嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(妥協)


寂しいような、物足りん気持ちにさえなってくる。

「安全確実路線なんかなぁ・・・・ソレって。」

「結婚するにはエエんちゃうかな?浮気されるってことはないし。」

「むぅー、でもイマイチ盛り上がってないような気ぃすんねんけど?
 もうちょっと待ったら、他に出てきたりせぇへん?」

志田さんが悪いって言うんじゃないけど、
亮子がどこをとっても平均点って感じの人で満足していられるとも思われへん。

「あんなウチのお姉ちゃん、先月結婚してんけどさぁ。」

「あ、そうなん?知らんかったぁー、言うてよ。
 陽菜子さんやったらお祝いしたかったのに。」

「コレコレ。」

と、ウチが小声でお腹を指差すと亮子はすぐに察してくれた。
何で誰も聞いてないのにこう言う話は小声になるんやろ?

「じゃあ忙しかってんや?」

「妊娠しました、結婚しますって言い出したんがお盆やろー。
 しかも相手アメリカの人やねんけど、そっから秋には仕事で本国に帰るって言うから、もう何もかも駆け込み。
 結婚式も身内だけでしかしてへんねん。」

「アメリカ!?
 へぇー、やっぱり陽菜子さんて普通に結婚なんかせんと思ってたけど。」

「みんなそう言うねんけど、ウチのお姉ちゃんてそんなに変わってるかなぁ。」

「変わってるってより、並みの女じゃないって感じかなぁ。
 普通のラインを軽く飛び越すよね。」

「そうそう!普通じゃないて言うたらその結婚相手が
 もうビックリするくらい、死ぬほどすっごいオトコマエやねん。
 若い頃舞台やってて、ハリウッド女優のジェシーがデビューする前共演してたんやて。
 もう光りまくってて一体何ルクスあるねんって位、どこにおっても目ぇ引くんよ。」

いかにとんでもないオトコマエかって言うのを一生懸命話すウチに
マユツバもんやわ、なんていぶかしんでた亮子は
キースの勤め先の証券会社の名前を聞いて目の色を変えた。

「なんなん!?ものすごいエリートやん!」

「そやろ?
 お姉ちゃん、ウチらより年上やねんでー。
 亮子もまだ妥協することないって。」

「えー、やっぱりある程度の妥協はせんともう限界やろぉ。
 そんなスゴイ人と結婚した陽菜子さんにしたって理想の結婚じゃなかったかも知れんで?」

亮子は思いもかけない事を言いだした。

ウチにしてみればキースは「ハクバのオウジさま(オプションの姑抜き)」って言う最高最上の好物件に思えるのに。

「だって、アメリカで暮らさなあかんわけやろ?
 出産も育児も親から離れて、全部自分でしななあかんやん。
 今まで頑張ってきたキャリアも全部パァで。
 そう言う不満とかを、現実に擦りあわせるんも「妥協」って言うんちゃうかなぁ。」

「・・・あぁ、そう言うとこは考えた事なかった。」

正直言うてウチは陽菜ちゃんがうらやましい。
自分もそうなりたいって、そんな気持ちでしかなかったわ。

「あたしもそんな「スゴイ!」って周りから言われるような男と結婚して寿退社のつもりやってんけどなぁ。
 今まで妥協せんと、次はこいつよりもっといい男が来るかもってやってたら
 イイ男の前に賞味期限が来てしもたわ。」

「賞味期限って。」

「やっぱ若さって強いよなぁ。
 ほんま、自分だけは天井知らずでイイ男がやってくるって全然疑ってなかったもん。
 じっくり待ってセレブ婚とかって・・・・あーあ。見極め失敗したって思うわ。
 あんたが結婚する時、シミズ君で手ぇ打つかぁと思ってたけど
 今にして考えたらそれでベストやってんやなぁ。」

「そうかなぁー。」

チラっと山梨のお義母さんの顔が浮かんできた。
あんなにお義母さんの言いなりやなんて。

・・・・それほどええ結婚したように思えへんな、ウチ。

「やっぱりラクチンなんは安定収入のあるソコソコの男と結婚して
 実家の傍でのんびり暮らすってパターンちゃうんかなぁ?
 夢も希望もないけどな。
 そのパターンでマイホームまで買うてるタカシロは、うまい結婚した方やろ?」

「うーん・・・。」

イロイロあるんやけどな。
ちょっと笑って、コーヒーを口に運んだ。

「そんでもあるよな、イロイロ?」

「あ、うん。」

びっくりした。

「どんだけ条件いい男でもどっか妥協してるんは皆一緒やって。
 別にあたしが人よりいっぱい我慢してるんちゃうと思うで。

 アイツはフツーのおっさんやし、へっぽこやけど
 掃除うまいとこは気に入ってるし。

 タカシロはどうよ?」

自分に質問が返って来たのは意外やった。

結婚直前の友達の話って、ひたすら聞くもんやと覚悟してんのに。

そんなにノロケるネタのない人なんかな?
それとも自分だけが妥協してるんじゃないって確認やったり?

世代と一緒に話す内容も変わるもんなのね。

でも渡りに舟状態。

もうずっとタマってんのよーと、
結婚前から溜まってるあれこれをウチは亮子に話し始めた。
滅多に顔をあわせない友達は後腐れなくって愚痴るには最高の相手やもん。

どんなにいい人って思って一緒になっても、
結婚して家族の中にいる「その人」は
自分の好きになった人とは違うんやって話をするつもりやったけど、
どんどん(やっぱり?)話題はあのお義母さんが中心になっていく。

あー。女のオシャベリって絶対必要。

ウチはどんどん文句言って愚痴吐いて、亮子もがんがんつっこんで来るのに
半分本気の冗談で切り返す。

こうやって聞いてくれるだけでラクになるのに
男ってそんなこともわからへんねんで、とセンパイぶってみたりもして。

「でもさー。タカシロも神経質なんちゃうの?
 はいそうですかって流しといたらええやん、そんな姑の言うの。」

「ちゃうねんて!それがあのお義母さんのうまいとこやねん。
 ハタで見てたら『そんなささいな事で怒る由香子さんのほうが心狭いんじゃないか』って持って行くんが絶妙やねん。」

「怒ったら負けー、みたいな?」

「そうそう!!そんで我慢してたらいい子ぶって言いたい事も言わへんとか、
 他人行儀って文句言うねんで。
 ちゃっかり自分はいい母親のスタンスとって、気がついたらウチがワガママ女扱いやし。
 こないだの離婚命令くらいちゃうかなぁ。」

「え!なになに?」

「もう跡取りはいるから離婚させてあげるって。」

「ぎぇー、なにそれっ!?させてあげる?」

「気に入らないならムリしないで離婚しなさいって。
 ウチも貴信もまるっきりそんな気ないねんで?
 もう『はぁ!?』って感じやったわ。」

「すっげー・・・大奥かなんかみたい。子供産んだら用なしって事?」

「もう貴信にくっついてる女って言うだけで気にいらんのやと思うわ。
 どんだけ合わそうって努力したって嫌われてるんよぅわかるもん。」

「そんでシミズ君は何も言わへんの!?」

「全然!って言うか何でウチが困ってるかわかってへんねん。
 何かって言うと『わがままな客だと思ってうまくやれ』って、 
 それやったら給料ちょうだいって思えへん?」

「言える!」

亮子は手を叩いて笑った。

「そっちは?姑さんとうまく行きそうな感じ?」

「あぁ。ソレは大丈夫。もう両親とも亡くなってるから。」

「いいなぁー。」

本気でうらやましい。
結婚するなら見かけよりそっちの方が条件いいやん。

「でも志田って末っ子やねんけど、お兄さん達の奥さんらがなぁ・・・姑化しそうな感じもする。」

「怖そう?」

「今は優しいけどね。
 やっと結婚できたって感じで喜ばれてるから。」

「じゃあ有り難がってくれるんちゃう?
 母親じゃないからそんな執着もないやろうし。」

「へぇ、そんなに執着ってしてるもん?」

「してるしてる!」

断言した。

「どっちもどっちやねんけどな、親離れも子離れもしてへんわ。
 ウチ、これから奏がマザコンにならんように気ぃつけよってマジで思うよ。」

「わからんでー、嫁は姑に似るって言うけど?」

「うっそ!やめてよ、絶対あれは反面教師。
 息子に執着すんのってお舅さんとうまく行ってないんやって思う。
 夫婦の間めっちゃ寒いもん、あっちの親。」

「それやったらタカシロかって結構シミズ君の文句言うてるよ。
ヤバいんちゃうの?」

「普通やって、これくらい。
 でも一時はひどかったかも・・・・。
 変な夢見て寝られんようになって、毎日梅酒すんごい飲んでた。」

「うぇ梅酒・・・・気持ち悪そう。」

「なんかさー。自分でもようわからんけどお酒やけど体にいいって思ってたんやろうなぁ。」

「全然根拠ないしっ・・・。それやったらそこは養命酒やろ。養命酒!!」

なんだかウケたらしく、亮子は大笑いしてる。

「養命酒ー!!それこそ悪酔いするんちゃうの。」

「悪酔いってどんだけ飲むんよ。」

「紙パックのん売ってるやん。アレ一晩で半分くらい飲んでたんちゃうかなぁ。あ、でも養命酒やったらマズくて飲めんか?」

「ちょっと待ちぃや、梅酒でその量って笑い事ちゃうやん。」

亮子は真面目な顔つきでそう言った。

「そんなん毎日ってちょっと病的やで、医者行ったん?
まさか今もアルコール入ってるんちゃうよね?」

「ごめんごめん、今はもう全然大丈夫。」

「ホンマに?タカシロ、ママやろ?そんなんやったら育児できんようになるねんで?」

「ホンマに飲んでないって。
お酒飲んでるの結構すぐ貴信にバレて・・・そんで話し合いとかして落ち着いたから。」

「大丈夫?クセになったらなかなか抜けへんらしいやん。」

「うん・・・・今思ぅたらあんだけ胸焼けすんのによう飲めたって思うくらいやし。
たまに貴信に子供見ててもらってバイトも行ってるからストレスもマシになってるんよ。」

「それやったらええけど。」

こんなに心配してくれるとは思わんかった・・・かなりうれしい。

「じゃあさ。心配やったら時々チェックしに来てよ。
喋り相手おったら飲む暇なくなるし。」

「ええでー。多分仕事辞めるからこっちも暇になるしな。」

「辞めるん?専業主婦?」

「うーん。悩んでる。今のままやったら夜遅いやんかぁ。
正社員はムリやろうなぁって・・・・。
せやから一回辞めてバイトで採用してくれるか相談しよと思うて。」

「バイトかぁ。いいよね。」

「専業主婦ってタイクツ?」

「あぁ・・・・その人とか旦那さんにもよるかなぁ。
主婦友達とか作って遊べる人ならいいやろうけど、ウチはなんか友達作り損ねたし、貴信は家帰って来てもあんまり聞いてくれへんし。
そんでずっと奏人と二人やろ?
そしたらほとんど会話らしい会話がなくなってドッカン来たけど。」

「例のシュートメの愚痴とか?」

「そうそう。ほんま聞いてくれるだけでもどんだけマシになるか!」

「そっかぁ、今から躾けとかなあかんなぁ。」

「朝の身支度と食べた食器運ぶんも躾けときや?
もうウチはいまさらムリやけどさー。」

「え?身支度って何?」

「着るもんも持ち物も全部ウチが用意して並べとくねん。
奏できたから自分でしてって言うても『かあさんはしてた』って。」

「げー・・・・マザコンやん。」

「キッツイやろ。お義母さんもめっちゃチェックしてんねん。
ワイシャツ、クリーニングに出してるだけで嫁どころか、人間失格扱いやし。」

「はぁ、荷物勝手に開けるって言うてたもんな。」

「あのお義母さんとの付き合い考えたら離婚もアリかもって思うわ。」

「いっそおらんようになってくれたらいいのになぁ。」

そんなダークな世間話は奏人の夕食時まで続き
ウチらは奏に食べさせながらも話し続け、7時前になってようやく亮子は帰って行った。

(買い物行けんかったなぁ。貴信の夕飯どうしよ。)

とチラっと横切ったけれど、すぐに気分は切り替わって
貴信には外食してきてってメールを出した。

今の気分が壊れる、あの顔見たら。

*

「お湯張りをします。」

小さな奏人の指が丸いボタンに触れると作り物めいた女性の声がアナウンスする。
お風呂のスイッチ押すのは最近の奏のお気に入りのひとつ。

ボタンを押すと聞こえるのに、どこから聞こえるのか、どこにいるのか。
わからない声の主を、今日こそ見つけるぞと
奏人はきょろきょろ首をうごかし目を見開く。

その真剣な顔が面白くてわざわざ奏にボタンを押させてるんよね。

でもすぐに飽きてしまい、抱っこからおろせと体全体でアピールし
ハイハイで移動したかと思うと、お気に入りのうさぎのぬいぐるみの耳を握ってころんと転がった。

ヤバい、眠いかなぁ、早く入れやな。

湯上りの支度をしながらも、今日の亮子の話に頭は戻っていく。

結婚報告に来た亮子から披露宴の招待の話は最後まででなかった。

はいはい、そう言うことね、と一人で納得。

人数の限られた披露宴に呼べる友人はせいぜい数人。
相手の人があんまり友人の多いタイプでなかったらバランスとる必要もある。

聞いた感じでは、旦那さんになる人はそんなに社交的な感じでもなかったし。

ご招待はないけど報告アリって言うんは・・・・まぁ、アレやんね。
アナタにはお招き頂いたけどごめんなさい、と
これからもよろしく、と・・・・ご祝儀回収、これポイント。

当然喜んで包むけど金額はどうしよう?

披露宴に呼んで、こっちが招かれなかったパターンは初めてやしなぁ。

一応貴信の仕事関係でもあるんやから相談しようか?
でどうせテキトーな返事が返ってくるのは簡単に想像できた。

イヤな気持ちになるくらいなら、自分で考えるほうがいいわ。

3万と、アレグロで何か見繕って一緒に送ればいい。
百貨店の品物は、お互い社割が利くの知ってるから感じ悪いし。

現金と品物って一緒に送れたっけ?

現金書留は愛想なくってウチは嫌い。

会社で渡してもらうこともできるけど
そんな位ならダンナさんになる人と、ご飯でも食べに来てもらったほうがいいよね。

ふっと奏が生まれてすぐくらいに、ココに神野くんたちがお祝いにきてくれて
宴会の真似事をしたのを思い出した。

・・・まだあのときは楽しかったなぁ。

もちろんお義母さんとはうまくいってなかったけど
少なくとも貴信とここまでギクシャクしてなかったわ。

亮子に喋って吐き出したイヤな記憶。
薄れて忘れかけてた事まで自分の言葉でよみがえらせてしもた。
より鮮明な上書き保存された記憶にうんざりする。

正直、貴信とおるんは気詰まりや。

もちろん表立って喧嘩なんかせんし、
当たり障りない会話でやりとりしてるウチの中にそんな感情があることを
貴信の方はまったく気がついてないと思う。

外からもいい関係に見えるはず。

でもいつもウチの心の中では、言葉になれへんもやもやが黒い影になって居座ってる。
たかがお祝いの金額ですらあの人の意見聞くんは気が重い。

どうせ耳障りのいい言葉で丸投げして、最後の判断はウチになるんやろう。
そんな事ですら責任のないところへ器用に逃げていく貴信のやり方を
あのときまでは『信頼』だと思ってた。

あほらしい。

仕事行っても、誰かに喋って発散しても
なんかのきっかけですぅっと冷えていく自分がいる。

今は山梨から干渉されず(ウチ限定で勘当されてるんかも?)
問題のお義母さんとモメる事もない、平和な毎日や。

何が気に入らんねん、て言われても困る。

お義母さんよりウチを優先して欲しいって言うんは、
もう貴信への愛情やなく、『お義母さんへの敵意』の表れでしかないから。
あんたを愛してるって間違えられても困るねん。

どんなに、気を使って優しい言葉をかけられてもその薄っぺらさが見えてしもた。
ウチを傷つけたり怒らせたりしても、絶対キチンと謝らへんよね。

あんたの謝罪の言葉なんて何の気持ちもこもってないただの音。
どんな言葉も、涙さえも、ごまかしの道具やってウチはもう知ってしまってる。

貴信は。

ウチを選ばへん。
お義母さんも選ばへん。

二人の立場を守るような顔で取り繕って
二人共をがんじがらめにしている。

そんなん愛情ちゃう。

あんたの自己保身や。

それすら気づくこともないやろう。

あ、もしかして奏にお嫁さんがきて
姑になったウチが散々いじめたりしたらそこで気がつくんかも。
山梨のお義父さんみたいに。

でも気がついてもそれだけやんな。

はっきり言うて、お義父さんにも失望した。

何にもわからん貴信はあほやけど
わかってて知らん顔決め込むお義父さんは最低や。

自分の嫁ぐらい制御してぇや。

ウチは制御されたるよ?
貴信に。

お義母さんの思い通りに離婚なんてせぇへんし
貴信が山梨に頼りたくなるようなスキも作れへん。

いつでもあったかい家庭でやさしくやさしくあんたを迎えるわ。

ちょっとワガママなとこもあるけど
最終的にはやっぱり俺が頼り、ってずっと思わせたげるよ。

ウチが自分で生きていけるようになるまでね。

ケータイがメールの着信を知らせる。

貴信からや。

「もう一軒行ってもいい?風呂困るなら帰るけど。」

そろそろお風呂タイムってのはわかってんねんな。
ウチは機械的にキィを入力する。

「OK、でもギャルのいる店は高いから××。
お風呂は適当にするからいいよ。」

ピ!

自分はそれで満足なんか?
そんな自問を押し込めるようにウチはケータイの画面を閉じた。


怖い考えかも知れんけど。
この時ウチは。

山梨の両親が亡くなるまでのガマンや。

そう思ってたんやと思う。






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