「長い一日」



悲しみにくれる間もなく、しなければいけない事が山のようにあった。
夜が明けるのを待って、親戚や友人に連絡をとる。
パパが働いていた会社にも電話をする。
誰からも返って来る反応は同じ、私だってまだ信じられなかった。

みんな朝早くから、駆けつけてくれる。
当たり前やけど、初めての事ばかりで何からやればいいのかわからない。
とにかく葬儀屋さんに連絡する事に・・・。
(実際は警察の方から、とにかく葬儀屋さんを頼んでくれと言われてた)
私は半ば放心状態で何も手に付かなかったので
伯父がほとんどの手配をしてくれて助かった。

程なく公益社の方が来てくれる。
事務的にパンフレットを取り出して営業が始まる。
どんな祭壇にしますか?粗供養は?挨拶状は?お花は?
わからないし、考えたくもないけど話はどんどん進んで行く。
今考えてみると、私も話を聞いていた筈なのに全然覚えていない。
粗供養や挨拶状に到ってはどんなものを頼んだのか
年が明けてから(葬儀から3ヶ月位経って)初めて知った。

バタバタしてる間にも、警察から電話が入る。
事故死だったので、大学病院で司法解剖されるという事。
警察との連絡は義弟がほとんど取ってくれた。
一通り手配が終わったところで、義弟と大学病院に向かう。
パパを一人にしとく事はでけへんし、少しでも傍にいたかったから。

病院に着くと、受付で霊安室の隣の部屋で待つように言われた。
先に来ていた義父と一緒に部屋に向かう。
大学病院なので学生達が頻繁に出入りする。
何も知らない学生達のいかにも楽しげな笑い声が嫌だった。
明るい笑顔がまるで別世界のようにも感じられた。
今、この病院のどこかの部屋でパパが解剖されてるなんて
考えただけでもおぞましかった。

何時間待っただろうか?
警察の方が部屋に入って来た…手には死体検案書を持って。
少し説明らしき事を聞いてから、義弟は警察署の方に
行かなければならなくなったので義父と2人残される。
とにかく心細かった。
パパに早く会いたいと思う反面、正直顔を見るのが怖かった。

霊安室の方で人が出入りする気配を感じたと思ったら
公益社の方が用意してあった浴衣と下着を取りに来た。
出血がひどいので棺に入れて家に帰るしかないと言われる。
そのうちに義弟が警察署から戻って来た。
義父と義弟と私、3人で待つ。会話はほとんどなかった。

暫くして、霊安室の扉がゆっくりと開いた。
線香の匂いが立ちこめる部屋の左側には立派な祭壇が設けてあって
綺麗な花も飾ってある。白い壁に明るい照明。
その真ん中に棺が安置されていた。ゆっくりと近付く。
棺の中には白い布に包まれて、冷たくなったパパが寝ていた。
大きな事故の割に顔には傷がほとんどなく、
まるで眠っているように感じた・・・私の目から涙が溢れる。
顔に触れてみると氷のように冷たかった。
悲しくて哀しくて仕方がなかった。
静かな霊安室に私の声だけが響いていた。

自宅に着くと、既にパパは帰っていた。
帰りに義弟が事故現場を回ってくれたので、少し遅れたようだ。

「お帰りなさい。」

棺の中で寝ているパパにそっと話かける。
もう笑って返事もしてくれないけれど・・・。




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