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選挙告示日まであと25日、だ。いよいよ、だ。 何もかも足りない気がしてくる。活動量もアピール度も浸透度も・・・。こればかりは腹をくくって自分が信じたことを全力でやるしかない。 だが、印刷物といったこともスケジュールから外れ始めた。こっちは挽回しないと危険だ。 三郷市で生活保護申請を1年半に亘って受理拒絶された家族が、申請受付、受給開始後もまた理由なく打ち切られたとして総額1千万円を超える国家賠償訴訟の第一回口頭弁論がさいたま地裁で開かれた。 こういった生活保護を拒否されたことに対する裁判は珍しく、各自治体の関心も高いようだ。 記憶に新しいところでは、北九州市で生活保護を打ち切られた男性のミイラ化した死体が見つかった報道があるが、あれは今年の7月のことだった。 生活保護を打ち切られると完全に生活は行き詰まり、当然だが裁判を起すような費用も、多分裁判をしようなんて考えには到底至らないのが現実だ。ということは生活保護申請に関しては申請者に対して理不尽な結果であったとしても表に出てこなかった可能性が高い。 今回の裁判はそういった意味も含めてたいへん注目される。 一般的に生活保護の目的の裏には、モラルハザードや公平性といった観点からの「警戒心」ともいうべき感情が、申請窓口の職員にはあるのでは、という見方がある。 確かに国、都道府県、市町村ともに予算は縮小傾向だし、学校給食費の未払い問題と同じで、受給しようとする人はなにか「ズル」しているのでは、という疑いのまなざしが向けられることが多い。 例えば、就労の努力をしているのか、とか、家族の誰かが働け、養えるのではないか、とか、言い始めたら切りがない。役所の窓口は税金から支給するのだから慎重の上にも慎重を重ねても、という考え方なのだろう。 現代社会は「お金」で解決できる事が多い。この裁判を訴えた家族だって、病人を抱え、その看病とまだ就学中の子どももいて、自力で収入を得るためには相当な犠牲が必要だった。 生活保護制度は「生活保護法」で規定されている制度だが、その根拠は憲法25条にある。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」という条文だ。生活保護法の第1条にはこの25条の理念に基づき、とある。 と、ここまで考えると、公正な審査は重要だけれども、客観的に争う余地のある行過ぎた規制は当然のごとく憲法違反の可能性がある。 社会保険庁の問題や、前防衛事務次官の問題を考えるに、そもそも生活保護の申請を拒絶するという基本的な生活権を守らない役所など何の必要があろうか。 最近の風潮は、ことさら「公」が強調され過ぎているようにも思う。 確かにファミリーレストランで走り回る子どもをほったらかしで、ママたちが夢中でしゃべっている姿を見ることがある。最近は子ども達は子ども達同士でテーブルに付き、ママ達は別のテーブルで、という光景もよく見かける。子供達の年齢は小学校低学年くらいだ。勝手にドリンクバーやサラダバーといったいわゆる「ビュッフェスタイル」のレストランでも好き放題取りに行く。衛生上の問題が当然あるだろうが、親は気にせず、店もほうっておく。 これでは「公」の力でなんとか押さえ込みたいと思う「大人」が登場するのも無理はない。 なぜ自浄作用が働かないのか。他人の迷惑を顧みないのか。 社会福祉に暖かみが消える遠因にはこういった、自律的でない「大人」の出現があるのではなかろうか。無定見な規制緩和の実効は、明らかに正直に生きてきた庶民の犠牲の上に成り立っているとしか思えない。そのことではっきりと社会は萎縮しつつある。暮らし難くなっている。
October 31, 2007
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選挙告示日まであと26日。投票日まであと33日。どっちにしてももうすぐだ。 こうやって選挙に対する活動に没頭していることばっかり日記に書いているが、実際現職はそればかりというわけにも行かない。 例えば先月9月以降「防犯メール」の配信が続いている。これは教育委員会がやっている事業で、教育委員会のホームページから防犯メール配信の登録をすると、不審者情報や事件情報が登録メールアドレスに配信されるというものだ。 「防犯メール」というのだが、例えば「児童の下校時間です」とか、「見守り運動をしましょう」みたいな日頃の啓発みたいな内容ではなくて、はっきりと「事件」の情報で「こういう事件が発生したから警戒してください」みたいな内容になっている。 市民にとっては、たいへん有益な情報だと思うし、ネットを利用した自治体情報配信としてたいへん画期的だとも思っているが、以前の議会で緊急性を有する情報の割りには事件発生から配信まで時間がかかりすぎのもの、例えば前日の18時頃の事件発生なのに、配信は翌日のお昼頃といったタイムラグの改善を指摘したことがあった。 事実関係の確認とか、事件発生が夜間であったりすると残念ながらタイムラグが生じるようだが、そこの改善は約束してくれた。問題は夜間発生した事件が、翌朝の例えば登校時には保護者に周知されていれば大きな抑止効果になるが、現状では難しい場合があるということだ。 以前勤めていた会社の社内報には、「情報は鮮度が命」とあった。まさにそうだと思う。早いしかも正確な情報は大きな力を持つ。 で、先月9月以降続いて配信されている「防犯メール」だが、今日はとうとう通り魔的な傷害事件にまで発展してしまった。朝登校途中の中学生が刃物で切りつけられて腕に傷を負ったというものだ。これはテレビニュースでも放送されたらしいが、大怪我ではなく大事には至らなかったようだ。 これに関連するのかどうかわからないが、この地区では22日にも帰宅途中の女性が、刃物を持った男に頭等を殴られるという事件が、連続3件発生した、と配信があった。 この防犯メールは今年の1月から合計12回配信されている。そのうち、2回は「犯人逮捕」と、「再送」だったので、実質10回の情報配信だった。その10回のうち、なんと半数の5回が9月以降配信されている。 年末に向けてだんだんと「荒んで」きているということなのだろうか。この頻度はちょっと気になる。 私自身も挨拶回りなどで市内各所に伺っている。こういった防犯情報も気にしつつ歩く必要がある。こういった犯罪の抑止にもっとも効果的なのは常に「複数」の目がある状況なのだと思う。それと見て見ぬ振りではなくて、声をかける勇気、大声を出す勇気も大切だ。 誰もが安心して歩けるまち、あまりに基本的なことだが、現代社会ではもっとも難しい政治課題なのだ。
October 30, 2007
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選挙告示日まであと27日。 今日は良い天気だった。暑いくらいだった。 もう11月になるのに、この気温が晩秋のイメージがある上尾市議選はまだ先のことと体が勘違いしてしまう最大の原因だ。と、なかなか軌道に乗らない選挙準備にイライラする気持ちを一応自ら慰めておこう。 毎日挨拶周りをしていると、これまで気が付かなかったまちのさまざまな表情に出会う。特に今、伺っているのは有力後援者からご紹介いただいたお宅なので、これまで中心的に活動してきた地域から離れて、いつも通り過ぎるだけで、まったく訪ねたことのなかった路地などに入ってゆくことが結構多い。 路地の先には、知らなかった空き地や、子どもの遊ぶ声、日向ぼっこするおばあちゃん、なんて人たちがいて、見慣れない私に興味津々の目を向けたりもする。 爽やかな風がおだやかに頬を撫でる秋の午後。そんな中を「ご支援よろしく」と歩く私は、なんとも無粋な感じがした。 が、そんな穏やかな生活を守るのが政治の役割だ。ゆっくりと確実に信念を持って戦いを進めてゆこう。
October 29, 2007
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選挙告示日まであと28日となった。今週は火曜日から3日間の日程で立候補届出書類の事前審査が行われる。とりあえず供託金は払ってきたけれどその他に何が必要なのか。確認しなければならない。 こういう事務作業は、結構時間を取られる。しかも、疲れている夜だと見落としや思い込みといった単純ミスが多くなる。比較的集中できる午前中にやらなくちゃ、ね。 最近は日程管理が甘くなっていて、予定を勘違いしたり、すっ飛ばしてしまったりということがあるやも知れない。困ったことに私が気が付いていないのだからもしかしたら失礼なことをしているのではないか。気になって仕方がない。 もともと私はいわゆる「メモ魔」ではない。どちらかというと紙に書いて管理するのは苦手なほうだ。日常は自分の記憶で管理できる程度のスケジュールだった。 4年前の選挙の際は、まさに毎日が「選挙活動」だったから、日程管理なんてそれこそ、たまにある時間での約束さえ押さえていれば、あとは挨拶回りだけだった。 現職となった今回は、それプラスさまざまな日程があって、こういうことが簡単に「いっぱいいっぱい」の状況を作る。それゆえミスが怖い。 今日は午後から、ある会合で挨拶をさせてもらう機会を得た。 最近の物価のこと、税金や社会保険料も軒並み値上がったこと、家庭の負担が増えている中で未だに上尾市はハコモノ建設を続けていること、こういう問題意識は市議会の中ではあまり議論されなかったこと、むしろ、問題点を指摘して反対を表明したことに対して「何でもかんでも反対する」と怪文書を出されたこと、議論を封じる空気では市民のための議会とは到底言えないこと、こんな議会は変えなくちゃいけないと参加者に訴えた。 こういう会合で挨拶させてもらうと、反応が直接返ってきてわかりやすい。それなりに共感いただけたのではないかとも思う。 活動と効果の関係は必ずしも直接的ではない。よく個別に挨拶回りをしたほうがよいというが、これもやり方だろうと思う。自分への戒めとしては、活動が自己満足になってはいけないということに尽きる。 何件回ったとか何枚チラシを配ったか、というような「量」も、気持ちを保つ指標としては意味があるだろうが、それを達成することが目的になると結果的に支持は広がらないのだろう。 ひとつひとつの出会いを大切に、素直に私の考えと気持ちを伝えること、その大切さを実感した。
October 28, 2007
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選挙告示日まであと29日。あと4週間だ。こうなるとまさに坂を転がるように時間は加速度を増していく。焦るがこればっかりはしょうがない。気持ちを落ち着けてひとつひとつ確実に予定を消化してゆく以外にない。 新聞は目を通すようにしていたつもりだが、それでも最近の世情に疎くなっていたのか、まさか今日の雨は台風が接近しているからだとは思ってもいなかった。 それどころか、天気予報が少し外れて雨の合間くらいあるのではないかくらいに思っていた。 とんでもなかった。 午後は雨足も強まって、16時頃は結構な風と雨になった。 今日は午後からいわゆる引き回し、紹介者と一緒の挨拶回りが予定されていた。私はこんな大雨の中やるのだろうかと思っていたが、その支持者はこともなげに我が家に迎えに来た。 曰く「こんな天気だからきっと皆さん出かけないで家にいるよ。チャンスだ」 さすがに選挙戦百戦練磨のその人は、今日のような大雨の挨拶回りこそ効果が高いと確信しているようだ。 台風は18時から19時頃に関東に再接近して、時速85キロという超高速で去っていった。深夜23時頃にはもう雲が切れ月がのぞいていた。 明日はきっと台風一過の良い天気だ。抜けるような青空になるだろう。 今日は予定していた街宣車の運行ができなかった。スーパー前の街頭演説もできなかった。明日も午後は予定があるので午前中だけになるが、きっちりと議会報告と政策を訴える街宣車を運行しよう。 多くの市民の皆さんに、私の思いを伝えたい。
October 27, 2007
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選挙告示日まであと30日。おーあと30日になったか。来月の今は選挙戦の真っ只中だ。 今日は任期最後の上尾市都市計画審議会が行われ、出席してきた。今回は特に西宮下中妻線から上尾郵便局のところを通って高崎線線路をくぐって旧中仙道に突き当たる「仲町谷津線」という都市計画道路の計画決定が主たる議題だった。 確かに上尾駅周辺は特に東西の交通が悪い。いつも慢性的に渋滞している。この高崎線との立体交差道路は必要性が高い事業だということはわかる。わかるが、総工費70億円だって。 それも市の事業として行うことになるので、補助金はあるだろうが市の負担はどれくらいになるのだろうか。これもまた心配だ。 もっと心配なのは、計画決定したが実際にいつから着工できるのだろうかということだ。 都市計画決定した道路で完成しないまま20年以上を経過した道路については見直し作業が行われている。もっとも完成していないということは、必ずしも道路そのものがないということではなく、歩道整備といったことなど、当初の計画通りに完成していないという意味であって、幅員が当初計画より狭くても実際に供用開始している道路はたくさんある。 ところが、この当初計画は実際には県での事業認可と言ったこともあり簡単に市町村が計画変更できない。管理主体が県の道路であればなおさらだ。 さて、この仲町谷津線が完成すると、一体どんなまちになるのだろう。どんな人の流れになるのだろうか。想像ができないな。 都市計画審議会委員を務めて4年になった。その最後になって初めてビジョンを議論する大切さがわかった。確かに都市計画審議会が最初に答申を市長にするが、その際にどんなまちをつくってゆくのかというコンセプトワークの議論やビジョンといった議論をする場がどうやら都市計画審議会以外にはないようなのだ。 どんなまちになるのか。道路を地図上に線を引くだけじゃなくて、どんな人が集い歩きそして憩うのか。そんな想像力こそがまちづくりの基本のような、そんな気がしてきた。
October 26, 2007
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選挙告示日まであと31日。我が家の周囲にも他陣営の選挙事務所となるであろう事務所が建ってきた。泉台2丁目交差点周辺は相当騒がしくなる。 今日は午前中はいい天気だったが、午後から雲が出てきた。今夜遅くか明日未明から雨になり、どうやら明日の夕方まで雨になるようだ。 選挙活動とか政治活動の多くは、野外で行われることが多いし、訪問活動にしたって雨の日はたいへんだ。資料を濡らしてはいけないし、例えば政党チラシのポスティングだって雨の日は難しい。 だが、期日が迫ってくると、そうも言っていられない。明日の雨は選択が分かれる。どうするか。たまっている事務作業や手配を片付けてしまうか、それとも外に出るか。 さてさて。 日々訪問活動をしていると、かなりトンチンカンな会話もある。それがケッコウ面白い。 最後まで何かの営業マンだと思い続けていたおじいちゃん。いくら「私は市議会議員で・・・。」といっても「うちは買わないよ」の一点張りだった。相当苦い経験でもあるのかしら。 ピンポ~ン(家の奥から)「いませ~ん!」(って、いるじゃない。)(私)「こんにちわ!」「いないといったじゃない!なあに?」「・・・。」(だから・・・。いるじゃない) ・・・おもしろ過ぎる・・・。 そんなこんなで訪問活動は続きます。天気と相談しながら・・・。
October 25, 2007
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選挙告示日まであと32日。うーん、残りひと月か・・・。どうしよう。 私のホームページのアクセス解析をたまに見ることがあるが、今日確認したら、私のホームページに来た人の「検索ワード」に「その旨ご理解」というのがあった。 yahoo検索で「その旨ご理解」と入力して、検索ボタンを押すとあ~ら不思議、なんと検索結果5,240,000件のトップに私のホームページが登場する。何で私のページがトップなのだろうか。本当に不思議だ。 もうひとつ不思議なのは「その旨ご理解」というワードを検索した人だ。この言葉で何を調べたかったんだろうか。これもまたものすごく不思議だ。 アクセス解析を見ると、色々と想像が膨らんで面白い。例えば1日の中でアクセスが集中する時間帯は午前中、それも8時台と9時台に集中している。どうやらこの時間は市役所からのアクセスが多いようだ。「市役所の皆さん!お元気ですか?今日も市民のためによろしくお願いします!!」 最近は選挙のことばかりだったので、たまには軽い話題でも、と思ってこんな話を書きました。
October 24, 2007
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選挙告示日まであと33日。早いなぁ。 日々の活動の密度が高くなってきた。1日の訪問件数も軽く100件を越える。もっとも、ものすごく精神的に疲れるので、帰ってくると椅子に座ってすぐに「うたた寝」だ。 この週末からは、たにざわ選対恒例、夕方のスーパー前演説会が始まる。多くの人に私の主張を聞いてもらえる貴重な場でもある。 街頭演説は、思いの外、疲れる。端から見るとただしゃべっているだけだし、どうということもないように見えるのかもしれないが、腹から声を出し、基本はアドリブなので、次に何をしゃべろうか頭は目まぐるしく動いていて、話のつじつまを無理なく合わせたり、ほんのちょっとした言い回しがとっさにでてくるかどうか・・・。これは疲れるのですよ。 さて、毎日挨拶回りをしていると、さまざまな他候補予定者の噂を耳にする。 例えば「誰それは交通事故を起した。飲酒運転だったのでは・・・」とか「誰それは酔っ払って、家族にDV行為をした」といったそんな真実かどうかわからないスキャンダル話から「誰それは回っているけれどあれじゃだめだね」とか「誰それは評判がいい」といった選挙の下馬評めいたことまでさまざまだ。 面白いのは、そういう時は自分に関する話は一切聞かない。自分に関することも巡っているに違いないのに・・・、と思うのだが。 今回の市議選はなんといっても立候補を予定している人が多い。その結果の予想が立ちにくい。これまでのように、現職を中心とした枠組みの中での選挙戦なのか、まったく新しい大きなうねりの中の選挙戦なのか。 民主党とすれば、大きなうねりの中で組織的に選挙運動を進めることによって、争点を民主党主導で明確にして戦いを有利に進める、といった展開がベターだが、それを仕切れる人がいない。よって「組織的に・・・」なんてことは一切起こりえない。 だいたい、物事を「好き」「嫌い」のレベルで決定しているから、地域の政策課題を党として洗い出すことすらできない。民主党は地域の政策課題の何を重点に取り上げるべきか、なんて議論は夢のまた夢、だ。 その結果、民主党の公認候補予定者は、それぞれがそれぞれのやり方で戦うことになる。党勢を拡大するのではなくて、生き残りをかけた戦いになる。 それでも私はなんとか全員が当選する道はないか、と探っているが、テクニカルな選挙運動を進めている限り難しい。 泣いても笑ってもあと40日で結果がでる。
October 23, 2007
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選挙告示日まであと34日。泣いても笑ってもあと34日だ。 怒涛の選挙戦事前活動は、だんだん軌道に乗ってきたと思われる。市内各所で私の政策チラシも浸透してきた。後はこれを如何に支持に結びつけるかだ。顔の見える活動を、と心がけている。 そうそう、選挙までのカウントダウンはなぜ「告示日」までなのかと聞かれた。理由といってもさしたるものはないが、市議会議員の選挙期間はわずか7日間と短い。日曜日に始まって土曜日に終わる。 この7日間で何ができるのか。どれだけの人に「たにざわ公彦」と名前を書いてもらえるようになるのか。 なかなか難しそうだ。 そう考えると、選挙告示日までに何ができるのかがもっとも大事だ。どうやったら私の名前を書いてもらえるか。県内でも珍しく公認5人という大量立候補予定だ。しかも戦いに何の打ち合わせもない。「紳士」協定も有名無実化してきた。 最ももはや何の打ち合わせもないほうが良い。誰に遠慮することも無くおもいっきり「暴れ」られる。あと34日間気合で走り抜ける。
October 22, 2007
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選挙告示日まであと35日。特に感想もない。決めたことを淡々とやるだけだ。朝の駅は選挙本番突入したかのごとく相当な混雑らしい。それじゃ効果は望めないのではなかろうか。我が陣営の見方は、朝の駅頭活動の効果は「懐疑的」だ。国政選挙じゃあるまいし、そんなことで勝てるとは思えない。 我が陣営の選挙戦略についてはさすがにこれ以上詳しくは書けない。これまでどおり他の候補予定者とバッティングしないように活動を浸透させてゆくだけだ。 よく言われることに、「新しい住民は選挙に行かない」というものがある。果たしてそうだろうか。私はそうは思わない。むしろ、情報を開示しない閉鎖的な現市政に辟易としているのではないだろうか。 だが、そういう市民に対しての受け皿となる候補者が居なければきっと投票に行かないだろう。選挙にいかないのではない。選挙に行く意味がない、のだろうと思う。 さて、今回の上尾市議会議員選挙では、我が民主党はまったく情勢分析することなく、公認5人を擁立した。その結果全員共倒れという予想の噂があるらしい。 選挙なので絶対ということはありえないが、だが、5人全員共倒れというのはいくらなんでも、とも思う。だが、投票率が前回並みの43%程度だったらそれは充分ありえる。 18万有権者の43%は7万7000票だ。前回選挙での民主系4人での得票が約1万1000票だった。今回は民主系ということならば無所属の予定者を含めて6人の出馬になる予定だ。6人で1万1000票・・・。足りないではないか。 これを回避するには投票率を上げなくてはならない。1ポイントで1800票になる。5%も上げることができたなら投票総数は9000票増えるではないか。 民主党が取り組むべき活動は、投票率を上げる活動であることは明白だ。 今日は所沢市長選挙の投票日だ。先ほど確認すると選挙結果はもう確定していた。 我が民主党の当麻よし子前県議が見事混戦から抜け出し、しかも2位以下に1万7000票近くの大差をつけて当選した。県内の現職市長では唯一の女性市長だ。 投票率は30%程度の低さだったが、なんとか民主党の党籍を持った首長の誕生だ。 この勢いが12月2日まで続くことを期待する。
October 21, 2007
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選挙告示日まであと36日。つくづく早いなぁ、と感じる。今日は良い天気だった。が、朝晩はめっきり寒くなった。つい1週間くらい前まであれだけ暑かったのに・・・。 最近、色々な集会で選挙のお願いを含めた挨拶を求められることが多くなった。これがなかなか難しい。政治とはまったく関係ないところで集まってきている会ならば、なおさらその場の「空気」を把握しなければならないが、こればかりは何度やっても難しい。 今日は、政治関係の集会での挨拶だったので、そこは比較的楽だった。 集会には、政党に関係なく何人かの現職市議会議員と候補予定者が次々に登壇してスピーチをした。主催者からは1人3分程度で、とのことだった。この「3分」が難しい。ちょっと具体的な課題を話し始めると到底3分では時間が足りないし、「問題意識」や「取り組み姿勢」といったことなら3分では間延びする。 結局私は、「問題意識」をコンパクトにスピーチすることを選んだ。 政治とは、最後には「ことば」と「ことば」のぶつかり合いだ。そうすることで進むべき「道」が見えてくる。であれば、政治家は「ことば」を磨かなければならない。「ことば」を使いこなさなければならない。 今日の集会では「現職市議」と「新人予定者」も登壇した。後から主催関係者から聞いたところでは、「こうやって続けてスピーチを聞くと、現職と新人の差は歴然としている」という評価だったそうだ。大したスピーチをしたわけでもないので面映いが、ということは、逆に言えば政治家の課題とは、「ことばを磨くこと」に他ならない。 きょうは地域で活動をしていると、年配の男性に呼び止められた。「がんばれ、期待しているよ」という温かいことばを貰ったが、同時に、政治家が喧々諤々の議論をしないから、世の中が武力容認に向かっているのではないか、とも言われた。「ことば」と「ことば」での戦いをしないですぐ「腕力」になるのであれば、議会の存在そのものが無駄だ、と逆説的にこうも言われた。 「書を捨てよ。町に出よう。」調べてみるとこう言ったのは故寺山修司だったらしい。そのときはどういう文脈でどういう意味を指して使われたことばだったのか私は知らないが、政治家こそまさにこのことばが当てはまる。 ことばのチカラを信じて、明日も街頭に出よう。
October 20, 2007
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選挙告示日まであと37日。 今回の選挙戦に臨むに当たって、私の主張の根本に流れる考え方は「変える」ということだ。最近の選挙、特に国政選挙では、全政党、全候補者が「変える」ことを主張するが、そのどれもが私の主張する「変える」とは“似て非なるもの”だと感じる。 現代社会は、一言で言えば「正解のない社会」ではないかと思う。 市民の生活スタイル、意識、情報の多さ、人間は情報を使いこなす前に、振り回されてはいないか。「取捨選択の社会」とも言うが、この情報過多の時代には、もはや誰も「正解」を決められなくなったということでもあろう。自身の選択に自信を持てる人間がどれだけいるだろうか。 情報過多の社会は、人間の思考停止を生じさせているのではないだろうか。そんな危惧がある。 こうやって選挙を戦っていると、よくいわれることに「訴える中身は簡単な方が良い」ということだ。なるほど、ひとことで理解できる主張のほうが、多くの人に受け入れられるだろう。 だが、政策はどれもこれもフクザツであって、マルかバツかみたいな簡単な2択になることは絶対にない。 上尾駅改修はマルかバツか。大石複合施設はマルかバツか。これこれこういう事情だからマルだ、ところがこういう問題があるからバツだ、と、最低でも理由とか条件があってそれに対する賛否のはずなのだが、どうしても事業に対してのマルバツでしか語られなくなる。 これでは、本質的な問題点が覆い隠されてしまう。 情報過多の時代、多様性の時代、その結果の思考停止の時代、単純化の時代だとするならば、あまりに矛盾しているといえるのではなかろうか。 本質を突けば突くほど、その表現はどうしても複雑になる。その結果の「是非」は単純ではない。 上尾市独自の支配構造「事務区制度」についても、活動している善良な人からすると、どうも「否定された」ように感じるらしい。私が取り上げている問題の本質は、「市民自治」の仮面を被った「行政支配」の構造であるのだが、そこはなかなか理解してもらえない。 行政は事実上の住民自治組織イコール事務区としてしまうことで、「市民の声」を形骸化している。形式的に「市民の声」は住民自治組織から吸い上げたようにみえるが、その実態は行政が整備した「事務区」でしかない。 上尾市には「町内会振興交付金」という住民自治組織に対する助成と思しき制度がある。今年の3月29日付でこの交付要綱が改正された。その中身は残念なことに、住民自治を発展させるどころか、後退させるものだ。 この交付金を受け取ることのできる住民自治組織は、各事務区内に設置されるもの(第2条)だと言い、交付額算定の根拠に、住民自治組織加入世帯数ではなく、自治組織の事業とはまったく関係ない広報あげお配布世帯数だと書き(第3条の2項)、その交付金の使途についても市長が条件や指示が出せる(第5条の2項)ことになっている。 その他にも、この振興交付金の申請は各自治会長ではなく事務区長が行うこと(第9条)になっており、これで「市は、町内会、自治会、区会等(以下「町内会」と総称する。)の自主的かつ円滑な運営を助長し、もって市民参加の市政を推進するため(第1条)」という目的が達せられようか。 これら「事務区制度」のことは、市長は「歴史がある制度だから変わらない」と言う。変わらない理由が「歴史」だ。事務区設置規程は昭和37年に施行されているが、その当時と現在の上尾市とを比べて、規定の何がずれていて何を残すべきなのか、という議論はまったくない。22万市民の内のどういう人たちの要望が「歴史」というひと言に集約されているのか。 そうであるならば私はまずは「変える」ということを大きく掲げて選挙戦に臨もうと思う。まず変えること。それも市民の手で。 上尾の旧態然とした支配構造が強固だというのは、ある意味市民の側の「思い込み」に過ぎない。例えば市議会議員選挙の投票率は前回43.37%、7万5049人しか投票に行っていない。当日有権者数は17万3045人だった。約10万人が選挙に行っていない。この10万人の意志は、旧態然とした側か、新しい考え方の側か。 そうなのだ、この10万人が投票に行ってくれれば、その結果こそが、真の意味の「上尾の意志」なのだ。 「変える」ことは、難しいことではない。あなたが選挙に行くだけで、投票に行くだけで上尾市政は「変わる」のだ。こんな簡単なことはない。 そして、日常的に「変えること」ができるという実感は、絶対に上尾市のすべての活性化につながる。どうか「変える」ことを「あきらめない」でいただきたい。「変えた」結果が期待はずれだったり、よくなければまた変えればよい。 「変える」ということは市政を市民の手に「取り戻す」ということと同じ意味だから、だ。
October 19, 2007
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選挙告示まであと38日。 私は、これまでも当然のごとく政治の基本姿勢として「公平・公正」を掲げてきた。が、いつの頃からか「公正」だけを言うようになってきた。 公平:すべてのものを同じように扱うこと。判断や処理などが、かたよっていないこと。また、そのさま。 公正:公平で偏っていないこと。また、そのさま。(以上出典はインターネット辞典「大辞泉」) と、いうように調べてみればまったく同じ意味の言葉だ。 「公正」という言葉には、当然「公平」の概念が含まれている。だが「正」の字が使われているそこには、「確かなもの、正しいもの、正式なもの、主となるもの、本当であること」という意味も含まれると考える。 つまり「公平」という概念よりもその範囲を限定した概念、という理解であえて「公正」だけを言っている。 「正(せい)よく邪を制す」という。つまり「正(せい)」の反対語は「邪」だ。そして「王道」の反対語は「覇道」だ。「覇道」とは儒教の政治理念で、武力や権謀をもって支配・統治すること、だ。 「王道」とは儒教で理想とした、有徳の君主が仁義に基づいて国を治める政道、をいうが、現代社会においては「有徳の君主」ではなく、「瑕疵無い手続きに基づいたリーダー」が…、という感じだろうか。 「公正な市政」これこそまさに地方自治の「王道」だと思う。
October 18, 2007
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選挙まであと39日。 今回の選挙戦に臨むに当たって、私は主張する政策のいの一番に「議会改革」を掲げた。この4年間の議員活動を通じてその必要性を痛感したからだ。 大石消防分署の移転の議案審査の時、複合施設化への唐突な計画変更が表面化したときに、私は福祉消防常任委員会副委員長として、支所を所管する総務常任委員会と図書館を所管する文教経済常任委員会との合同審査を、福祉消防常任委員長に上申し、委員長と事務局に調整を申し入れた。 ところが、その結果は、「各派代表者会議」でその必要なしとの結論だったということになった。 はた?と思った。「代表者会議」の権限とはなんだ。調べてみると、どうやら議会内各会派の意見調整の機能を担っているらしい。「らしい」というのはどう調べてもその機能や前例などが「明文化」されていない。 上尾市議会関係例規・先例集には、あくまでも先例として1.選挙後初めての議会の前に開催されること2.選挙後の議場での議席の配置を決めること3.各議会の前に市長提出議案など議案の事前説明を受けることぐらいしか見当たらない。 どうして、合同審査なり、「特別委員会」の設置が、各派代表者会議で必要ないとなったのか。その判断する権限の根拠がまったく理解できなかった。 その後の定例議会でも、国会での法改正の日程から、上尾市議会の会期日程の中で福祉消防常任委員会を再度招集することになったことがあった。 常任委員会は委員長が召集する。これははっきり上尾市議会委員会条例の15条に書いてある。ところが、そのときに日程を決めたのは「各派代表者会議」だった。その日程を私に伝えに来た当時の議事調査課長に、委員長は了解しているのかと聞いたら、はじめきょとんとしてあわてて委員長に了解を求めに行った。 これでは、きちんとした手続きに則った議会運営がされていると言えようか。 例えば上尾駅改修の問題についても、総額40億円、駅周辺整備まで一体的に事業化されているのだから、総額53億円という大事業なのに、誰も特別委員会の設置を言わない。これでさまざまな角度から議論が尽くされたと言えようか。 この「温さ」が上尾議会の最大の課題だ。慣例は正式な条例より上位にあってはいけない。市民に見えるようにとことん議論するのが市議会の役割だと思うが、どうだろうか。 この日記でも、これから、折に触れて私が選挙で掲げる政策を取り上げてこれを読む皆様からの意見を伺いたい。
October 17, 2007
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告示まであと40日。だんだん選挙告示日が近づいてくるが、今日はやっと「事務所」を開設した。と言っても、自宅なのだが・・・。 我が自宅は、以前は「モデルハウス」だった。そのため居住用スペースと隣接して、その当時の事務所スペースも「一部屋」として作られている。そこはありがたいことに外から直接入れるように扉もあるし、居住スペースからはドアで仕切れるようにもなっている。 これまでは事実上の「納戸」だった。 そこを片付けて、床にブルーシートを敷き土足で入れるようにして、ナントカ格好をつけた。 ところがところが、思ったよりもこじんまりとした良い事務所になった。 ということで、事務所を開設しました。ぜひお近くにお越しの際はお立ち寄りください。 ところで、事務所の片づけをしていたら、あれは18時過ぎ頃だっただろうか、信号待ちで止まった車の中から声をかけられた。当然事務所のドアは開いている。 「谷澤さん!谷澤さん!」 私は作業をしていたので、そちらに目をやりながらも「はーい!」と返事をして、道路に出た。 ・・・。申し訳ありません。失礼ながらどちら様だったのでしょうか。暗がりでお顔がわからなかったし、この日記をお読みだということで、あえて日記上でお詫び申し上げます。 実は普段声をかけられることはめったにないので、相当どぎまぎしてました。ぜひもう一度お気軽にお立ち寄りくださいませんか?お待ち申し上げております。 声をかけていただいて本当にうれしかった。チカラが湧きます。ありがとうございました。
October 16, 2007
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昨日の日記を読んだ人から励ましのメールを貰った。たいへんありがたい。チカラが湧いてくる。特にこれまで「縁」の見えなかった人からのメールは、心底「チカラ」の源になる。そんな人とは今後色々な話をしたい。 私は民主党に所属をしているが、私の政治スタンスと、小沢代表のスタンスはどうやら天と地ほどの差があるらしい。まあ、私としては少なくとも小沢代表よりも前から民主党に所属しているという自負はある。 格差が社会問題として表面化した最近は、実は、新たな「階級闘争」の時代になったのでは、と感じている。 戦後間もなくから1950年代にかけての大きな労働運動のうねりは、はっきりと階級闘争だった。 その後、高度成長によって「国民総中流」の時代になり、労働運動の挫折を経て「階級闘争」は一部「形而上的」労働組合のみが主張する社会の片隅に追いやられた「運動」になってしまったという印象がある。 日本人の意識は、多分に「お隣とほぼ同じ」生活レベルだということが精神安定の最重要要素だったのだろうと思う。ちょっと大きい家でも例えば「お手伝いさん」がいる家は本当にまれで、私はそんな家に出くわしたことはない。 同じような食材で料理を作り、テレビも冷蔵庫も家電品はだいたい同じように持っていて、サラリーマンだろうが、商家だろうが、職人の家だろうが、会社経営してようが、さしたる違いを感じることなく生活しているのではなかったか。 ところが昨今は、意識としては「お隣とのさしたる違いはない」と思い続けているが、統計数字上はとんでもない差が表面化しつつある。しかしまだ統計数字上のことなので、生活実感とリンクしているという自覚を持つには至っていない、そんな感じなのだろうと思う。 明らかな、新しい潜在的階級社会の到来だ。 そんな意識が、私の政治活動の根底にある。その意味で、イデオロギー闘争は過去のものという言い方には異議がある。 ところで、我が民主党埼玉県第6区総支部は、今日の役員会で上尾市議選5人目の公認予定候補者を決定した。悲しいことに選挙情勢といった議論は一切ない。選挙情勢について現職の上尾市議に確認することもない。 5人全員当選するために総支部はどういう戦略戦術を採るのかという問には「これから考える」というとんでもない答えが返ってきた。党としての戦略も無く新人を擁立するのだから、何を基準に5人になったのか、ちょっと私の理解を超えた。新人、現職に関わり無く公認の予定候補者に対してどう責任をとるのか。この事態は党は無責任のそしりは免れないだろう。 票の分析ができない執行部ではどうやって党勢拡大できるのか。春の統一地方選挙では、埼玉県内では軒並み自治体議員数を増やしたのに、唯一議員数を減らしたのが我が総支部だということは紛れもない事実だ。 支持や得票を客観的に分析する能力の無さは近い将来とんでもないしっぺ返しが来るだろう。来年にははっきりと衆議院総選挙が行われるだろう。 これでは叩きあいになってしまうことが一番の懸念材料だ。
October 15, 2007
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告示日まで6週間となった。42日前だ。 今回の選挙戦は、どういうわけだか候補者が「乱立」している。市議会議員なんて、オレでも出来るとでも思われたか。別にえらそうに言うわけではないが、そんなに簡単な仕事ではない、ということだけは言っておこう。 私自身が4年間の任期を務めた経験から、市議会議員に必要な資質の第1にあげたいのは、「勇気」なのだと思う。大石複合施設の問題も上尾駅改修の問題も、私は大勢に反して反対の立場をとった。理由はさまざまある。 だが、市議会の世界は、議員は32名、ひな壇に居並ぶ市長をはじめとした執行部はだいたい16名、議会事務局は5、6名というところで、合計50数名の世界で物事を決める。世論は素直な意見であっても、それが反映されるはずの議会はいきなり「ムラ社会」になる。 それが証拠に、大石複合施設のときも上尾駅改修のときも、谷澤の言っているほうが正しいと声をかけてくれた議員は何人もいた。だが、彼らの採決態度は「賛成」だった。なぜ「反対」できなかったのか。 こんなことでは、市議会議員なんてその程度、だと思われても反論できない。 そんな人たちに市議会議員になってどんな活動がしたいのかと問うても明確な答えが返ってこないが、なぜ市議会議員になりたいのかと問われればきっと簡単に答えてくれる。「なりたいから」だと。 最近聞く言葉に「谷澤は評判が悪い」というのがある。これなど不思議な言い方だ。評判がどう悪いのか、と聞いてゆくと、具体的なものはなにもない。最後には「頭が高い」みたいな話になる。 ということは、何があるわけでもなく何か気に食わない相手に対して、自分が「気に食わない」と言うと矢面に立ってしまうので、さも世間の風評として「評判が悪い」ということになるのだろう。これなど、議会の中で流されずにきっちり仕事をした成果だと言えなくもない。 もっとも私も人間だから、あまりにも評判が悪いと言われ続ければ結構めげる。 以前の日記にも書いたが、小学生の一時期にいじめにあっていたためか、どうしても回りの目が気になる性格だ。ある意味「評判が悪い」という言い方は、私に対する攻撃としてはもっとも効果的かもしれない。 だが、それ以上に、道理に合わないこと、曲がったこと、権力で押さえつけようとするやり方は大嫌いなので、その結果としての「評判の悪さ」は当然「勲章」だ。 今日は昼から、あるお寺のご住職と話をする機会をいただいた。最近のこの情勢をお話しすると「世の中のおかしいと思うところを指摘すれば必ずそうなるよ。それを主導してきた人たちからすれば自分たちの否定なんだから攻撃してくるだろう。だが、声の小さい人は何も判らずただ従ってきただけで、その人たちの声を代弁しているのだから、潜在的にあなたの支持者は多くいる。信念を持ってやっているのだから堂々と進みなさい」という言葉を貰った。 選挙が近くなって、さまざまなことで一喜一憂するが、それすらもだんだんどうでもよくなってきた。それくらい精神的には切羽詰っている。1日の中でも「やる気」が乱高下している。 これからも例えば「怪文書」なんかもきっと出されるだろうが、もっともそういったことは「想定内」だから、気が滅入るだろうけれど、ナントカ乗り切れるだろう。 そうか。私は初めて真の意味の「選挙」を戦っているのかもしれない。
October 14, 2007
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だんだん切羽詰ってきた。 初めてだった前回の選挙は、分からなかったせいもあって、「これ」と決めたことしかできなかった。当然選挙の最中には、あれもこれもやれればいいのにと思いながらも、それ以上はどうにもならなかった。 2回目の選挙となる今回は、前回の反省に立って、ああしよう、こうしようと思ったことまでも手をつけようとしていたはずだった。 でもね、現実はとんでもない。時間がなくて虻蜂取らずの危険すらある。こりゃもう一回、選挙に向けた活動を再構築する必要がある。 明日は午後1時から日程がある。その前後と言ってもなかなか動けるものではない。あえてじっくりと日程を組みなおそうと思う。 選挙に向けた印刷物も名刺やリーフレット代わりのチラシもできた。次は公営掲示板用ポスターや公選ハガキ、選挙公報の原稿といったものも作らなくてはならない。 そうだ、供託金を納付しに行かなければならない。・・・忘れてた。 一般市の市議会議員選挙では、供託金を30万円納付しなければならない。これもまたバカにならない金額だ。どうしよう・・・。 「あれやこれや」ではなく「きっちり」と活動することが大切だ。 泣いても笑っても残り「43日」だ。
October 13, 2007
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昨日の講演に引き続き、今日は朝からお昼まで「パネルディスカッション」が行われて閉会となった。 そのパネルディスカッションでは、地域コミュニティの再構築が大きなテーマと語られていた。まさに私の日頃の主張とまったく同じ中身だった。 もっとも重要なことと語られていたのが、行政と地域コミュニティとは「対等」の関係にあるということだった。地域コミュニティ、つまり町内会が、行政の下請けになってはいけない、それでは地域が活性しない、という主張にはまったくその通りだと思う。 また、古くから住んでいる人の新しく転居してきた人に対する「よそ者意識」が、大きな壁になるし、むしろ「よそ者」の方が、課題の発見やその解決に力を発揮することが多いという発言には大いに力を得た。 このことはむしろ冷静に考えれば当たり前のことで、ある地域の問題について、「以前私が住んでいたところでは、こう解決していた」という体験を地域が受け入れられるかどうかという、ただそれだけのことだ。 上尾では20年住んでいたって「よそ者」だと言われる。そりゃ相手は「何百年」も住んでいる家系なのだから、そういうことなのだろう。・・・。あまりにばかばかしすぎる。 昨日の夕食懇親会では、私が取り組む上尾の「事務区制度」について話題になり、「歴史があるから簡単には変わらない」とも言われた。だが、それでは私が主張している行政と対等の関係にある「住民自治組織」には到底なり得ない。 市議会議員1年目に行った「上尾らしさとは何か」という一般質問の答弁で「住民参加が進んだ状態」だという答弁があった。ある意味たいへん先進的な答弁だと思うが、その母体が「事務区制度」だと実態はかなりな「後退」となる。 上尾の「事務区制度」は明らかに行政の下請けであることが規定にはっきり書いてある。その第1条には設置の目的が「本市は、事務の円滑な運営と処務便宜のため、事務区を設ける」とある。この条文のほか、規定のどこにも「住民自治発展のため」とか、住民の自主的活動についての言及がない。 つまり、市長が委嘱する「事務区長」「区長代理」の職務には「住民自治」や「地域コミュニティの発展」ということは一切詠われていない。 もうひとつ地域コミュニティにとって大切な規定・規則に「町内会振興交付金交付要綱」というのがある。 この要綱の第1条には「市は、町内会、自治会、区会等(以下「町内会」と総称する。)の自主的かつ円滑な運営を助長し、もって市民参加の市政を推進するため、町内会に対し、予算の範囲内において町内会振興交付金(以下「交付金」という。)を交付する。」とある。事務区設置規程とちがって一見自主活動を保証してくれそうだ。 ところが2条に目をやると、「この要綱の規定に基づいて交付金の交付を受けることができる町内会は、“事務区”に存する町内会とする。」と書いてある。あれあれ、つまり上尾市が設置した事務区の「裏組織」としての町内会しか認めないと書いてある。 しかも第4条には事業計画書を出せと書いてあるし、第9条には交付金の申請は「区長が行う」とある。 住民の自主的な活動には、場合によっては行政とは相対するようなこともあるだろう。事業計画書と決算書を出せと言い、第5条の2項で「交付金の使途その他の事項につき条件を付し、又は指示することができる」とあるが、つまり行政がコントロールするとはっきり書いてあるに等しい。 このようなルールで果たして住民は自主的に円滑にのびのびと活動ができるのだろうか。行政のコントロール下にあって、真の意味での「解決」を手にできるのだろうか。 今日のパネルディスカッションでは、これらの私の疑問に答えてくれるものだった。世の中の新しい潮流は一言で言えば、行政と対等の関係にある住民自治組織、パートナーシップの確立だった。 昨晩の話題だったと言うのに、このパネルディスカッション終了後、昼食時などでは参加したわが市の議員や職員は誰もこの件に触れなかった。そうなのだ。上尾のやり方は古い、と言われてしまったのだから、触れようがなかったのだろう。 私の主張は、全国的な潮流からすれば至極当たり前なのだ。このままでは上尾の住民自治組織の芽は、簡単に摘まれてしまうだろうと危惧している。
October 12, 2007
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今日は朝9時半から研修会の開幕だ。「全国都市問題会議」。会議とはいうものの特に何か議論するわけではない。講演をひたすら聴く、という中身だ。 そうそう午後1発目の講演は、NHKの堀尾アナウンサーが講師だった。「ご近所の底力」という番組の司会者だ。最近は見ていなかったが、聞けば今の放送時間は昔と変わって日曜日の午前10時だった。そりゃ無理だ。政治の世界の人間は皆「テレビ朝日」を見ている。「サンデープロジェクト」はなんだかんだいって見ない訳にはいかない。 会場では多くの民主党埼玉県連の仲間に会った。皆一様に「選挙なのに静岡に来ていて大丈夫か」と心配してくれた。当然選挙の応援をお願いした。 夜はそれぞれの議会での懇親会を終わらせた後に、落ち合うことになった。 私は21時ごろ合流した。川越の議員氏は、何でも自分のところの懇親会がなんと19時半に終わってしまったらしくて、間が持たずに何度となく携帯で催促があった。が、こっちは市長もいる宴席だ、そう簡単に抜けられるはずもない。やっと先に鶴ヶ島の議員氏と落ち合ったらしく静かになった。 ところがこっちが合流しようと電話をすると、あちらが電池切れになってしまった。よっぽど楽しいお酒だったらしい。合流したときには相当酔っていて、とっとと1人自分の宿舎に帰ってしまった。 後から久喜の議員氏も合流した。 今回の「会議」には他にも埼玉の若手議員は来ているのだが、どうやら連絡が取れなかったらしい。静岡県で「青年フォーラム」かと思ったが、そこまでにはならなかった。 さてさて、「会議」だが、講演が5コマ行われた。中身など詳しくは明日の日記にします。
October 11, 2007
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やっぱりいい天気になった。さすが「晴れの特異日」10月10日、だ。朝方は曇っていたけれどお昼ごろにはすっかり良い天気になった。 午後からは、「全国都市問題会議」で静岡に来たのだが、午前中には福祉消防常任委員会委員長と、副委員長の私とで、議会事務局に申し入れというか、事実と異なる答弁の処理の相談に行った。 9月定例議会の福祉消防常任委員会の審議の中で、ある議案に対しての答弁の中で、担当課長が「さいたま市や川越市といった周辺自治体もすべて廃止した」という趣旨の答弁をしたのだが、実際にはその委員会審議をした9月10日の時点では、さいたま市では廃止になっていなかった。 同じように9月定例議会に廃止の条例案が上程されていたのだが、正確にはさいたま市議会の最終日である10月5日の採決まで、「廃止」になっていたわけではない。 我が議会で答弁したときには、廃止条例案の上程はされていたが、まだ採決されていなかったわけだ。 確かに瑣末なことかもしれない。が、議会での答弁だ。結構活発な質疑のあった議案だったしね。 例えば単純な思い違いだったとしても、こういった事実と異なる答弁がまかり通ってはいけない。答弁に緊張感が足りないということになるし、信用できなくなるのではないか。 この件は、もはや9月定例議会は会期が終了してしまっているので、12月定例議会で処理することになる。 夕方には静岡に着いた。新幹線で東京から1時間、だ。この「全国都市問題会議」にはそれこそ全国の市から議員と首長が集まってきている。静岡にはそこここで「議員バッチ」を着けた人が歩いている、といった感じだ。 日程は明日は朝9時半から夕方17時までみっちり「講演」が続く。プログラムを見ると、休憩を挟みつつも、5コマの講演はけっこう「盛りだくさん」だ。あさっては午前中にパネルディスカッションが行われ、12時には閉会となる。 今日は、前泊ということで静岡市に乗り込んだ。今夜はゆっくり休みます。
October 10, 2007
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昨日の日記にも書いたとおり、次の日記のアップは11日になるはずだった。 朝9時過ぎに家を出ようとした。集合は午後1時過ぎなんだけれども、その前に市役所で打ち合わせが2件入っていた。それをこなしたらもうお昼になるだろう。そのまま「全国都市問題会議」に行こうと思っていた。 そのときファックスが来た。打ち出された文書を見てびっくり。“いよいよ明日になりました。”。 ・・・。?????。 意味が分からなかった。なんだ?明日からに日程変更になったのか?なんてそれこそ今考えれば意味が分からないことが頭を巡っていた。 私の手帳は、9日から出発と書いてある。まいった。まったくの勘違いだ。良いタイミングでファックスが届いてくれた。 最近こんなことが続いている。先日の行事では、私の手帳には10時と書いてあるのだが、実際には9時45分から始まった。たまたま少し早く行こうと思って9時40分ごろには現場に到着したから事無きを得たが、その前には9時からの行事を9時30分からだと思い込んで、こちらは完全に遅れた。 日程の勘違いは、さまざまな方面に迷惑をかけているのではないかとだんだん心配になってきた。自分が気が付いていればいいけれど、手帳に書いていないといったように、まったく忘れているとしたら取り返しが付かない。 どうしたことだろうか。選挙が近づいて気持ちが焦っているからなのだろうか。集中していないのかもしれない。 「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせているが、とりあえずまだ夜眠れるので大したことはないと思うのだが。 そんなわけで明日から12日まで出張です。2泊3日は間違えてなかった。
October 9, 2007
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一般の人は、選挙が近くなった候補予定者がどんなことを考え、どんな行動をするのか、実はまったく想像がつかないのではなかろうか。最近、支持者と話をしていてだんだんそう感じるようになった。 例えば選挙が近くなると朝の駅に多くの候補予定者が立って挨拶活動をしている。あれなどどれだけ意味があるのだろうか。例えば私一人だけがやっていればそれなりに意味があるかもしれない。だが、どこの陣営もみんなやっている。こうなるとただうるさいだけではなかろうか。 ところが支持者の多くは朝の駅立ちをやるべきだと言う。そりゃやらないよりやった方がよいのかもしれないが、私は駅立ちにはケッコウ懐疑的なのだ。 昔私がサラリーマンで、毎朝駅を使っていた頃の経験を言うと、例えば募金なんかで朝の駅に小学生なんかが募金箱をもって呼びかけている前を通るのはケッコウ煩わしかった。 選挙も同様で、大勢でやっているのだから、結局誰が誰だかわからない。少なくとも私は朝の駅で自分が投票しようと思う候補者を決めたことはなかった。 だが、皆がやるという状況になっているのに、自分だけやらないということもケッコウ勇気がいる選択になってしまう。選挙は相対的なものだから、自分だけやらないことは、取り残されるような感覚になる。 1つ思うことは、政治能力と朝の駅頭活動にはなんら因果関係はないということだ。むしろ、駅に立っているだけで政治活動をしっかりしているというような誤解がもっとも困る。 政治家はアカウンタビリティが大切だが、例えば議会でどういう採決態度だったかということはあまり主張されていないようだ。議案に対して賛成したのか反対したのか、その理由ということが大切なのであって、意味のない評論記事はまったく説明責任を果たしていないどころか、むしろ国民に対してはすり替えとごまかし以外の何ものでもない。 さてさて。 私の計画だが、今週はなんと明日から2泊3日の日程で「全国都市問題会議」に上尾市議会から派遣されるために、事実上今週末からの活動計画となる。 まず週末からは街宣車を運行する。私の議会報告「プレス元気」と民主党機関紙号外版のポスティング配布。そして訪問挨拶活動だ。 これらをきっちりやったら、だいたい6週間なんてすぐに過ぎる。10月末には事前審査も始まるし、あっという間に告示日だ。そう考えたら浮動票の少ない市議選でまったくの無名新人がどうにかなるのかね。 すっごく心配なんですけど。 そんなわけで明日から出張なので日記の次回更新は11日です。
October 8, 2007
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良い天気になった。今日は上尾市民体育祭が開催されていたが私は行かなかった。昨日は議会報告会の会場となった文化センターでスポーツ振興センターの課長などにもばったり会った。「明日はよろしく」などといわれたが、当初は何のことだかわからなかった。はじめから日程的にも出席は難しいと言う判断だったのだろう、まったく念頭になかった。 9月議会の一般質問で、この市民体育祭のことも取り上げた。22万市民の上尾市でわずか8千人ほどの参加者では、全市民が対象の事業としては参加人数が少ないのでは、という趣旨の質問だった。 答弁は、多くの市民が楽しみにしているイベントだ、ということで今後も体育の日のスポーツイベントとして開催してゆくのだそうだ。 もうちっとアイデアを出さないと、続けていけなくなるのではないだろうか。そこが心配だ。 さてさて。 上尾市議会議員選挙告示日まで残り6週間となった。この土壇場に来てどうやら我が民主党はまだ候補者を出そうとしているらしい。 情報として入ってきたのは、5人目の公認候補予定者に名乗りを上げたのは、上尾駅周辺の上町に住む42歳の女性だそうだ。後から確認したところ実際には柏座に住んでいるそうだけれど・・・。話を伝えた人が地理がわからなくて、勘違いしたらしい。「柏座」は西口側だけでなく高崎線をまたいである町だ。 実際のところ、どうしても出馬したいのだったならば、もはや止める意味はない。政党の秩序や党員からの評価よりも、立候補者の頭数を揃えるほうが優先される現実なのだろう。 こうなると、基本的な候補予定者の資質なんてことも評価の対象外になる。有権者には当選したら任期の4年間で改めて評価していただくしかない。 まして民主党の政策とか、上尾市の抱える課題といったことも問題外だ。 ・・・。どうなっちゃうのだろうか、我が民主党は。 なにがそうさせるのだろうか。 確かに県議会議員選挙では2万5千票を得票した。だが、市議会議員選挙で同じ得票が得られると考える根拠を示して欲しい。こっちは選挙に出馬する当事者なのだから、根拠や計画性もなく擁立することはただ混乱を招くことになる。それこそゲーム感覚で候補予定者擁立をするように見える無責任さでは、叩き合いになってしまう。 人口約22万人、有権者数約18万人中間選挙の市議選は、投票率45%まで行くだろうか。45%として総投票数81000票だ。立候補が巷間噂されている人数40名で割ったなら平均2000票というところだ。5人で1万票なのだからまだまだ余裕があるという考えは、浮動票頼みの選挙ならばそうだろうが。 いずれにしても、民主党はもう一人新人を加えて5名の公認予定者で選挙戦に突入することになる公算が大きい。 のこり6週間の勝負だ。
October 7, 2007
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9月定例議会の報告会を行った。上尾駅改修や事務区制度、税金の使い方、市役所のスタンス、といったことでの議論が活発にあった。予定時間の2時間30分を大きく超えて3時間近くになってしまった。 選挙用のチラシのゲラ刷りを配布して意見を聞いたが、思いの外評判が悪かった。これもまたショックだし、時間がない中で直せるだろうか。考えどころだ。 活発な意見交換の中では、やはり上尾駅の改修には懐疑的な意見が多かった。一言で言ってしまえば上尾市は「説明不足」だと言うことに尽きる。 なぜ、改修するのかという根本の理由や、なぜ、40億円もかけて駅舎だけを改修するのか、といった事業の必要性や、駅舎を改修した後の駅周辺でどんなまちづくりをするのか、といった上尾中心部のまちづくりの考え方がまったく見えてこないことなど、こういった費用対効果の議論がまったく市民に知らされない中で、40億円の事業が果たしてどうなのか、市民にとってのメリットは何か、よく見えてこない。 上尾市議会では、この改修工事の議案は4月の臨時議会で22対8という大差で可決されたが、市民の中には懐疑的に見ている人も少なくない。 こうやって議会報告会の回を重ねるたびに、次回の市議選が如何に重要なのか実感する。
October 6, 2007
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書こうか、書くまいか。正直迷っちゃう話題。 舛添大臣の発言は、大人気ないことこの上ないが、それに反応した首長も大人気ないようにも思う。 舛添発言の問題点は、比較して批判したことにある。銀行よりも社保庁職員よりも市町村職員は信用ならない、というこの比較が、何の根拠があってこの順番なのか、とか、「中央が上で地方が下」という日本の政治機構に蔓延している中央集権的な考え方をそのまま表現しているように見える、そのことが問題なのだ。 だからその後の発言で「小人の戯言」という、これもまた自分の発言の何を批判されているのか、その意味を理解していないか、無視しているなと感じる言葉だが、地方公務員はレベルが低いという意味に取られても仕方がない。抗議する首長がいて当然だ。 だが、国民の側から見ると、実際に年金保険料の横領が発覚した自治体で、刑事告発しないという自治体がケッコウ多いこともなかなか納得しがたいものがある。 時効になったとか、まして庁内で処分したからという理由は、妥当な手続きと処分なのか、身内に甘かったのではという不審につながる。 弁済されたのだから刑事告発までは、という意見もあるが、これなど私は笑止だ、と感じる。そういうことではない。弁済されようがされなかろうが、そこは厳しくやっていただきたい。 以前我が市長の息子氏が逮捕された事件があった。乗車したタクシーで同乗者と口論になり、タクシーの備品を壊したと言うことで器物損壊の現行犯で逮捕された。 そのときの我が市長が私に言った一言が、「弁償したのに逮捕された」だった。この場合問われたのは弁償したかどうかではなくて壊したことだったはずなのに、弁償したらその責任は問われないと言いたげだった。 こういう考え方は根本的な信頼を損なうものだ。 舛添発言の「上からものを見る」かのような目線も困るが、刑事告発しないという国民感情を考慮しない自治体判断も問題が多い。それで国民の納得は得られるだろうか。
October 5, 2007
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さすがに選挙が近くなってきて、さまざまな会合で挨拶を求められる時には、今まで以上に気遣うことになってしまう。それこそ最近流行りの「KY]にだけはなりたくないと思う。 で、今日の懇親会でも挨拶の機会をいただいた。だいたいこんなことをしゃべった。 「さて、今月の広報あげおを見ましたか?号外の方ね。上尾駅改修の記事を見て、私はまったくびっくりしました。あんないい加減な記事はない。すり替えだらけだ。例えば40億円の駅舎改修工事費用のうち、15億円ほどは補助金が来ると書いてある。ところが実際には駅舎の改修だけではなく、駅周辺整備工事と合わせて総額53億円の事業に対して交付される補助金です。あの記事を見ればどう考えてもまやかしだとしかいいようが無い。こんないい加減なことをやる市政を私は変えなくてはならないと訴えています・・・。」 今現在で、上尾市のホームページには通常の広報あげお10月1日号のPDFファイルは公開されているが、号外のそれはまったく公開されていない。これもまた公正な行政姿勢とは到底いえない。 明日の午前中には市の広報課長や、自治振興課長らと会談して、広報あげおの全戸配布に向けた要請をするが、その席でこの記事の真意を質そうと考えている。
October 4, 2007
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選挙に関しては、決して私は専門家ではないが、まあ世間の人よりは知識と経験は多いと思う。その経験からいって、政党というところは往々にして敵は背後にいたりする。弾は前から飛んでくるものだとばっかり思っていたら、後ろからだったなんてことは、実はケッコウ少ない話ではない。 なぜ敵は後ろにいるのか。1つにはジェラシーかな、と思う。日のあたる場所ばかりを歩く、とか、誰々の支援で選挙でも何でも美味しい目にあうといったことに、皆一様に一喜一憂している。また人事においても誰が美味しいポストについているかということが嫉妬心をかき立てる。 選挙においてはある時期から足の引っ張りあいになる。候補者が“わが党はどれくらいの総得票数になるのか”ということに気付くと、それはある一定数なのだから、誰かが目立つと自分の票が減るということにつながるわけで、それでは相対的に引き摺り下ろせ、ということになる。 これが同じ政党だともっと手口は巧妙で汚い陰湿なものになる。 例えば選挙戦が近くなったタイミングで現職や先行している新人の存在にお構いなく、また、選挙情勢の合理的な分析を整えることなく、無理やり女性の予定候補者でも押し込んでしまえば良いと言うのは、ただただ無用な混乱としこりを残すだけで、「百害あって一利なし」そのものの状況になる。 しかも、他の候補者と地域割りも確定させて活動にエンジンがかかってきたタイミングでの新人擁立劇だと、これは穿った見方しか生まれなくなる。 我が民主党も大きく成長し、参議院では比較第1党の地位を得た。ところが地方自治体議会では、まだまだ万年野党の地位に甘んじている。政権交代劇は絵空事ではなくて、現実味を帯びた政治日程に組み込まれている話だ。ところが現在の政権交代のイメージは小選挙区制度だからできるものだろう。それをそのまま地方組織に組み入れることは、真の意味での「しこり」にしかならない。 そうそう。 「敵はいずこにありや」の話だった・・・。 選挙結果を巡る私の経験では、多くの候補者が沈んでしまった理由は、後ろからの弾に撃たれてしまったからだった。これでは国民から信頼される政党にはまったくなれないだろう。 敵はいずこにありや。それはすべての方角だとしか言い様が無い。それだけに、ゆっくり確実であれば必ず最後に勝つ、はずだ。 民主党の国会議員には「正直者がバカをみる社会ではいけない、そのために『政治改革』だ」と訴えて当選した者が幾人もいる。それだけに「敵はいずこにありや」ではまったくもっていけない。むしろ敵は他の政党会派にいると言うことで戦わなければ、議席を大きく減らすことにもなりかねない。
October 3, 2007
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といっても、国会のことではなくあくまで我が上尾市議会の話。 二元代表制である地方自治体議員の選挙だが、我が上尾市の場合は2ヶ月ほど遅れて市長選挙が行われる。それがゆえに市議選と市長選は相互に大きな影響がある。 来年の市長選挙だが、現職はどうも出馬しない公算が大きくなった。色々と「噂」のレベルではあの会合で引退すると言ったとか、誰に挨拶したとかいうが、そのどれもを私は直接耳にしたわけではない。私はまだまだ現職のどんでん返しはあると思っているが。 いずれにしても市長選挙に出馬を模索する「新人」が走り始めている。その新人の動きと市議選の候補予定者の動きは一部で連動しているものと思われる。 市議選の候補予定者の「党派」「会派」の流れを見てみると、公明党は5名、共産党は6名が出馬を予定していて、この2党はさまざまな分析の結果での出馬だから硬いと見てよい。もしかすると共産党の1名減はありえるかもしれないが、全体で出馬人数が多くなると、当選得票ラインが下がるから相対的に6名全員当選となる可能性が高くなる。 社民党も唯一1名の候補予定者だ。ある一定の支持率はあるのだからその1名に票が集中することになるだろう。 定数は30議席なので、残りは18議席だ。 我が民主党はどうだろうか。4名の公認候補予定者はこれまでの倍増だ。新人の誰もが地域に根付いた活動をしているわけではなく、いわば「落下傘」的な存在だ。多分現職1期である私もその中に入る。だがポイントは今年春からの続いた選挙で、民主党の候補者の名前を多くの有権者に書いて頂いた。その層に上手くアピールができればきちんと4名当選できるだろう。 残りは14議席だ。 無所属の候補予定者が、先日の立候補予定者説明会では約30名いたことになる。この30名の内、現職かまたは現職の後継者の陣営は14、となる。 こうなるとまったくの新人が付け入る隙が無い計算になってしまう。 これは、現在の党派会派から見た分析だ。 逆に、有力とされる候補予定者を新人現職の別なく、下馬評で順次評価してゆくと、安泰なのは公明党の5名だけで、残りはすべて当落線上を戦っていることになる。 どうなることか。 選挙はふたを開けてみなければわからないが、極端にまったく異なる結果がありえることがわかる。その図式が次期市長選挙の結果を大きく左右するだろう。 次代の上尾市はどこへ行くのか。大きな岐路の選挙戦が事実上の火蓋を切られた。
October 2, 2007
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10月になった。とっても涼しい、いやいや「肌寒い」幕開けだ。もっともまだまだ半そでのポロシャツ姿で歩いている人も結構見かける。気候はだんだんと「温帯」から「亜熱帯」化してきているようだ。 昨日の雨は、朝方にはすっかり上がっていたようだった。1日どんよりした天気で今にも雨が降りそうだったのに持ちこたえたようだった。 選挙の事前活動は、印刷物製作の遅れが響いていて、このままでは今週末の3連休までに納品できるかどうか、厳しくなった。未だに原稿が書き上がらない。毎日こうやってダイアリーを書いていても遅筆から脱却できない。 印刷物はどうしても色々と主張を織り込みたくなってそれがゆえに文章の量が膨大になる。だが、書いた本人からすれば、その一言一言に思い入れがあってなかなか削れない。削ったがゆえに言いたいことが正確に伝わらないのではないかという心配がある。 選挙告示日まであと56日だ。こう書くとまだまだ日があるように見えるが、ちょうど8週間だ。今日から8週前は8月6日で「ヒロシマ」のことを日記に書いていた。遠い過去の様でもありつい最近のことの様でもある。 他陣営に比べて、今のところ若干遅れていると自分でも感じているが、もう間もなく追いつく予定だ。一気に12月2日投票日まで駆け抜ける。
October 1, 2007
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