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2003年09月17日
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福岡へ出かけてました。

ここ最近、ある言葉遣いが気になってしかたありません。

「○○のほう お持ちしました」
「○○のほうでよろしかったでしょうか」

なんでもかんでも「ほう」がつく。
コンビニで、飲食店で、特に若い人に多いようだ。

もひとつは、
「○○になりますがよろしいでしょうか?」
「5800円となっていますがよろしいでしょうか?」



あまりに、頓珍漢なよろしいでしょうか?には思わず突っ込んでしまう。

「ほんなら、いやや。いうたらどうすんねん」

ほとんど全員、えっ となる。
つまり、彼らの「よろしいでしょうか」は、本来の相手を気遣う「よろしいでしょうか」とは全く違うようだ。

共通する点は、言葉の曖昧さか。

仕事で人と会話すると、これまた突っ込むことが多い。
やはり、キーワードは曖昧さだ。

曖昧な表現の言葉で話す人。
話しの脈略が曖昧に終始する人。

すべて、突っ込む。
でも、ほとんどの人は学習しない。



国会答弁の中継や大部分の政治家が代表格だ。

福岡空港でたまたま購入した本が、鋭く解説していた。
確か「アメリカインディアンの教え」を書いてる、加藤さんという心理学者だった。

言葉は、重要だ。

本人が気づかないうちに自身に浸透する。



それでは、ひさびさに参ります。

「ニッポン人崩壊カウントダウン のほう よろしいでしょうか?・・・・」


「・・・いやだね。」






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最終更新日  2003年09月19日 10時29分40秒


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