第二十九話
｢奴を止めなければ………奴を止めなければ………｣
龍太は恐怖に震える自分の体に言い聞かせる。
だが龍太の体はまるで龍太の意思を拒絶するかのようにまったく動こうとしない。
｢今奴を止めなければ取り返しのつかない事態になる………
鞘坂先生の傷も浅くはない………早くしなければ大変なことになる………｣
龍太は自分の腕に噛み付いた。腕に痛みがはしり、口の中に鉄の香りが広がった。
｢風龍！奴を吹き飛ばせ！瞬風龍斧（しゅんぷうりゅうふ）！！｣
龍太は痛みにより恐怖という束縛を一時的に振りほどくと
風を起こし二人を風圧で吹き飛ばした。
｢うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！｣
龍太は風を体に纏うと、床を蹴り、風の力で加速し、タツに切りかかった。
｢動きが変わった………ふん、面白い。｣
タツと龍太の刃が交わり、黒い火花を上げた。
｢滅炎（めつえん）！！｣
タツの剣から黒い炎球が放たれた。
この黒い炎球は先ほどの剣圧から判断すると氷龍の氷壁（ひょうへき）でも
防ぎきれないだろう。
ならばこの炎球は防ぐのではなく避けるのがこの場合の最もベストな行動だろう。だが、この炎球の軌道の先には校舎がある。
剣圧だけで校舎を揺らすほどの威力だ。
もし校舎がこの炎球を受ければ跡形もなく消し飛んでしまうだろう。
ならば今ここでこの炎球を避けるわけにはいかない。
｢炎龍、封炎龍神剣（ふうえんりゅうじんけん）！！｣
龍太は武器を炎龍に持ち替えた。
｢覇炎鱗（はえんりん）！！｣
龍太は炎球に向かって炎のつぶてを放った。
が、タツの炎球は龍太の炎のつぶてをなぎ払いながら
一直線にこちらへ向かってくる。
｢覇炎鱗（はえんりん）！！覇炎鱗（はえんりん）！！覇炎鱗（はえんりん）！！｣
龍太は何度もタツの炎球へと炎のつぶてを放った。
それでも尚、タツの炎球は龍太の炎のつぶてをなぎ払い、
こちらへと向かってくる。
｢氷龍！氷龍爪甲（ひょうりゅうそうこう）！！氷壁（ひょうへき）！！｣
龍太は自分の目の前に巨大な氷の壁を作り出した。
タツの炎球と龍太の氷の壁が正面からぶつかり合う。
そして、巨大な爆炎とともに氷の壁は砕け散った。
それと同時にタツの炎球も威力を失い消え去った。
龍太の幾度となく放った炎のつぶてがタツの炎球の威力を徐々に削っていたのだ。
｢この高威力の攻撃を避けるのではなく、
大量の霊力を使用してまで防ぐという手段をとるか………
そうまでしてあの常人どもを守りたいようだな。｣
タツはニヤリと笑った。
｢光一（こういち）、今からそこにいる常人どもを一人ずつ殺していけ！｣
タツは金髪の男に命令した。
｢了解！｣
命令を受けた金髪の男光一は一番身近にいた一人の男子生徒に切りかかった。
｢やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！｣
龍太は校舎へ戻ろうとタツに背を向けた。
｢拘束の連鎖（チェーンワインド）！！｣
連鎖の右腕から三本の鎖が伸び、剣を持つ光一の右腕に巻きついた。
｢龍峰！戦いの場において敵に背を向けるとはこういうことだ！
無謀にもほどがあるぞ！
龍峰、こちらはオレが命に代えてもこいつを止めてやる。
貴様はそいつに集中しろ。｣
連鎖の言葉が龍太を我に返らせた。
龍太はその場に踏みとどまると再びタツの方へ剣を構えた。
｢お前ごときがこのオレを止められるかな？｣
光一は剣を逆手に持ち返ると連鎖の鎖を切断した。
｢ああ、止めてみせるさ。｣
連鎖の鋭い眼が光一を睨みつけた。
龍太にはこの数分の時間が終わりない無限の時間に思えた。
体が重い。タツの攻撃一撃一撃がとてつもない威力を持っている。
タツの攻撃を一回防ぐごとに大量の霊力が削られていく………
体に刻まれた無数の傷から流れ出る血が龍太の体力を大きく奪う………
龍太の体は肉体的にも精神的にも限界を迎えていた。
連鎖も同様かなり危険な状態にあった。
光一の剣、光龍剣（こうりゅうけん）は光一の霊力が
一点に集中されできたいわば一撃必殺の刃。
さらに風牙をも凌駕する超スピード。
光一から受けた左肩の太刀傷は連鎖の左腕の感覚を奪った。
今の連鎖の左腕は使いものにならない。
戦況は圧倒的に龍太たちのほうが不利だった。
もはや龍太たちが敗れるのは時間の問題だった。
｢どうした！剣に重みがなくなってきたぞ！｣
タツは龍太の剣を大きく弾いた。
｢し、しまった………｣
龍太に大きな隙が生じた。ここを見逃すタツではなかった。
｢滅炎（めつえん）！！｣
タツは黒い炎を纏った剣を振り下ろした。
｢渦巻く猛火の矢（スパイラルブレイズアロー）！！｣
突然側面から飛来した炎の矢がタツの剣を弾いた。
タツの太刀筋が乱され、軌道を逸らされた黒い炎球は
龍太をかすめ校庭の隅に命中しクレーターを作り出した。
この矢は舞火が校舎内から放ったものだった。
｢ちっ、この死にぞこないが！｣
タツは龍太を蹴り飛ばすと舞火に向かって行った。
舞火は光一から受けた傷が致命傷となりまともに動ける状態ではなかった。
先ほど放った矢は龍太を助けたいという一心で放った最後の矢だった。
舞火はもう指一つ動かせない状況だった。
｢舞火だけは………舞火だけはやらせねぇ！｣
まだ孤独という名の地獄の中にいた自分に初めて手を差し伸べてくれた、
自分を変えるきっかけを作ってくれた舞火をやらせない。
その思いが龍太の中のリミッターを外した。
龍太の五匹の龍たちがまるで吸い込まれるかのように龍太の体へと入っていく。
すると龍太の体から常人でも見えるほどの高密度の霊力が吹き上がった。
龍太は地面を蹴ると信じられないほどのスピードでタツへと突進した。
そして…………龍太は身を挺して舞火に向けられたタツの剣を受け止めた。
龍太の左胸にタツの剣が深く突き刺さる。
｢自ら死にに来るとは………愚かな！｣
タツは大きく笑いながら龍太に突き刺さる剣を抜こうとした。
だが抜けない。龍太は左手でタツの剣を押さえた。
龍太の左手から真っ赤な血が流れ出ることからそ
の力の強さが尋常ではないことが窺える。
｢逃がさん………｣
龍太の口から龍太のものではない別の何かの声が放たれる。
龍太は右腕をタツの顔を掴んだ。龍太の右腕に高密度の霊力が集中していく。
｢な、なんだ………この力は………｣
タツは龍太の腕を振りほどこうとするが龍太の腕は離れない。
｢消し飛べ………黒き欲望の龍よ！｣
龍太は鬼人の如く目を見開き、そして吼えた。
その目は純粋で澄み切った青色の閃光を放っていた。
龍太の右腕から巨大な霊力波が放たれた。
この巨大な霊力波を直接食らったタツはまるで襤褸切れのように吹き飛ばされ
宙を舞った。そして校庭の真中へ落下した。
｢タツ！｣
光一は連鎖との戦いを放棄するとタツの下へと駆け寄っていった。
｢光一………今回は撤収だ………｣
タツは弱々しくそう言うと来たときのように空に黒い球状の物体を作り出し、
その中へと姿を消した。
光一もタツと同様に黒い球状の物体の中へと消えていった。
そして黒い球状の物体自体も空に溶け込むかのようにその姿を消した。
敵の気配がなくなると龍太は力尽きたようにその場へ倒れこんだ。
辺りは異様な静寂に包まれている。この光景を見た誰もが言葉を失い、
ただただ呆然と龍太の姿を見つめるしかなかった………
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