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2007年。怒涛の一年だった。そして大晦日を迎えた。市議会議員としての任期最後の日でもある。慌しい日常の中で特に感慨も無いが、だからと言っていつもと同じように日付を跨いでもいいのかとも思う。 明日から「公職」から離れて一市民になる。一市民としてどんな政治的活動を行うのか。そして議員報酬も無くなるから改めて仕事を立て直して「食べていく」ことも大切な活動だ。 まさに決意も新たにただひたすら前進あるのみだ。
December 31, 2007
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ちょうど昭和から平成に替わったあの当時にものすごい影響力を持った番組「イカすバンド天国」通称イカ天。あれから20年という「思い出」番組が放送された。 この番組が放送されていた当時は、私はもうすでに23歳だった。学生時代は夢中になってロックバンドをやっていて、その当時も新たなバンドをやってはいたが、この番組に出演していたアマチュアバンドとは一世代上だった。 あの当時の映像と共に、久しぶりに彼らの演奏も聴いた。 それにしても、アマチュアと、プロとの差を改めて思いっきり感じた。この番組からは何組かはプロデビューを果したが、演奏力に格段の差があった。今でもトップアーティストとして活躍しているグループはやっぱりあの当時から格段の演奏力だった。 多分捜せばあの当時の番組の録画テープもあると思うが、懐かしさのあまり、時間を忘れて見入ってしまった。年の瀬の慌しさの中で、少しばかりノスタルジーに浸った。
December 30, 2007
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このままいけばどうやら年末年始は無くなってしまいそうだ。2月3日市長選に向けて怒涛の毎日だ。 今日は年内最後の事務局会議だった。確認事項が山のようにあったけれど、要するに年明け早々のまだ世間がお屠蘇気分の頃も、それぞれの作業が滞ることなく進むように調整した。ということはこの年末年始は年明け以降のさまざまな活動の準備作業で遅れを補う貴重な数日間でもある。 個人的にはこのホームページの例えばトップページのデザインもどう変えようか、こういったこともやりたいのだけれど、なにせ時間が無い。2月までホームページではまだ上尾市議会議員のままかも。みっともないので変えたいが。 市議会議員の任期もあと2日で終わる。月が明けたら「市民運動家」ということになるのだろうな。もっともそのほうが色々とたくさんのことがやれそうな気がしている。来年は私の人生にとっても大きな転機になりそうな予感がある。
December 29, 2007
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市議会議員になって2年目、2005年の3月議会からインターネットでの本会議中継が始まった。データとしてどれくらいのアクセス数なのか聞いてはいないが、私の回りでは結構見ている人がいる。また、録画映像も配信されていて、生放送で見れなくても、後から暇な時間に見ることもできる。これはかなり先進的な「議会の公開」だ。 その映像のインターネット公開は、結局市の持っているサーバの容量によるところが大きいようだが、ある年限で古いものから順に外して行くようだ。 市議会議員を退任するので、これまで3年間の私が登壇した部分の動画を事務局に頼んでDVDに落としてもらった。実際の作業は情報推進課がやってくれたようだが。計10枚にもなった。かなりの分量だ。 ただ、まだ最後の採決の討論は落としてもらっていない。どうやら、17日の一般質問で終わりだと思ったのか、そこまでがDVDになっている。新たにDVDをわたして落としてもらわなければ私のライブラリーは完成しない。
December 28, 2007
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市議会議員選挙が終わり、その喧騒が覚めやらぬうちに今度は市長選挙が始まるわけだが、その争点がなんともぼやけたものになっている様に感じている。 現職市長の後継者と言われている候補予定者のリーフレットには、「ん?これは…」と思うビミョーな公職選挙法に抵触しかねない表現もある。 このリーフレットはずいぶん大胆で、はっきりと「上尾市長にチャレンジ」と書いてある。また、あいさつ文には「市長選挙に立候補させていただく」とも書いてある。こういう文書が無差別ポスティングされることは公職選挙法に抵触すると指摘せざるを得ない。 この方のリーフレットの政策も「どうしてなの?」と思うようなことがはっきりと書いてある。 例えば「中学卒業時までの通院医療費の無料化」という政策を謳っているが、これなど市民からの請願が以前の議会に提出されたが、この方ははっきりと採択を反対した。この方の所属する会派「新政クラブ」と「公明党」は財源が無いといった理由で反対だったのだが、このリーフレットには財源の説明もなく「無料化を図る」とある。 なんとも無責任の謗りは免れ得まい。 その他にも、敬老祝い金の見直しを謳っているが、これだって毎年支給だったものを5年毎に変更する議案に賛成していたはずだが、喜寿と米寿にも支給するという。だったらなんであの時もっと慎重に審議しなかったのだろうか。 これらの主張にはなんとも不思議さと違和感を感じる。市議会議員当時の採決態度をまったく説明することなくこれらの政策を掲げられるとそれこそ「バラマキ」ではないのか、と言いたくなる。 現市政を継承すると主張するこの方は、それ以外にも、「都市基盤の充実」という名目で建設事業の推進をいの一番に掲げている。厳しい厳しいと言う上尾市財政とどう折り合いをつけるのか。財源確保など責任ある説明を伺いたいものだ。 これらの批判と疑問に対して明確なお答えがいただきたいと思う。 やはり今回の市長選挙は、マニフェストを公開し財源や達成時期をきちんと掲げて市民に信を問わなければ、結局元の木阿弥になってしまうのではなかろうか。 10年後には65歳以上人口が25%を超えると予想される我が上尾市は、全国平均の倍くらいのスピードで高齢化が進んでゆく。これにどんな対応をするのか。どんな政策を掲げ予算を配分し実行してゆくのか。 そのことこそが今度の市長選挙の争点のはずだ。この目線が無い市政では市民は到底浮かばれまい。
December 27, 2007
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まったく技術の進歩は目覚しい。 私は「チェンジあげお市民の会」の街宣車運行担当もやっている。これから年明けの街宣車運行には、人手の関係から肉声だけでなく録音テープでの運行も当然あるので、そのための機材を調達に家電量販店に行った。 一昔前は街宣車の録音と言うと、エンドレステープに吹き込んでそれを流していた。その後、技術の進歩と共に、MDを使うようになった。エンドレステープだと、その長さぴったりに録音しないと、妙な間が空いてしまったり、せっかくの録音が消えてしまったりということで、上手くしゃべれても録音し直しということもあった。 MDであれば、録音時間の長さに関係なくリピート再生も設定できるのでこれは楽だ。エンドレステープからMDへと変わっていった。 今回の機材調達はそのMDプレーヤーを購入するつもりでいた。お店で店員さんに色々と聞いてみると、比較的安価で綺麗な音でリピート再生といった機能も充実していると言うことで、ICレコーダーを薦められた。 ためしにその場で録音して音質を聞いてみると、そのクリアさと、店内ということでものすごい雑音であるにもかかわらず、まったくといっていいほどのノイズがない音質だし、ノイズカット機能にいたっては驚嘆するしかない性能だった。 しかも録音機能があるMDプレーヤーに比べれば半額に近い安価だった。 昔、5年ほど前に購入したICレコーダーからすると録音機能や音質は格段に進歩しているし、値段も下がっている。性能の進歩には感嘆するばかりだ。 夜には、政策と広報部隊の合同会議も行われた。ちなみに私は広報の責任者もやっている。日々大変に忙しいが、全力で活動するつもりだ。
December 26, 2007
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私が参加している「チェンジあげお市民の会」が推薦する市長候補予定者「尾花正明」さんの出馬記者会見がおこなわれた。これで巷間噂されていた4人の候補予定者はすべて出揃った。 尾花正明さんは私の大学の先輩でもある。上尾市議、埼玉県議、上尾青年会議所の理事長を歴任され、商工会議所の常議員やロータリークラブでも活躍しているエネルギッシュな人だ。 今回の市長選挙には特に上尾市の課題を冷静に洗い出し、「チェンジあげお」を合言葉に市政改革に取り組むことを明確に打ち出している。この課題設定がたいへん重要で、市民目線なのか、行政目線なのかといったことも含めて今回の市長選挙に出馬表明している各候補予定者の主張の大きな違いだ。 果たして現市政の継続でいいのか、変えなければならないのか。変えるにしても、ただ単に理想を追いかけるだけでいいのか、実現可能なバランスも考慮するのか、この違いが争点になるのだろう。 何度となく書いているとおり、今回の市長選挙は今後4年間のみならず、今後20年くらいの上尾市の行く末に大きな影響を及ぼしかねない重要な分岐点となる選挙だ。多くの市民に真剣に考えてもらえるような情報発信に心がけていきたい。
December 25, 2007
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ちょっと前の話になるが、22日土曜日の夕方から、私も参加する「チェンジあげお市民の会」が主催して、その会が推薦する「市長選」の候補予定者が掲げるマニュフェストの発表の集会が行われた。 上尾市文化センター大ホールがほぼ一杯になったのだからだいたい1000人くらいの人が参加してくれたのだろう。 私はスタッフとして舞台袖などにいることが多かったが、候補予定者のマニュフェストの中身の説明にプログラムが進んでからは、なんとなく会場の雰囲気がいつもの選挙集会と違うように感じてきた。 どういうのだろうか。拍手も無い、咳払いやざわめきも無い、なにやら「しーん」とした妙な雰囲気だけが舞台袖に伝わってきていた。 どういうことだろうか、何か盛り上げなくてはいけないのだろうか。舞台袖では企画を担当した何人かで「最後の盛り上げ」について変更も含めた打合せを急遽行ってもいた。 私は何度となく客席ものぞいてはみたが、ずっと居れるわけでもなく何か雰囲気を掴みかねていた。 と、次の瞬間、説明の進行と共に、会場の参加者が、いっせいにマニュフェストのページををめくる音がした。 そうなのだ。参加者はあまりに集中してマニュフェストを見ながら話を聞いていたので、まったくのざわつきもなく、客席が見えない舞台袖からはまるで冷めた空気だと勘違いしてしまうような落ち着いた集中した雰囲気だったのだ。 今回の市長選挙は、はっきりとマニュフェストを掲げて「政策」を戦わせる選挙戦を展開したいと思っている。その意味でも我が「チェンジあげお市民の会」では他陣営に先駆けて8ページにも及ぶ明確な政策をまとめ、それを市民に訴えるという「オーソドックス」な選挙を展開するつもりだ。 先日の日記にも書いたけれど、年明け2月3日投票日の市長選挙は次期の4年間の上尾市政を決めるのみならず、今後20年間くらいの上尾の行く末を占う大切な選挙になるだろう。それだけに各候補予定者の政策、現状の何を最大の問題だと捉えそれをどう解決してゆくのか、という主張を整理して比較した上での投票であって欲しい。 我が陣営は明日25日には出馬の記者会見も行う予定になっている。
December 24, 2007
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選挙が終わり早くも3週間が経った。今日もある会合で挨拶スピーチの機会をいただいた。まず私を紹介するスピーチがあって、その中で「本人は一生懸命戦ったけれども、ちから及ばずで落選となった。たいへん落ち込んでいますので温かい拍手で迎えてください」と紹介された。 あらかじめ何をしゃべろうか考えていたけれど、本当に暖かい拍手と集まった人たちの眼差しを見渡して、口をついて出た言葉が、「感動という言葉があります。感じて動くと書きます。まさに今皆様の暖かい拍手と眼差しとで迎えていただいて、感謝すると共に、私は感動しました。次の機会に向けて動き出す力をいただきました。ありがとうございました。」と述べて降壇した。 素直に思った。人は感動してこそ次の困難に向かって歩き出せるのだろう。「感じて動く」まさにそのとおりだ。多くの人と喜びが分かち合えるような活動を心がけていきたい。
December 23, 2007
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午前中は新たに大石地区にできた「西消防署」と「市役所大石支所」と「図書館大石分館」という複合施設の落成式典が行われた。 私はこの「複合施設」建築議案には反対をしたが、地域の施設でもあり落成式典には出席した。 そもそも消防署の建て替えには「諸手を挙げて」賛成だった。現行の消防分署建物は築30年を越えて雨漏りなどの問題が多いことがもっとも大きな理由だった。 最初は市の計画も消防署だけの建て替えだった。ところがあとから、やれ支所だの図書館だのと「計画」に無い施設建設が急浮上してきた。 そして出来上がった支所と図書館だが、特に支所の会議室は視聴覚設備への費用のかけ方に驚いた。プロジェクターが作り付けになっていて、ビデオやDVDやOHPがすべて大きなスクリーンに映し出せる。それ以外に大型液晶テレビとそれにつながるビデオとDVDデッキも別にあった。 すばらしい設備だが、こういうお金のかけ方には複雑な思いも残る。そして市民に開放されるのかどうかということも確認したい。
December 22, 2007
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今日は議会最終日だった。議案の採決が行われたが、最後の最後まで気合を抜かずに上尾市議会議員として活動が出来たと思う。 今日も今日とて、議案に対する反対討論や、採決のときには補正予算案には一人退席もした。ありがたいことに最後まで自分の思うところの活動ができたと思う。多くの方から協力をいただいた結果だ。ありがとうございました。 17時半からは、今月で任期満了となるので、最後の議員懇親会が開かれた。今議会で残念ながら議会を去る私も、皆さんに挨拶する機会をいただいた。 最初に、市長以下執行部の部、課長の皆さんや居並ぶ議員の皆さんに、役割とはいえ年下の私がずいぶんに無礼であっただろうことを詫びた。議員である以上、支持者の期待を背負っての活動である以上、人間関係よりも優先されなければならない発言や議員としての行動もあったと思う。 次に、不規則発言的に「次は不覚を取るな」といった応援もあったが、まだ次は考えていないこと、少しゆっくりと考える時間をとって新しいことを始めたいという旨の挨拶をした。 「去る」ということで、当然不完全燃焼の部分もあるし、やり残したと思うこともあって寂しさが無いといえば嘘になるが、次にはどんな立場でどんなことができるのか、可能性は無限に広がっているとも思う。 この4年で得た経験は、私にとって大切な宝の1つだ。これは素直にそう思える。
December 21, 2007
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今朝の埼玉新聞の1面コラム「時の鐘~自治体への提言50」は東大の神野直彦教授が執筆担当だった。 神野教授はこれまでもこのコラムで機会ある毎に、人間関係が暖かいことが暮らしやすいということだとの考えを基本に、公(おおやけ)の意味や規制緩和や自由競争という言葉への盲目的な追随には厳しく警鐘を鳴らしてきていた。 半面で、地域コミュニティへの参画は、旧態全とした既得権擁護しがらみ社会への回帰ではないかという議論もある。 人間関係の暖かさとは、お互いがある意味自らに「公正」という考えをきちんと持って、それぞれはきちんと責任を果しつつも、目の届かないところや手の尽くせないところは赦しあえるという価値観こそが重要なのかもしれない。 「暖かい」まちづくりという概念をきちんと整理して多くの人に伝え、賛同を得たい。
December 20, 2007
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来年2月3日投票日で我が上尾市の市長選挙が行われるが、今日は巷間出馬が噂されている4陣営の中の2陣営で出馬の記者会見があったそうだ。 まだ会見をやっていない2陣営は、今日やった2陣営よりも事実上先行して準備を進めているので確実に出馬するだろうから、これで4陣営が戦う選挙戦が確定した。 この選挙戦は、現職の引退ということで新人4氏の争いになる見込みだが、実は現市政の継承か、それとも大きな変更か、という対立軸だと思っている。 これからの上尾市が取り組むべき行政課題や、将来どういう都市を作り上げてゆくのかと言ったことを大きく議論して、市民にお知らせして、きっちりと判断を仰ぐことが大切だ。 現市政の継承ということは、端的にいえば、つまり「開発」路線の継承ということだと理解している。であれば、どう考えても将来に子ども達に大きなツケを残すことにもなる。 まさに今は大きな転換点である可能性が高い。税金の使い方を、ハコモノや開発整備を中心に据えるのか、市民生活を中心に据えるのか。このことの違いが市長候補予定者の主張の違いになって現れてくる。 2月の市長選挙は単に4年間だけに留まらない、これから20年程度の上尾市政を左右することになる大事な選挙だ。これからは私が応援する陣営の主張をこの日記でも紹介しようと思う。
December 19, 2007
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一般質問のインターネットでの動画配信がアップされた。 質問というより、私が4年の任期の中で感じた上尾市議会の根本的な課題を、制度の本旨に照らして所感を述べるという中身だったから、実のところどんな「しゃべり」になっているのか気になっていた。 さっそく見てみると、いきなりショックを受けた。なんと!!ネクタイが曲がっているではないか!!中身よりも何よりもそのことがショックだ。 なにせ「次」は当分の間ない。早くても4年後の3月議会だ。とりあえず「一区切り」の質問だったのに。なんか悔しいなぁ。 4年間の任期を振り返って上尾市議会をどう変えるのか、という課題については、なかなか「郷に入っては郷に従う」ことが必ずしも良いと思っていない、というより良いと思っていないからこそ「議員」をやろうと思ったというほうが正解だと思うのだが、であるがゆえに、例えば「会派代表者会議」の権限とか、慣例として行われていることを如何に見直すかがまず第1の課題だと思っている。 当然、地方自治法やその他の関係法令を根拠に具体的な議会活動の権限をフルに活用する、活用できる議会になっているのかどうかという検証も必要だ。 例えばこれまでの地方自治法では自治体議会は年4回まで開くと決まっていたが、この回数制限は意味が無い規定なので、定例議会を年に何回開いてもかまわないと改正されたり、質問でも触れたが、審査の及ぶ範囲や権限の制限などは撤廃され、その結果、「国」のように、行政(執行機関)と対等の関係が法的には保障されたりということで、議会の役割は大きく変わっているのだが、「組織は人なり」というように、そこに属する人たちの意識が最後には決め手になる。 そんな思いの質問だったのだが、少しでも理解してくれる人がいてくれればありがたい。 選挙から日が経って、そろそろ落ち着いただろうと、ふらっと尋ねてきてくれる人が増えている。私が自宅にいればいいのだが、いないときのほうが多くて申し訳ないと思っているが、今日はたまたま夕方一旦帰宅したタイミングで尋ねて来てくれた人と少々の時間だがさまざまな話をした。 その人の知り合いで、私のことを「あいつは重箱の隅をつつくようなことばかり質問しているからだめなんだ」と評した人がいたらしい。根掘り葉掘りいったいどういう人が言ったのか聞いてみると、どうやら市役所職員OBらしい。 知り合いは「重箱の隅をつつくような事を聞くやつが市議会にいないほうが市民にとっては不利益だ」と言ってやったんだ、と笑いながら言っていた。「知り合い」は、重箱の隅をつつかれることがそんなに嫌だったのだろう、とも言っていたが、「重箱の隅」かどうかも含めて大いに議論すべきことだろう。 議会は議論に始まり議論に終わる。私はたまたまだが、今回の質問の中でそうも述べている。社会はもしかしたら以前は穏やかな日本社会の美徳だったかもしれない「まあまあ」とか「ほどほど」といった観念を許容できなくなっている。 「既得権」や一部の者だけが利益を得ているとことに対する不公平感はちょっとやそっとじゃ拭えない。そして、「重箱の隅をつつく」と批判する人たちが、実は「既得権」の側の人たちに多いことも、気付いてきた市民は確実に増えている。 そのエネルギーは2月の市長選挙で確実に爆発することになるだろう。
December 18, 2007
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とりあえず当面最後の一般質問登壇が終了した。 時間がなんと20分も余ってしまった。これまでは時間いっぱい、時には足りないこともあったが、最後の最後まで来て初めて余ってしまった。余ったが、自分が議員をやってどういうことに問題意識を感じているのか、という根本の思いを演説した。 と同時に、どうしても市長に聞きたくなって通告していないが過去の歴史的事実だから問題ないだろうと思って親子で市長と市議会議員をやることについて、市長は任期の関係から1ヵ月半ほど執行部の席と議員の席に本会議場で座ることになるが、その出馬の判断を聞いた。 地方自治体の政治体制はいわゆる「二元代表制」だ。執行機関の長である「首長」と議決機関である「議員」がそれぞれ別の選挙で有権者に直接選ばれる。ということは国会のような「一元代表制」の場合の「与党、野党」といった考え方はなく、機関として対等に相互にチェックしあう制度の構造に、本来はなっている。 その、市議会議員選挙で市長の息子氏が当選した。このことは憲法や公職選挙法や地方自治法で立候補の自由は保障されているから、特に法的には問題が無いが、任期の関係で市長は引退するというものの親が市長で息子が市議会議員という状態が年明けから1ヵ月半ほど続くことになる。 2000年の分権改革以降は特に、それぞれの権限や役割を考えると「特殊な事例」ではないかと思う。現に所沢市では、先日の市長選挙で当選した市長の家族が現職の市議会議員だったが、家族で市長と市議会議員をやることは制度の本旨から外れるということで市議会議員を辞職している。 市長の答弁では過去にどこぞの村で親子で首長と議員とをやった例があって、特に問題が無い、だいたい答弁することではないというような趣旨の答弁だったと思う。 私が、何でこの事を聞きたくなったのかというと、これからの地方自治体議会の役割をどうしてもメッセージとして最後に演説したくて、原稿を書くためにさまざまに改めて勉強していると、どうしても二元代表制の本質的な理解を深めなければ、議会が持つ本来の機能が充分に発揮されないのではないか、ということと、その緊張関係に家族がそれぞれに座ることが果して制度の期待するものとの兼ね合いでどうなのかということと、そこに対してどういう判断を市長としてしたのかというここを確認したくなったのだ。 まだ今現在この質問の様子がインターネットで配信されていないが、多くの人に確認していただきたい。市長の市政に対する基本的なスタンスが端的に現れたと思える答弁だった。
December 17, 2007
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やっぱり最後の今回も、ともすれば一夜漬けのごとく、今頃26時を過ぎての原稿完成だ。 まあ、市政の細かいことではなく、自治体議会のあり方や今後の期待するところなどを書いたので、質問演説というよりは、もしかしたら地方自治の講義のようになってしまうかもしれない。 それでも良いと思って、自治体議会かくあるべしという思いのたけを書いた。 明日は午前9時30分頃からの登壇だ。インターネット中継はこちらから。 多くの人に見てもらいたい。「たにざわ公彦ここにあり」の心意気で頑張ります。
December 16, 2007
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来年2月の市長選挙に向けて候補予定者も出揃ったようだ。どうやら「4名」での選挙戦となるらしい。もっともこういうことは蓋を開けてみなければわからないことも多々あるが。 そんな情報が錯綜する中で、よく考えたら月曜日は私の一般質問の登壇だった。朝1番、9時35分ころの登壇となる。当分私の一般質問は見ることができないので、ぜひ議場に足を運ぶなり、インターネット中継で見るなり、とにかく見ていただきたいと思う。一生懸命やります。 とは言うものの、やっぱり今回も原稿作成は「一夜漬け」になってしまいそうだ。明日はなんとしても集中して書き上げよう。 議席を失うので当分は登壇できないが、それとて人生の通過点に過ぎない。だが、一区切りであることも間違いないし、新たなる出発の質問にもなるだろう。 そう考えると何を言おうかだんだんワクワクしてきた。
December 15, 2007
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先日の市議会議員選挙では不覚を取ってしまったが、そんな感慨に浸る時間もそうは与えてもらえずすでに12月定例議会をまさに今会期の真っ只中だし、来年2月の市長選挙に向けて次の戦いはすでに始まっている。 その2月の市長選挙に向けて、私が関わっている立候補予定者のマニフェスト作りも佳境に入ってきた。今日は議会終了後、印刷にまわすための最終確認の打ち合わせがあった。 全8ページで、なかなか立派なものができそうだ。中身についても、そうとうな検討を重ねて作り上げた。現市政の問題と、改善すべき方向は充分に表現されたと思う。 選挙では政策が語られ、政策によって候補者を選ぶことが最も重要だと思っている。 だが、市長選挙や、まして市議会議員選挙は「身近」であるがゆえに政策ではなく“家に来た”とか“来ない”とか、言ってしまえば「人気」のようなもので投票行動が決まるという言い方をされることがある。 残念ながら、地方分権の進展に伴ってもはやそのレベルの選択では確実に行き詰ることになる。明確なビジョンと政策の無い首長では市民が迷惑を被ることになる。今度の市長選挙はまさに市民がそこを自覚できるのか、やはり「なんとなく」で投票するのか、が問われる。 これから向こう4年間の、見方によっては今後20年間ぐらいの市民生活に影響を及ぼすことになるその「入り口」の大事な選挙だ。「村内から出るから」とか、「世話になったから」ということを飛び越して、きちんとした政策を戦わせる選挙にしたいものだ。
December 14, 2007
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「最後」の福祉消防常任委員会だと感慨深く出席したが、なかなか解放してくれそうもない。 「後期高齢者医療広域連合」に関する上尾市の事務手続きを定める条例案について、この後期高齢者医療制度の概略を説明する資料の中で、埼玉県の保険料の早見表が資料として提出されたが、まずこの表に大問題があった。 表を見るとまったくの無収入の人でも年額1万2千円を超える保険料の負担が記されている。質せばまったくのゼロ収入の人にも、保険料の負担を求めると法律に書いてあるのだそうだ。もうひとつ問題があって、この保険料も減免制度も広域連合の議会が決めることになっていて、我々市町村議会ではまったく手が出せない決まりになっている。 根本的な問題点を吸い上げる仕組みが見えないのに、保険料や減免といったことはすべて広域連合議会で決めてただ「落としている」にも関わらず、この「後期高齢者医療広域連合」という広域事務組合への加入だとか、市町村がやる事務手続きについては各市町村議会で決めろという。 制度の核心については黙って従えということだが、実務的な手続きは市町村議会で議決しろということは、言い換えればある一部分でもこの制度に自発的に賛成したという「絵」を作りたいのだろう。 そもそもこの広域連合に加入しないという選択肢が無いのに、加入の採決を市町村議会に迫ったわけだから、「地方分権」とは名ばかりで、この制度とやり方にはどうにも納得がいかない。 この議会で現在の議員の任期が切れるために、「継続審査」にもできない。 この会期中に、全議員協議会を開催し、その席で当局から制度の説明をしてもらうことと、この制度の問題点や改善要望を議会として議論すべきではないかということになった。 まだ当分、副委員長の職から解放されそうも無い。
December 13, 2007
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選挙前から、車での移動を極力やめて、原付バイクの、それも屋根付き3輪バイクを入手して足に使っている。 今日は夕方から雨模様となったが、まさに雨が降ろうが槍が降ろうが関係なく、殆んど濡れずに快適だ。肩から先がやや濡れるが、それとて普通の原付バイクからすればまったく濡れていないに等しいといえるくらい「無事」だ。 だいたいガソリンの高騰はたいへんな異常事態なのに、ガソリン税の引き下げはまったく行わない政府に対して国民は「ものわかり」がよすぎるのではないだろうか。 ガソリン代の内50円あまりはガソリン税なのだから、その調整で、1リッター150円という価格は押さえることができるはずだし、消費税はこのガソリン税に対しても5%かけているという2重課税であることも、そろそろ怒ってもいいはずだ。 私自身はその怒りの表現として、4輪車をやめて車輪を1つ減らして3輪車にした。 この3輪バイクのガソリン使用量は、ひと月でだいたい30リッター程度だ。普通車の1回の満タン給油量にも満たない。自動車税も年額1000円だしこれ以上の経費削減はないだろう。 来年からは特に活躍の場が増える。
December 12, 2007
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今日から12月定例議会が始まった。会期は11日間だ。 任期最後の議会となる。私にとっても当面の「お休み期間」に入るため、最後の議会だ。心置きなく充分に活動したいと思う。 議席から執行部側の出席者の顔を眺めていて、「4年後に戻ってきたとしても、ここに居並ぶ人は皆退職してどなたも居ないのだなぁ」としみじみと考えた。4年という時間はその意味で大変に長いものだ。 会議は午後2時には散会となり、その後は一般質問の事前打合せを行った。私の一般質問登壇は、17日月曜日のトップバッター、時間は9時30分頃からとなる。 その後は、東京赤坂に出て、秘書の先輩や仲間と久しぶりに会った。倦土重来を期すことについて誰もが無条件で賛成だと言ってくれた。 永田町で生きている人間にとって選挙での当落などあまりに日常的なことだ。その結果で人間の可否が決まるわけでもあるまいし、と、そこはあまりにあっさりしている。 が、生き馬の目を抜く永田町で生き抜いてきた彼らの眼力は、複雑に織り成す「事情」や「感情」と組織の「可能性」と「限界」もある意味冷静に見抜いていて、それゆえに気心の知れた仲間であれば忌憚ない考えを聞かせてくれる。これはものすごく参考になる。 赤坂からの帰りは、赤坂見附から地下鉄丸の内線で新宿へ出てJRの「湘南新宿ライン」で帰ってきた。新宿での乗り換えにやや時間がかかるのが難点だが、それでも乗り換え1回であとは直通で帰れる。便利になったものだ。 年末の列車はさほど混んではいなかったが、暖房が効きすぎていて暑くて閉口した。
December 11, 2007
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12月も10日を過ぎた。師走の慌しさも増す中、明日から定例議会が開会する。選挙があったために、会期の短い議会だ。21日には閉会する。 今議会の議案の中でも最も重要なものは「後期高齢者医療広域連合」に関する条例案だろう。私が所属する「福祉消防常任委員会」に付託されることになるが、このような他に選択の余地が無い議案は、どうにもこうにもやりきれない。試算によれば埼玉県の場合、1年間で10万円ほどのいわば「保険料」負担になるという報道もあった。 選挙の結果について、民主党はどういう反省をするのか。今日は民主党第6区総支部の幹事会が行われた。 中身については申し合わせで公開することはできない。私の感想のみ書く。 なにせ公認候補5名の内私を含む2名が落選となったのだから、当然党としての反省もきちんと議論されなければならない。だが、今のところ個人に責任を求めるばかりだ。そんなことで党勢拡大ができるのか。 それぞれの候補者は当然充分に戦った。ただ残念なことに投票率が若干、0.7ポイントほど上がったり、有権者の総数が4年前に比べて5000人ほど増えていたりということがあったのに、民主党の5人の公認候補の得票合計は4年前とほぼ横ばいだ。 これは5人の公認候補者の戦いが「内向き」だったことの証左であって、外に向かって支持の拡大を図ったわけでなかったという事実を物語っている。そのことは、この選挙は民主党はどう戦うのかという議論が皆無だったことも含めて、当然「党」という組織として反省しなければならない。 組織力を誇る公明党も共産党もきちんと地域割りをしてバランスよく候補者を配し、党組織は全力で戦った。その結果が、それぞれ5人の公認候補者で1万1000票を超える得票だった。 翻って我が民主党はどうだったのか。同じ5人の公認候補者で得票合計は8000票あまりに過ぎない。この差を埋める努力は民主党として取り組まなければならない重要な活動ではなかったか。 民主党の支持率は、今日現在自民党より低い。このことの意味は政権党でないから低いのではなくて、こういった失敗の反省が組織として素直に語られないことが、組織の未熟さとか、頼り無さにつながっているのではないか。失敗を認めて正面から向き合ってこそ次の飛躍がある。 「倦土重来を期す」と言葉でいうのは簡単だが、相当な覚悟が必要なことでもある。失敗に対する反省がきちんとできてこその再スタートでなければ、リベンジなど到底覚束ない。
December 10, 2007
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すっかり風邪をひいた。発熱は大したことはないが、今回は鼻に来ていて呼吸が苦しい。今日は外出は控えていた。 選挙が終わって1週間。さまざまなことを考えた。昔からいわれることに選挙では「不思議の勝ちはあっても、不思議の負けは無し」という言葉がある。 なるほど言い得て妙だ。 選挙に負けるときにはさまざまに思い当たる節がある、ということだ。確かに今回も、今から思えば「こうしておけば良かった」「こうしないほうが良かった」ということは多々ある。 多くの反省を次に活かさなければ、意味がない。まずは早く風邪を治すことだ。
December 9, 2007
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今日は昼に、「打合せ」で出かけたが、13時半ごろに帰ってきてからは出なかった。 どうやら風邪をひいたらしい。今回の風邪は鼻に来た。鼻水や鼻づまりで呼吸が苦しいし、だいたい食べ物の味がはっきりしない。これはちょっと休養をとらなければひどくなるばかりだと思った。ところが、さまざまにあれやこれやと考えてしまい、結局休んだ実感が無かった。 私が風邪をひいてしまったのとは別に、早くもインフルエンザが流行しているらしい。きっと疲れが溜まっているだろう私も、油断すると罹ってしまうかもしれない。今年は予防接種を受けておこうかと考えている。 なにせ次の戦いは2月。とっても寒い時期になるからだ。
December 8, 2007
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先日5日は一般質問の通告締切日だった。選挙の結果がどうであれ任期が残っている以上は一般質問しないわけには行かない。通告者は全員で13名だったそうだ。 私は6人目の通告者なので、17日月曜日の1人目の登壇となる。 この質問は私にとってたいへん重要だ。次の一手のために何を主張してくるのか。その意味で質問と主張の方向性や中身をじっくり練り込まなければならない。
December 7, 2007
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今日は午前中、民生委員の委嘱式が行われ、私は上尾市民生委員推薦会の副委員長なので出席した。事実上の公務復帰だ。 なかなか微妙な空気感がだんだん面白くなってきた。どう接してよいのやら、ということなんだろうか。こちらの立場でいえば「何で落ちたのか」とか、とにかく選挙の話題だって別に避けることなく触れていただいてかまわない。結構私だって言いたいことはあるしね。 ある人には、「落選なんか別に恥じることはない。ごちゃごちゃいう人には“自分で選挙に出てみたら?”ていってあげればよい」と言われた。選挙に出馬するそのことだけでも充分に賞賛に値することだとも言われた。なるほど、気持ちの切り替え方として勉強になる。
December 6, 2007
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今日は12月定例議会の一般質問を通告した。最終何人になったのかわからないが、私は6人目の提出だった。多分日程2日目のトップではないかと思うが、最終の通告人数をまだ未確認だ。人数によっては初日の最後ということもありえる。 久しぶりに行った議会事務局は、私が入ってゆくとなかなか「難しい空気」だった。 そんなに気にすること無いのに。私は何も変わりません。ちょっと4年ほどお休みをいただくだけです。 もっともその4年間の間で市役所を去ってしまう職員もいるだろうけれど、いずれにしても選挙は選挙、任期は任期、のはずだろうに。 当然のごとくこれまでと同じようにきっちり質問をする。答弁だってきっちりといただく。考えたら4年なんてあっという間だ。むしろさまざまな活動の計画を立てれば時間的には足りないくらいなのだと思う。 政治活動の原点に帰る。常に自分の持ち味を生かして王道を行くことが肝要だ。
December 5, 2007
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時間が経つにつれて、思い出しては反省の心が大きくなる。 以前、ある生保会社の営業社員をやったことがあった。営業を開始して間もなくはそれなりに成績も上がって、収入も増えた。ところがこれもまた時が経つにつれてだんだん成績が落ちてきた。 生来の気の小ささの故か、どういうわけかもう一押しができない。営業用語で言えば「クロージング」がヘタなのだ。 こうなると、最初の接触からしてなかなかできなくなる。自信がもろくも崩れ去ってゆくのだ。「拒否」されることが怖くなって動き始めることができなくなる。この悪循環はやっぱり今でも私の中にあったし、そのことを恐れてまた足がすくむという繰り返しだったのだと思う。 選挙戦に突入する前の前哨戦のころからのこの日記を読み返してみると、今にして思えば「虚勢」が見え隠れしているようだ。自分を鼓舞しているといえば聞こえが良いが、要するに見たくないものには目をつぶっていたということだろう。 その意味で、私はどうやら人前に出てゆくのが好きなのだが苦手らしい。どうしても見栄の心に支配されていて「上手くやる」ことに主眼があって、ヘタなうちは出てゆきたくないのだ。つまり「なんだあれは」と評価されることがとっても嫌だということだ。 次の戦いはまず、ひとりで始めることが肝心だ。挨拶回りをする、駅に立つ、チラシを作る、発送する。そういう中から新しい仲間と出会い、その輪を広げてゆく。 たにざわ公彦よ、「王道を行け!!」 明日5日は午後、多分締切時間近くに一般質問の通告を提出しに市役所にいく。
December 4, 2007
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昨日の選挙がまるで夢のようだ。 一夜明けてだんだんと「落選」の実感が湧いてきた。これからどうするか。なぜ?どうして?と分析するのはある意味簡単だが、常に問題は、だからどうするのかということに尽きる。 今回の選挙戦で私は誰からも落選するとは思われていなかったらしい。そんなことが今日一日の中で朧気にわかってきた。それだけに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 そしてお会いするすべての方から、「捲土重来を期せ」と言われた。 正直なかなか即断ができる状況には無いが、多くの方からの期待にはぜひお応えしたい。 市議会議員選挙が終わって、次の戦いは来年の2月3日投票日予定の市長選挙だ。 まだ私がやらなければいけないことが終わってはいない。むしろその戦いこそが主戦場だ。少しの間気持ちを休めたら次の戦いに邁進する。 そうそう、ご心配いただいているが、上尾市議会議員の任期は12月31日までだ。あと3週間と少しの間、現職市議会議員としての活動に取り組みます。
December 3, 2007
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選挙の結果が出た。厳しい結果だった。巷間言われていたとおり、民主党にとっては本当に厳しくて、全候補者が下位になった。そして私は落選してしまった。 さまざまな要因があると思うが、この分析はまた別の機会に譲るとしても、私自身は33位で1,348票だった。 結果は厳粛に受け止める。 まだ明日からの事は考えていない。正直に今の心の有様を綴れば、どうしていいのかわからないというのが本当のところだ。気持ちを切り替えてと言うのは簡単だがそれもまた正直しんどい。 悪い予感がなかったわけではない。今日の午後にはどうやら民主党候補の獲得総数はだいたい8000から9000くらいだろうと予想していた。実際には8,250票だった。これを5人で分け合った形になった。 8000票から9000票ということは民主党候補2人から3人がボーダーライン以下になる可能性が高まっていた。結果は予想通りというわけだ。 忙しないが、来週11日からは12月定例議会が始まる。次にどうするのかという答えを手にする間もなく、残された任期を全うするためにまた新たな戦いが始まる。思いは果てしなくただただ初志貫徹あるのみ。
December 2, 2007
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選挙戦7日目。最終日だ。 今日も仲間がたくさん応援に来てくれた。心から感謝、だ。もはやいかなる結果であろうとも十分に戦った。 打ち上げ式の最後の訴えは、何か感極まって思いの丈を存分に話できなかった。 スタッフやすべての関係者に感謝する。
December 1, 2007
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