しんり♪の 猫 & 宝石箱   .

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小説?

へんしうちう




ノンフィクション小説/彼と彼女と彼等の生きる道


2004年8月半ば、彼はやって来た。
いつもの週末と同じく部屋に一人残った彼女は、騒々しく玄関で繰り広げられる物音を聞きつけると
西日の当たる出窓からゆっくりと立ち上がり、夕飯を催促すべく階下に下りてきた。
豊かな尾を優雅に左右に振りながら、ゆっくりと。
・・・それはこの家に来てから一年半、毎日繰り返されてきた事であった。

優美でふくよかな貴婦人を思わせる姿に相反して、油断なく人を伺うようなマスカット色の瞳が、瞬間虹色に光る。
良くない予感に捕らわれ、ふと足を止めた。

不穏な臭いと、聞きなれぬ僅かな声・・・。

ふと見上げると、この家の男主人が、不適な笑みを浮かべ彼女の顔をしげしげと見下ろしていた。
見ればこの男全裸である。シャワーを浴び身体を拭くのもそこそこに、彼女"たち"の元へやって来たらしい。
男は一日9時間も車の運転をし、疲労困憊である事は誰の目にも明白であるにも関わらず
これから起こるべき事柄に期待と好奇心を漲らせ、充血した目を輝かせている。

何かが

動いた。

その「もの」は、彼女の嫌いなバッグの中でうごめいていた。
このバッグは先週、彼女が苦手とする病院に行くまでの道中、彼女が押し込められていた場所だ。
彼女は苦々しくその時の情景を思い出し、不審に思う。
今度は一体何が押し込められているというのか?

彼女が動かずにいるのを見てとって、男はやおらバッグを開けた。
彼女の背中に悪寒に似たものが走る。


バッグから勢いよく飛び出して来た黒く細長いものは瞬間我に返り、
おそるおそる足元の臭いを嗅ぎ、ためらいながら彼女に近づいて来た。

彼女は近眼である。目前にいるものが自分と"同種"である事をみとった瞬間
クーガのような叫び声を上げ、飛び退った。

そこに居たのは、彼・・・若いと言うよりむしろ幼い、恐れを知らない 黒猫 であった。。。


彼女は吹き上がる感情のままに、階上に駆け上がった。

自分は今の今まで、この家で唯一至高の存在ではなかったのか!?
家人はまるで女王のように崇め奉り、ひれ伏していたではないか!
第一あの無礼者は何者ぞ!!??

いつもの出窓・いつもの場所に辿り付くと
ふと、彼女の胸に、寥々とした風が吹いた。
彼女は自分が、「囚われの姫」であるような気がしてきた。
・・・そうだ。気がする、のではなく事実。
どう足掻いても、自分の命運はあの人間達が握っている。
いくら表向き慇懃な態度を取っていても、結局奴らは自分望んだ通りに解釈し、思った通りに行動するのだ。


気が付けば彼女は、空腹を忘れていた。損なわれた自尊心が食欲を削いだのか。
しかし彼女が寂寥とした思いに囚われたのはほんの一瞬で、次には違う思いが支配していた。
彼女は軽くため息をつき、あの黒い影に思いを馳せながら目を閉じた。
まるで戦いを前に休息する戦士のように・・・。
(つづく)


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