紅蓮’s日記

紅蓮’s日記

第四十二話



数はだいぶ減ってきたがロボットたちの侵攻は止まることはなかった。
未だに警官隊は防弾ジョッキ、ヘルメットを身に着け、左手の盾を構え、
右手の警棒を振り上げロボットと戦っている。
警官隊とロボットたちの衝突が始まって早二時間、
ロボットたちと互角に戦っていた警官隊が
次第にロボットたちに押されるようになってきた。
理由は簡単だ。
二時間もの間戦い続けている警官たちの体には
極度の疲労が溜まって来ている。
疲労はまるで蛇のように警官隊の体に纏わり着き、
体の反応速度を著しく下げていた。
一方ロボットの方はおそらく機械で体ができているため、
「疲労」という言葉を知らない。
さらにロボットは痛みを感じない。
腕がもげようと、足が折れようと
ひたすら有然中学校に向かって侵攻していく。
警官たちはこうはいかない。
つまり、生身と造形物という体の構造の違いが
時間とともに戦況に大きな差を生み出したのだ。

「ぐぅっ!」

有然中学校の校門前を護衛していた一人の警官が足を負傷し、
その場に倒れこんだ。
そのスキを逃さずロボットは倒れこんだ警官に鋭い爪を構える。
足を負傷したこの警官は動くことができない。
仲間の警官も彼を助け様としない。
いや、できないのだ。皆自分の命を守ることで今は精一杯だった。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

警官は恐怖のあまり腕で顔を覆い、目をつぶった。

「おい、大丈夫か?まったく、だらしねぇ警官(マッポ)だな。」

ふと警官は少年の声を聞いた。
警官は恐る恐る目を開いた。
そこには茶髪で坊主頭、耳にピアス、
そして右腕には黒く光る槍を手にした一人の少年がいた。
そしてその少年の足元には自分を襲っていたロボットの無残な姿があった。

「あ、あぶない!」

警官は咄嗟に叫んだ。
少年の足元に横たわっていたロボットは
まだ機能を完全に停止させていなかった。
ロボットは起き上がると背後から少年に襲いかかった。

「奴を捕らえろ!黒丸(こくまる)!!」

少年は瞬時に敵のほうへ振り返った。
軽い音がしたかと思うと、少年の手にしている槍が突然三つに分かれた。
三つに分かれた槍はそれぞれ鎖で繋がれており、
まるで蛇のようなロボットの腕に絡みつき、
そして先端の刃はロボットの肩に深く突き刺さった。

「おぅりゃ!」

少年は右手を勢いよく引き、絡み取ったロボットを自分の下へ引き寄せた。
同時に大きな衝撃音が響く。
少年の左拳がロボットの胸に叩き込まれた。
ロボットはバラバラに砕かれ、自分の機能を停止させた。

「ここはオレたちに任せてあんたたちはさっさと逃げな。」

少年はそう言うと警官の手を掴み立ち上がらせた。

「な、何を言ってるんだ。
まだ子供のキミにこの場を任せられるわけないだろ。
それにまだ辺りはこのロボットだらけで………」

警官がそう言いかけたときだった。
少年は警官の言うことも聞かず走り出した。

「大螺旋(だいらせん)!!」

少年の黒い槍がいくつもの綺麗な円を描く。
同時にロボットたちは次々になぎ倒されていく。

「………」

あまりの光景に警官たちは言葉を失い、
開いた口を閉めることなくただただ立ち尽くすだけだった。

「ラスト!!」

少年が最後の円を槍で描いたとき、最後のロボットがなぎ倒された。

「どうだ?手負いのあんたたちよりは役立つと思うんだが?」

少年は意地悪そうに笑って見せた。
だが、警官たちにとってこの笑みは何よりも頼もしく見えた。

「………すまない。ありがとう………」

警官たちは負傷したお互いを助け合いながら校舎内へと向かって行った。
最初にこの少年に助けられた警官は校舎に入るまで
ずっと少年を自分の肩越しに眺めていた。

 「どうやらこれで校内のロボットは全部片付いたみたいだぜ。」

警官を見送った切菜の下に剣児が現れた。

「そうか。やっとこれで全部か………」

切菜は剣児の知らせを聞くとニコリと笑い、そして大きなため息をついた。
同時に剣児も大きく息を吐いた。
一体一体の力は弱いロボットであったが、
さすがに千体を超える数を相手した二人の顔にはさすがに疲労の色が覗えた。

「………切菜、休むにはまだ早い。
雑魚が片付いただけでまだ敵を倒しきったわけじゃねぇ。」

校舎裏からは激しい衝撃音、校庭のいたるところでは風が砂を巻き上げ、
吹雪が巻き起こり、そして雷と炎が舞っていた。
どうやらレジストグリマーズの奴らが本格的に仕掛けてきたようだ。

「ああ、わかってる。」

剣児の言葉を受けた切菜は自分の両頬を平手で叩き、気合を入れなおした。

その時だった。
二人の目の前にまたあの黒い球状の物体が現れた。
しかも今までのものよりも遥かに大きい。
そして、中から姿を現したのは直径五メートルほどの半球状で
白いドームのような物体と一人の白い青年だった。
青年は髪も、肌も、そして身に纏う衣服も白だった。
青年はドームの上に立ち、辺りを見回し、
そして身構える剣児と切菜に目を留めた。

「キミたちか………ボクの『機械人形(マリオネット)』を壊したのは………」

青年は身に纏う唯一白色でないもの、
エメラルドグリーンの瞳で剣児たち二人を睨んだ。
どうやらマリオネットとは有然町を襲撃した
ロボットのことを指しているようだ。

「データはある。
右の奴は長い茶髪で手には二本の刀、『桜閃(おうせん)の剣児』か。
左のこれまた茶髪で坊主頭でいかにも頭が悪そうな奴、
お前は『剛力(ごうりき)の切菜』だな。」

青年はまるでコンピューターの中のデータを読み取るかのように言い放った。

「オレたちの通り名を知ってるってことは、
お前はグリマールワールドの人間、
もしくはレジストグリマーズのグリマーってことのようやな。」

剣児は構える二本の刀、
紅桜(べにざくら)と霞桜(かすみざくら)を強く握った。

「いい線を突いているね。確かにボクはレジストグリマーズの人間だ。
だが惜しいね。ボクはグリマーじゃないんだ。
ボクは機械人形使い(マリオネットマスター)、パペティアと言います。」

パペティアはそう言うと銀色の筒状の物体を取り出した。
そして、引き金を引いた。
筒状の物体から青白い閃光が放たれ、
放たれた閃光は剣児たちの目の前で爆発、
二人を爆音と爆煙で包み込んだ。
同時にパペティアは右足を強く踏み鳴らした。

「くそっ、霊力砲か………」

「ちっ!飛刃(ひじん)・旋風(せんぷう)!!」

切菜は黒丸(こくまる)を勢いよく振り回した。
黒丸の巻き起こす空気の流れが爆煙を吹き飛ばした。
二人の視界が戻るとそこにはパペティアの姿はなかった。

「剣児、上だ!」

なんとあの巨大なドームはふわふわと宙へ浮いていた。
そして、ドームの底部から無数の触手が伸びる。

「あなたたちは我々レジストグリマーズの敵だとボクのデータにあります。
なのでこのマリオネットPMOWと
ボクが全力であなたたちのお相手をいたします。
あ、ちなみにマリオネットPMOWの『PMOW』は
『Portuguese Man-Of-War』、
『電気くらげ』って意味です。ね、そっくりでしょ?」

パペティアはPMOWの上でニコリと笑って見せた。

「電気くらげだかなんだか知らないけどな、叩き切ってやる!!」

切菜は勢いよく地面を蹴った。

「PMOW、自動攻撃(オートアタック)モード!!」

パペティアの言葉に反応するかのようにPMOWは体を発光させた。
PMOWの触手が突進する切菜を迎え撃つかのごとく乱れ舞う。

「ちっ!」

切菜は触手たちの強襲の中、黒丸(こくまる)を振り回し
触手を切り裂いて道を切り開く。
だが触手たちは機械とは思えない鋭敏な動きで切菜に襲い掛かる。

「飛刃(ひじん)・連(れん)!!」

剣児の放つ数多の霊力の刃が切菜の手に負えない触手を断ち切っていく。
切菜は触手の森を突き抜け、パペティアの前へと飛び出した。

「大螺旋(だいらせん)!!」

切菜の黒丸(こくまる)が円を描くようにパペティアへと振り下ろされる。
パペティアが霊力砲を構えようとするが間に合わない。
パペティアが驚愕の表情を浮かべ………ていなかった。
それどころか笑みさえ浮かべていた。
辺りに衝撃音が響き渡り、切菜の腕にしっかりした手ごたえが伝わってくる。
が、切菜の黒丸(こくまる)の刃はパペティアの前方数センチのところで
止まっていた。
パペティアまで届いていない。
切菜の黒丸(こくまる)の刃はPMOWの放つ
淡く青白い光の壁に阻まれていた。

「PMOWは優秀なんだ。
射程内に入る者すべてを触手でランダムに自動でなぎ倒してくれるし、
しかも内部に蓄積された霊力でバリアを張ることもできるんだ。」

パペティアの言葉に気を取られていた切菜は側面から飛んできた触手を
左脇腹にモロに受けてしまった。
同時に切菜の体を激しい電流が襲う。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

苦痛のうめき声を上げながら切菜は落下し、校庭に倒れこんだ。
パペティアは追い討ちを掛けるべく、
さらに無数の霊力砲を切菜に向けて放った。

「飛刃(ひじん)・連(れん)!!」

剣児は咄嗟に霊力の刃を放つとパペティアの霊力砲を全て打ち落とした。
そして切菜を抱きかかえるとPMOWの射程外まで距離を取った。

「切菜、大丈夫か?」

剣児は気を失っている切菜を揺すり起こした。

「………っ!大丈夫だ………」

切菜は何とか自力で立ち上がった。
だが強力な電流を流された切菜の体は、電流により筋肉が硬直し、
思うように動かすことができなかった。さらに………

「切菜、まずいぞ………」

突如切菜の精霊大黒が姿を現し、切菜に声を掛けた。
大黒は無言で切菜の握る黒丸(こくまる)を指差した。

「っ!?な………」

切菜は声を失った。
なんと切菜の武器、鋼鉄製の三節棍黒丸(こくまる)に
亀裂が走っていたのだ。

「切菜、こいつはちとピンチやないか?」

降り注ぐ霊力砲をなぎ払う剣児は
損傷した黒丸(こくまる)を見て声を漏らした。
通常多くのグリマーは精霊を武器化させて戦うとき、
精霊自身を武器へと変化させる。
なので武器が損傷しても霊力を流し込めば
その損傷個所を瞬時に修復することが可能である。
だが二刃の者たちが扱う武器は実物の武器だ。
二刃の者が使う精霊は物に宿る精霊。
精霊の宿っている物自身に霊力を流し込むことによって
精霊の力を使用する。
よって攻撃時に使用する霊力は軽減できるものの、
他のグリマーと違い実物の武器を使用しているため
武器の損傷は霊力によって行えない。


「それそれ!もうお終いかい?早くしないと………」

パペティアは両手に霊力砲を構え、
引き金を引き続けながら意地悪そうに笑って見せた。

「もう遅いか………」

パペティアが声を漏らした瞬間、PMOWに異変が起きた。
なんと最初の攻撃で切断された触手が再生し始めたのだ。

「言い忘れてたけど、PMOWには自己修復能力があるから。
あんまり時間掛けるとキミたちじゃ勝てないよ。」

絶望的だった。
PMOWの射程内では触手の猛攻により迂闊に近づくことができない。
何とか近づいたとしてもPMOWの全身を覆うパリアで
まともなダメージを与えることはできない。
さらに敵は自己修復機能を持っており、
時間が経つとすぐに再生してしまう。
PMOWの射程外から攻撃しても、
やはりバリアに阻まれダメージを与えられず、
パペティア自身が放つ霊力砲の雨に襲われる。
言うまでもなく、パペティアとPMOWには傷一つなかった。
一方剣児と切菜は時間が経つにつれ傷と疲労が増えていった。

「しまった!!」

疲労のせいか、動きの鈍った剣児は
パペティアの放った霊力砲を数発受け損ねてしまった。
しかもその霊力砲はよりにもよって有然中学校体育館に向かって
一直線に飛ぶ。
万事休す………だと思った次の瞬間、上空から別の霊力砲が飛来し、
パペティアの霊力砲をなぎ払った。

「ぶわっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

そして高らかな笑いと共に一人の巨人………
いや、たくましい肉体を持ち、
身長二メートルはあると思われる老人が降ってきた。
背中には銀色に輝くパペティアと同じ型の霊力砲を背負っている。

「大丈夫か、ガキ共?」

巨大な衝撃音とともに着地した老人が放った第一声がこれだった。

「………敵………ではないみたいやな………」

剣児は突然の出来事にかなり動揺していた。
もちろんそれは切菜も同じだった。
ドーレンは霊力砲を構えるとまず思いっきりPMOWに向かって
一発ぶっ放した。

「オレはドーレン メタボルト。
三頭犬のガキに言われてお前たちを助太刀にきた。」

そして剣児たち二人に向かって笑って見せた。
そしてドーレンは次に真剣な眼でパペティアのほうを見た。

「たく、三頭犬に『ロボットがどうの』って聞かされたときは
まさかと思ったが………やっぱりお前だったか、パペティア。」

「………」

ドーレンとパペティアは睨み合った。

「奴を知っているのか?」

切菜はドーレンに尋ねた。

「ああ、よく知ってる奴だよ………」

ドーレンは静かに答えた。そのときのドーレンの表情はどこか哀しげだった。


「さて、どうやら今はあのクソくらげを止めなきゃならねぇみたいだな。」

ドーレンは丸太のような太い腕を回し、肩を慣らし始めた。
すでにこのときにはドーレンの表情から哀しみが消えていた。

「と、止めるってどうやって………」

剣児は弱音を吐いた。

「どうやら相当あのクソくらげに梃子摺っていたようだな。
射程内の自動攻撃(オートアタック)システムにバリア、
触手の電撃に自己修復能力………」

「どうしてそれを知ってるんだ?」

切菜は尋ねた。

「そりゃ、オレがあいつを作ったからだ。
あいつだけじゃねぇ。
その辺に転がっているマリオネットどももオレが作った。」

意外な返答に剣児と切菜は驚きのあまり言葉を失った。

「マリオネットもあのクソくらげも『吸霊石』を核にして作られている。
だから核さえ壊せば簡単に止めることができるぞ。
ちなみに核はあいつ………パペティアの丁度足元だ。
バリアは触手が生えている底部が一番薄い。
つまり、触手の中に潜り込んで超威力の一撃を叩き込んでやれば
バリアは壊れる。
まぁ、バリアさえ壊せばこっちのもんってことだ。」

剣児と切菜の顔に活力が戻った。
絶望的と思われたこの戦況のなか、一つの勝機という名の光が見えたからだ。

「剣児、バリアはオレが叩き壊してやる。
だが、まだちと慣れてないことをするから時間が掛かっちまうんだが………
その間にまた道作ってくれねぇか?」

「!?おい、お前その損傷した武器で大丈夫か?
確かに攻撃力はこの中でお前が一番あるが………その状態の武器じゃ………」

「大丈夫だ。確実に壊してやる!」

切菜は自身満々に答えた。

「………そこまで言うならやってやるよ。
そのかわり、失敗したらただじゃおかねぇからな。」

剣児は拳で切菜の胸を小突いた。

「そこのじいさん。あんたも手伝ってくれよ。
ドデカイ一発叩き込むためによぅ。」

「茶髪坊主のくせに生意気な………
だが、おもしれぇ。見せてもらおうじゃねぇか!」

どうやらドーレンは切菜のことが気に入ったらしい。
大きな手で切菜の頭を鷲づかみにすると思いっきり撫でた。

「んじゃいくぜ!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

切菜は膨大な量の霊力を右腕に集め始めた。
そして、同時に剣児はPMOWの触手の中へと突っ込んでいった。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: