紅蓮’s日記

紅蓮’s日記

第四十六話




 寒さが厳しくなってきた十月のある日曜日。
時刻は六時五十分、小さな部屋の中に電子音が鳴り響く。

「ん………んんっ!?」

この家にすむ孤稲荷 炎呪(こいなり えんじゅ)はベットから飛び起きた。

「やべぇ、もうこんな時間だっ!!」

炎呪は枕もとの目覚し時計の頭を叩きくと急いで着替え始めた。
時間にしてわずか三分、炎呪は着ていた寝巻きを無造作に脱ぎ捨て部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。
そのとき、ドアノブに張ってある大きなポスターに描かれている少女と目が合った。
彼女の名はキサミ。今爆発的な人気を誇っているアイドルだ。
見ると炎呪の部屋の中にはいたるところにキサミのグッツが並んでいる。
炎呪はこのアイドルの熱狂的なファンだった。
炎呪はかすかに微笑むと部屋を出て階段を下りていった。

「おはよう、炎呪。」

下りてきた炎呪を迎えたのは台所で朝食を並べている炎呪の母だった。

「母さん、母さん!朝食、朝食!」

炎呪はそう言うと棚の引き出しから自分の箸を取り出し、席に着いた。

「はいはい。」

炎呪の母は炎呪の前に白いご飯と味噌汁、そして焼いた鮭を並べた。
炎呪は喉に流し込むように用意された朝食をかきこむ。
炎呪が丁度ご飯を半分ほど食べ終えたときだった。

「おはよ………」

声をそろえてまだ寝巻きの父と妹の狛(こま)が台所に入ってきた。

「んー、んんんー!」

炎呪がなにやら苦しそうに声を漏らした。
おそらく「おはよう」と言っているのだろう。
だが、一杯にご飯を溜めた口ではちゃんとした発音で声は出せない。

「んー、んー、っごちそうさま!」

炎呪はそう言うと勢いよく立ち上がった。

「休みなのに早いね………」

狛はそう言うと壁に掛けてあるカレンダーに目をやった。
規則正しく並んだ数字のある一点、
今日の日付を指す数字の上に赤いマルが描かれている。

「ああ、そうか。今日はキサミちゃんのライブの日か………
いいなぁ、お兄ちゃん。」

玄関で靴を履く兄の姿を羨ましそうに眺める狛。

「まったくだ。生でキサミちゃんを見れるなんて………」

愚痴をこぼしながら席に着く父。

「フフフッ!」

そんな家族のやり取りを見て微笑する母。
孤稲荷家は一家そろってこのアイドル、キミの熱狂的ファンなのだ。

「んじゃ、いってきます!」

炎呪は玄関の引き戸を開け、勢いよく外へ飛び出していった。

「お兄ちゃん、お土産にサインもらってきてね~!」

狛はそんな兄を後姿を手を振って見送った。

 孤稲荷家はここ稲荷神市(いなりがみし)の中心の小さな丘の上、
稲荷神神社の隣に位置する。
炎呪の父はこの稲荷神神社の神主である。
この地は戦国時代、稲荷様が降り立ち人々を戦乱から守ったという伝説が残る場所である。
稲荷神市という名前の由来もこの伝説からきている。
稲荷神神社もここに降り立った稲荷様を祭るために建てられたものだ。
炎呪はこの稲荷神神社の石段を一段飛ばしで駆け下りていく。
不意に炎呪の上着のポケットから炎呪の愛するキサミのデビュー曲の着うたが流れた。
炎呪は足を止めることなくポケットから携帯電話を取り出した。

「もしもし………ああ、剣蔵さん。お久しぶりです。
先日の『有然町襲撃事件』大変でしたね………ええ………はい………え、
あ、ああ、そうですか………はい、はい………こちらに続いてそちらもやられましたか………はい、はい。わかりました。
こっちには結(ゆい)も乱斗(らんと)も七尾(ななお)もいます。
大丈夫です………はい、はい、ではまた………」

電話を切ると炎呪はため息をついた。
さきほどの電話は炎呪にとってあまりいい連絡ではなかったのだ。
しかし、こればかりはどうしようもないことだった。
起こってしまったことはもうどうしようもない。
いくら考えても仕方がないので炎呪はとりあえず、
待ちに待った今日という日を楽しむことにした。

 稲荷神市の南東に位置する場所に遊園地型のテーマパークがある。
炎呪はそこへ足を運んでいた。
目的はもちろん、ここの内部にある大型ドーム内で行われるキサミのライブだ。

「うひゃ~!」

炎呪は思わず声を上げた。
まだ時刻は九時、なのにドームの前には長蛇の列が並んでいた。
まだ開演時刻まで五時間もある。

「さすが今人気のアイドル、キサミちゃんだ。」

炎呪は勝手に事態を解釈し、そして長蛇の列の最後尾に立った。

 「ふぅ!」

時刻は十一時、ドーム内の控え室内で少女がため息をついていた。
長く美しい金髪が目を引くスマートで美しい少女だった。
彼女の名前はキサミ、中学三年生にして全国の人々に愛されるアイドルとなった少女だ。
本名は鎧憧寺 機紗美(がいどうじ きさみ)、画数の多いこの名前があまり好きでない彼女は芸名のように名前をよくカタカナで名乗っている。
キサミは今とてつもなく悩んでいた。
原因は彼女の左手に握られている純白の封筒の中身だ。

「『近々あなたの清らかな魂を奪いに参ります。』っか………」

送り主の名がないこの手紙をキサミは無意識に声に出して読んだ。
この手紙を受け取ってから三日、
それからというものキサミはこの手紙が気になってしょうがなかった。
アイドルである彼女の下には日々ファンレターが送られてくる。
当然この手の悪戯じみた手紙も何通かやってくる。
いつものようにこの手紙も他愛もないただの悪戯だと解釈してしまえば問題はなかっただろう。だが………

「『魂』………」

キサミはこの言葉が彼女に大きな悩みを与えていた。
キサミは手の平を自分の胸に当ててみる。
すると自分自身の心臓の鼓動が手の平に感じた。
同時にキサミは自分の心臓とは別の鼓動も感じた。
自分の中に宿るもう一つの魂の鼓動だ。

「ふぅ………」

彼女は再びため息をついた。机と鏡しかない殺風景な部屋の中に空しく木霊する。
彼女は以前、「レジストグリマーズ」と名乗る謎の集団に命を狙われたことがある。
そのとき、奴らはしつこく彼女のもう一つの「魂」を狙っていた。
キサミの頭に奴らのことが浮かんでくる。
まさかまた奴らがくるのではないか………そう思うとこの悪戯じみた手紙を無視できない。キサミは再び考え込み始めた。

「キサミ、キサミ。そろそろ時間よ。」

ノックと共に外から女性の声が響く。
マネージャーを務めるキサミの母の声だ。
キサミはふと我に返ると壁に掛かっている時計に目をやった。
時刻はいつの間にかもう一時十五分を指していた。

「あ、は~い。」

キサミは手紙を机の上に投げ捨てると立ち上がり、
慌てて外へ飛び出していった。

 「みんなっ、こんにちは~!」

午後二時丁度にキサミは派手な衣装に身を纏い、
手を振りながらドーム内の舞台の上に姿を現した。

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

会場内を震わすほどの声援が波のように湧き上がった。
会場の観客席は見渡す限り人、人、人………人の山だった。
その人の山の一角に炎呪の姿があった。

「くううぅぅぅぅぅ、最高っ!」

炎呪は待ちに待ったこの至極の瞬間を大いに味わっていた。

「じゃあさっそくいっちゃうよ~!」

会場内の両サイドに設置された巨大なスピーカーから軽快な音楽が放たれる。
キサミはこの音楽に合わせて踊り始め、そして口を開いた。
一瞬にして会場内に彼女の透き通るような歌声が満たされる。

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

さらに大きな歓声が上がり、
観客たちのテンションのボルテージは一気に高まった。
もちろん、言うまでもなくそれは炎呪も同じだった。

 時間にして二十分ほどたったころだったか。
曲と曲の間にトークを混ぜながら進行していたこのライブでキサミが三曲目の曲を歌い始めたときだった。
突然会場内が大きく揺れ、そして設置された巨大なスピーカーが倒れ、
キサミのすぐ脇に天井に設置されていたスポットライトが落下した。
そして、彼女の後ろ、舞台の後ろの大きな壁が音を立てて崩壊し始めた。

「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

会場内は一瞬にしてパニックに陥った。
観客たちは我先にと非常口に向かって走り始めた。
音響、照明を担当していたスタッフたちまでパニックになっていた。
キサミも慌ててこの会場内から逃げ出そうとしたそのときだった。
舞台の後ろの壁を突き破り、真紅の鎧に身を包んだ物体が姿を現した。
それは………巨大なヤドカリだった。
ヤドカリの目がキサミに向けられる。

「………っ!!」

キサミは瞬時に把握した。
このヤドカリは自分を狙っていると。
さらにキサミは全身で、本能で感じ取った。
このヤドカリは普通の生物ではない。
キサミの頭の中にあの手紙の内容が浮かんだ。
キサミが恐れていた事態が起こってしまったのだ。
キサミは慌てて走り出した。

 キサミは舞台の裏、丁度大道具などがしまわれているちょっと開けた場所へ逃げ込んだ。
辺りは暗く人影はない。そしてホコリりっぽかった。
後ろを見ると、
さきほどの巨大ヤドカリが障害物を粉砕しながらキサミをやってくる。

「きゃっ!」

前を向いていなかったキサミは不意に何かに衝突し、しりもちをついた。
キサミが顔を上げるとそこには太っていて小柄で、分厚いレンズのメガネをかけた男性が立っていた。

「フフフ、待ってたよ~。キサミちゃん。」

キサミの姿を見た男は不気味な笑みを浮かべた。

「………っ!!」

そのあまりの不気味さにキサミは思わず身震いした。

「あ………あなた、もしかして手紙の人?」

キサミは恐る恐る男性に尋ねた。

「あ、手紙見てくれたんだ。うれしいなぁ。」

男は脂汗のたまった鼻にメガネを押し当てながら嬉しそうに答えた。

「あ、あなた………わたしを殺しにきたの?」

キサミは震えた声で唐突な質問を投げかけた。

「何言ってるの?なんでボクがキミを殺さなきゃならないの?」

唐突な質問に男は首をかしげた。
その答えを聞いたキサミは少しだけ安心した。
幸いなことにキサミの予感した最悪の事態ではないようだ。
この男は「レジストグリマーズ」の一味ではない。

「手紙に書いたでしょ。『あなたの清らかな魂を頂く』って。」

男がそう言った瞬間、
キサミの背後にいたヤドカリの巨大なハサミが振り下ろされる。

「っ!?」

ハサミはキサミを傷つけはしなかったが、
キサミの纏う派手な衣装の右袖を引き裂いた。
キサミの綺麗な白い肌が大きく露出した。

「ボクはね。キミのことが好きなんだ。
でもボクはこんなオタクだからきっとキミはボクのことなんて見てもくれないと思った。
そう思うとボクは苦しくて苦しくてしょうがなかった。
そんなとき、このボクにこんな不思議な力が目覚めてくれた。
ボクは嬉しかった。だから………だからボクは決めたんだ。
この力でキミの………キミの心を………『清らかな魂』を力ずくでも頂く、ボクの物にするって決めたんだ!!」

男の言葉を聞いたキサミは今自分が自分の想定した最悪の状態よりも最悪な状態にあることを理解した。
この男はどうやらグリマーのようだ。
そして、この巨大ヤドカリはこの男の使役する精霊。
キサミはとんでもないストーカーに目をつけられてしまったらしい。

「さぁ、ボクだけのキサミちゃんになってくれ~!」

男の不気味な声と共に巨大ヤドカリのハサミが振り下ろされる。
しかしキサミは逃げ出そうともせず右手を突き出しヤドカリを迎え撃とうとした。

 「ったく、グリマーが現れるから何かと思ったら………」

一人の少年が男とキサミの間に割って入り、
巨大ヤドカリのハサミを右手に持つ小さな棒のような物で受け止めた。
少年が右手に持っているのはどうやら筆のようだった。
予想外の展開にキサミは言葉を失い、男は焦り始めた。

「そんなことにグリマーの能力を使うんじゃねぇ!!」

少年は片手で巨大ヤドカリのハサミを振り払った。

「大丈夫か?」

少年はキサミに手を差し伸べた。
一瞬キサミは戸惑ったが、彼の顔を見たキサミは何故だか安心感を覚え、
抵抗なく少年の手を借り、そして立ち上がった。
キサミの勘がこの少年は信用していいと告げている。
理由はわからないがこの少年は味方だと解釈できた。

「あ、ありがとう………」

キサミは少年の顔をまじまじと見つめた。

「ちょっと………かっこいいかも………」

キサミは小さく呟いた。これはキサミの率直な意見だった。
この少年は特に目立った特長はなかったが、短めな黒髪に整った顔立ち、
そして何より高い背。容姿になんとなく清潔感が感じられた。

「あなた………だれ?」

キサミは尋ねた。

「炎呪、孤稲荷 炎呪だ。」

少年はそう答えた。キサミはこの少年の声が少し強張っている感じがした。
炎呪がなぜこんなところにいるのか。
それはドームが揺れた瞬間、炎呪はふととある霊力を感じたからだった。
炎呪はこの霊力を追ってきたのだ。

「お、おま、お前なんだんだよ。ボクの邪魔をするな!!」

そんな二人の様子を見た男は何故か癇癪を起こし、
そして巨大ヤドカリを炎呪に襲い掛からせた。

「あ~、もううるせぇな!ちょっとじっとしてろ!」

炎呪はヤドカリに向き返ると、
上着のポケットから白い小さな白紙の札を取り出した。
そして右手に持つ筆で何か書き始めた。

「孤炎呪(こえんじゅ)!!」

炎呪は札を投げた。
札は一直線にヤドカリに向かって飛び、そしてヤドカリに触れた瞬間、
青白い炎を上げ炎上し爆発した。
だが、会場を吹き飛ばさないように力を加減したせいか、
ヤドカリはびくともしてなかった。

「ちっ、あの硬そうな殻は伊達じゃないってことか!
黄金尾(こがねお)、奴を少しかく乱させろ!」

炎呪はそう言うと筆を投げた。

「コーン!!」

炎呪の言葉に反応するように筆が鳴いた。
すると筆は白い煙に包まれ、
その姿を黄金色の毛並みを持つ狐へと姿を変えた。
この姿こそ炎呪の精霊の元の姿だった。炎呪はグリマーなのだ。

「………炎呪くん、ちょっとあいつの動き止めててね。」

キサミはそう言うと突然走り出した。

「!?」

炎呪はキサミが何をするのか気になったが、
とりあえず言われた通りに巨大ヤドカリの動きを止めに黄金尾と共に巨大ヤドカリに向かって行った。
素早く動く炎呪と黄金尾に狙いを定められない巨大ヤドカリは思わず動きを止めた。

「黄金尾、黄金孤尾筆(こがねこびひつ)!!」

そのスキをついてヤドカリの頭目掛けて飛んだ炎呪は黄金尾を再び筆の姿に変えさせた。
だが先ほどと違い、筆はまるで黄金色の棍のように巨大なものだった。

「孤炎呪(こえんじゅ)・描印(びょういん)!!」

炎呪はヤドカリの頭部に青白い炎で「封」と書き込んだ。
描かれた「封」の字から青白い炎が溢れ出し、
まるで蛇の如くヤドカリの足に纏わりつく。
巨大ヤドカリはまるで金縛りにあったかのように全身を痙攣させて完全に動きを止めた。

「炎呪くん、あとは任せて!!」

不意なキサミの言葉に炎呪はキサミのほうへ振り向いた。

「な、なにっ!?」

そこには炎呪の予想をはるかに越えたキサミの姿があった。
なんと、キサミが大きな銀色に輝く大剣を構えていたのだ。
キサミが手にする大剣は刃だけでも長さが身の丈ほどあった。
刃の中心にはなにやら筋が入っており、
所々に歯車のようなものが装着されていた。
キサミが巨大な大剣の剣先をヤドカリに向けていたのだ。

「裁きの閃光(ジャッジメントスパーク)!!」

キサミは大剣の柄から伸びるトリガーを引いた。
キサミの大剣の刃に装着された歯車が重い音を立てながら回転し始める。
すると刃が二つに割れ、中から巨大な砲身が姿を現した。
どうやらこの大剣には相当な機械仕掛けが為されているようだ。
そして砲身から巨大な橙色の閃光が一直線にヤドカリに放たれる。

「うおっ!!」

炎呪は慌てて身をかがめた。
間一髪巨大な閃光をかわした炎呪のすぐ隣で巨大ヤドカリが真っ向から向かってきたこの閃光をモロに食らった。
ドームから巨大な爆発音があたりに響き渡る。

「ゴホッ、ゴホッ!」

舞い上がるホコリの中、ヤドカリは跡形もなく消し飛んでいた。
実体化した精霊を失った男は消費した霊力のせいでその場に倒れ気絶してしまった。

「オレを殺す気か!!」

炎呪は思わず怒鳴り声を上げ、そして天井を指差した。
天井には先ほどのヤドカリを貫いた巨大な閃光があけた大きな風穴が広がっていた。

「あはは、ごめん、ごめん。
あたしまだこの力を上手くコントロールできなくって………
ちょっと威力強すぎたみたい。」

キサミはまるで他人事のように笑っていた。
なんともいえない怒りが炎呪の中に込みあがってくる。
だが、キサミの笑顔を見た炎呪は一瞬にしてこの怒りを吹き飛ばされてしまった。
もはや炎呪は笑うしかなかった。
静まり返ったドームの一角に二人の笑い声が空しく響いていた。

 結局その後、キサミのライブは中止となってしまった。
炎呪は一人、ゆっくりと帰路を歩いていた。
楽しみにしていたライブが急遽中止になってしまったため、
炎呪はそうとう落胆して………いなかった。
なぜか上機嫌だった。しかも鼻歌まで歌っている。
いったい何故か?理由は人の気配を感じた炎呪がドーム内から立ち去ろうとしたとき、キサミが炎呪に渡した一枚の紙切れだ。

「待って。」

立ち去ろうとした炎呪をキサミは呼び止めた。

「手、貸してくれてありがとね。」

キサミは炎呪に丁寧にお礼を言った。

「………別にかまわねぇよ。」

炎呪は恥ずかしそうに頭をかいた。

「キサミ~!キサミ~!」

どこからかキサミの名を呼ぶ声が聞こえてくる。

「やばっ!」

キサミは慌ててポケットからメモ帳を取り出し、
ページを一枚破りなにやら書き込むとその紙を別れ際に炎呪の手に握らせた。
この紙切れこそ炎呪をここまで舞い上がらせている元凶だった。

こうして炎呪はキサミと別れたのであった。

「しかし、あのキサミちゃんがグリマーだったとはなぁ………」

炎呪は大きな独り言を呟いたときだった。
炎呪はおもむろに携帯を取り出した。
そして、メールを一通送信。
するとすぐに返事が返ってきた。送り主は………なんとあのキサミだ。

「『イェ~イ!炎呪くんのメールこっちに来たよ!
炎呪くんはあたしが初めて知り合ったグリマーの方なのでぜひお友達になりたくアドレスを渡しました。
同じグリマー同士仲良くしようね。
あたしまだグリマーの力があんまり上手く使えないから今度色々教えてね。』」

炎呪はこのメールの本文を嬉しそうに声を出して読んだ。
別れ際にキサミから渡されたもの。
それはなんとあの人気アイドルキサミの携帯のメールアドレスだった。
ライブが中止になってしまったのは残念だったが、
炎呪はこの充分すぎるほどの収穫に大満足だった。
炎呪はこの一日を終えるまで、この幸せ気分の余韻に浸り続けたのであった。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: