第三十一話
龍限の手から再び霊力が流れ始めた。龍限はその霊力を龍太に注ぎ込んだ。
｢龍限さん、な、なにを………まさか………｣
連鎖は龍限の行動を見て声を震わせた。
｢ふっ、連鎖くんといったっけな？
今龍太を助けるにはもうこの方法しかないのだよ。｣
龍限はそういうとニコリと笑ってみせた。
だがその笑顔に余裕の色はなかった。
｢みなさん、龍太のことを頼みます。
そして………龍太、すまなかった………龍峰家は龍を代々守ってきた。
ワシがお前に龍を持たせてしまったためにこの宿命を背負わせてしまった。
こんなワシを許してくれ。｣
それが龍限の最後の言葉だった。
龍限の体が大きく傾く。
そして、龍限はその場に倒れこみ動かなくなった。
｢龍限さん！｣
みんなが龍限のもとへ駆けつけたときにはもう遅かった。
｢犬飼くん！龍限さんが………龍限さんが………｣
舞火は涙をいっぱいに溜めた瞳で連鎖を見つめた。
｢霊力は己の中の魂の力。
人は実はとても強大な力をもっているが、
肉体の力は人間本来の力の二十パーセントしか発揮していない。
残りの八十パーセントは魂の力で、
この力を使用することができるのがグリマーだ。
だが、グリマーであっても使用できない霊力が二十パーセントほどある。
それは魂が己を維持し続けさせるために使うものだ。
霊力を使い切った龍限さんは、
自分の魂を維持する為の二十パーセントの霊力を龍太に流し込んだんだ。
そして………己を維持するための霊力さえ失った龍限さんの魂は
今その役目を果たし終えてしまった。
つまり己を維持できなくなった魂が消滅してしまったのだ。
万物にはすべて魂が宿っている。
魂を失ったものは抜け殻になる。
つまり………龍限さんは死んだ………｣
そして連鎖は最後にこう付け加えた。
龍限さんは龍峰に自分の命を捧げたんだ………と。
この出来事は龍太が目を覚ますわずか三時間前の出来事だった。
舞火は話終わると心助の隣に並べられたもう一体の死体の白い布をめくり上げた。
そこには心助同様に冷たく変わり果てた龍限の姿があった。
龍太は龍限の死に顔を見ると何も言わず、この霊安室を後にした。
｢龍太待って！｣
｢龍太！｣
舞火と大地が龍太の後を追って霊安室を飛び出した。
｢待て、お前は行くな………｣
風牙は大地の腕を掴み大地を引きとめた。
｢今は………オレたちが何言っても………ここは炎道に任せよう………｣
｢おい、お前は龍太のこと心配じゃ………｣
大地は怒鳴りかけたが口を閉じた。
風牙の拳が震えるほど強く握られている。
龍太のことが心配なのは皆同じだった。
霊安室の中の空気は石のように重たく、
悲しみだけをより一層深くさせてるいるようだった。
皆悲しみを堪え、そしてここにいる誰もが自分の無力さに怒りを抱いていた。
｢龍太………｣
龍太は霊安室を出てすぐの角を曲がったところで足を止めていた。
傷のせいもあって龍太は長い距離を歩けなかった。
｢鞘坂先生は勲や極と同じ、オレの力を認めてくれた数少ない人だった。
『子供だけであまり危ないことをするな。たまには大人も頼れよ。』って
言ってくれたんだぜ。
じいちゃんは早くに両親を無くしたオレをずっと面胴見て来てくれた。
オレわがままばっか言って、じいちゃん孝行なんてまだしてねぇのに………｣
龍太の肩が小刻みに震えている。
｢なのに………なのに………二人ともオレが無力だったばっかりに………｣
龍太の足元に涙が零れ落ちた。
｢………｣
舞火はそんな龍太の姿を見てはいられなかった。
｢全部を一人で抱えないで………｣
舞火はそっと龍太の背中を抱きしめた。
｢無力だったのはわたしも同じでしょ！
わたしなんか結局また龍太に守ってもらってばっかりで………
わたしがもっと強ければ龍太を助けて上げられたのに………
龍太の負担を軽くしてあげられたのに………
無力なのは………無力なのはむしろわたしの方よ………なのに………
一人で悩んで苦しんで………責任を全部一人で背負い込んで………｣
舞火の目からも大粒の涙が零れ落ちる。
舞火はさらに強く龍太を抱きしめた。
｢くそっ………くそ………うっ………うう………｣
龍太は舞火に縋りすすり泣いた。
｢先生………じいちゃん………｣
龍太はしだいに声を上げ、泣き崩れた。
暗い静かな廊下に二人の声が空しく木霊する。
龍太たちにとって身近な人の死は初めての経験だった。
また、十四、十五歳である少年、少女には辛すぎる現実でもあった。
｢う………うう………｣
二人はいつまでもいつまでも涙を流していた。
そんな二人の様子を精霊たちはただただ心配そうに眺めるしかなかった。
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