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武蔵野航海記
尾瀬 2
農作物や魚を作る時やその後の輸送・加工の段階で農薬や防腐剤などの化学物質が添加されていきます。
これがどの程度人体に影響を与えるのか分かっていないというのが最大の問題なのです。
こういう問題の素人である私がわからないのは当然ですが、専門家も分からないのが現状です。
こういう食物に化学物質が使われるようになったのは最近のことで情報の蓄積がない上に政府がデータを公開しないからです。
百年前にはこのような問題はありませんでした。
この問題が無視できなくなるまで大きくなったのは今次大戦後のことです。
冷蔵庫が普及し一般の人が食物を貯蔵して食べるようになったからです。
それまでは、食べ物は腐る前に直ぐ食べるというのが常識で、防腐剤を使って貯蔵するという発想がなかったからです。
また一般の人がいろいろ手の込んだものを食べるようになったのも戦争の影響です。
近代戦は総力戦で、国民の生活もすみずみまで統制して戦争に協力させました。
食料も配給制にしましたが、この配給というのは皆に同じだけばら撒くわけで欲しい人といらない人を区別しないのです。
タバコなども吸わない人にまで配給しました。
食料もそうで今まで食べたこともない食品が配給されたのです。
ベーコンは戦争前は一部のイギリス人しか食べていませんでしたが、配給制度で下層階級もその美味しさを初めて経験したのです。
輸送手段の向上、冷蔵庫の普及、一般人の所得の向上、世の中にはいろいろ美味しい物があるという情報の普及により、いろいろと手の込んだ食品が出回るようになりました。
当然政府も農薬や添加物の使用を規制していますが、そこに確たる基準があるわけではありません。
農薬や添加物が体に悪いことは分かっていますが、社会がそういうものを求めている以上全面的に禁止することは出来ません。
結局○○PPM以下にしなさいというように、使用量を制限して目に見える悪影響を排除するという方法しかとれないわけです。
いっぺんに多くの毒を食べたらいけないが、少しづつなら仕方がないというわけです。
要するに戦後の何十年かで少しずつ体内に化学物質が蓄積されてきたわけで、それが最近になって影響が表面に出てきたようなのです。
年配の人は成長期には添加物や農薬の入っていない食事をしていましたが、若者は生まれたときからこういうものを食べています。
年齢層の違い、個体差などがあって、従来はほとんど無かった症状が増えてきてもその原因を特定するのが難しいのです。
農薬や防腐剤など食品に含まれている化学薬品がどの程度人体に影響を与えているのかはっきり分かっていません。
その一方で、細菌などの生物に悪いものが人体にも悪いことは疑いもありません。
ですから、学級崩壊や犯罪、不妊、アレルギーなどとこの問題を結びつける議論が出てきますが、因果関係を証明できないので説得力がありません。
その一方で近年になって平均寿命が大幅に延びているし身長なども非常に高くなっていて、昔よりも今のほうが健康状態が良いという議論も可能です。
色々な条件が複雑に絡み合って全体が分からないのです。
ただはっきりしているのは、農薬や防腐剤を一度に大量に摂取すれば間違いなく人は死ぬわけで、我々は毎日少量づつ毒を食べているということです。
結局、我々が毎日毒を食べているという状況を少しでも改善するには、皆の意識を変えて少しづつ問題を解決していくしかないわけです。
こういうことを尾瀬沼のややこしいトイレに座りながら考えていました。
最初に思ったのは、東京電力や環境省がプラスチックなどのゴミと人糞を一緒に考えているということでした。
プラスチックやガラスなどのゴミは言ってしまえば大した問題ではありません。
地面に穴を掘って埋めるしかないわけで、それで問題はある程度解決します。
人目につくところに不法投棄するから問題になるだけです。
穴を掘って埋めればよいという解決策があるので、自治体なども行動を起こしています。
掘る穴を出来るだけ少なくしコストを抑えるために、埋めるべきゴミを分けるのです。
「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」「資源ゴミ」などと分けて回収しているわけで、これで問題が解決されます。
解決の目処がたった簡単な問題だから皆が騒ぎます。
NHKなどのマスコミでもゴミの問題はよく報道されます。
しかし排泄物と農薬・防腐剤など食品の安全に関する問題ははるかに影響が大きく、解決策が見つかっていないので、報道されていません。
東京電力や環境省は尾瀬沼からゴミや糞は持って帰れといっています。
ゴミ箱は一切ありませんから、ゴミは文字通り持って帰らなければなりません。
糞は実際には持って帰れませんから、代わりに持って帰ってやるから一回の糞ごとに200円払えというのです。
糞は乾燥して圧縮し外部にヘリコプターで運び出します。
この後はしかるべき場所で捨てると書いてありました。
やはり糞を邪魔者扱いしています。つまりプラスチックのゴミと同じ扱いです。
糞は農業の貴重な資源だったのですが、農業機械と農薬・化学肥料が糞を駆逐してから様々な問題が生じてきました。
糞を邪魔者扱いし、その後ひたすら農業の生産性を追及した結果、防腐剤などを使うようになり新たな問題が追加されました。
糞を邪魔者にしたのが現在の問題の発端だったのです。
糞をもう一度再利用して農薬を減らすのと、防腐剤など加工食品に化学物質を使うのを減らすのとどちらが簡単にできるかというと糞の再利用です。
また糞を農業に再利用するのは心理的な抵抗は大きいですが、理解しやすいです。
最近まで人間は糞を再利用して、自然と人間の平和な関係を維持してきたからです。
東京電力や環境省は以上に私が述べたような問題意識を持たず、一般人の感情そのままに事務処理をしているだけです。
東京電力に関してはやむをえないと思います。
一企業であり自社のイメージをアップして企業の利益を増やすのが仕事だからです。
それを無理やり一般人の神経を逆撫でして自らを苦境に追い込むことまで期待できません。
東京電力のホームページを見ると尾瀬のことを大々的に宣伝しています。
これによって原子力発電所問題などの風当たりを和らげることができれば良いわけです。
しかし環境省は東京電力とは立場が違います。
日本人の生活を守るのが仕事で、単に尾瀬の自然を守っていればすむというわけではありません。
必要なら農林省や厚生省と連携して日本人を守るのが仕事です。
ところが一般人の感情に迎合していて、敢えて問題提起をしようとするリーダーシップがありません。
環境省などは陰の薄い役所ですが、やはりこの程度のものかと感じました。
人糞や畜糞を見栄えの良い肥料にする技術はすでにあります。
体裁よく袋に入った肥料でも元は人糞ですから、化学肥料ほど強烈な効果のあるものではありません。
こうなると深く耕すとか農業のやりかたそのものも変わってきます。
ただこういうことを全国的にシステマチックに実施するには、投資と何よりも多くの人の賛同がいります。
こういうやり方が定着してくれば、防腐剤や着色料といった食品の加工段階での薬品使用に対する考え方も変わってきます。
尾瀬沼のトイレなど、こういう新しいやり方を宣伝する絶好のチャンスだと私は思いました。
圧縮した人糞をヘリコプターで外部に搬出するにしても、それを捨てるためではなく肥料工場の原料にするためだと説明すればよいのです。
それなのに、邪魔だから捨てるためにヘリコプターを使うというのでは、そこに何の発想の転換もありません。
従来の一般の発想を踏襲するだけなら、しないほうがましだと思います。
尾瀬沼は三方を山で囲まれ小川が尾瀬ヶ原に流れているだけですから、たとえ浄化槽で処理しても人糞が尾瀬ヶ原に流れ込みます。
多量の人糞は尾瀬ヶ原が自然に浄化する能力を超えていますから自然が破壊されます。
でもここで考えなければならないのは、尾瀬の生き物も糞をしているということです。
オコジョも私が目撃したイモリも川の岩魚も糞をしています。
これらの糞は自然の一部であり、邪魔者でもなんでもありません。
人糞だけが邪魔者扱いされているわけで、理屈で考えればおかしいわけです。
自然が処理できる量を超えた人糞が発生しそれで尾瀬の自然が破壊されるというのであれば、立ち入りを禁止すれば良いだけのことです。
尾瀬沼は尾瀬全体の面積の2割程度と狭く、特に見どころがあるというわけでもありません。
昨日までは尾瀬沼で考えたことを書きましたが、今日は蛇足で尾瀬全体の印象を書こうと思います。
全くの個人的な印象なのですが、尾瀬がそんなに良いところとは思いませんでした。
私は単に自然とか立派な建物があるとかいうだけでは感動しないという妙な性格をしています。
そこに人間が営々として営んできた行動の蓄積がないとだめなのです。
大和の飛鳥やイタリアのローマに行ったときは本当に感動しました。
巨大な歴史の渦巻きがそこにあるからです。
京都の貴船神社に行ったときは、和泉式部の歌を思い出しました。
武蔵野の雑木林を歩くとこれに対する日本人の思い入れを感じます。
去年の夏は軽井沢に避暑にいきましたが、ここは良かったです。
軽井沢に別荘を持ちたいという日本人の夢が伝わってくるからです。
ところが尾瀬にはそういったものが一切無く、言ってみればディズニーランドのようなものです。
尾瀬がかくも有名になったのは、昭和30年代初めのテレビが普及しだした時に、NHKが放映したからです。
これをきっかけにあのミズバショウの歌が大流行したのです。
今でも「尾瀬」と「ミズバショウ」が結びついていて、この花が咲く時期だけ尾瀬は大混雑します。
それ以前は尾瀬など誰もが無視していたのです。
日本は昔から豊葦原瑞穂の国で、いたるところに葦が茂る湿原がありました。
それを時代が進むにつれて水田にしていったのです。
琵琶湖のほとりの湿原は江戸時代に水田になりましたし、奈良県の真ん中の平野は1800年前の弥生時代は大湿原でした。ですからこの平野の真ん中には由緒ある神社はありません。
この大湿原の周辺を通っていた山之辺の道に沿ってあります。
尾瀬は標高が高く寒冷なので水田に向かず、ずっと無視されてきたのです。
それを昭和30年代に、東京電力が自社のイメージ向上の為に利用したというのが私の理解です。
無理やり人工的に作り上げたイメージなので、日本人の感情が籠っていないのです。
ずいぶんへそ曲がりなことを書いてしまったので、私が次回尾瀬に入ろうとしても尾瀬の神様に拒否されてしまうかもしれません。
自然は美しいですから、そういうものが好きな方には良いところだと思います。
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