嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(凶行)



車好き同士、打ち解けあうのはカンタンだ。
そのひょろりとした体つきの青年は、自転車を停めて車を眺めはじめた。

「なんでそんなまどろっこしいやり方してんすか?」

広げたタオルで水滴を吸いとっては絞る作業を繰り返しているのが気になるのか。
コイツ地元じゃないんだな、話し方が違う。

「普通に拭き取ると雑巾の繊維でコーティングに細かいキズができんだよ
ね。」
「へー!こだわってんだぁ。ねぇあれ、おじさんの子供?」

お、おじさんかよ。
まぁこんなニーチャンがら見たらおじさんだけどさぁ。

ちょっと凹んだぞ。

ベビーカーの中でおとなしくこっちを見ている奏人から見たら
キミだっておじさんだ、なんて思ってみる。

「なに?おじさん主夫なの?子守?」

「違うよ、普通にサラリーマン。今日はお休み。」

「なんで?平日じゃん?」

「平日休みの会社なんてたくさんあるよ?」

就職しててもおかしくない年齢にみえるのにおかしなことを言う。
さっきからのなれなれしすぎる態度と、この物言いは
『世間知らず』ってのとはちょっと違うのかも知れないな。

オレに断らずフレームを指でなぞり出したのにはカチンときたが
このタイプの人間の言動はスルーに限る。

長い接客経験が小さく警報を鳴らしてくれた。

「これってさー、GT-R?」

は?
車に興味ありそうなヤツが。
この車を『34』って呼べる程度の知識があるくせに?

一体どう言う間違いをしてるんだ。

GT-Rってのは名前は『スカイライン』を冠していたってまったく別の車じゃないか。

・・・やっぱちょっとヤバ系かも知れない。

「ねぇ、Rなの?」

「違うよ、もっと安いヤツ。おじさんにそんな高級車買えないよ?」

「へぇ、安物なんだ。」

*

「あなた、奈良の高城さんから。」

晩酌の途中にかかってきた電話は思いもよらない人物からだった。
志ぃさんから受話器をもらうも

「え?」

思わず自分を指差して確認してしまう。

志ぃさんは不機嫌そうだ。
応対した自分に話を通さず、電話を代われと言われたんで腹を立てているのだろう。
由香子さんの実家の親がわざわざオレにと言えば、どう考えてもいい話ではなさそうだ。
いや、離婚させたがってる志ぃさんには吉報か?
向こうのおかあさんと志ぃさんは、犬猿の仲というヤツやからな。

「もしもし・・・・あ、高城さん?」

電話の主は女性ではなかった。

「突然お電話差し上げてすみません。」と詫びるその男性の声は
風邪でもひいているのか、少し枯れている。

「あ、いや、構いませんが。どうかしましたか?」

どう言うことだ?
高城のご主人からとは・・・夫婦によほどのことがあったのか?

「・・・警察の方に代わります。」

かすれた小さな声のその言葉に耳を疑い、聞き返そうとしたときだった。

「大阪府警の船越と申します。」

その船越と言う男の一言ひとことはあまりにも現実離れしていた。

「・・・間違い、ないんですか?」

もしかしたら振り込め詐欺の新しい手口じゃないのか?
今から銀行にカネを振り込めと言い出さないか。

どこでどう調べたのか、高城さんの真似まで・・・・。

できるわけがないじゃないか。
いくら詐欺師だってそこまで調べて電話してくるはずがない。

それでも詐欺だったらいい、と思って船越と名乗る男に問いかける。

「本等に警察の方ですか?」

電話の横に立ち、もれ聞こえてくるその会話を聞いていた志づるは
完全に日頃の冷静さを失い、大声で叫び続けている。

「嘘!嘘!!うそっ!!嘘よ!!嘘・・・っ!」

騒ぎを聞きつけて自室から出てきた理恵は状況が理解できないまま
泣き喚く母親を抱きしめてなだめている。

「おとうさん!かぁさんっ!!どうしたの?何があったのよ!?」

嘘だ。

回線が切断された受話器を握り締め、オレは。
ただつぶやく事しかできずにいた。

「ちょっと!こんなとこでナンか言ってたってワケわかんないじゃん!
 すぐ大阪行こう。
 そんなの、ちゃんと確かめないとわかんないよ!」

若い人間のほうが切り替えが早いのか、
理恵は我を失って泣き喚く母親を一喝し、即座にタクシー会社に電話を入れた。

「急ぎなの、すぐに車を回して。
 東京方面よ。羽田になるかも、運転手さんに言うから。
 一番早い車回してよ!」

「嘘つき・・・嘘ばっかり、由香子、あの女っ・・・。
 あの女のせいよ、あいつのせいだわ、そうよ、小細工して人を騙してばかりして!
 由香子のせいでこんなことにっ!」

パーン!

乾いた音がして志づるが倒れこんだ。
自分の手を見る。

いや、オレじゃない。

理恵が志ぃさんの体を大きくゆすって叫んでいる。

「おかあさんっ!しっかりしてよっ。
 ほらっ!立って、自分の着替え持ってお金もあるだけ用意して。
 おとうさんも!銀行なんか行ってるヒマないんだからねっ!」

「あ、ああ。」

そうだ、こうしてはおれない。

急ごう。
船越と言う刑事の連絡先のメモを握り締めて、迎えのタクシーに乗り込んだ。

貴信、奏人!

自分の目で事実を確認するまで、オレはそんなこと認めないぞ。

羽田から伊丹の一時間足らずが果てしなく長く感じた。
その後のタクシーが信号で停まる度に叫びだしそうな衝動に駆られる。

頼む、急いでくれ!

どうにかその日のうちにオレたちはそこにたどり着く事ができた。

しかし、はげ上がった刑事に言われるまま手続きを踏み
ようやく貴信と対面できた頃には、日付は22日に変わってしまっていた。

*

「安いって言ったんですよ。」

私は赤の他人を工具入れで滅多打ちにするという凶行の動機を聞いたのだ。
しかし、目の前の男が特に考える風もなく言った言葉は
あまりにも軽いものだった。

「安物の車だって、バカにしてるよね?」

*


重い、苦しい・・・なんのニオイ?息でけへんやん。

女の人の声がする。
あのヒステリックな声はお義母さん・・・・?

なんで?

ずきずき痛む頭に圧されているような重いまぶたを持ち上げる。

なに?

視界に入ってきたのは白い天井と点滴のパック、そこからのびる管。

病院?

「ウチ・・・?」

瞬時の混乱のあと、一気に映像が押し寄せてきた!

「そうとっ!!」

ふらつく体と痛む頭の叫びを無視して飛び起きる。
奏人は!?

「由香子、目ぇ覚めたんか?」

なんでお父ちゃん?

「そうと、奏人はどこ!?貴信っ、奏!?おとうちゃん!奏人どこ?
 貴信どこ行ったん!?なぁ!!」

ウチの両腕を掴んだままの形でおとうちゃんはがっくりとうなだれた。
震えてる・・・泣いてるん?

「おとうちゃん・・・あっ!?」

バシーンと耳の中で破裂音が響いた。

「何しよるんじゃ!」

「志づる!待て!」

ウチを叩いたんはお義母さんやった。

落ち窪んだ目が底からギラギラ光ってる。

激しい息遣いで声を荒げる目の前の人の、
涙と汗と涎にまみれた狂気じみた形相がその憎しみを物語る。


「今の今まで寝ていたんですって?いい気なもんね!
 それで母親なの!?貴信の妻なの?
 アンタのせいよ、何やってんのよ。この嘘つきっ!!
 休みの貴信に奏人を押し付けて出歩いていたんですって?
 アルバイトさせるほど貴信の働きが悪いって言うの!?
 甘えてるんじゃないわよ。
 アンタがちゃんと家を守ってればこんなことにならなかったんだわ!」

お義父さんと理恵さんが必死にお義母さんを抑えようとする。

「落ち着け!由香子さんのせいじゃない!!」

「やめてよ、おかあさんっ!!なんでそんな事言うのっ!?」

「違わないわよ!なんでも貴信に押し付けて・・・っ!
 こうなった原因はアンタだわ、かわいそうな貴信!
 奏人まで巻き添えになって・・・・」

おとうちゃんはウチを庇って、そんなお義母さんに殴られ続ける。

「ちゃんと家にいればせめて奏人だけでも助かったのよっ!」

あぁ、やめて!!
言わないで!!

耳をふさいで力いっぱい目を閉じた。

聞きたくない!

この理性をなくした義母の口から出る事実を、ウチの記憶回路はもう知っている。

でもウチは全身で拒絶する。

「アンタのせいで!」

「いやぁあー!!」

胸が悪くなる濃厚な血液の匂いがよみがえる。

赤黒いシミと回り続ける赤い光が記憶を揺さぶる。


「アンタのせいで貴信は死んだんだわ!」

*

「船越さん。いいですか?」

若い刑事の声に顔を上げる。

私は心底疲労感を覚えていた。
この気持ちの悪さを吐き出すべく、喫煙コーナーで大量の煙を作ってみたものの
一向に不快な違和感が腹から出ていく気配はなさそうだった。

「どうした?」

だからと言って、課長のようにボールペンや床や部下にあたる趣味はない。

私は勤めて笑顔でその呼びかけに応じる。

「あの。松浦の家族が持ってきた荷物なんですが。」

はぁ。

頭痛の原因の名前につい、ため息をつく。

呼んでもいないのに押しかけて来て、頼んでもいない着替えを投げつけ
散々傍若無人ぶりを発揮していった母親の顔を思い出した。

こんな時にはっきりとその顔を思い出すことができるのは、あまり嬉しくない技術だ。

こういう場合には職業病と言ってもいいだろう。

「あの、こんなものが。」

その、男にしてはすんなりとした手に乗せられていた物を見て私は思わず聞き返した?

「松浦の家族が!?」

それは携帯電話の充電器と
20万円の現金。

「これ、どういう意味なんでしょうか?」

「山口・・・・いくら経験の浅いお前でもわかるだろ?」

「え?」

「こんなもん私に理解できるはずないって事をだよ。」

*
自分のしでかしたことを現実として認識できていないのか
松浦智は、悪びれもせず事件のあらましをあっさりと自供している。

そう言う意味では手間のかからない取調べではあるが。

「素直に罪を認めてる・・・・んじゃないんだよなぁ。」

新しいマルボロの封を切りながらつぶやいた一言を山口は聞き逃さなかった。

「課長も松浦はどうかしてるって言ってましたけど。
 そんなにおかしいんですか?」

おかしいって、過激な団体の耳に入ったら人権侵害で糾弾されそうな事を言ってくれるよ。

「コッチは白なんでしょ?」

と、まだ世間知らずな山口は
薬物中毒の犯人を暗喩するポーズをして見せた。

「・・・まぁ、子は親の鑑ってヤツだろ。」

人の命を簡単に奪っておきながら、学校の噂話でもするように平然と話す現実感のない息子。
大罪を犯した息子に、忘れ物でも届けるかのように充電器や現金を持ってくる親。

「一回見てみるか?」

この若い刑事に経験を積ませようと言う気持ちとともに
年齢の近い人間が相手なら、また違う供述が飛び出してくるかも知れない、

そんな小さな可能性を試したくなるほど
この凶行の『動機』がどこにあるのかが見えてこなかったのだ。













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