ミステリアスなセラピストの夢ワード

ミステリアスなセラピストの夢ワード

メモリアルフォート2

TAKESHIのフォート・メモリアル

自然とともに生きる事



昔の写真を見てて、またまた気がつきました。それは女神達がもうすでに30年近く前から、TAKESHIと深くかかわっていたと言う事です。今回は写真をご紹介するだけでなく、TAKESHIが今まで行ってきた事、そしてそれが、今回のアチューメントを作るにあたって、どれだけ必要であったかということを、お話したいと思います。

22歳の時、伊豆大島で行った「黒潮祭り」(3日間にわたるフリーコンサートと自然回帰のイベント)のとき、歌手の喜納昌吉さんに言われたことがあります。「あなたは、祭りを行うにあたって、祈りをささげましたか、あなたの心の中に祈りがありますか」

22歳の私には??でした。しかし祭りは多くの人のエネルギーを動かし、地上ならざる世界へと導きます。TAKESHIは、この「黒潮祭り」をきっかけにして、自分の人生が大きく変化した事を感じました。

それまでは大学にいきながら、演劇を行っていたのですが、大学も演劇もやめ吉祥寺にあった「ミルキーウエイ」というコミューンに参加しました。

このミルキーウエイとは、桜沢式の玄米正食と自然農法を実践し、太極拳やヨガのスクールを開催しながら、地球の環境や人権を守るために活動しているグループでした。(現在はありませんが、三鷹で野菜村という自然食のお店を経営しています)

TAKESHIも、このミルキーウエイで、自然農法やエコロジーを学び、「銀河通信」と言うミニコミを発行していました。TAKESHIは、この時地球と共に生きると言う事を、現実の世界で学びました。


P5020096.JPG


最初の写真は、立川にあった畑(自衛隊の基地の拡張予定地だったのですが、勝手に畑にしてしまいました)で自然農法で野菜を作っていたころ。秋の収穫祭で、大地の女神に感謝の祈りをささげている写真です。

そして食事も、「身土不二」つまり人間のからだもこの大地も同じひとつの物だから、自分が生きている土地で出来た野菜を食べましょう。という理念を持つ桜沢式の玄米正食を長い事続けていました。

もちろんお肉や砂糖は食べません。玄米と野菜、そしてたまに魚を食べます。
若い頃に、この宇宙とつながる事を意識して、そのような食事をずーと続けてきたから、肉体の波動も高まり、宇宙との交信が簡単に出来るのかも知れません。


P5020093.JPG


時折は、電気もない自然の山中で数日を過ごします。これは、福島の山奥にある「獏原人部落」と呼ばれるコミューンで、田植えの準備をしているところです。夜になると、周りに電気がないために、☆がとてもキレイに見え語りかけてきます。

それから夏は、伊豆大島にある自然の塩つくりのメンバーをよくサポートに行きました。
この頃、コミューンの仲間達は全国にいて、自給自足に近い生活をしているグループがたくさんあり、TAKESHIも良く訪れ、自然の中で暮らしていました。


P5020094.JPG

この写真は、熊本の阿蘇の噴火口の前で取った写真です

TAKESHIは毎年1ヶ月以上を、旅をしてすごしていました。全国の仲間を訪ねると同時に、古い神社や遺跡、山岳密教のお寺を訪ね歩き、そこにある霊界と交信していました。

その歩んだ道のりは、北は知床半島から、南は沖縄の西表島にいたります。(脚を踏み入れていないのは唯一四国だけです)この時に、TAKESHIの霊感は相当鍛えられたようです。
そしてあちらこちらの神様もぞろぞろとつれて歩いていたかも知れません(笑)


P5020090.JPG


またこの頃のTAKESHIは、地球の環境を守るために、さまざまな活動にもかかわっていました。この写真は、核の廃絶を求めて、渋谷駅に座り込んだ時の写真です(笑)

右に写っている方は、西尾昇さん(故人)といって、日本のガンジーと呼ばれた方です。ガンジーの非暴力、不服従の教えを日本に紹介し、原水爆禁止運動の基本を作られた方です。まさに仙人みたいな方で、TAKESHIも平和、生きる事、大切にすることを教えていただきました。



次回に続きます






© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: