2丁目の三毛猫  3丁目に引っ越し~

2丁目の三毛猫 3丁目に引っ越し~

その1



2001年8月14日  舅に「K寺では女しか産まれなかったから跡取る人がいない、お前たちも女しか産まれなかったらどうなるか覚えておけ」っと言われる。2004年8月15日にそのことについて舅は「言っていない」「あんたに言った訳ではないそう言う意味に取る方が悪い」「言った証拠がないんだから出る所でたらあんたが訴えられる」っと言う。でも旦那も舅が言った事を聞いていたっと言ってくれた。

2001年8月16日  旦那の実家に私の車を置いて実家に帰る。その間に車を動かす事があるかもしれなと思い車の鍵を置いていく、そしたら舅は黙って人の車の中ダッシュボードを勝手に見る。2004年8月15日にその事について舅は鍵を預かった覚えはない、車検証を見て来いと頼まれたっとウソを言う。

2002年10月?日  旦那の携帯メールに私と旦那の共通の女の子からメールがあり、その返事にハートマークを付けたメールを送り返していた。ただの友達と言うが愛情は半減。

2003年5月1日   妊娠5ヶ月の時妊娠の報告に行こうと思ったら急に旦那の叔父が亡くなり旦那の実家に帰る。そしたら私がいつも座る場所のテーブルシートの間に不妊治療や少子化、体外受精、卵子、精子提供の記事をアンダーラインを引いておいていた。この時から体調が悪くなり破水したような気がして病院に行ったり、6月1日からお腹が張り病院に3週間入院する。旦那の家には保険金を掛けられた手前入院の事は言えなかった。2004年8月15日にこの新聞の記事をはさんでいたのは自分があとから見るためで私に見せるためではない、悪く取る私が悪いっと言う。その割にはたくさんアンダーラインが引いてあった。

2004年5月3日   孫振舞いで来たお客さんに「第一ステージクリアしました」っと言う。2004年8月15日にその事についてそう言う言い方はやめて下さいっと言うが舅はその通りだからいいじゃないかっと言う。

ざっと書いてみましたが書いているうちに本気で舅とはやっていけない気がしてきました。本当に離婚を考えます。この頑固さは舅の母もそうだっと姑も泣きながら言っていました。周りの人がどう思うかなんて考えもせず悪く取る方が悪いっと謝りもしない、しかも言っていないやっていないっとウソをつく。誤解だっと思わせたいなら、誤解させて悪かったっと言ってくれれば気が済むものを、みんなで知らないふりをしてきたツケが回ってきたのです。    


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