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2005/11/30
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2005/11/30
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2005/11/29
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2005/11/28
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何回初体験をすれば気が済むんじゃと言われそうだが,今回の初体験は大相撲観戦しかも本場所千秋楽
2005/11/27
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2005/11/26
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2005/11/26
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10数年前までまったく食べられず見るのもいやだった納豆。学生時代,寮の食器洗い当番のときには朝食に納豆の粘々がついた食器を洗うのもいやだった。地元にUターンしてからも,「納豆は体に良い」というので,何回もチャレンジしたが食べられずそのまま捨てたこともあった。(もったいない)ある日,スーパーで和日配のコーナーを歩いていると,「臭いが少ない納豆」という触れ込みで売られていたのがくめ納豆の「丹精」という商品だった。これなら食べられるかもと思って値段も確認せず買ってしまった。確かに臭いも少なく,難なく食べられた。それ以来,この納豆ばかりを食べていたが,何しろ価格が・・・。いつしかこれを扱っていたスーパーが閉店となって,食べられなくなった。今日移転新装開店のスーパーに初めて行ったら,数多くの種類の納豆が売られていた。ひょっとすると思いながら探してみると,ありました。見つかりました。初恋の人にひょっこり再会したような感じで,早速買って帰りました。くめ納豆 丹精
2005/11/25
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2005/11/24
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2005/11/24
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2005/11/23
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2005/11/22
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2005/11/21
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2005/11/21
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悪代官さんのところにあったものをやってみた。なかなか面白いわい。現在,4回修正◆ルール◆ ※経験した事ある物には○、無い物には×を付けるってことで。入院/○ 虫垂炎と骨折で骨折/○ 例のイタリアの出来事ね献血/○ 最近は,蚊以外に献血していません。失神/○ 骨折のとき あれは気絶かな?結婚/○離婚/○ 恥ずかしながらバツイチです風俗/× しゃぶしゃぶ/○ シャブは当然ないエスカルゴ/× 日本のデンデンムシは食べたことがある。万引き/×補導/× 女を殴る/× 男を殴る/× 就職/○退職/○ 転職/○アルバイト/○ 有名どころでは,ポテトチップの○池屋海外旅行/○ 8カ国ギター/○ コードだけピアノ/○ ソナチネまでいった バイオリン/× メガネ/○ 近視,乱視,老眼 (欲張りだ) コンタクト/×オペラ鑑賞/× テレビ出演/○ ローカルニュースで弩アップされたパチンコ/○競馬/× 買わないからよく当たる ラグビー/×ライヴ出演/× 舞台で歌ったことはあるが。 合コン/○ 友の引き立て役で。北海道/× 沖縄/○ 四国/○ 大阪/○ 名古屋/○ 就職して研修後の初任地。仙台/× 日光より北は行ったことがない。漫画喫茶/×ネットカフェ/×油絵/× 絵はまったくだめエスカレーターを逆走/○フルマラソン/× 自動車の運転/○ バイク運転/○ 自動二輪免許なし 10kg以上減量/×エステ/×交通事故/○ 電車とホームの隙間に落ちる/× お年玉をあげる/○ドストエフスキー/×大江健三郎/○ゲーテ/× 一万円以上拾う/×一万円以上落とす/×徹夜で並ぶ/○ 学生時代上京するための切符を買うために金髪/× 茶髪・金髪染め反対。審美眼を疑う。 ピアス/×50万円以上の買い物/○ローン/○両国国技館/× 日本武道館/× 日清パワーステーション/× 横浜アリーナ/× ラヴレターをもらう/× 手術/○ 選挙の投票/○ 国政選挙で選んだい人はいつも落選イヌネコを飼う/○ 一目惚れ/○ 幽体離脱/× あれがそうかなあ前世の記憶/× あったら怖いでしょう ヨガ/× OSの再インストール/○ しょっちゅう ヴォイスチャット/○ 先生に殴られる/○ 廊下に立たされる/○ 高校のとき職員室の廊下に立たされた徒競走で一位/× 回れ右ならしょっちゅう リレーの選手/○ いろんなリレーがあるから メルヴィル/× 『白鯨』を書いた人のことかなあ妊婦に席をゆずる/○ 他人の子どもをしかる/○ 躾けは、地域ぐるみでやりましょう!20過ぎてしらふで転ぶ/○コスプレ/×ジャケ買い/×同棲/× ストリート誌に載る/× 2メートル以上の高さから落ちる/○ものもらい/○学級委員長/○ちばあきお/× 誰?この人 ちばてつや/○ 岡崎京子/× 南Q太/× 誰なの?恋人が外国人/×治験/× へそピアス/× 刺青/× ナンパ/× 逆ナンパ/× 蒙古斑/○ たぶんあったでしょう,モンゴロイドだから出産/× コミケ/× 飛行機/○ ディズニーランド/×一人暮らし/○ スキー/×スノボ/× サーフィン/×フジロック/× 車で五合目までもいけなかったら恥だな異性に告白/○同性から告白される/○ いろんな事例があるからね 中退/×留年/× もう少しで,あわあわあわ・・・・。 浪人/×喫煙/○ 60本/日 吸っていました。禁煙/○ 現在9年目酔って記憶をなくす/○ 出待ち/× 飲酒運転/○ 公文式/× 進研ゼミ/× 結婚式に出席/○葬式に出席/○ 親が死ぬ/○喪主/○ 保証人/○幽霊を見る/○ だと思うUFOを見る/×先生を殴る/× どんな先生であろうと敬意を払わなければなりません 親を殴る/× 犯罪者を捕まえる/×ケーキを焼く/× 歌舞伎/×三島由紀夫/○ 尾崎豊/× 校舎のガラスを割った。どうのこうの,あれだけ知っている。ビートルズ/○ 怪我痕/○ ナイフの切り傷有り。指はちゃんと残っています。スピリタス/×サイト運営/○キセル/○読経/○ 食中毒/○ 無言電話/×ピンポンダッシュ/○ Fukkymama教えてくださって,尊尊我無決闘/× メンコの決闘なら踊り食い/○ どぜう同人誌/× ドラクエ/×ガンダム/×航空機操縦/×皆さんもやってみられたら!?おもしろいですよ。
2005/11/20
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2005/11/20
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2005/11/19
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2005/11/18
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2005/11/17
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2005/11/16
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2005/11/15
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2005/11/15
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2005/11/14
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2005/11/14
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今日は,個人的なクロヅル記念日。昨年の11月14日,数日前にクロヅルの飛来が確認されたと報道された。約9000羽飛来してその中の一羽がクロヅルだから遇える確率は非常に低買ったが,鶴監視員のおじさんに聞いたら,少し前に餌場から戻ってきたから近くにいるはずだと言いながら探してくださった。クロヅル,ソデグロ鶴,アネハ鶴,カナダ鶴とこちらでの珍種は,写真で見ただけだから実際には全く区別がつかない。珍種の鶴を探してもらって撮影できたのが昨年の今日だった。カナダ鶴やタンチョウも見たことはあるがその容姿で種類を判別できるような画像は未だ撮ったことがない。いま地元を悩ませているのが,鳥インフルエンザの流行だ。1万羽以上やってくる鶴たちへの伝染も心配だが,養鶏農家が多い地域だけに,ようけい心配のタネだ。
2005/11/14
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調子に乗って旅行に関係する失敗談(?)を一つ。 1992年の夏,初めてイスラエルに行ったときのこと,「黄金のエルサレム」という歌に出てくるくらいの素晴らしい夕景を見ながら考え込んでしまった。 「エルサレムの緯度は北緯32度で鹿児島県A市とほぼ同じだ。と言うことは小生が住んでいるところも緯度的にはほとんど変わらないではないか。なのに午後8時でこんなに明るいとはなぜなんだ?」一緒に行った連中に九州の人間は,もう一人いるだけでした。後はみんな関東の人間で,時間が遅くても私たちは北に住んでいるから「南の方は,夏はこれくらいの時間まで明るいんじゃないの?」とつれない答えしか返ってきませんでした。事実,埼玉に住んでいる甥っ子が鹿児島に遊びに来ると,日暮れが1時間近く遅いために時差ボケ(?)起こして,夏場など遅くまで外で遊んでいる。 この疑問は4年間続いた。96年3月イタリアの病院に入院していたときのこと。 入院患者でカトリックの洗礼を受けている者は,午前6時に看護婦さんの 「ブォンジョルノ!!」 の元気なかけ声(あれは,絶対「お早う。」の挨拶ではない。)で起こされていた。 というのも,午前6時30分から病院所属の司祭による巡回の聖体(ミサの時に戴く小さなパン)拝領が始まり,それを戴くために,起きて顔を洗って,歯を磨いて待っていなければならなかったからだ。ちなみにこの病院は,カトリックのある女子修道院が経営する病院だが,他宗教だからといって入院拒否をしない病院だ。あるイスラム国家のおエライさんが(元首かその家族)入院して療養したこともあるらしい。ところが,3月30日の日曜日(フランシーヌ場合ではなく,私の場合だよ。この洒落が分かってもらえると嬉しいが!!)の朝,元気なかけ声は,私の腕時計ではまだ午前5時に始まったのです。私が眠そうな目で時計を見ていると彼女は腕から時計をはずし,一時間進めました。彼女は英語が話せず,私はイタリア語が話せませんから実力行使に出て,時計の針を進めることでサマータイムになったことを教えてくれた。 ベッドから降りて歩けなかった私には,長い一日だった。一時間損した気持ちにもなってしまった。しかし,そのときもまだエルサレムの明るさの原因には気づかなかった。
2005/11/13
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2005/11/13
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ほーすけ34さんの日記を読んで,イタリアで怪我をして運ばれた病院で,勇気付けてくれたアンジェロ青年のことを思い出した。彼は今どうしていることだろう。下は自分のホームページに書いた古い文だ。1996年3月19日,私は,とある巡礼団の一員としてイタリア・ローマ近くのスビアコという小さな村にいた。そこはベネディクトが隠遁生活を送り、ベネディクト修道会を最初に開いた場所であるが,日本で発行されている旅行ガイドブックにも載っていないし,大きな地図帳にも載らないくらいの小さな村だ。ナポリからローマへ向かう途中に立ち寄ったから、中間に位置しているらしいのだがこれも定かではない。 昼食の後,そこに向かったが,道中車窓からは,春の嵐とでも言いたいような激しい霙と雷に見舞われたカルスト大地が広がっていた。バスから降りられるかどうか心配だったが、スビアコに到着したときは,激しい雷雨も上がり,雨上がりのさわやかなそよ風さえ吹いていた。入り口の門を通り,滑りやすく長い石の階段を,上っていき視界が開けて洞窟の写真を撮ろうとしたとき,「こっちの方がよく見えるよ」とガイドの声が聞こえた。「ああ,そうか。」と思って走ってそこまで行き,今上ってきたばかり階段の脇にそびえ立つ幅1メートルくらいの石の壁に飛び乗ったのが間違いの始まりだった。階段側は高さ2メートル以上あり,飛び乗った側は50センチあるかないかくらいの高さだから,飛び上がれないくらいの高さでもなかったのである。しかし,悲劇(?)は起きてしまった。そのとき私の頭には,『濡れた石は,滑りやすい』という事実の認識が完全に欠如しており,ものの見事に私の右足はハイドロプレーニング現象を起こし,今上ってきた階段へ宙を飛んで逆戻りしてしまった。 ただ運動音痴の自分が,宙を飛んでいるわずかの間に,このまま着地すれば,間違いなく石の階段に頭を叩きつけることを悟り、左手で頭をかばっていたことには自分で驚いている。体全体で石の階段の固さを実感し,濡れた階段を数段滑り落ちたようだ。打ち所が悪ければ間違いなく黄泉の国へ旅だっていたかもしれないが、左肘の骨折と骨盤の右側に小さなひびが入っただけですんだのは,不幸中の幸いと言わなければならないだろう。 この私の事故の様子を一部始終見ていたのが,イタリア人のアンジェロ(天使の意味:男性形)という一人の青年だった。彼は,同行の誰よりも速く駆けつけてくれたらしい。 私が覚えているのは,「大丈夫か?」と,いう誰かの声がかすかに聞こえ,起きあがろうとしたことだけで,頭から血の気が引いていくのを感じながら気持ちよく気絶したことだけである。気絶している間に,香油を塗られたようであるが,これも定かではない。とにかく完全に意識が戻ったのは救急車に乗せられて,救急病院に運ばれる途中だった。あとで聞いた話によると,私が落ちるのを見ていた彼は,修道院に連絡し,救急車を呼んで呉れたとのことである。そして,我々が巡礼の途中で,他のメンバーがローマに向かわなければならないことを知った彼は、見ず知らずの日本人の為に自分から進んで看護を引き受けてくれた。3月19日はスビアコの村祭りの日で,仕事が休みだった彼は,修道院に見学に行き,私の事故に遭遇したとのことだった。 収容されたのが田舎の救急病院で,医者はイタリア語しか話せず,こちらはイタリア語も話せない中で,片言の英語で私と医者の通訳をかってでたのが彼だった。 夕方,添乗員と他のメンバーがローマに向かったあとも,彼は病院に残ってくれ、消灯時間の午後9時まで食事もせずに,私を励まし,元気づけてくれた。 翌朝も病院が開くの待って,来てくれた。彼は退屈しないように,いろいろ話をしてくれた。痛みがひどくてどんな話をしたか覚えていないが,彼は法律勉強し,法律事務所に勤めていると言ったことだけは覚えている。 それと外国人にとっては私の名前は言いにくいらしく,呼びかけてくれるたびに発音が違っていた。そこで自分の名前を音読みして呼んでもらうことにした。姓も同じでフィリピンに行ったときなど完全に別人になってしまった。『ギョーテとは,俺のことかとゲーテ言い』という川柳の世界になってしまったが,とにかくアンジェロ青年は1日半を見ず知らずの日本人のために,自分を犠牲にし,彼の家族までに犠牲をさせ尽くしてくれた。救急病院からローマの病院に転院する為の折衝も引き受けてくれ,国際問題になることなく(大袈裟),ローマに転院できた。また、私だけでなくローマから迎えに来た添乗員やメンバーを救急病院の院長との面会時間になるまで,近くを案内し食事の世話をしたりしてくれたそうだ。聖書にある『善きサマリア人のたとえ』を,身をもって体験させてくれたアンジェロ青年にもう一回会ってお礼を言いたいのだが,彼の住所をひかえてくれた神父さんが,その手帳をローマで盗まれ,住所も姓もわからなくなってしまった。 もしこれを読んでから,スビアコに行く機会がある方,スビアコ近辺でアンジェロ青年のことを聞いていただきたいと思います。(わかるわけないか!?)帰国してから,日本人スタッフがいる現地旅行会社を通して彼を探してもらったが未だに見つからない。
2005/11/12
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2005/11/11
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今日現在紅葉の撮影の計画が全くない。写友と日程の折り合いがつかないし,週末になると天気が悪くなる。残念。
2005/11/10
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さて,きのうの焚き火のときの焼き芋と焼き卵。結果は, 大失敗。 夕方,主夫はお炊事をしなければならない。そこで,「炊事をするから」の一言を残して家に入っていった。火の番をしながら母親は火の周辺を片付けていた。焚き火の火が小さくなって,残り火に野良ニャンコが近付いてもいいようにトタン板を被せ,板の周囲に石や割れ瓦などを載せて完全に覆ってしまって母親が上がってきた。母親に「芋と卵は?」と尋ねると,「おや(私は),知らん。お前が取り出したかと思うとった。」トタン板は「アーチッチ,アーチッチ」の状態。取り出したときには,お芋さんは焼き色こそ付いていないものの外側は,カラカラというかパリパリの状態。で,焼き卵は?振ってみると「コトコト」と音がする。ひびが入っていたので割ってみようと試みた。が,割れない苦心惨憺して割ってみたら,白身は卵の殻にベターーーーーーッと付いたまま乾燥していた。黄身は申し訳なさそうに乾燥して縮こまっていた。炊事に入る前に自分で取り出すべきでした。
2005/11/09
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焚き火♪垣根の垣根の曲がり角 焚き火だ 焚き火だ 落ち葉焚き♪焚き火の中にはアルミ箔で包んだお芋さんと玉子さんが入っています。モデルは,近所のガキお子様から山姥と呼ばれている母親。ちなみに「曲がり角」でも「お肌の曲がり角」は二回目を曲がって元に戻ってしまいました。
2005/11/08
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長崎県福島町土谷免棚田きのう,長崎の番組を見てそのことを日記に書き,長崎県内のいったことがある主な場所を考えてみた。長崎へは親戚があるので多い年は年に5,6回いったこともあるが,五島,壱岐対馬の離島へは一回もないし,かの有名なハウステンボスにも行ったことがない。キリシタン史跡は比較的訪ねていて,時津から西坂まで26聖人の道を歩いたこともあるが,ミーハー的な観光地(どんなところだ)へはほとんど行っていないことに気づいた。よくよく考えて自分でも驚いたのは,南山手の大浦天主堂へは南山手に行くたびに立ち寄ってるが,すぐ近くのグラバー邸へは2,3回行っただけだ。これから長崎旅行のテーマは何にしようかな?
2005/11/07
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♪こよなく晴れた 青空を 悲しと思う せつなさよ うねりの波の 人の世に はかなく生きる 野の花よ なぐさめ はげまし 長崎の ああ 長崎の鐘が鳴る 召されて妻は 天国へ 別れてひとり 旅立ちぬ かたみに残る ロザリオの 鎖に白き わが涙 なぐさめ はげまし 長崎の ああ 長崎の鐘が鳴る ♪今日の某国営放送局の衛星放送番組で長崎県が放送された。久しぶりに温泉に行き,帰宅して少しお昼寝。その後ネットを覗いてテレビのスイッチを入れたのは4時半過ぎ。夕食の準備をしながら耳をダンボにして,音だけを聞いていた。5時過ぎ音を聞きながら夕食。(夜パソコンを教えるために出かけることが多いので我が家は夕食はほとんど5時過ぎです。)5時25分頃から大島ミチルの作曲『祈りのラプソディー』(だったかな?)のタイトルで,『島原の子守唄』『美しき天然(天然の美)』『長崎ぶらぶら節』『でんでらりゅうば』『蛇踊り』『長崎の鐘』の演奏と合唱が始まった。フルオーケストラ伴奏で合唱の『長崎の鐘』を聞いたのは初めてだったが,一番の「はかなく生きる 野の花よ」のあたりで胸にこみ上げてきた。注釈:(食べ物の詰め込みすぎぢゃないよ。)そして,二番の最初「召されて妻は 天国へ」で宙に浮いた折鶴が映し出されると涙がポロリ。歌を聞いて,即座に反応したのは久しぶりだった。感涙に咽ぶというのはこのことかと,実感してしまった。それにしても,いい演奏と歌だった。
2005/11/06
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昨夜から降り出した雨は,いっこうに止む気配もなく,雨の中を車で温泉へと向かった。温泉に着いたのは午後零時過ぎ,雨も降り,昼食時とあって,風呂はがら空き。中にいたのは,大人二人と小学生低学年と幼児の計4人だけ。お子様二人は,歩行浴の浴槽で子供達がよくそうするように,高飛込みをしたり,泳いだりとお遊びになっておられた。普通の湯船に浸かり少し体を温めて,いつものように歩行浴の浴槽へ向かった。ところが,私が入っていっても今まで同様水泳を止めなかった。そこで,やんわりと「ここはね,歩いく風呂(念のために言っておくが,別に風呂が歩くわけではない)だから,泳いではだめだよ,迷惑になるからやめなさい。」と注意した。小学生の子はすぐに止めたが,もう一人の子供は止めなかった。そして一言。「おじいちゃん,なぜここで歩くの?ここは泳ぐところだよ。」 そして再び泳ぎ始めた。「この○○ガキャー,下手に出ればつけあがって。」愛の拳骨でも召し上がっていただけば,少しはお目覚めいただけたかもしれません。小学生の孫がいる同級生もいるが,まったく見ず知らずの ガキ お子様 から「おじいちゃん」とは,まだまだ言われたくないなあ。
2005/11/06
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地元で撮影したSLのネガを探しているにも関わらずまったく見つからない。ネガが見つからないのでイライラはするが,うれしいのはふるさとの貴重な記録にもなる写真が見つかることだ。今日の画像は,母校の小学校の航空写真。これともう一枚,この写真の5年前に撮影された航空写真が出てきた。この人文字の中に自分もいる。これを撮影したときに,どのあたりにいたか,記憶が鮮明によみがえってきた。現在もある建物は,右側にポツンと建っている体育館と,その左の鉄筋コンクリートの校舎だけ。ブログではない自分のホームページにSLの写真集を作りたかったが,「いにしえのふるさと」というページに作り変えなければならないようだ。
2005/11/05
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エルサレムから死海に下っていく道路の途中にあります。死海は海抜-400mで,この標識が地中海の海水面の高さだそうです。周りがすべて砂漠で海が見えませんので,海抜0mとはにわかに信じがたい光景です。
2005/11/04
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1992年8月某日期待された方,期待はずれでごめんなさい。アルバムを整理した後に,送っていただいたのでしょう。ポケットアルバムに入っていました。死海にて。絶対に沈みませんでした。
2005/11/04
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昨日とうって変わって今日は完璧な行楽日和。今日は,主夫をやりながら物置部屋のお片付け。ネガがなくなった珍しい写真が出てきた。この時点で,お片づけが中断して早速パソコンに取り込んだ。ン十年前に撮影した「春の生家」。この藁屋根の家もなくなり,横の瓦屋根の家もなくなった。裏山も治山工事で形を変え,手前の田んぼも今では住宅地に変わって家が建っている。撮影したカメラは今でも持っているが,撮影したのは昭和30年代後半ということしかわからない。
2005/11/04
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今日は地元の祭りも雨でどうなることやら。前に,アップしたことがある武者行列も催されるかどうか怪しいところだ。開始を告げる火縄銃の試射の音も聞こえなかった。撮影にも出かけられないな。画像は,鷺。「私は禁猟区の中で鶴さんと行動を共にしている。鶴さんたちの中にいると『変わった鶴がいる』と言う人もいるが,私は詐欺を働いているつもりはない。鳥を知らない人たちが勝手に変わった鶴と思っているだけだから。私が鶴さんたちの中にいるのは,人間が時々撒いてくれるどぜうにありつくために行動をともにしているだけだから。私の同僚のゴイサギは首をすくめて立っているとペンギンに間違えられると話していた。私は,鷺だけど詐欺ではない。勝手に間違えながら,詐欺師呼ばわりしないで欲しい」
2005/11/03
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今日の画像『ハイビスカスの後姿』♪「帰っちゃー,いやーと」←あっ,これ関係ないか「後姿」だった。「/」これを入力するとき,MS-IMEで漢字変換できる状態ではふつうにキーを押すと「・」が表示され,F9で全角,F10で半角で入力できます。今日の教室で,11/15を入力するとき,一人の昔の娘さんが「ななめ」と入力して/を表示させました。またしても目が(・o・)になりました。§の読みは知っていましたが,/(スラッシュ)が「ななめ」で入力できるとは全く知りませんでした。
2005/11/02
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テレビを替えて3日目,時々BSが映らなくなる。デジタルだけでなくアナログの放送も受信できなくなる。画面にはエラーコードとメッセージが表示される。全部が映らないなら受像機(言い方が古風だね)の不具合やアンテナの方角違いも考えられるが,時間帯によって受信できない局が変わったり,すべて受信できたりと,そのときの気分次第だ。最近のパソコンのマニュアルより分厚いテレビのマニュアルを開いてみると,「BSデジタルアンテナを使用してください」と書かれている。我が家のBSアンテナは12年くらい前につけたものだ。ということは,デジタル放送には対応していないことになる。でも,どこが違うのだろう?画像は「ダリヤ」。「撮影したんは,ダリヤ?」と先に書いておこう。
2005/11/01
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アンテナ工事も無事に終わりそうだ。1m以上穴を掘って埋め込み根元をセメントで固めてあるが,まだ完全に埋め戻していない。走査線1125本のハイビジョンにはかなわないが,驚くほど綺麗な地上波放送も楽しめるようになった。柱,アンテナ,ブースター,ケーブルと工事費,請求がどれほど来るか心配だ。アメジストセージの花花の後ろ側には,リスさんが遊びに来ています。
2005/11/01
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