの星野仙一が阪神の監督に就任するという、様々な節目の1年であった。プロ野球を通じてその年、その時代の記憶を鮮明に思い出させてくれたこの分冊百科もあと12冊。少々寂しい気持ちだが、全50冊が揃うその日まで、来週からも火曜日の発売を楽しみにさせてもらおう。
2010年01月07日
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2年前に解体された横浜の歴史的建築物のストロングビル。解体前に日記に取り上げた事もあった。写真は2007年8月末に撮った1枚。先日そのストロングビル跡地の前を通ったらたまげた。取り壊されたはずのストロングビルが、ピカピカになって建っているではないか。しかも上に新しいビルがドッキングしている。新しいビルの低層部にストロングビルの外壁を復元して建てられている流行の方式。写真を見比べてみると、見事に往年の姿を踏襲していて驚かされた。前のカメラの方が綺麗に撮れてる(汗)。この新しいビルは13階建てで292室の客室数を有するホテル。12月10日にオープンしていた。昔コンビニが入っていた1階の同じ場所にまたコンビニが入っている。以前とは違う会社だが(笑)。取り壊される前に中に入った事がないので、内部の新旧比較はできないが、今度時間がある時に中へ入ってみよう。建物の前には丁寧に横浜市認定の歴史的建造物として建築ガイドの自立型のプレートまで据付けられており、レプリカと言ってはそれまでだが、ストロングビルのあったこの場所に対する敬意もきちんとフォローされている。壊さないでそのまま保存してもらうのが1番だが、昔その場所にあった歴史的建築物の名残や証を全く省みずに新しいビルを建てて風景を一変してしまっている場所が多い中、こうやって昔の記憶を思い出させてくれたのは横浜という土地の良心がこの形を取らせたのかもしれない。
2010年01月06日
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待望の大河ドラマ「龍馬伝」が始まった。第1回から福山雅治を登場させるべく、やや駆け足的な感は否めなかったが、今後に期待が膨らむ第1回放送だったと思う。「坂の上の雲」でもそうだったが、「天地人」までの大河ドラマの映像と違って、フィルムで撮ったような効果のあるプログレッシブ撮影で、映画を観ているようなスケール感のある映像が、従来のイメージとは違う新しい大河ドラマ、新しい龍馬像を描く意気込みを感じる。各配役も見事な人選で、今まで小説等で読んで感じていたイメージを体現してくれている。ただ、父の坂本八平がいつアタックチャンスを言い出すか、ひやひやしてしまったが(意味不明)。もう一人の主役ともいえる岩崎弥太郎役の香川照之、ついこの前まで坂の上の雲で正岡子規だったので頭の切り替えに相当苦労したが(笑)、見事に三菱財閥の創始者から地下浪人までを演じ切っているのは見事というしかない。ホントに凄い役者だと思う。そんな中、主役の坂本龍馬、福山雅治。こんな爽やかで清潔感溢れるスマートな龍馬を観た事無い。私が感じていたイメージと唯一正反対だったのが主役の龍馬だったかもしれない。NHK大河 龍馬伝 前編しかしながらドラマ本の大河ドラマストーリーで脚本の福田靖氏が語られているように、等身大の龍馬を描くために抜擢された福山雅治が、「竜馬がゆく」で作り上げられた龍馬像を覆し、どんな結末を迎えるのかが確かに興味をそそられる。なにはともあれ、敬愛する坂本龍馬が主人公の待望の大河ドラマがスタートした。全48回、岩崎弥太郎の視点から描くという新鮮な切り口の新たな坂本龍馬の物語を楽しませてもらおう。
2010年01月05日
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第86回箱根駅伝は復路でも堂々の快走を続けて、東洋大学が見事な連覇を果たした。新・山の神、柏原君が在籍するあと2年は東洋大学の天下が続くんだろうか。旗に書いてある読売の文字を見るだけでうっとおしいし、ナベツネや原の顔が浮かんでくるし、朝日だと言って読売と契約させる等、数え切れない程の強引な新聞勧誘の腹立たしい記憶が蘇ってくるので、去年初めて観に行った時は貰わなかった応援旗。新聞の勧誘と同様の強引な旗配りの応酬に、今年は仕方なく受け取ってしまった・・・。もう1枚、スポーツ報知の旗もあったが、なんとかそれは受け取らずに済んだ。「選手に触れないよう、歩道での応援をお願いします。」「街の美化のため、捨てずにお持ち帰りください。」と右下に注意書きが書かれている。てっきり紙製かと思っていた旗本体は布製で、プラスチックかと思った棒が紙の筒だった。東京箱根間の沿道で絶え間なく振られるこの旗。無料で配られているがどれぐらい費用がかかるのだろう。この旗の素材も86年の歴史の中で、景気や時代を反映して変わっているんだろうなあ。沿道に駆けつけている各大学の応援団。いずれの応援団も母校愛に満ち溢れており、同じ母校というだけで世代を超えた老若男女が一体となって応援している姿を見ると本当に羨ましい。我が母校は一昨年、昨年は学連選抜で一人だけ出場を果たし、2008年なんて43年ぶりの快挙と大騒ぎ。調べてみると86回のうち27回は出場していたという古豪。135年の歴史を数える学校なので駅伝に限らず体育会の各部の歴史は長く伝統があるようだが、全国レベルの表舞台で見かける事があんまり無い。今回の箱根駅伝の予選会でも東大に負けているし(苦笑)。私が生きている間に1回ぐらいは、ただの観戦ではなく応援団の一人として箱根路を駆け抜ける雄姿を見せてくれないかなあと切に願う。
2010年01月04日
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昨日、なにげなくテレビのチャンネルを回していたら、(こんな表現、死語か・笑)桂枝雀が「時うどん」をやっていた。NHKハイビジョン「落語家・桂枝雀の世界」。番組は最後の数十分だったのが悔しいが、久しぶりに見た枝雀さんの落語に引き込まれて、大爆笑してしまった。大阪にいた頃はテレビで「枝雀寄席」とかよく観ていたものだったが上京してからはさすがに関西ローカルの番組は観られず、そんな中、突然の訃報に驚かされた。オチもわかっている古典落語なのに、何でこんなに面白いのか。体全体を使って表現する枝雀さんの落語、表情や所作だけで笑わせられてしまい、何度見ても知らぬ間に引き込まれている自分に気付く。上方落語の開拓者だった枝雀さんが亡くなって10年、その不在が改めて残念でならない事を実感させられた「時うどん」でもあった。
2010年01月03日
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去年初めて見てすっかりやみつきになり、今年も早起きして箱根駅伝観戦に出かけてきた。第86回東京箱根間往復大学駅伝競走、母校が出場しているわけでもないし、ほんの十数分で全大学が通過してしまうが、選手の息遣いを間近に感じられるのがたまらない。中学時代、長距離選手だった魂が騒ぎ出す。選手が通過していく真っ最中にハプニングが。近隣で火事が発生したようで消防車がコース内へ。幸いにも選手と鉢合わせにはならず、観衆の間をすりぬけて迅速に火事現場へ向かっていった。私が見た時点では10位に甘んじていた東洋大学だが、5区で新山の神、柏原君が昨年を上回る快走を見せて今年も恐るべきごぼう抜きで見事2年連続で往路を制した。明日の復路が見逃せなくなった。
2010年01月02日
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皆様、明けましておめでとうございます!本年もよろしくお願い申し上げます。2009年の最後を締めくくる紅白歌合戦。前半は全く観ることができなかったが、9時ぐらいから最後までは観ることができた。アリスが登場してチンペイさんが声をかけて聴衆を立ち上がらせた。立ちあがって拍手を送る紅白のNHKホールの聴衆の映像、アイドル歌手以外でこんな事は紅白史上初ではないか。あとでチンペイさんは♪立たないで、もうそれで十分だ、とフォローしてたが(爆)。それよりも何も、今回の紅白最大のサプライズは矢沢永吉の登場。さあ、次は和田アキ子だ、と思っていたら、永ちゃんがNHKホールに入ってくる映像が。これだけでかっちょいい~。それからはずっと鳥肌が立ちまくりだった。イントロが流れ、これは「時間よ止まれ」だと確信。いきなり歌詞を間違える。2番も同じ所で間違えて、サビまで新しい歌詞を創作してしまった。さすがの永ちゃんでも紅白の舞台は勝手が違うのか?歌詞を間違えた?それがどうした、と言わんばかりの堂々たるパフォーマンス。立ちまくっている鳥肌が止まらないHa~Ha(笑)。続けて「コバルトの空」を演奏、ギターが山本恭司ではないか!圧倒的な存在感を見せつけて2曲を歌い切った永ちゃん。直前に出た嵐を完全に前座にして、おいしいところを全部持って行ったような感じだった。いつも思うが、なんてかっちょいい還暦オヤジなんだろうか。調べてみると、既に昨日の朝の段階で永ちゃんが出演する情報が漏れていたらしいが、そんな事を全く知らない私、本当に腰を抜かさんばかりに驚いてしまった。【送料無料】ROCK’N’ROLL / 矢沢永吉最後の最後で嬉しい驚きびっくりサプライズだった2009年。衆議院選挙で民主党が圧勝し、政権交代。スポーツではWBCで日本が連覇、東北楽天が2位躍進。芸能界は薬物汚染と大物の訃報が相次いだ。新型インフルエンザに怯え、景気はどん底状態が続く。あっという間に終わったが、なんとも激動の1年だった。♪時代は流れ行く 激しい川となり だけどもう後ろは振り向かない まだ 終わりじゃない昨年リリースされた山下達郎「ミューズ」。タツローさんには珍しいメッセージソングだった。2010年も激しい川の流れはまだまだ続くと思うが、この歌に勇気をもらいながら激流に立ち向かって、前だけを向いてしっかりと歩んでいきたいと思う。皆様、今年も適当な知識で適当な事を書き連ねていくだろうと思いますが、どうかお付合いの程、よろしくお頼み申します。山下達郎 / 僕らの夏の夢 / ミューズ 【CD Maxi】
2010年01月01日
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