育児とロックとプロレスと。

育児とロックとプロレスと。

動物三部作 猫編



 それは数年前の選挙の日、8時まで投票となった最初の選挙。 自分は7時に家を出て、歩いて投票所へ向かう。 辺りは薄暗い、歩いているうちに段々と日が落ちていく。 歩くが速いか、日の入りが早いかの競争のようだ。 車のライトは車幅灯を点けた車もいる。

 ある十字路に差し掛かったところ、進行方向左の道より右に抜ける赤い車1台。 信号の無い裏道の小さな十字路、赤い車は右の道に入ってすぐに停車。 キャキャキャッと子供のような声が聞こえる、運転席は確認できないが母親が子供を降ろしているのだろう。 向こう側のドアだろうから、子供が降りているのも確認できない。 それは数秒の出来事で動き出す赤い車、その時に確かに声を聞いた
なんだかニャア
走り去った赤い車の向こう側には子供の姿は無く、こちらに気付いていない猫1匹。

 この事実をして、猫は喋ると言い切るのは無謀だろうか? 私は信じる、猫は喋ると。 しかも猫は選挙当日に日本の政治を憂いて、日本人は何やっとるんだという意味を込めて「なんだかニャア」と洩らしたのではないか。 含蓄のある、深みのある一言ではないか。 もし自分に気付いていれば喋らなかっただろう、猫が喋る事を人間に知られたら大問題だ。

 これは事実で、本当にそう思っている自分に対する一般人の評価は
ウソ
疲れている
○イローゼ
勘違い
・・・と多種多様ではあるが、ポイントは一つに絞られている。 しかし私は言い続けるだろう「猫は喋る」と。


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