嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(依存)



打ち寄せては壊れる波のしぶき。

ウチは。

お義母さんが掴んだその手を。

鋼鉄の意思を以って。



フリハラウ。



断崖から遠い海面に吸い込まれるように
オチナガラ
お義母さんは呪いのこもったその目でウチを見据える。


「一生よ、一生恨んでやるわっ!!」


それがドラマと違うのは髪の薄いヒトのよさそうな俳優や
美人だけどちょっと中年に差し掛かった女優さんが謎解きに現れて
ウチの言い分を聞いたりはしてくれん、と言うことやった。

そう。


これは。


夢。


ウチは時々この夢を見る。

まどろみながら『あぁ、またか』と思い
夢の外から夢の中で殺人者となり怯えて泣く自分を見ている。

覚醒するには、また自分で意識をそっちに持っていかな起きられへん。

なじみの夢とは言え、気持ちのええもんじゃない。

現実のウチも、夢と同じに汗をにじませ、涙があふれていた。
のどはからからに渇き、息をすると乾いた口がさらにこわばった。

奏人はよく眠っている。

貴信もまったく、ウチの様子には気がついてへんみたい。

よっぽど鈍感なんか・・・?
それともあんな夢を見ながらウチは声をださんのやろか?

それからいつものようにキッチンに行き、
いつものように浄水ポットから水を注いだ。

一気に飲み干して、ブリタは冷蔵庫に戻す。

そして、いつから『いつものように』なったのか。

ウチは空いたグラスに梅酒を1センチだけ注ぎ
キッチンの窓から暗い外を眺めながら、少しずつソレを飲んだ。

窓はスモークタイプだから閉めた状態で外は見えへん。

月明かりでぼやっと浮かび上がるスモークガラスの不規則な模様を
数えるでもなくただ眺めて、それをアテに梅酒をすこーしずつ口に運ぶ。

梅酒にしたのは、お酒の中ではまだ一番マシな気がしたから。

別にキッチンドリンカーいうワケやない。

山梨で、貴信のお義母さんとケンカ別れしてからあの夢を見るようになった。

人や自分が死ぬ夢は事態が急展開する、とか再構築されるいい夢って
ネットの夢占いには書いてあったけど、
そんな解説をすんなりとは受け入れられん生々しさがあった。

あの夢の後はなかなか眠られへん。

最初は水だけやったのに。

でも全然眠れんで。

寝不足やと翌日、奏人の世話をするのが本当にヤバかった。

授乳時間忘れて眠り込んで、かなり長い時間泣かした・・・と思う。

少しだけ、と最初はビールか何かを開けようとしたけど
1缶飲みきるのは無理・・・そんないっぱいはいらん。

それに母乳にめっちゃ悪いんよね、お酒って。

一応、考えて梅酒にした。

いくらチビチビなめていても1センチのお酒なんてすぐなくなる。

もうちょっと、と思うけど
そう、ウチはアルコール依存症とはちゃうねん。

と、強く強く言い聞かせてグラスを流しで洗った。

洗わずに置いといて、ついおかわりをしてしもうた事がある。

アル中ちゃうねんからっ!!

うす暗い中グラスを拭いて片付ける。

こうしておかないと、また本当に飲んでまう。

別にホンマに飲みたいわけじゃないねんし、と思いながら寝室に戻った。

お酒はすぐにウチを眠りに連れていってくれる・・・。


*

翌朝の目覚めはまたサイアクだった。

奏が寝ててくれるって言うのに貴信の起き抜けの大あくびでダイナシ。

ガラガラするのどの痛みとどんよりした頭を抱えて朝のドタバタをこなし
合間で奏のお守りはかなりハードや。

(やっぱり夜中飲むもんちゃうわ。)

他はともかくコーヒーだけは貴信に任せたくない。
ウチはホーローのケトルを火にかけた。

「あれ・・・?」

グラス。

確か、ゆうべ片付けたはずやのに。

くん、と匂って確かめると梅酒の香りが残ってた。

(片付けたつもりやったんやろか?)

一瞬、自分の足元が不安定になったような気持ちになったけど
ウチはそれをあの夢のせいって思う事にした。

あれから山梨からはぴったり何も言うてこやん。

貴信がケータイで連絡を取り合ってるのはわからんけど
少なくともウチやウチの親元に
予想外の事をぽっと言ってくるような事はなくなって。

貴信と奏人と3人で、至極平和と言う状態。

でもこの平和ってうわっつらなんやろなー、とか
いつ何を言い出すかわかれへんなぁ、って不安。

貴信に、結果的にでも病気のお義母さんを置いてこさせた、
って言う良心の呵責みたいなもんであんな夢みるんや。

おかしな夢のせいで疲れてるんや。

うーん・・・・。
もうちょとしたらあの夢も見やんようになるやろ、と思い直した。

お酒はこんな風に覚え違いするようやったら
とりあえずやめたほうがええんかな。

さっさとグラスを片付けてしまおう。

貴信は奏人をあやしながら大慌てしてる。

「朝メシ、パンだけでいい!
もうちょっと早く起こしてくれよ。」

「え?何回も起こしたよ?」

「最近、ぎりぎりの日多いんだけど。」

「ウチは起こしてるって、二度寝とかしてるからやん。」

「そっかぁ、じゃあお前に時間取られてるんだなぁー。」

そういって貴信は奏のおでこにチュウをした。

「もう、いい加減自分で起きたら?」

「ごめんごめん、怒るなよ。
あ、今日資源ごみ?出しておこうか?」

「いい?ほんなら玄関に置いてるから持って行ってくれる?」

OKと下手なウィンクで合図して、貴信はロールパンを押し込むように2つ食べて出かけて行った。

「なんで自分で用意せぇへんのに、あんなにやかましいんかろなぁ。パパは。」

左手で奏を抱きながら、ウチは一人で喋り朝ご飯を食べた。

テレビは発育に悪いて言うからなるべくつけへんようにしてる。

・・・自分の声しかせぇへんのはなんか虚しい。

「奏ちゃん、早くおしゃべりできるようになったらええのになぁ。」

『会話』って言うのに飢えてる感じがした。

大人と喋りたい。

仕事の帰りに仲のよかった同僚とお茶したりたまにバー行ったりして
どうでもいい事を何時間も喋ってた日がなつかしい。

貴信と休みを合わせてデートして、快速の電車降り損ねて
そのままついでやーって関空まで乗り続けてずっと話し続けた。

あのときは何の話をしたんやろ?

陽菜ちゃんと。
お客さんと。
おかあちゃんと。
アレグロのオーナーと。

・・・誰でもいいから喋りたい。

貴信はどんなに早くても9時にしか帰ってこん。

ご飯だけは用意して、奏人を寝かしつけに行ったら
その間に貴信は食事もシャワーも済ませて、ゴロゴロしてる。

最近は司馬遼太郎とか、歴史小説にハマってるみたい。

「なぁなぁ、今日なんか面白い事あった?」

と、ウチは毎日貴信に聞く。

よっぽどのことがあれば話してくれるけど
最近は読書の邪魔をされるのがイヤなんか、いつも『別に』や。

思い出したらなんか更にうつっぽい気分になる。

家事して、奏の身の回りの事してたら確かに忙しいけど
忙しいのは体ばっかりで、ウチの頭の中はいっつも退屈してる。

(このまま頭からっぽになって、なんにもなくなって行くんかなぁ。)

セミの抜け殻みたいな自分を想像してぞっとした。

(あかんあかん、こう言う事考えたらハマるんや。)

天気ええし、ベビーカーで散歩行こ。

家から歩いて10分くらいのところに保育園がある。

保育室の裏と外の柵の間が小さなお砂場になってて
そこで1才2才くらいの子供たちが遊んでるのが見えるのが楽しい。

ベビーカーで奏人を連れて行くとちょっとしたお兄ちゃんお姉ちゃん気分で

「うわぁー、赤ちゃんやぁ!!」
「ちっちゃあーい。あかちゃんー。」

と、柵のすき間からスコップや小さな指を出して口々に声をかけてくれる。

そばに付き添う保母さんと笑って会釈を交わす。

そうそう、こう言うふれあいって言うの?交流がねー、必要なんよ。

もうちょっとしたら奏人もこんな風に『あそぼー』って言うてくれるんかな。
そしたらこんなに毎日が虚しくないんやろか。

保育園かぁ。

仕事、してなあかんよな。

幼稚園とは違うもんね。

砂遊びの隣の教室の窓からは年配の保母さんが奏より少し大きいくらいの
赤ちゃんをおんぶしているのが見えた。

仕事して、奏が保育園に行ったら
ウチも奏もいっぱい友達とかできるんやんなぁ。

百貨店はもう戻れんけど、そう言えばアレグロのオーナーがまたおいでって
・・・。

すごいいい事を思いついた気がした。

でもすぐに自分でその考えを打ち消す。

ムリムリ。

奏はまだまだこんなに小さいのに、保育園ってかわいそうやわ。
幼児期はなるべく親と一緒がいいって言うやん。

第一、ウチがさみしい。

赤ちゃんの時なんてほんのちょっとやのに見逃すんもったいないやん。

そうやん。
ほんのわずかの間の事やのに、話し相手がおらん位どうってことないわ。
ハイハイして、たっちしてあんよしてって、そんなん見逃すのに比べたら!

どうせすぐうるさいって怒る毎日になるんや。

きゃあきゃあ言う子供たちの声を聞いて思った。

(でも。ココ来たらなんかパワーもらうなぁ。)

ふっとアレグロ・ヴィバーチェまで行ってみる気になった。

(仕事なんて考えたからかな?)

仕事はさておき、たまに出かけて見るのもいいかも知れん。

そう言えば山梨から帰ってきたんを最後に電車なんか乗ってないわ。

「奏ちゃん、ガタンガタン乗りに行こっか?」

言いながらベビーカーを押して保育園の子供たちとばいばいをした。

喋りたかったら自分で動かんと。

そんな簡単な事を忘れてた自分がおかしかった。

*

保育園から帰ったウチはさっそく準備して駅にむかった。

首が据わってるからもうキャリーで抱っこもできる。

自分一人、荷物とキャリーで奏抱いて電車って言うのは
途中でヘバりそうでちょっと心配とも思ったけど、
やってみれば案外、駅まで歩くんも階段もどうにかなるもんやった。

昼間は電車も空いてるし。

(なぁんや、こんなもんやったんや。)

ちょっとした事やけど気分いい。

車で買い物行くんとはまた違うわ。

これならちょこちょこ2人で出かけるんもいいかも知れん。

目当ての駅でもエレベーターが使えて、苦労しなかった。
そりゃあもちろん、肩はめっちゃ重いけどな。

「こんにちはぁ。」

カフェに入るのに挨拶するのもヘンかも知れないけど
なんとなくレジの方を向いて声をかけてしまった。

「あらぁ、清水さん!奏人クン連れてきてくれたん?」

もうすぐ50になろうって年やのに、オーナーはいつもキレイ。
仕事して生きがいある人ってこんな感じなんかな。

「うわぁ、かわいいー。ウチなんてもう高校生だから生意気ばっかりで。
 ほっぺも足もぷにゅぷにゅね。懐かしいわ。
 この肌、取り替えて欲しいくらいねぇ。」

「だめですよぉ。」

オーナーは話しながらカウンターでなくテーブル席に案内してくれた。

「いいですよ、カウンターで。」

「荷物もあるんだし、構わないわよ。ここで。何にする?」

ケーキセットにしようかと思ったけど
多分オーナーはお金を取らへんやろうから、コーヒーだけ頼んだ。

「私、奏人クンみててあげるから自分で淹れてくる?」

「いやですよぉ、もうバイトさんも知らん人ばっかりやろし。」

「そうそう、バイトって言えばね、聞いて欲しい事があったのよ。
 ちょっと待ってて。飲み物用意させるわ。」

オーナーが注文を通しに行ってる間に、持ってきたミルクを奏に飲ませ始めた。

「あら?清水さんミルクなの?」

「あ、外出中だけ。普段は母乳なんですけど。」

「ふぅん、でもまぁミルクでもいけるって事はママから離れても大丈夫かなぁ。
 旦那さんから聞いてくれたんでしょ?」

「え?何ですか?」

「仕事の話よ。」

「あ、あぁ。またここでバイトしないかって事ですか?」

「違うわよ、もう。ダメねぇ、男の人は。
 自分の仕事以外はマトモに伝書鳩もできないんだから。
 話を聞く脳が女より少ないってホントね。

 あのね。実は今度新しい店を出すの。
 清水さんの家の隣の駅ね、再開発やってるでしょ?
 そこに出店すんだけど、須賀ちゃんだけじゃあどうもねぇ。」

須賀ちゃん、って言うのはウチがバイトしてる前からずーっと働いている男の子や。

元は大学生のバイトさんだったけど、正社員になってからは店長候補の教育をされてるって聞いてた。

ただ、今までそうやって店長になって支店を任されてる人と違って
須賀ちゃんは、かなり地味でおとなしい・・・。

キャリアがあっても性格的に店長ってポジションにつけるには不安、って言うのはなんとなく想像がついた。

「でも、須賀ちゃんだったらシックな大人の店って感じで展開したら結構いいかも知れないですよ?」

「うん。姿勢も頭もいいからねぇ、須賀ちゃんは。
 むしろあのおとなしい雰囲気があってるからあの子にしたんだけど。
 ただ・・・店そのものがちょっと変わっててね、『華』が必要なのよ、どうしても。」

「『華』?ですか。」

「レクサスってトヨタの高級車のショールームには行った事ある?」

「そんなとこ、全然。」

高級車なんて、縁のない世界やし。

「そこはね、大手のコーヒーショップがショールームの中に入ってて
 車を見に来たお客様がソファでくつろいでゆっくり商談できるようになってるの。」

「ぜいたくー。」

「で。今度できる外資の車屋さんのショールームも同じような感じでウチが出店する事になったワケ。」

「すっごい、オーナー、すごいですねっ!!」

あ、自分のことみたいに喜んでしまった。

「コンペはキツかったわよぉ?大手もいっぱい来てたしね。
 だから経営は赤含み。
 ウチの宣伝店舗と思って出店する感じかな?

 でね、清水さんにそこ店長補佐みたいな感じで行ってもらえないかなって思って。」

「え、ウチがですかぁ?」

「ショールームに来るのはまぁ会社の社長さんとかエライさんとか
 たまにヤのつく自由業の人も来るかもしれないけど。
 とにかくそう言う中年以上の男性がほとんどなのよ。
 わかる?」

はぁ。そう言うことか、納得。

その客層やったら須賀ちゃんみたいに空気っぽい子の方がいいやろうし
しっかりめの女性スタッフが必要なんもわかる。

「どう?家からも近いし悪い話じゃないと思うわよ。
 朝10時から夕方6・・・・うーん、5時まででもいいわ。」

す!

すごい。

こんないい話、もう二度とないかも知れん。

すぐにでも飛びつきたい。

あそこの保育園入れて、充分働けるやん。

こんな誰とも話せないような毎日から解放される。
そう思っただけで気持ちが高ぶってきた。

「休みは週2、シフト組んでやってくれれば融通は利くと思うし・・・。
 どうしたの?清水さん。」

「あ・・・・あの。
 ショールームってやっぱり土日は忙しいですよね。」

「そうね、世間が休日のほうがお客様は多いだろうから。」

貴信の仕事を思い出してガッカリした。

日曜や祝日なんてあの人、休み取れないんだ。

保育園は日曜や祝日は休園や。
どんなにうまくシフトを組んだってどっかでしわ寄せが来て
奏の面倒見れる人がいない日が出てきてしまう。

「主人が日曜休みだったら行けるんですけど。」

「あ、あぁ!!忘れてた。清水さんの旦那さん、日祝は仕事だったわね。
 でもほら、なるべく須賀ちゃんに休日は任せて。」

「でも忙しい日のほうがスタッフいりますよね・・・。」

「うーん、実家は?」

「奈良だから、頑張れば行けなくはないですけど。
 それにその店って夕方までじゃないんですよね? 
 須賀ちゃんが休みの日に最終までいて片付けとかは時間厳しいんですけど。
 他にバイトさんとか入るんですか?」

「んー・・・・それがね、赤字店だから今の所二人でいっぱいかなぁって思ってるの。
 スタンド形式にして品物はセルフで席に運んでもらうようにするし、フードも出さないから実際人数はいらないのよねぇ。」

いつの間にかテーブルに置かれたコーヒーと
オーナーのサービスやろうな、これ・・・シフォンケーキを口に運んでしばらくお互い黙り込む。

「調整、つかないかなぁ。清水さんに頼みたいんだけど。」

こう言う殺し文句を正面切って言ってくるのが強い。

「コーヒー淹れる腕は当然よね。 
 それに加えて難しいお客さんをあしらえる、って言う人がなかなかいないのよ。
 それでその若さと美貌。
 私がオッサンだったら車の一台くらいぽーんと買っちゃうわねぇ。」

「またまたぁ。」

「冗談抜きよ、『自分は特別なんだ』って思ってるような人ばっかり来るところなの。
 万が一、トラブったときに確実に対処できる人じゃないと簡単に撤退させられるわ。

 お願い、助けると思って、よーく考えてみて。」

「はぁ・・・・帰って主人とも相談してみます。」

「ありがとう、期待してるわね。じゃあゆっくりしていって。」

オーナーはそういってテーブルの伝票を持って立ち上がった。

伝票を置く席かどうか考えなさい、とか何とか言う感じで
若い男の子がオーナーに怒られている。

その子がじっとこっちを見ていたけれど
怒られてちょっとした反抗心みたいなもので見ているんだ、と
ウチはその子の目線を黙殺する。

ただの日常の風景の一こま。

今までもこれからも何十回何百回も出くわす場面。

記憶のどこかに残りようがあるはずもなかった。

アレグロ・ヴィバーチェを後にしたウチはすっかり舞い上がっていた。

キャリーの中であちこち見回す奏のことを考えると、戸惑う気持ちはもちろんある。

こんな小さいうちからママと離れるんはかわいそうやんね。

でも。
仕事、できるかも知れん。

そう思うだけで目の前がぱぁっと開けたように感じて、どんどん自分の中で想像が膨らんでいく。

大好きなカフェの中でお客様と少しでも会話して、働いて
自分のお小遣いなんかもできて。
なによりウチが必要って言うてもらえたんが『認められた』気がしてうれしい。

空想しているだけでウキウキした。

帰り道のスーパーでの買い物さえ楽しい。
こんなに楽しいのって久しぶり。

貴信と話せるかなぁー、と思って
夕飯の食材以外におつまみになりそうなもんも買ってみた。

あぁ、一応保育園の入園の手続きとかも調べようかな。
市役所行こうかな、電話したらわかる?
めまぐるしく頭の中にいろんな思いつきがわいてきて、
いてもたってもいられないってこんな感じかも。

貴信はどうせ遅くにしか帰って来んやろうから
奏が寝るときに一緒に仮眠して10時ごろに起きたらいいか、と帰ってからの段取りを考えた。

「奏ちゃん。帰ったら先にお風呂ちゃぷちゃぷしようねー。」

そう言うと意味がわかったんか、奏は眉根をぐっと寄せた。
最近、奏はお風呂が嫌いや。

ウチの入れ方がヘタなせいかも知れんけど、服脱がせたら危機を感じて大泣きする。

でも先お風呂してくれたほうが都合いいねんけどなぁ。

なぁんて作戦練ったのに、貴信は予想よりずっと早い時間に帰ってきてウチをおどろかせた。

「どうしたん?どっか具合悪いん?」

まだ7時。
こんな時間に帰って来るやなんて、と心配になった。

「どうしたって聞きたいのはコッチだよ、由香子、お前何やってんの?」

「え?」

こっちが心配して聞いてんのに。

思いがけず、それもキツイ口調で尋問みたいに言われても
ウチには何がなにかわからんかった。

「何ってナニよ?」

「はぁ・・・・っ。」
タメイキをつきながら貴信は乱暴に椅子に腰掛けた。

「今朝。新聞出したろ、資源ごみ。
 新聞の間に挟んであった紙パック、あれ!なんだよ?」

「新聞の間・・・・?」

「隣の島崎さんのオバサンに言われたよ。
 紙パックはリサイクル出せって。
 トボけて謝ったけどさぁ・・・・、あれ全部酒のパックだったよな。
 お前が飲んで隠して捨てようとしたんだろ?」

隠して?

「え・・・だって紙パックだったら開いてそこにためてるし。」

「酒のだけオレに見られたらヤバいから新聞の中に隠したんだろ。
 なぁ。・・・・どういう事?」

「間違えて入れた・・・?・・・・んかなぁ。」

「あのなぁ間違いで3枚も入れないだろ、ご丁寧に開いてさぁ。
宴会するような友達も来てないし。
 なぁ、いつから酒なんか飲んでんの?」

「いつって・・・お酒って言うても梅酒やし。
 夜中眠れないときにグラスにちょっとだけ入れて・・・。
 それに毎日飲んでるんちゃうし。」

「時々、少しだけって量じゃないじゃないか。
 1Lパック3本だよ?
 山梨から帰ってまだ2週間も経ってないってのに。
 行く前ゴミ処分してるから、この10日ほどの間に飲んだって事だよな?」

どうしよう。

おぼえてない。

一回1センチって決めてた。

でも朝起きたら洗ったはずのグラスが出てた。

おかしい、とは思ったけど。

そんなはずないと思ってた。

どないしよ。

わかれへん。

自分に自信がない。

「あのな。オレは怒ってるんじゃないから。
いい?奏人は母乳だろ?
母親が酒飲んだら母乳って影響でるんだよな?
だからって少しくらい飲んだからって目くじら立てるつもりはないよ?

でもな。
この量はちょっと多すぎるんじゃないか。」

「3本・・・・。」

「ねぇ、見つかったら後ろめたいから隠したんだよな。
つまり酒はよくないってのはちゃんとわかってるんだ?」

「ウチ・・・・あの・・・そんなに飲んでないって思ってて・・・。」

はぁ、と貴信はまた大きなため息をついた。

「由香子?もし自覚がなくって飲んでるならお前依存症だよ?
病院に連れてかなきゃなんない、わかる?」

「あ。うん・・・。」

考える、そんなに飲んでたんかな?
もともとそんなに弱いほうではないから・・・・。

記憶なくなるくらい飲んでるとしたらかなりの量、のはず。

自分が毎日飲んでたのか、どれくらい飲んでたのか?
そもそも夜中にしか飲んでないって思ってるのが記憶違いなのか。

・・・・考えやな。

「なんで? 酒なんて飲んでなかったよね、母乳だからって。」

「えっと・・・・へんな夢見るようになって。
なかなか寝られへんからちょっと飲んだら寝れるかなって思って。」

どんどん自分の心がしぼんで行き
それに反比例するように涙がぼろぼろこぼれてきた。

「ちゃうねん、泣くつもりとかじゃなくって・・・。」

ウチはそんな卑怯もんやない。

「これは勝手に・・・・。」

「うん。それで?」

思いのほか、貴信は穏やかにしっかりウチの言葉を受け止めてくれた。

そしたら余計に涙が止まらんようになって、ウチは泣かんようにと
思いつくまま一生懸命しゃべった。

全然まとまりも脈絡もない、訳のわからんような事をいっぱい言うた。

それを貴信はうん、うん、とうなずいて聞いてくれる。

「一人ぼっち、って気分?」

そう言われたときに自分の気持ちのパズルがぴたっとカタチになった。

「そう・・・かも。」

そのままウチが黙ってしまうと、貴信は自分が奏人をお風呂に連れて行くから
その間に少し落ち着いて考えてみて、と言った。

落ち着くも何も、奏人の服を脱がせたり
貴信が全身洗って声かけたら奏を連れて行ったり、
湯あげの用意したりで、そんなにのんびり考え事なんてできんかったけど。

自分がそんなに飲んで依存症みたいになってたのがショックやった。

でもそう言えば最近、無意識にミルク作って飲ませてたように思う。

「サイッテー・・・。」

そう声に出してみた。

何をアホみたいに浮かれてたんやろ。
仕事させてもらえるとか、誰かに認められたとか。

全然そんな人間ちゃうやん。

最低限の自分の事もちゃんとできてへんのに。

「サイアク。」

キッチンの足元の戸棚に同じ梅酒のパックがあと2本入ってる。

いつの間に買うたんやろ・・・・・。
ホンマに覚えがない。

ゾクリと耳元で音がするような悪寒が走った。

覚えてないんが何より怖かった。
ウチは慌てて紙パックの封を開けてそれを流しに捨てた。

なんでなかなか空にならんのや、と
もどかしくて何回も何回も紙パックを上下に振った。

・・・あかん。あかん、もう絶対やめよ。

さっき貴信の前で泣いたのとは違う涙があふれてくる。

めっちゃ悔しい。
なんでこんなん飲んだりしててんやろ?

ちゃんと奏ちゃんにおっぱいあげやなあかんのに。

「奏ちゃあん、ごめんなぁ・・・。」

ウチ。

ほんまにアホや、と今更ながら嫌気がさした。



















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