☆★☆季節の風☆Kazeのミステリ街道☆

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ブログミステリー・「貸室有り」 序章

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※この物語はフィクションです。
実際の人物・地域・団体とはいっさい関係ありません。
また、無断転載を禁じます。


「貸室有り」 序章  

作 … Kaze

1・ナイトメア第6 

 嵐の木曜日だった。ちょうど彼岸の入りだった。
 彼岸じゃらくというやつだ。
 しめった雪が、横なぐりに吹きつけ、時にはみぞれとなる。
 道路はぐしゃぐしゃの灰色になる。たまらない。歩くのも面倒だ。
 3月18日、木曜日。
 その天気の中、藤原美雪(ふじわら みゆき)は出かける支度をしていた。
 アパートを探し、いまの部屋から引っ越すためだ。
 いまは、ナイトメア第6という、賃貸マンションに住んでいる。
 勤め先のデパート、デイドリーム百貨店が社員寮として借り上げているのだ。
 外観・内装ともにおしゃれだが、周囲の治安は最悪である。
 両隣にラブホテルがある。
 週末になると、暇な男たちがたむろする。
 帰宅する住人たちにだれかれ構わず声をかけ、ホテルに引きずり込もうとする。
 美雪も何度か、待ち伏せしていた車に引きずり込もうとした男の向こうずねを、滑り止めのスパイクをつけたブーツの踵で蹴っ飛ばして逃げた。
 その男は美雪に、
「カッコつけんじゃねぇ、このすっきれオナゴ(すれっからし)が!」
 と悪態をつくのだ。
 が、奴は癖になってほとんど毎晩待ち伏せしている。
 デパートの社員寮である以上、住人は女が多いのを彼らは知っている。
 真冬の夜中は酔っ払った彼らが集団でワラシ(子供)のようなイタズラをする。
 部屋の窓に雪玉をひっきりなしにぶっつけて歓声を上げ、寝られない。
 不審者の侵入、ランジェリー類の盗難も毎日起こる。
「あなたまだ4階だからいいわよ。1階なんて夏も窓を開けてられないんだから」
 と、先輩の松子がこぼしたのを聞いて、美雪は引っ越しを決意した。

2・美雪の来歴

 事件は本州の北国、青森県南部の千戸市(せとし)という小都市で起こった。

 美雪がここに来るまでの経緯を簡単に述べておく。

 1年前、美雪の勤め先だった、栗木屋デパートが倒産した。
 それは、故郷の和田町(わだちょう)にあった。
 美雪は、生まれ育った和田という田舎町から車で2時間の、千戸市に仕事を見つけた。
 短大のビジネス学部在学中から栗木屋でアルバイトし、卒業後は正社員で勤め続けた経験が生きた。
 千戸市の、デイドリーム百貨店メンズコーナーの面接を通ったのだ。
 失業保険をもらい終わってしばらくぶらぶらした後の、秋彼岸のことだった。
 過疎化がすすみ、中心街はシャッター通りとなった田舎町から、また田舎町へ移ってきただけのことだ。
 が、この千戸市はいささかこじゃれていて人口も多く、活気も残っている。
 中心街は和田町同様、空洞化がものすごいスピードで進んでいる。
 それでも、まだ仕事はあった。
 このデパートも、数年前に大手の買収を受け入れたうえ、会社更生法を申請したりと、息も絶え絶えの経営状態ではあるが、これから4~5年は生きるだろう。
 28歳の美雪は、もう少し働いてお金をため、自分の店を持つつもりだった。
 栗木屋が倒産した時点で、見合い話を持ってくる親戚や隣人たちがいた。
 年齢を考えれば当たり前の話だ。美雪はどう逃げようかと思った。
 ところが、父親が早死にした後、実家に帰り女手ひとつで美雪を育てた図書館勤めの母・夏子は、かえってそんな周りの親切をうるさがった。
 小さくまとまって無難な人生を送るより、自分の力でなにか面白いことをやれという信条の持ち主だったのだ。
 美雪が千戸市へ行きたいと言ったときも止めなかった。

 母方の実家は、昔は小さな地主だった。
 戦後の農地改革で、地主と言うのをはばかるほどの少ない農地だった。
 それを、政府は強制的にわずかな金で買収した。
 以来、復員した祖父の代からサラリーマン家庭である。
 いま残っている家屋敷に13人の親類縁者が固まった大所帯。
 生かさず殺さずの勤め人生活、年寄りは細々と年金暮らし。
 そんな生活を、国鉄にいた祖父の栄一と祖母タキは受け入れていた。
 細々と、静かに暮らしていた。
 が、夏子は飽き飽きしていた。
 人間、食えさえすればいいというものではない。
 この世に生まれてきたからには、名声を得るか、一攫千金を目すか、それができなければせめて世の中に何らかの影響を与えることをひとつするか。
 とにかく何かをしなければならないと、かたく思いこんでいる。

 そして、美雪にもつねづねそれを要求した。

 生来、怠け者の美雪にとって夏子の期待は少し重たかった。
 流通の世界で歳を重ねるうち、ショップのオーナーくらいはできるかも知れないとは、思い始めた。
 ただ本当に、命がけでそれをやりたいかというと、よくわからない。
 それなのに、このままで終わるのは物足りなかった。
 友達とも彼氏ともつかない康夫というボーイフレンドもいた。
 農協に勤める、欲なく優しい男だった。
 美雪のことも大事にしてくれ、いつかは結婚をと思っていたようではある。
 だが、いま以上の生活は望んでいないようだった。

 康夫と結婚しても、手取り20万前後の生活…

 それは勘弁してほしかった。
 美雪は、愛さえあれば貧乏でも、という崇高な考えは持ち合わせていない女だ。
 自分でたくさんお金を稼いで、いい服をきて美味しいものを食べ、面白可笑しく暮らしたい。
 代々、この家の血筋は、堅実に生きるか山師になるか、両極端なのである。
 戦後数年して亡くなった曾祖父の源太郎は、興行や相場にも手を染めていた。
 気前がよく、快活な男だったと聞いている。
 ところが、祖父はおとなしく、祖母は人嫌い、叔父叔母は堅実派だ。
 そして美雪の気性は源太郎に似ているとみんなで言った。
 普通の仕事で満足できず、じっとしていられないのである。
 美雪は会ったこともない山師系の源太郎の血を受け継いだようだった。


 母の夏子も、どちらかというと気性が激しく山っ気もある。
 ひっそりとした暮らしのなかで、ときどき恋愛事件を起こしたりするのも夏子。
 それでも図書館勤めを続けているのは、出戻りであることへの遠慮と、働いている間、小さかった美雪を預けている事への気兼ねからだった。
 時期がくれば、美雪にはやりたいようにさせようと、長年思っていたらしい。
 そして、栗木屋の倒産ではからずもきっかけがつかめた。

 美雪はトランクひとつに何パターンかの外出着、寝間着、バッグ、化粧品だけをつめ、9月末の、まだ蒸し暑い秋彼岸の国道を、2時間あまり路線バスに乗った。
 自分の店を持とうと思いながら、美雪はたいして金も持っていない。
 栗木屋からは、やっと最後の給料と、わずかばかりの退職金を受け取った。
 かろうじて50万円程度の、当座の生活費が残っているだけである。
 そのうえ、手取り給料15万円のデパート勤めをして、いくら貯金ができるというのか。
 それを思うと、未来はまったく見えてこない。
 美雪にあるのは、自分には何かができるはずだという、 根拠なき自信 、それだけだ。
 ひとり娘の美雪は、父親の顔も憶えないうちに亡くしたことで、皆に少々甘やかされて育った。
 よく言えば物怖じせず、悪く言えば怖いもの知らずだった。
 家庭は愛情があふれていたと思う。
 反面、大所帯の家族間派閥と、夏子と祖母タキの凄まじい葛藤もあった。
 正直、いまの美雪は、あの家から離れてほっとしていた。

 店を持つ目標など、ほんとうは、どうでもいい…
 しばらくひとりで、思いっきり羽根をのばしたい。
 先のことは、先のこと。
 むしろ、そういう下心のほうが強かった。

 国道では、途中で何台もタンクローリーとすれ違った。
 冷房のない、窓を開けたままの車内で砂埃をかぶりながら、千戸の街へとやってきた。
 到着した時間は、夕方だったと記憶している。
 和田町よりはるかに多い30万人が暮らす千戸の、ピンクがかったあかね色の暮色の下、無数にきらめく街のネオンを見て、わくわくした。
 和田に置いてきた康夫のことも忘れていた。
 都市の灯りに、ひとり暮らしへの開放感をおぼえたのである。

3.百貨店デイドリーム

 美雪はメンズコーナーの、「平場」へ配属になった。
 デパート独自の商品や、ショップを持たないアパレルメーカーの商品を、売り場の中心に安価な値段で置く、コーナー全体の客寄せ空間である。 
 仕事はすぐに慣れた。
 小さな町から出てきた美雪を、小馬鹿にする先輩や同僚も、最初はいた。
 田舎者がさらに田舎者を見下す構図である。
 が、気にせず試用期間の3ヶ月をすごした。
 こういう世界では、レジの打ち方や備品の場所以外、仕事の大事な部分は誰も教えない。
 美雪は自分で商品知識を徹底して憶えた。
 各メーカーの微妙なサイズの違い、デザインの違い、流行、客の性質…
 ずっと和田の栗木屋で培った、客あしらいも活かせた。
 そして1人2人と、固定客がつくようになると、腹のなかではなにをおもっていようと、面とむかって、美雪にきついことを言う者はいなくなった。
 そのかわり、
「あの子は実力より顔で売り上げとった気になってる。たいして美人でもないくせして」
「客と寝てるんじゃないの?」
「どっちかっていうとフツーなくせに、態度だけは大きいし」
「大草原の小さな家的ノスタルジーを感じるとか?(プ 」
 と、陰で古株のうるさ方、貴子や利香が言い始めたのにも気づいた。
 実際、美雪は美人というより目がくりっとして色白、唇の小さい愛嬌顔だった。 髪は長めに伸ばし、ゆるくパーマをかけている。
 その髪型は、顔立ちのささやかな美点を、最大限に引き出していた。
 これも自己演出のひとつなのだが、自称美形で壁塗りメイクの彼女らには、なぜ美雪に少しずつ顧客があつまるのか納得がいかない。
 堂々とした立ち居振る舞いも、裏返せば偉そうに映る。
 それも、こんなところでは、よくある悪口だ。
 ほとんど気にもとめなかった。
 貴子と利香というのは、デイドリームの中で札付きのヤンキー上がりである。
 歳だけは40近いのだが、いまだに制服のスカートを長く改造したりする。
 昔の同級生で気にくわないのが店にくると、 ガンヅケ して追い返す。
 新卒の20前後の、おとなしい女子を職員用トイレに呼び出し、人差し指と中指の間に挟んだカミソリをちらつかせて給料をカツアゲしたという伝説もある。
 貴子などはいまどき、「カミソリお貴」と異名を取るとか。
 まあ、お近づきになりたくない2人ではあるので避けて通っていた。
 そのうち数人のランチ友達もできて、美雪の新しい生活は、それなりに楽しいものとなった。
 だが寮のまわりにたむろする男たちの行状にはあきれはてた。
 「どうしてみんな何も言わないで我慢してるの?」
 一度、仲良くしてくれる先輩の松子に聞いてみたら、
 「だって寮費は普通の家賃の半分よ、ここ。なにも補助がないと6万5千円もするんだから。このど田舎だって、3万円台で借りられる部屋なんてないわよ。すぐに慣れるわ」
 と軽く流してきた。
 しかし、美雪は、入寮後半年で、別の部屋を探すことにした。
 いつも変態をケトバすためにココまでやってきたのではない。
 それなりの野望があったはずだ。
 寒冷地仕様に加工したブーツとはいえ踵もすり減る、そして神経もすり減る。
 季節は秋、冬を越し、春彼岸になっていた。

次回へ行く…藪中荘の殺人

2005年10月24日更新


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