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しぃな0383

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あつぼんkero5 @ Re:【3y11m/2y5m】 春から夏へ。人はただ前へ進む。(08/12) こんばんは~~。 ご無沙汰しております…
たちまゆ @ Re:【3y11m/2y5m】 春から夏へ。人はただ前へ進む。(08/12) しぃなさん、お久しぶりです。 お嬢ち…
ゆかいな仲間♪ @ Re:【3y11m/2y5m】 春から夏へ。人はただ前へ進む。(08/12) ご無沙汰しています~。 更新お待ちして…
そらまめひよこ @ Re:【3y11m/2y5m】 春から夏へ。人はただ前へ進む。(08/12) ご無沙汰しております。 しいなさんの日…

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July 24, 2006
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カテゴリ: セカイ探検隊
本日を持って慣れ親しんだこのタイトルを変更しようと思う。

元々、通りを歩くだけでネタにぶつかる上海生活を面白おかしく闊歩する為に始めたこのブログ。

期待通り、予測不可能なハプニングが発生して十分ワタシを楽しませてくれたのだが、

この3年間のシャンハイライフは、夫もぐら君の仕事の関係で当分小休止に入りそうだ。

上海の友からは「なんだかんだ言ってもまたすぐ上海に戻ってくるでしょ(^^」と

言われ続けており、実際自分でもそぅ思ってはいるのだが、夫もぐら君との話し合いで、

この先 少なくとも1年間 は東京に滞在する事に決めた。

とは言え、東京に定住するとは到底思えないので、私のブログタイトルは

どこまで続く、漂流日記






最近のワタシの毎日は、 金魚日誌 でも詳細に書かせていただいている通りで、非常に暇である。

後にも先にもここまで暇なのは、人生初めてに違いない。


~ ちょっとさかのぼってみる ~



大した希望も目標もなかった高校までの人生は、大学の4年間で随分成長した。

受験科目の関係で、興味もない英米文学学科に進んだ私は、周りがアメリカ留学・カナダ留学を

意識し、留学準備するのを目の当たりにしながらも、最後までその専攻にはなにも興味を

見出す事が出来ず、なんだか珍しいという理由だけで選んだ運送業への就職活動も、

就職ガイダンスの時点でドロップアウト。

当然、4年間で何を達成したのかが見えなかったワタシは3秒考えて、あと1年だけ

自分に猶予を与えてそれでも{ダメだったら}大人しく諦めようと思った。

教授と折りが合わず危ぶまれた卒業も、のちに学長となる恩師の計らいですんなり見込みがつき、



学会や様々な協会、更には他大学の正規授業にも参加する毎日だった。


卒業を待って真っ先に計画したのは、人生初の{放浪旅}だった。

期間は定めないものの、スタート地点とメインの目的ははっきりさせた。

スタート地点はアメリカのデンバーで行われる、国際教育従事者の為の国際会議( NAFSA )。



というモノだった。手っ取り早く、ウプサラ大学が主催するスウェーデン語の夏期講習( UISS )の

参加を決めた。今になって思えば、子どもの時から感じていた教育への強い興味が、

この何の関連もないような2つの舞台を私に選ばせたのだと思う。

そしてこの選択は後に私の平凡な人生に、大きな転機をもたらす事になる。

アメリカとスウェーデンと言う2つの点のみ定められた放浪は結果的に、100万年分もの

出会いと奇跡とハプニングを巻き起こしながら、資金が尽きるまでの4ヶ月間続いた。

何事もなかったかのように帰宅したワタシは、在学時代のバイト先に再びお世話になりながら、

次の計画を水面下で進め、その数ヵ月後には雪で真っ白に覆われたスウェーデンに戻っている。

これが人生初の{留学}である。

この2年間のスウェーデン留学で得た知識と経験は充実感に満たされたもので、その後の

人生観に大きな影響を与えた。そのうちの1つが「人生とは自分のペースで歩むものである。」

という事だった。


帰国して今すぐにでも仕事をしたかった私は、帰国した次の日、2年前のデンバーでの会議で

知り合った1人の男性を訪れた。彼は私が年少時代を過ごした街の出身者で、偶然にも

私がスウェーデンに留学している間に父がまた転勤となり、その街に戻ってきていたのだ。

まだ覚えていてくださるかな、と思いどきどきしながら帰国の連絡をすると快く都合をつけて

下さり、私はその再会の場で彼の勤める会社でバイト採用となる。帰国後2日目にして

私はそのバイトを始めていた。その会社は私が興味のある教育業界の会社だったので、

毎日楽しくバイトをしていたところ、外国人マネージャーに見初められ正社員採用に。

この時点では実は全く英語が出来なかったのだが、スウェーデンで鍛えた度胸でカモフラージュ

しながら、人格者でもあり教育者でもある上司や先輩に囲まれ{楽しい社会人生活}が始まった。



本当ならば、この会社でもっとキャリアを伸ばしていたら私の人生はまた違っただろう。

この会社は一番好きだった会社であり、当時の先輩たちには今でもお世話になっている。

しかしある教材開発プロジェクトに携わらせてもらった時、教材内容以上に私は開発(IT)に

新たな興味を見出してしまったのだ。仕事をしながら夜間はゼロからITの勉強を始め、

その勉強に専念するため、記念すべき第1社を退職する決意をする。



その後、eコマース教材を扱う教育企業に就職する事が出来、東京で激務の毎日を過ごした後、

今度は上海に異動になることになった。ちょうどSARSが落ち着いてきた、03年の夏である。

実はこの会社の社長はスウェーデン人であった。私は北欧的な教育方針や教育メソッドを

教材に生かしているのではと期待して入社した背景があったのだが、現実はもっとアメリカ流の

合理的な経営方針、社員教育に揉まれていた。よく言えば能力主義で、私たち日本チームが

開発したプログラムや企画が評価され、他国(英語圏やヨーロッパ圏)の市場へ導入される

という機会も頻繁にあった。しかしながら、上海での雇用の最大のメリットを低コスト人件費と

しか見ていなかった会社を見切っている社員が大半で、1年以上勤務する者は少なく、また

仕事に対するモチベーションが低いマネージャーがお気楽上海に集まっているのも事実だった。

そんな訳で、更に開発色の濃い仕事へ転職したいという私の気持ちはますます強くなっていた。


しばらくして私は、運良くERPなどのソフトウェアを開発する企業でディレクション業を担当する

ポジションに就く事が出来た。エンジニアとして仕事をしたいという気持ちが強かったのだが、

知識も経験も少ない日本人の私が、上海で開発者として雇用されるメリットは全くなく、2年間の

間私はディレクション業に携わり、仕事に慣れてきた時期に1人の英国人と遭遇する事になる。



この英国人は10年以上も中国に住む奇妙な外国人で、まだ行った事のない日本に大きな

興味を持っていた。彼にとって私は初めての日本人の友達で、見た目は中国人とそっくりな私の

口から、中国人とは全く違った大和の思想が聞けるのが彼のツボにはまったようだった。

知り合って半年後に、私たちは初めてお互いの顔を知り、その次の週にはロマンスが始まった。

付き合いだして4ヵ月後にその英国人はプロポーズをしてくれ、久しぶりに真剣に3秒考えて

私はありがたくその申し出を受けた。



そこから今日に至るまではこのブログで詳細に書いている通りであるが、なぜか今私たちは

東京で、新しい家族の誕生を心待ちにしている。

人生って何が起きるかは検討もつかない。留学のその先にあるモノなど誰にも分からないのだ。

しかしながら、自分の興味に正直になる事、自分のペースで生きる事は、少なくとも私の人生を

より彩づきの良いモノにしてくれたと思う。

新しい環境に飛び込むには勇気とパワーが必要だが、その先に待ち受ける未知なる瞬間を

今後も味わって、人生を楽しんで行きたいと思う。


まだまだ続く、しぃなの漂流ライフ。





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Last updated  July 25, 2006 02:00:01 AM
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