旅の途中、寄り道の日々

旅の途中、寄り道の日々

時計



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この作品はフィクションです。物語中に登場する個人・団体名は、現実の同名の個人・団体とは何の関係もありません。
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<時計>

──ボオォォン……ボオォォン……ボオォォン……チッチッチ。

 古びた時計屋に大きな置時計の鐘の音が響き渡る。
 その時計の前で慌てている青年──カル・ディアーズ。
 カルの相棒にして、腰まで伸ばした白髪、白の衣服鎧、白一点のステアはその様子をあくまで無表情で見ている。それが常なのであるが……。
 指を触れた瞬間、突然鳴り出した置時計に、思わずカルは驚きの声を漏らしてしまった──と、事の顛末は単純な事のように思われた。
「び、びっくりした!」
「どうしました?」
「いや、この時計を弄くってたらさ……」
 ステアに問われ、カルは置時計を指差して、少し照れ笑い。
「古い時計ですね。それも相当古い……」
 言われてみれば、相当に古い。無骨なまでに黒く大きい置時計だ。
 振り子が揺ら揺らと揺れ時を刻んでいる。しかし、時間はずれているのか朝の三時を差し、今は昼の中頃である。
「つうか、俺がコイツを見た時は動いては──」
「おお、お前さん方!」
「んお!」
 見ると、店の老店主が目を丸くしてその置時計に見入っている。──老店主の突然の登場に、思わず驚いてしまった……不覚。
「これは一体どうした事だ?」
 置時計を見つつカル達に訊ねる老店主。
「どうって?」
「だから、この時計に何をしたんだ?」
「いや、俺は何も……ちょっと触ったくらいで」
「それだけか?」
「ああ、それだけだとも」
「馬鹿な……有り得ん──」
 老店主は、持っていたルーペで置時計を念入りに調べる。しかし、望む答えは何処にも見当たらないらしく、カル達を見て話し始めた。
「どうした? 何か用があるのか?」
「いや、俺達は何も……なぁ、ステア?」
「いえ、少しお話を聞きたいと思いまして。──この置時計について教えてもらえませんか?」
 ステアの突然の発言に少し驚きながらも、彼女の気持ちを汲んでカルも老店主に頼んだ。
 少し間を置いてから老店主は語り始めた。
 その『間』は、きっとこれから長い話になるという前置きみたいなものなのか。
「……ふん。この時計は、俺から何代も前に仕入れた物らしい。確か五百年も前に造られた『逸品』らしいという話だった。定かではないがな。……当時の貴族が娘の死去と共に引き取ったらしい。これまた定かではないが……」
「その貴族の名を知っていますか?」
「いんや。名前までは……ああ、でもなこの時計は、その死んだ娘の誕生記念の特別製らしい。数百年、朽ちたりしないように、当時最高の技術士が手掛けた作品なんだと。まぁ、それが本当ならこんなしがない古時計屋にある訳ないんだがな……」
 老店主は苦笑いをしつつ、話を続ける。
「しかしだ、引き取った時には、既にこの時計は壊れて動かなかったらしい。まぁ、それでも素晴らしい時計だったから、この店の飾り的な意味で店に残して置いたのが始まりだな。その間、コイツが動きだす──なんて事は一度も無かった。一応、修理しようとも思ったんだがな……このままの状態である事が良い事のように思えてな……今に至るわけだ」
 置時計を撫でる皺だらけの手。優しく優しく置時計を撫でる。
 この老店主にとってもこの置時計は大切な物なのだろう。
「俺はガキの頃からコイツを見て育ってきた。父親や爺さんに習って時計屋になるのも自然だと思っていた。何時の間にか俺も老けて、息子は今は別の仕事に就いている。時計屋は俺の代でお仕舞いだろうな」
「へぇ。まさに訳あり思い入れありの時計なわけだ……確かに風格があるよなこの時計。な、ステア?」
「……ええ、そうですね」
 ステアは一点……置時計を見つめ、返事もおざなりだ。紅い双眸で一心に見ているステアに、カルは不思議に思いつつも、再び話始めた老店主の話に耳を傾けた。
「しかしだ。たまげたぞ。……まさか、この年になって動く様を、鐘の音を聞こうとは──お主等が何者か分からないが、礼を言うべきなんだろうな。ありがとう……」
 老店主は語り終え深々と礼をした。再び老店主の目は置時計に移っており、最早カル達の事など忘れてしまったかのようだ。
 老店主の、あまりの熱心な様子に話しかけるのも悪い気がした。

 少しの間、その様子を見ていたカル達。
「礼を言われてもなぁ。俺ら、本当に何もしてないから……うーん」
「ふふ。全く不思議な巡り合わせです」
 お互い目を合わせ呟くように言った。何だかステアが楽しそうに感じる。
「巡り合わせねぇ。ま、こんな日もあるさ」
「ええ。この巡り合わせが偶然じゃなく、必然だとしたら?」
「はぁ? 何言ってるんだ?」
「内緒です」
 口元に人差し指を当て、ステアらしくクールに言ってのけた。
「──行きましょうかカル」
「ん? ああ、そうだな。爺さん邪魔したな冷やかしちまったな」
 老店主は何も答えず、一心に先程のステアを思わせるように置時計を見ていた。一応、気付いたらしく時間差で「ああ」とだけ答えてくれたが、それっきり何も言わなかった。
 何と言うか物売りとか商人とは思えない態度だが、不思議と不快感は無い。
「あの時計は、色々な奴の人生を見てきたんだろうな。造られて五百年って事は無いと思うが、それでも百年とかは経てる……そんな風格はあったな」
「・・・・・」
「ステア。何か知っているんじゃないか?」
 カルがステアに訊ねた時だった、先程の時計屋の老店主が叫んでカル達を呼んだ。
「おーい。大変だ。時計が!」
「? どうしたんだよ爺さん」
 二人は、別段慌てるでもなく店へと戻ると、あの置時計は既に動いていなかった。
 先程までは、正確なタイミングで、全く違う時間を差していたにも関わらず、もう動く気配は微塵も無かった。
「止まってる……な」
「ええ。止まってますね」
 老店主は、その置時計を小突いたり揺らしたりしているが動く気配は全くない。
「はぁ……本当に不思議な事があるもんだ。生まれて七十年。これほど不思議な経験は無いわ。ずっと止まっていた時が動き出したかと思ったら、また止まりおった。しかも、あんた等が店を出て数分と経たないうちにだ。だから、あんた達を呼んだらまた動き出すかと思ったが……」
「どういう理屈だよ。……ちょっと触らせてくれ」
 カルは、先程と同じように置時計に触れて見るが何も起きない。
 ステアの白い手が置時計の側面を撫でる。そこには、真一文字に削られた箇所があった。先程は気付かなかった僅かな傷だ。
 それでも置時計は沈黙を続けている。
 最後にステアは呟くように何かを言っていた。それは礼であり労いの言葉だったのかも知れない。
 振り向いたステアの瞳には、迷いも何もない。静かに炎のようにその光を湛えていた。
 この後に一つ言える事──もうここに留まる理由は無い。
「さてと、仕事もあるし……行くか?」
「ええ、行きましょう」
「今度こそ、じゃあな爺さん」
「ああ、お前さん方も達者でな。引き止めてすまなんだ」
 老店主は深々と礼をした。
 カルとステアは店を後にした。

 古びた時計屋の大きな置時計。
 黒くて艶やかなアンティーク置時計。
 もう、時を刻む事無く、今後も緩やかに年を重ねていくのだろう。
 ただ、幾度の出会いと数える程の再会を果たす為だけに……。
 その後も、その大きな置時計が時を刻む事は無いだろう。
 しかし、他の時計達の時を刻む音が、静かに店を包んでいた。
 それは抽象的な擬音で静かに響き続けるに違いない。

──チッチッチッチ……。



(了)


<キャスト>
カル・ディアーズ=短編レインフォース主人公。補助魔導士。
ステア=カルの相棒。五百年生きている吸血鬼の女性。


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