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以前書いた岡田史子さんの『ほんのすこしの水』という作品には、実際、「水を与える」場面などはない。
彼女のここで「水」と言っているのは、「人の善意」のようなものではないだろうか。
この作品は(これに限らず岡田史子という人の作品は)多くの比喩に富んでいる。
比喩、というよりも、直喩、といった方が当てはまる。
「夢のように美しい月」というのが比喩ならば、「美しい夢の月」というのが直喩、メタファー。
主人公の娘は「家の富は私の力ではないのです」と流浪者ルカに言った後、「でも何かをしたいのです。私には、何かをする権利がありますか」と問いかける。
するとルカは、「何もしなければよいのだ...!」と答える。そのことが、金満家の娘タリ―を苦しめる。
彼女は、ルカが「乞食で泥棒」であることを知っても、彼への愛情を求めるが、ルカは、自身が「卑しい存在だから、汚れた手で彼女を抱くことは僕にはできない」と思い、彼女のもとを去ってしまう。
ここで「乞食」という言葉は、今では差別的と受け取られるが、この作品が持つ解読難解でメタファに満ちた雰囲気には、こうした死語は、かえって不思議と魅力的に感じられる。
また、この作品は昭和44年、今から40年も前に描かれたという事情もあるだろう。
タリ―のルカへの愛は強まるが、彼が自分を拒絶することへの苦しみに苛まれていく。そんな時、彼女の父親が、「タリ― どうした え?」と聞く。
タリ―「あの方 気がつかれましたから 着物を持ってきてさしあげます」
父「なんだ もう追い出すのかい?」
タリー「それ...どういうことですか?」
父「どうって...すっかり良くなるまで面倒を見たらってことさ!そうすればお前の慈悲心がどんなものか 思い知らせてやれるだろう?」
この父親の「慈悲心を思い知らせる」との台詞に、金満家ならではの傲慢さがはっきりと表現されている。
タリ―は父親とは異なる意味で、物乞いをせざるを得ない立場の人々の心を救いたい一心で、施しを行っていたのだが、父親は「特権階級 vs. 下層階級」といった、人の立場に差をつけないと気が済まない。
こういう父親のような人がいるから、「金満家が施しをする」行為が、「まず貧困にあえぐ人間の人格を尊重した上での行為なのか」と、ルカのように上流階級を責める疑問も湧いてくるのだろう。
それにしても、この作品は、普通の「少女漫画」のようなストーリー展開がない。
背景に用いられる綺麗な花もない。
ただ夢の中のような不思議な雰囲気の絵柄と、カフカの如く、「The End」となるわけでもなく、タリ―の家を出たルカの苦悩を表現する台詞が綴られて行く。
-この 僕の手の 湿った汚れは いつまでも続くのだから......タリ― あなたは世界のだれよりも 施しをする権利をもった人ですとも だからつらかったんです タリ― あなたを見ていることがー
そして、こうしたさ迷う青年の苦しみが、歌のように繰り返され、最後は「家へ帰るとしよう......もとい 牢屋だ」で締めくくられる。
だから、なぜ青年ルカは、「乞食で泥棒」となったのか、なぜ人の好意を断り、「僕にはこれがふさわしい こうして地べたに這いつくばり 泥でも舐めているのが......」とまで苦しんでいるのか、一向にその理由が明らかにされない。
その理由がはっきりしないからこそ、この『ほんのすこしの水』は、読めば読むほど味が出る作品になっていると思う。
作者は、「子供が繰り返し読みたくなる絵本のような、そんな話を描いてみたかった」と、漫画を描く動機を語っている。
そう言えば、絵本というのも、大人の世界のように理詰めではなく、ただ夢のようにお話が語られていく。
そこに「理屈」や「常識」が入り込んでは駄目になってしまう。そういう世界を漫画で表現できたのは、岡田史子さんだけだった。
その彼女ももう5年前に亡くなってしまった。でも今健在だったとしても、彼女は作品を描かなかっただろう。なぜなら、30年ほど前に出版されたこの朝日ソノラマの単行本の解説に、彼女自身がこう書いていたからだ。
「あれから、思うように作品が描けなくなりました。手塚先生も、時々私のことを話題にされてると知り、恐いくらい幸福で......でも才能は、もう5年前に失われてしまい、描こうにも、うんうん唸っているほどなのですから...」
彼女は昭和50年代以降はほとんど筆を断ってしまっていたようだ。
1作毎に絵柄を変えるほど、画期的な才能を持った人というのは非常に珍しい。ピカソも随分と絵柄が変化した人だったが、その状況に似ている気がする。
やはり、そんな稀有な才能の持ち主だからこそ、「才能は失われてしまいました」という、これまた稀有な言葉が自然と出てくるのだろう、と驚いている。
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