わが母の残しおきし句集
この句集は、妻として、母として、それぞれを生き甲斐のすべてとして綴り続けた私の歴史です。(浩のもとめにより応じたもの)
その日その時の平穏無事がかけがえのない尊い幸せであることをこの句集を通して知っておくれ。
お互い体を大切に夫婦いつまでも揃って子供達を大切に、一家の団欒を護り続けておくれ、祈りを込めて、この稿を纏める。
娘時代から、新婚、浦小学校をふりだしに、大江、本渡北、櫨宇土、富岡までのは、惜しくも転々と居を変える中紛失して無い。
端布うる 出店賑わう 師走かな
学校の 電話祝や 年の暮れ
熱燗や ふさぎ靨の みゆる夫
熱燗や 執勢の夫の 夜もすがら
年忘れ 我もはんべる 末座かな
上げ舟に しめ飾りして 浜の春
あかあかと 学校灯る 師走かな
着ぶくれの 末っ子にして 片靨
たまさかに 我が名もありて 賀状かな
ひっそりと 当番一人 今朝の霜
親と子と 遅き朝餉や 寒雀
なつかしき 父の名もある 賀状かな
共学の 子の華やかな 賀状かな
熱き始めもありて賑う 雑煮かな
筆癖も なつかしき父の 賀状かな
子も親も 犇めき合うて カルタかな
絵カルタや 読み手の加勢 たのまるる
絵カルタや 兄の危うく 押されぎみ
白き毛の 瓶にみつけし、初鏡
賑やかに 膳継ぎ足して 雑煮かな
はやり髪 子に結わせたし 初鏡
夜まわりの 暫し佇む 気配かな
女先生の 日本礼装 旧正月
いかのぼり 緋鯉が紅の 風おこす
湯まつりの 舞台かけおり 下萌ゆる
卒業の 子等黙々と 坂下る
菜摘むや 背の子の何を つぶやける
蝶々や 一年生の 甘えっ子
無口なる 同志気が合い 木の芽雨
登校時刻 この子だっこ アマリリス
旬の道が 結ぶえにしや 若葉風
たんぽぽや すねて出し子が 駆けて行く
湯かえりの たまに一人や 蛙なく
半休の 島の学校 麦の秋
チューリップ 塗料匂える 新校舎
ころげこむ 音にぎやかに 梅漬くる
凛凛と 目をはる音や 柿若葉
風鈴や たまの一人を 繍ける
朝顔や 当番の子に 起こさるる
桃さくや 子にもうれしい 嫁話
嫁話 娘は耳貸さず 春の雨
父に似て 口重き子よ 豆の花
学芸会の面手伝うや 焚火のほとり
春めくや 祝言事の 続く里
女客の 芸達者なり 桃の宴
就職の 手蔓求めて 春の泥
湯まつりの 導とりどり 暖かし
閉しある 浜のホテルや 冬の雲
短日の 校庭歩く 親子山羊
冬寒し 欠航がちに 定期便
桃咲いて 留守の茅家の 大なる
婦人会の 意見発表 紅椿
日曜の 遅き朝餉や 猫柳
鶯や 解熱の寝息 やすらかに
恋猫の 正体もなく 昼の屋根
恋猫の まなこ打据え 明かり窓
療養 突然リュウマチにて動けなくなる
眠れぬ苦 さいなむ病苦 明けやすき
短夜や 病魔に挑む 気の無力
念仏三昧 はてさて 花の浄土かな
小康を 得て窓にみる 若葉かな
頬こけて 我が顔うつり 春の水
支えらるる 子の手逞し 若葉風
子等三人 我が背を越すよ しょうぶ酒
この子には このよさありて 風は春
不具の足 畳にすえて 布団干す
炎陽や 球殴る影 吾子らしき
歩き得る 歓喜よ燃ゆる 紅カンナ
庭ぐるぐる 歩行練習 柿の花
呉も越も 霞めて広し 春の海
千個のなぞ 秘めてゆたけし 春の海
政談に 更くる主客や 火取虫
松葉杖の 試歩もどかしや 柿の花
抜き打ちの 転勤放送 曇り雲
湯の里の 淡き別離や ちちろ虫
置いて去る 花🈨の手入れや 昼の虫
惜別の 垣の朝顔 盛りかな
ひっそりと 夫事務整理 昼の虫
荷作りの 手のたゆみ勝ち 法師蝉
黙りこくって 更け行く様の 蚊遣かな
更くる夜のなごりつきせず虫の声
語らざる夫婦 ただ更けいく蚊遣かな
団扇動く 慰むる街 しらぬまま
今宵限りの 様に更け行く 蚊遣りかな
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