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今更この年で誕生会をしてもと思うのだが私が12月生まれで友は1月生まれなのでここ何年も互いの生まれ月には誕生会の名目で夜、食事を一緒をする。今年は、彼女に盛り沢山のプレゼントをした。大したものではないけれど彼女に「素敵な女性」になって欲しいという私の長年の思いを込めてのプレゼントをした。「誕生日おめでとう!これからの一年が佳い年でありますように!」食事のあと、「映画 三丁目の夕日」を観た。時代は1964年東京オリンピックが舞台になっていた。あの頃の東京は今とは全く様子が違う。銀座には「みゆき族」が出没しておりタクシーの料金は100円だった。TVは白黒からカラーテレビに変わる頃だったが放送されている番組のほとんどはまだ白黒だった。懐かしい日本の姿がある。洗濯板、割烹着のお母さん、金の玉子ゴジラ、東京タワー、オート三輪車、ひょっこりひょうたん島、バカンスやエンジニアと言う新しいカタカナ用語、結婚適齢期、新幹線での新婚旅行などなど‥今よりもずっとずっと心暖まる事柄がそこかしこにちりばめられた作品であった。映画の後で珈琲を飲みながら映画の感想を話している時の友の顔は明るかった。駐車場に向かう。外気温は-5℃‥痛い程寒い。屋根付きの駐車場を選んで良かった。凍っていないから‥「おやすみ~またね!」と左右に車は分かれて国道を運転してゆくとどんどん気温が下がる。帰宅した時の外気温は-7℃‥寒い~やっぱり氷河期の入口付近にあるのだろうか?
2012.01.31
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物事には何でもある一定ラインがあり、それぞれにレベルの問題がある。この一定ラインやレベルは、個人的なことではない。先日、日本人はレベルは今現在、高いのか?低いのか?そう問われた。分野別ではなく全般にどうなのか?と問われれば、少なくとも戦後の高度成長期よりは資質自体のレベルは下がっていると感じる。映画「ALWAYS 3」が公開された。第一話からずっと見ている。週刊誌に掲載されている「三丁目の夕日」から、もう20年以上も見つつ良い話が多い作品である。この映画がウケるにはそれなりの理由がある。当時の日本は経済的には貧しかった。それでも生き生きとした人間味溢れる内容が描かれていることは間違いない。日本人の美徳を感じ、日本人の優しさも多々感じる。日本は裕福になり過ぎてっしまった。平和ボケもすっかり肌に馴染んでしまった。人と人との繋がりも希薄なってしまっている。そのせいか、未曾有の大震災も忘れがちになってきている。明日は我が身とか心底感じている人がだんだん少なくなってきているのが実情。原発の問題よりも消費税の方が大事と見える。以前にある人から「時代が変わったんだよ!」と言われた時、とても悲しい思いをした。全面否定された感があった。その情けない思いは今も私のどこかでくすぶっている。時代が変わったと認めざるを得ないのはここ十年くらいだと思う。そして、この十数年間に、日本人のレベルは全体的に低くなったと思う。日本語もろくに使いこなせない連中が横文字ばかりを使い、その本来の意味すら知ろうともしない昨今。政治も経済も文化的行為も低迷状態である。一つ、面白いことを発見した。ついこの間まで「再生可能」と言っていたお歴々が「持続可能」と言葉を変えた。やっとちょっと分ってきたのかしら?「レベルアップ」したのかしら?否、やはり分っていないと思うね。
2012.01.31
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現代詩をどう書くか‥現代詩にこれと言った定義はない。好きなように書けば良いのだがそれでは散文になってしまうと言う。詩には、本当のようで嘘のようで深い洞察力と発想と着眼点が必要である。昨日は「現代詩」についての研究会&勉強会。書ける時に書いておこう。何時書けなくなるかも知れないからである。天災は今夜にもやってくるかも知れない。そういった事も頭の中に準備をして詩を書いてみよう。評価など気にしなくとも良い。私も構想していることがある。それを思い切って書いてみよう。詩はあくまでフィクションであるのだから‥
2012.01.30
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脳の基本構造‥ 脳神経細胞(ニューロン) 心を生み出す基本的な物質の単位は、 脳神経細胞であり、かつその個々が活動状態に あることである。 その活動状態を細胞からの「出力」 あるいは、「応答」という観点でとらえると 一般的には、 「興奮」あるいは「発火」とよばれる現象に あたる。 又、「発火」しない状態を「抑制」状態という。 したがって、個々の細胞の活動状態は 「興奮」と「抑制」のいずれかの状態を とることになる。 この細胞に心が宿る。 心は脳神経細胞で出来ているので 複雑であることは間違いなく休む暇もない。
2012.01.28
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理由もなく嫌いというのではないがなんだかどうしても好きになれない流行言葉がある。それは「スイーツ」「女子会」「ランキング」この3つ。それから意味もなく使って欲しくない言葉は「しっかりと」そして意味も分らずに使って欲しくない言葉は「癒す」特に上記の3つの流行言葉には貪欲さが連想されてしまう。
2012.01.28
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これは、本当のこと。こんなに寒いのに、まだ雪だって残っているのに何故、私の車の中に蝉がいたのだろう?「冬の蝉」まるで歌のようである。不思議な現象だと思う。蝉は、成虫の形で越冬はしない。そんなことぐらい知っているが、いったいこの事実はどうしたものか?蝉は、か細い声で鳴き今朝、その命を私の手の中で全うした。あまりにキレイなのでこのまま大事に仕舞っておこうか?それとも土に帰した方が良いのか?迷うところである。
2012.01.27
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「基本に忠実に。」「簡単なことですよ。」「まぁその‥覚えちゃいましょう。」「質問が出来ませんか?」「分りましたか?」「どんどん技を盗んで下さい。」「耳聞こえてますか?」「日本語分りますか?」「自分の意見を言ってみなさい。」「大したことはしていませんよ。」「どうして分らないのか分りません。」「出来ないことはないと思いますよ。」「聞いていましたか?」「メモして下さいね。」「余計なことは考えないで。」「何度でも同じことを繰り返して教えています。」「王道は王道、邪道は邪道。」「慌てないで。」「失敗は誰にでもある。」「先ず、自分のことは自分で。」「ここは、どうしても外せない。」「苦手でも嫌いでもやるだけやってみましょう。」「ちゃんと覚えた人は予習も復習も必要ない。」「少しずつ良いですよ。」「恥ずかしがらないで下さい。」「心配しなくても大丈夫!期待していないから。」「最初から出来る人などおりません。」「1回で覚えられては先生が困ります。」「もう一度始めから。」「馬鹿みたいな質問を待っています。」「順序良く。」「一つ一つを丁寧に。」「余分な力は抜きましょう。」「素直に。」などなどのお言葉‥誰でも一つぐらいは過去に言われたことがあるだろう。耳の痛いお言葉であるが、確かに皆、その通りである。そして、ある時、某大学での試験の際に名誉教授曰く「試験の時は 教科書も参考書も辞書もノートなどの 持ち込みはOKです。 となりの人と話しても構いません。 私は、この教科で良い点数を皆さんにとって 欲しいと思っています。」これは、それだけ試験が難しいと言う事であり、人と同じような論述では通らないということでした。教授のおっしゃるように自分の教え子には良い点を取ってもらいたいと思うのは「親心」みたいなもので生徒の出来が悪いのは先生にも責任があるということかも知れない。優秀な先生は、一人一人をきちんと見ているのです。私も少しは気の効いた事が言えているのかしら?
2012.01.26
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雪が降って、そのまま寒い日が続いているので日陰の部分は、結局凍ってしまった。我が家の前の道もツルツルになっている箇所がありもう、ちょっと叩いたくらいでは氷は割れないし砕けない。庭の片隅には霜柱が融けないまま小さな柱でも踏ん張っている。知り合いのお宅を訪問すると茅葺き屋根からつららが下がっていた。古いお宅で、これだけ綺麗に茅をふいているのだから大したものだと毎回感心してしまう。「つらら」「氷柱、垂氷、銀竹」つららは、水の滴りが氷点下の空気に触れて次々と凍り、棒状に垂れ下がったものを言う。今回の寒波はまるで氷河期でも思わせる様にとことん寒い。日本海側の雪はどんどん積み重なってその高さはもの凄い。つららもきっと長く成長し軒先から延びたものが地面に達しているだろう。まだ、1月だと言うのに、寒さが増すのはこれからが本番。太平洋側も晴天の割には風が寒くて強くて融けない雪になってしまったようである。
2012.01.26
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社交ダンスを始めてからもう12~3年になります。久々にハマった趣味の一つです。どんな趣味でも10年くらい習い続ければ少しはマシになり、そして、コツも分って来るのでだんだん上手くなるのは当然のことです。と、思って始めましたが、ところがどうでしょう?社交ダンスは難しい。基本は、滅茶苦茶超簡単ですがこの基本が出来た人はプロになってしまうと言っても過言でないと思います。社交ダンスの最重要基本は3つ。一人でちゃんと立つ。一人で普通に歩く。呼吸する。この3つ。これ、出来そうで出来ません。これが分っている人はもうかなりダンスが上手ということになります。物事を覚えるために必要なことは凡そ、3つの法則ぐらいで成り立っています。どんな事でも(勿論、学校の勉強もです)先ずは、暗記(模倣)理論経験この3つで、他にはないように思います。意味など分らなくてもよいからまず、暗記や真似ることで理論はそのあとで充分間に合うし、それから、一つずつ実践してゆけばその内容がよ~く分ってきます。先ほどのダンスの基本は上記以前の問題でそれが出来てから3つの法則に移行することが望ましいです。そして、練習ですが、よくスポーツ選手が「練習は自分を裏切らない」などと言いますがこれは、練習法が正しいからなのです。ただやみくもに練習してもその方法が間違っているといつまで経っても上手くなりませんし覚えることもありません。そして、大事なことがあります。何かを習うとき、それを好きになる事で好きでないと長続きしません。人は嫌いなことを上手にするためには努力を必要とします。しかし、好きなことを上手にするためには努力ということはしないものです。好きだからいくらでも練習するし好きだから何度やっても飽きがきません。それは、努力とは言わないのです。さて、身体の具合も回復したことだしそろそろ練習を再開しよう!発表会まで一ヶ月半しかない。あと何回練習出来るかしらん?一人では練習出来ないのが少々残念ですが‥
2012.01.24
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夕べの雪は予報通り積もった。今朝の日射しは暖かい。お天気快晴、目が痛く成る程に澄み切った空である。さて、雪には、いろんな名前がある。以前にもBlogの記事にもしたが日本語は美しい。雪国は、冬は雪との格闘になるが太平洋側や比較的温暖な地域の雪景色は新鮮に映るものである。そのせいか、古くから雪を花に例えて六花、雪華、雪花などと呼ぶ。雪の結晶が六方対称をしていたことはどうやら古くから知られていたようである。日が高く昇って来ると垂り雪の音がする。木の枝や外灯等に積もった冠雪が落ちてくる。庭の小さな樹木には雪紐が垂れ下がっている。道路には、まだ雪がたくさん残っている。日中に溶けてしまえば、凍結の心配はないがまだまだ寒い日が続くようなので日の当たらない場所の雪は、暫くの間残るだろう。滑らないように転ばないように注意をしないと明るい日射しの中でも雪の悪さは潜んでいる。ご用心!ご用心!お時間のある方には下記の記事も是非読んで頂きたい。「雪の朝」にはたくさんの雪の呼称が明記してあります。過去記事「雪の朝(あした)」 「雪女」にほんブログ村
2012.01.24
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今夜は雪になりそうです。寒くて雨模様で、そして気温が下がれば雪になる。当たり前のことだけれど今年の冬将軍様は力も強く規模も大きい。日本列島の日本海側は、雪のマークがずらっと並んだ天気予報。範囲が広~い自然の力は驚異である。どんどん雪が積もり、災害になっても全然お構いなしの冬将軍。明日の日中は、太平洋側は晴れマーク。洗濯日和とは云え、気温は最高でも5度止まりだそうだ。しかし、寒い~少しだけでも規模を縮小しては頂けないのだろうか無理な相談でしたね勝手を申し上げ相済みませぬ
2012.01.23
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ままならぬ人生行路の中を私たちはまるで薄氷を踏む思いで、一喜一憂しながら不安を抱えながら恐る恐る一歩を踏み出す。救急車で搬送され、緊急処置を施され熱に浮かされ狭いベッドで震えていると「生死」のことを真剣に考える。2~3日経って症状が落ち着いてくると私は、いつもこう思うのだ。「あ~まだ生きている。 親を残しては死ねないな‥」と‥元気になっても決して忘れない事である。何としてでも順番は守らなくてはいけない。この生死の順番を違えると「不幸」になると思っている。雨が上がり外に出てみると真っ赤な南天の葉と竜のひげの青がこの寒空に不思議なくらいに美しかった。特に寒さ対策している訳でもない広い駐車場に鮮やかに自分を持って生きている植物の健気な姿に胸が熱くなった。桜の古木と竜のひげ
2012.01.22
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今日は二十四節気の24番目の「大寒」その名に相応しく今日は朝から冷たい霙まじりのお天気で寒い。寒い。私の風邪は、予測通りに快方に向かっている。お天気が崩れて、雨模様になると不思議と風邪はよくなるもの。湿り気が多い分だけ、喉にも優しい。さて、また本日は『初大師』の日。毎月21日は真言宗の開祖である弘法大師空海の入寂日。1月21日は、その年最初の弘法大師のご縁日『初大師』である。お大師さんで関東エリアで、特に有名なのは神奈川県の「川崎大師」だと思うが、各地の寺院でも法要や縁日が催され、同じく大師であられる「達磨大師」にちなんでダルマ市も開催される。さぁ、あと2週間で「立春」を迎えることになる訳であるが、そろそろ今年の恵方(あきのかた)の方位も確認しておくのも良い。2012年(平成24年)の恵方 おおよそ北北西(北微西)正確には 壬である。春の話は話だけでも気分が良くなるが実際には寒い。寒い。やはり「大寒」である。
2012.01.21
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ショーペンハウアー曰く「年を取り、人生の終わりが見える様になった時に初めて 人生が分ってくるのは、悲しく残念なことである。」「もっとはやくから、人生への智慧が 与えられていたならば多くの人間は もっと幸福な人生を送ることができたかも知れない。」「人生は不条理である。」◇諦念と悲愁のなかで、人生の真実が見つめられ 洞察される時期をも意味する「老境」である。にほんブログ村
2012.01.20
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看病したことは何度もある。病院で付き添いをしていたことも何度もあるのに‥悲しいかな、私自身はそんな風に看病されたことは記憶にない。私だって誰かにいっぱい心配されて甲斐甲斐しく面倒を見てもらいつつ優しく傍で見守られて病人になっていたい。今日は、朝から具合が悪く臥せっている。「どう?苦しくない? 痛くない? 何か消化の良いものを作るね。」とか言ってもらいたいなぁ~そして、作ってもらいたいなぁ~きっと、これから先も私にはこんな優しい言葉や看病してくれる人は現れないのかも知れないなぁ~あ~夕方、少し熱が出て来たみたい。
2012.01.18
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ご自分の都合上、お誘い下さっても‥以前の諸々もございましてそう簡単にお引き受けは致しかねますわ。そちら様ばかりに都合がよろしくてこちらには何のメリットもなく白い目で見られることはあっても有り難いなどとお礼を言われたこともない。その時限りであとは、全く知らんぷり‥もしかしたら、忘れっぽい性格なのかしら?そういう方、意外に多いですね。地震で被害に遭ったことももうすっかりお忘れのようで‥ビックリしましたよ。忘れっぽいのではなく冷たいのですね‥些か、ムカつく思いです。
2012.01.17
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13年ぶりになりますか‥携帯電話に表記された名前「あっ繋がっている!」「まぁ~お懐かしい~ お元気でしたか?」「もう電話は繋がらないと思いました。」「お互いに昔のままの電話番号で‥」「連絡も入れずに済みませんでした。」「お具合はその後如何なんですか?」「お陰さまで入退院の繰り返しでしたが なんとか生きています。」懐かしい話題を話して下さって私のことを忘れないで連絡を下さって有り難うございます。お互いに電話番号を変えないのも住まいがそのままなのもなんだかイイですね~春になったらお目に掛かりましょうね。今日は、とても嬉しかったあっ、電車の音が携帯の向こうから聞こえる。お元気になられたようで本当に良うございました
2012.01.16
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家電量販店に出かけるとマッサージ機のキャンペーンをしていた。その横にウオーキングマシーンの販促もしていた。マイナスイオン効果とか大自然のようだとか血行促進だとか「健康ブーム」ね~そして、忘れてならない省エネでもね適度な身体のバランスをとれる運動をしていればマッサージ機ってあんまり使用しなくても大丈夫ウオーキングマシーンも毎日、ちゃんと歩いていれば必要ない。マイナスイオン効果は滝に行けば100%森を歩けば身体の全ての数値が良くなる。まぁ、家に滝は無いし森も湖も無いし、遠くに出掛けてゆくには時間もお金も無い。あらら、サプリメントドリンクまで試供品で頂けるそんなものを飲んだところですぐに効果が現れる訳でもあるまいあ~そうか‥薬膳料理は作れないし‥よ~く考えるとみんな、お手軽にお気軽を選ぶんだ~「健康を保つ3つの基本」食事睡眠運動 これは真面目な基本中の基本付け加えて快眠、快食、快便適度な運動、毎日30品目バランス良く楽しく美味しく食べること。くよくよせず、明日に希望を持って淡々とコツコツと暮らしてゆけば死ぬまで長生き出来ると云われている。言うのは簡単だけど実行はなかなかに難しい。強いて簡単なモノをこの中から上げるとしたら「一日に30品目バランス良く摂る」ぐらいかも知れない因に我が家にも立派なマッサージ機がある。高齢の母がたまに使うくらいで私はほとんど使用したことがない。思えば、あの時は随分と高価な買い物をしたもんだで、本日のお買い物はDVD-Rでした
2012.01.16
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一月十五日は、小正月。元日の大正月に対して云うもので、女正月、十五日正月などとも呼ばれている。「女正月」とは、正月中、女性はなんだかんだと忙しく、ようやくほっと一息ついて、年始回りを始めたり出来る様になるのが、十五日の頃だと云われており、古来民間では、小正月が本来の年越しで、各地郷土色豊かな行事やしきたりが、一年の中でもっとも多い日になっている。(そう云えば、以前は今日が成人の日でしたね!)現在でも行事として一般によく行なわれているのが、小豆粥を炊くことである。この小豆が自分の椀の中に沢山、入ったか否かで今年の米の出来を占ったと云う。まさに「稲作民族」ならではの占い方である。豊年を予祝する行事が非常に多いのが小正月の特徴であり、餅花、繭玉と云って、柳や水木の枝に餅を花の様に付けたものを、米や繭の豊作を祈り、座敷や門前や家の出入り口に吊るして飾ったりする。紅白の小さな餅はまるで、桃の花のようでとても愛らしいのである。そしてもう一つ忘れてならない「火」を焚く行事がある。これは、宮中の儀式の一つ「左義長」が民間に広まったもので「どんど焼き」「さいと焼き」などと云い、松の内が過ぎて不要になった門松や注連縄飾りを氏神様でお焚き上げして頂くのが一般的である。「どんど」は、火がどんどん燃える様子を表わしたものか、あるいは「とんと」で「尊い」が変化したものと云われている。また、「さいと」は「歳徳神」や「道祖神」を祀ってある場所を表わし、これが、道祖神信仰と相俟って結びついた地域が多いことを物語っている。どんど焼きは、雪深い地域で行なわれると、なんとも云えない気持になる。春の訪れを早くと待つ人々の想いに、真っ赤に燃える紅蓮の炎が、その厳しい寒さと対抗するかのように、空へと舞い上がりながら燃え盛るのである。東日本被災地各地で「どんと焼き」が催されている。今年の炎には特別な思いを込められ新しい未来を炎に託して天へと昇って欲しいと願う。◇どんど焼き
2012.01.15
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お出掛けしませんか?懐かしい小径なんですのよ。きっと昔と変わっていませんわ‥着物のたもとからのぞく細い腕。歩く時に着物の裾が摺り合う音。階段を昇ると、見え隠れする足もとの風の揺れ。ぼっとかすんだ白いうなじに掛かる後れ毛。着物は身体のほとんどを包みかくすが故に、こぼれ出る肌の密やかな表情‥「着物が好き!」そう言ってくれた人。私は、ただ当たり前に着ているだけなのに、着物がお好きなんですね。それは佳うございました。そろそろ小正月でのんびりしてその内に、大寒が過ぎれば次にやって来るのは「立春」‥春ですね。少し寒いけれど、想い出の場所にまいりませんか?「探梅」もよろしいでしょう?ほら!紅梅‥蕾が大きく膨らんで春は近い‥なんだかそれだけで心が弾むように嬉しく感じます。日脚が長くなりましたねぇ~もう4時半を過ぎましたのに‥少し冷えて来ましたね。そろそろ戻りましょうか?でも、もう少しだけ、ゆるりとご一緒に歩きませんか?
2012.01.14
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わぁ~真っ白電車がホームに入って来たなんだか幻想的な風景になっている。しかし、寒い帽子、マフラー、マスク、手袋、レッグウォーマー、ブーツ‥身につけるものがたくさんあると動きも悪く姿勢も悪くなる。寒いのは、どうしても駄目だわぁ~西高東低の冬型の気圧配置。カラカラに乾いた太平洋側。雨が降らねば、風邪を引く人が多い。雨が降らねば、喉と鼻の具合は快方に向かわない。身体もお天気任せ。一雨でも一雪でも湿気が欲しい。かと言って霜が降りて凍結するのも耐え難い。寒い電車のライトが淋しくもないのに侘しく感じる朝の駅。
2012.01.13
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ご近所のオバアちゃまが思い出した様におっしゃった。「あなたにコレを渡そうと秋から 思っていたのに、お正月も過ぎて今頃になっちゃったわ。 でも、小さな花がいっぱい咲いて 可愛いでしょう。 持って行って、その辺に置いといてね。」渡された小さな植木鉢はピンクの小花が愛らしく咲いていた。その名は「金の成る木」こんなに寒いのにこんなに綺麗に咲いて健気な花だことオバアちゃまの優しさがぬくもりになって咲いているようである窓越しの陽光が花を一段と可愛らしく見せている「金の成る木」ってネーミングも面白い今年は、少しは上昇気流に乗れるのだろうかそうなら好いけれど‥寒いけれど頑張って咲いてね植物には俄然応援しちゃいます「金の成る木」
2012.01.12
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午後2:46 黙祷。鎮魂と希望への明日に心を込めて写経を書く。海は凍るように冷たく寒いけれど夜になると松明が焚かれ船に祈りにも似たイルミネーションが輝く。涙して合掌‥春が待ち遠しいです。
2012.01.11
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たまには、ルートを変えてドライブするのも楽しい。毎回、通る道の方が何かと都合が良い場合が多いのは知っているが、そんなに走行距離に変わりがないならちょっとルートを変更してドライブする。ある目的地まで行くのにそこへ入る道筋が真反対から違うとこうも景色が違うものなのか?と思いながら運転をする。東名高速から見る富士山と中央高速から見る富士山はその化粧の様子や裾の引き方が異なりなんだか、妙に心が弾んで来た。目的地に着いてこれと言って何をする訳でもなく霊峰富士を眺めながらブラブラと散策する。山中湖に映る富士、北からやってきたオオハクチョウの群れ。白鳥が湖から岸に上がって来た。白鳥は泳いでいる時と比べるとかなり大きな水鳥である。コートの袖を何度もつつかれ、ちょっとワクワクドキドキキレイな真っ白な羽。完全防水加工の羽は水滴がほんの少ししか付いていないが、それもブルッと羽を動かせば一滴の水も羽には残らない。オオハクチョウと戯れながら夕陽は富士の御山の向こうに沈んでゆく。来月の初旬あたりは、この付近からダイヤモンド富士が見えるのだろう。さぁ、あったかいお風呂に入って冷えきった身体を伸ばそう佳き休日に一献
2012.01.11
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成人式は儀式です。「その人物を地域社会が一個の成人として認める通過儀礼」18歳で普通自動車の運転免許の取得が可能になり、20歳で選挙権、25歳で被選挙権の行使が可能になるなど、法律により一定年齢に達することで自動的に権利が与えられるものはある。しかし、儀式としては成人式以外に通過儀礼と呼べるものは我が国には今は無い。いわゆる「通過儀礼」は、どこの国においても「大人の仲間入り」の習慣や慣習が残されている。「大人に成る」のは大変な事である。「一人前」になっても成らなくてもこの儀式を行うと世間が社会がその人物を大人として扱う。大人は社会の成員で責任ある立場になるのだ。今年成人式を迎える人口は?総務省がまとめた2012年1月1日現在の人口推計によると、同年のえとである辰(たつ) 年生まれの人口は1022万人となった。総人口に占める割合は8.0%で十二支の中では 3番目に少ない。一方、1991年生まれの新成人は122万人と5年連続で過去最少を更新。最も多かった70年(49年生まれ)の半数を下回った。
2012.01.09
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出来るだけのことはしたいけれどあれもこれも同日にこなすことは身体は一つ時間は24時間いくらなんでも段取りがつかないそれで、嫌気な顔をされても‥どうしてもと頼み込まれても‥出来る限りのことはしたつもりでもご期待に添えなかったのなら申し訳なく存じます「心のゆとり」とUPするや否やの余裕の無い私でした(反省)
2012.01.08
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「ゆとり」辞書を引くと「物事に余裕があること」とある。余裕がある‥これは、物事全般における。時間、金銭、思考など諸々である。ネットを見ているとみんな、余裕もゆとりも無いように感じられる。気持ちに余裕が出来るまでには数多くの段階を経て経験を重ね、経済状態も安定し万端整え準備OKの状態で、而も毎日をゆるりと生活をし、足るを知り目に見えた贅沢をするのではなく淡々と粛々と自分の流れを見失わないように生きること。それは、たぶん「日本人の美徳」にも繋がるのだろう。生活に追われて、仕事優先、子育て優先、バタバタして自分を見失うほどに忙しくして過ごす人が多いのだろう。だから、ゆとりのある人は無理を聞く立場になってしまうこともある。今日は、ゆっくりとする予定だったのにそうもいかなくなった私である。なんとか出来る。なんとか成る。と言う事はその分、ゆとりがあることだとよ~く分った戊辰友引の初薬師‥日曜日の午後である。
2012.01.08
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今の時代、「炭」を使うと云えば夏のバーベキューか、鰻屋さんか焼き鳥屋さんぐらいかも知れない。茶道の世界でも今はなかなか炭は使えない。先ず、消防法に引っ掛かってしまうし、火気厳禁のところが多いので茶席のほとんどが電熱式でお湯を涌かしている。さて、今年も我家は広間を茶席風に設えてある。(お煎茶だったりお抹茶だったり‥)炉や涼炉には炭を使うが、今日はお客人のために手炙りを用意した。本日は「七草」お天気は良くても吹く風はとても冷たい。小寒を過ぎたばかりで冬本番はこれからと言うのに‥昨年よりも寒い‥お茶以外で炭を熾すことは珍しく火鉢に炭が「カッカと」赤くなっている様は美しい。さぁ、どうぞ手をかざして下さいな。鉄瓶の湯気も音も温かさが増してくる。網を乗せればじっくりと時間が掛かりますがお餅も焼けますよ。清少納言の、枕草子の冒頭の章段に四季の美が描かれているのは周知のことであるが、冬の下りもその通りであると私も同感である。『冬は、つとめて。 雪の降りたるは言ふべきもあらず。 霜のいと白きも、また さらでもいと寒きに 火など急ぎおこして、炭もて。渡るもいと つきづきし。…‥」意味はそんなに難しくはないが、その情景描写がなんとなく佳い感じがする。真っ赤に燃えている炭を火鉢に急ぎ移し、皆がその火鉢に手をかざし、周囲の人々の心までもが暖かくなるのは、思いやりの心であろう。また、「碧巌録」にはこんな禅語がある。「紅炉一点雪 こうろ いってんのゆき」私はこの言葉が好きである。真っ赤に燃えさかった暖炉の上に一片の真っ白な雪が舞い落ちる。すると雪は一瞬のうちに解けて消えてしまう。実に儚いものである。私たちの命もこの雪のようなものではないだろうか?永い宇宙の時間から見たら人間の一生など一瞬のこと。されど、この一瞬の存在が、実は何物にもかえ難い、尊い存在なのであり、瞬時に消え去る卑小な自己ではあっても、この自己なくしては、宇宙も地球も自分の中に存在する意味がない。この禅語の主眼は紅炉ではなく、一点雪にあるのだと私は思う。
2012.01.07
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一口に『茶道』と言っても「抹茶」もあれば「煎茶」もある。どちらも最初からお茶を点てるところはあまり見たことが無い人が多いと最近思う。抹茶の茶道は、TVやネット、ドラマや映画の中でも見ることがあるかも知れないが「煎茶」は、なかなかメジャーでないのが実情。そこで、お仕事で我が家を訪問した方々に「お煎茶席」を簡略化したものを体験して頂いた。「お煎茶の入れ方?」「茶道とは違うんですか?」「お煎茶?抹茶じゃないのですか?」「わぁ~小さい道具なんですね~」「床の間を見てもイイですか?」「お茶を入れるところを近くで見てもイイですか?」「小さいお茶碗なんですね。」「あの~お茶は一杯しか飲めないのですか?」「普通の煎茶とどこが違うんですか?」「お菓子美味しいです~」質問が飛び交う。お茶をお稽古している方とは全く異なる質問に私はかなり嬉しさを感じた。どんなことでもちゃんと習おうと思ったらなかなかに難しいけれどいきなり体験は、興味津々になるものもある。茶道は広範囲の芸術の集合体。深いのではなく広いのである。気に入ったらのなら遠慮なくたま~に体験してみるのが好い。お気軽にどうぞお越し下さいな。
2012.01.06
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元日に鹿島神宮に詣でた。鹿島神宮の大きな杉並木を歩いて坂道を下へ下へと歩いてゆくと「御手洗池」がある。昔、昔からある小さな池である。湧き水は、今も枯れずに寒い中でも手を入れても冷たくない。池には当然ながら鯉が泳いでいる。ずいぶん、昔に「人面魚」というのが流行ったことがあったがこの神の池にもそんな感じの鯉がいたように記憶している。それから、これはきっとあまり知られていない事だと思うがこの池の御水は、虫さされの痒みや腫れ痛みを取り除いてくれる霊験あらたかなる御香水でもある。そして、神様に捧げる「献上酒 神の池」も大変に美味しい。新しい飛竜の年、龍神様の雫を一滴頂きたい小寒を明日に控えた一月五日の夜である。
2012.01.05
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ん?ん?あら?年賀状って毎日届くのだったかしら?ん?以前は元旦に届いてそれから二日ぐらいは配達はお休みだったような~?元旦に届いた賀状が意外に少なくちょっと寂しかったけれどパラパラと1月2日から十数枚ずつ毎日、届けられるのでホッと一安心とても有り難いことですが、やはり、「ん」と思ってしまう。年賀はがきには消印がないので何時お出しになったものやら分からないのよね~たくさんの年賀状をありがとうございます。配達の方、ご苦労様です「嬉しい』明日は何枚届くのかしら
2012.01.05
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心の奥底から湧き上がって来る自己の内面的要求。それに耳を傾け、それを聴き従うことによって自分の人生の道を本気で進み歩んでゆかねばならぬ。自分の心のなかの深いところから湧き上がる必然的なる促しに突き動かされて深い内面的な要求を充足させようとしないかぎりは、自分の本当の生き甲斐など決して見つからず成就もしない。断じて、自己自身を欺いてはならない。誠実に、真剣に、自分を見つめ、真に自分が何を欲しようとしているのか自分には何が出来るのか、自分に許された最も大切なる可能性とはいったい何であるのか、それらに真摯に問いつつ、省みて自分自身の進むべき道を直視し、深く静かに熟考しなければならない。これは、目の前の表面的なことではない。自己の深い内面的要求は、自分らしい意欲と情動のうちで立ち現れてくるとも言える。人生は短いようで長い。ゆっくりと自分と向き合い何が大切なのか何が自分らしさなのか一人一人考えよう。
2012.01.04
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新しい年を迎えると、「私抜きの世界理解の時間」をいつも改めて考える。私がこの世に生まれてくるずっと前から日本も世界も存在し、地球は46億年も前から此処に在る。宇宙も地球世界も、人々の有史もずっと昔から有り、私が死んでからのちも在り続けるであろうと‥私の存在しない自然や歴史の大きな実在の方が誰にとっても等しく当たり前であり、小さな私などの生存は果てしない海の中の砂の一粒にも足りないくらいの意味しか持たない。自然博物館などに出掛けると、地球の歴史46億年を「一年365日」に例えているところがある。35億年前に生命が誕生し、それから永い長い時間をかけて数百万年前にヒトが現れ、約10万年前に現生人類の祖先が誕生している。「億」に対して「万」の単位であり、ほんの少し前のことにしか過ぎない。博物館だとヒトが現れるのは大抵最後の最後で、それはカレンダーで云えば12月31日の夜である。と云う事は、人はまだこの地球上に生まれて一日24時間も生きていないのであり、あと何分か?何時間?で「翌年」になってしまうのである。本当にに僅かな歴史しか持たない人類である。その中の私の生きて来た時間など如何程の時間でもない。大事なのは、こうした公共的な時間意識とそれに即した自然と歴史の様々な出来事の連鎖の位置づけは、世界の共同主観的な心の中で構成され、造り出されたものであり、あくまでも記述的な世界像に関係している。私たちはそれを活かし、自己自身の生誕から死に至るまでの固有の時間と歴史(経験)を生きつつ、みずからの人生を歩んでいるのである。「過去のものの現在が、記憶であり、現在のものの現在が、直感であり、将来のものの現在が、期待である」とアウグティヌスは言った。いわば「心」と云う大きな現在の中に、過去の追憶と現在の印象と将来の予期とが、全て詰っているのである。絶えず、一人一人の心に現存し続けるその大きな心が、わが身を振り返って追憶に浸る時に、過去が浮かび上がり、今自分の周りを見回すときに、現在が印象強く迫ってき、己の行く末を慮って期待や予感に心を震わせるときに将来がそれぞれに思い描かれるのである。時間とは、記憶や追憶、知覚や直感期待や予感といった「心の作用」に由来するのである。簡単に言ってしまえば、自己の時間的生存の中での日々の精進と努力が世界全体に繋がることになる。新しい辰年がやってきてふと感じた。「時間」も「哲学的」に皆が考える時代になったように思う。生きていることは、「不思議な世界」に存在することである。私が真に願い祈ることはそうした人類の小さな命が明日を笑って迎えられることである。◇茨城県立自然博物館◇群馬県立自然博物館
2012.01.03
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昨年、訳ありでどうしても「写経」を100枚しなくてはと心に決めた。「100枚」と簡単に言うけれど3月から100枚は、かなり大変な作業だったが無事、大晦日には完成!で、年が明け、今日は「書き初め」一月二日。「般若心経」一枚書き初めました。また、今年も毎週一枚ずつ書いてゆく。「字」や「書」は書いている人の気持ちが素直に紙に現れてしまう。嘘などつけない。毎週写経をしようと決めたのは平成九年七月から‥今夏には丸十五年になる。いわゆる「書き初め」をしようか思うほどに「字」も以前よりはしっかりとしてきたものだと我ながら感心してしまう時もある。始めた頃の弱々しい書体は、その時の己の心の状態をよく表している。さぁ、本年は「辰年」そこで、「一字書き初め」は「龍」とした。如何でしょうや?
2012.01.02
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「歳神様」「お正月様」をお迎えしてどうにか新しい年明けの本日。本年は平成24年昭和87年大正101年明治145年皇紀2672年西暦2012年壬辰 六白金星元日ですので初詣もちゃんと済ませました。今年は「鹿島神宮」へGO!「鹿島神宮」は昨年の「塚原卜伝」でも少し有名になったようで沢山の人で賑わっておりました。お正月の「床飾り」は「夫婦松」と「南天」を心を込めて飾りました。どうか佳き年になりますように重ねて、Blogをご覧頂いている皆様に「幸」が降り積もる雪のように多からんことを心よりお祈り申し上げます。元日の鹿島神宮
2012.01.01
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