トカトントン 2.1

トカトントン 2.1

2006/05/16
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カテゴリ: 読書
bibouroku■2002年の日韓大会の日本代表があのトルコ戦で解散したことはすごく象徴的だと思う。冷たい雨が降るピッチの中でなんとかしてくれるだろう、まだまだ時間はある、などと思いながら、ただいたずらに過ぎていく90分。声をからして応援しようにもその声がまるで選手たちに届いていきそうもない仙台スタジアム。コリーナ主審の長い笛が鳴らされた時、湧いてきた感情はよくやったでも惜しかったでもなく、なんかリハーサルのつもりが本番だった、みたいな変な虚脱感に包まれていたように思う。そして同じ日の夜、韓国があのイタリアに勝ってしまった試合を見て言いようのない悔しさがメラメラと湧いてきたんだった。

■フィリップ・トルシエとはいったい何だったんだろう。彼のワールドカップは予選突破の時点でもうすでに終了していた。もはやボーナスでしかない決勝トーナメントで彼のひねり出したアイデアは、「勝っているチームをいじってはいけない」という鉄則を無視した奇をてらった思いつきでしかなかった。公式戦においてグラウンドレベルでは監督の決定は絶対である。トルコ戦の後半、状況を打開するために彼の下そうとした決断は中田英寿を交代させることだった。

■そんなトルシエに4年間つきあってきた男がいた。彼の傍若無人な振る舞いも、首を傾げざるをえない練習メニューも、頑として譲らない戦術も、その不可解さをわかったうえで、選手と監督の間に立った4年間だった。そして最後の試合で彼は上司に楯突くわけだな、そう、山本昌邦は中田英寿の交代を身体を張って阻止した代表チームのコーチである。

■ならばどうしてトルシエをもっと早い段階で解雇しなかったのか。それは彼の人間性はともあれ、やろうとした戦術がこのチームにフィットしたからだと思う。もちろんラインディフェンスのディテールは彼の熱血指導の甲斐なく、選手たちによってずいぶんと軌道修正されてしまったが、基本的な考え方は選手たちにも共感できるものだったのではないか。

■もうひとつの大きな理由は他に引き受けてくれる人物がいなかった点だろう。協会は近い将来ベンゲル氏の就任を期待しており、彼の息のかかったトルシエを解雇することは氏の機嫌を損ねることにもなるということも怖れた結果かもしれない。あの頃まさかあのジーコがひきうけるなんて誰も想像しなかっただろうから。結局トルシエは運が良かった。節目節目では選手たちが結果を出してくれていたからね。

■さて、この「備忘録」は山本コーチが就任以来、日本代表を見つめてきた記録である。彼のトルシエ感、代表選手たちの性格、代表選出の舞台裏、監督との確執、そんな裏話がふんだんに語られる。この本と岩井俊二のDVDがあれば2002年のワールドカップの資料はほぼ後世に残せたも同じだ。

■この後、彼はアテネ五輪監督、ジュビロ磐田監督を歴任するわけだが、いまひとつ結果を出せないでいる。この仕事、いくら人間的に素晴らしくても結果を出せなくては何もならないということも事実。しかしだからといってトルシエ以下だと言われることは彼にとって最大の屈辱であると思うのだがどうなんだろう。それとも自分は作家向きで、印税でもなんとかやっていけるとほくそ笑んでいるんだろうか。

PS

■個人的にトルシエの通訳を務めたフローラン・ダバティが気になってしょうがなかった。映画の勉強で日本にやってきた彼の引きうけた仕事は気難しいフランス人監督の通訳。おそらく彼の使うフランス語とトルシエの使うフランス語は若干ニュアンスが違っていたんだと思う。だから彼の日本語は語気は粗野な感じなんだけど言葉自体は格調があって松田とか小笠原なんかは全然ピンときてないように見えた。そのポカーンとした感じが面白かったけど。そしてだんだんと試合中のリアクションまでトルシエになってしまったのは笑ったよね。解散後はNHKのしゃべり場のゲストに出ていたよな、たしか。





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Last updated  2006/05/16 10:21:25 PM
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■コメント

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ダバティとカバディは似ている  
エキセントリック・トルシエは何だったのでしょう。「備忘録」を読むと、彼の存在がメンバーの結束を固めたという描き方ですが・・・。文章うまいなあ。
職場を早退けして見た、「ただいたずらに過ぎていく90分」の試合は忘れられません(T_T)。その後の「テーガミンファ」大合唱も。ジーコ監督は私の知り合いに、とてもよく似ています。 (2006/05/16 11:01:07 PM)

ベンゲルとベンガルも似ている  
しーたろう1072さん

トルコ戦、そういえば私も職場早退しました。予選3試合の思い入れの濃さとあの試合の始まったんだか終わったんだか、わからない夢の中みたいな浮遊感は好対照でした。結局見る側も経験が足りなかったということでしょうね。

>ジーコ監督は私の知り合いに、とてもよく似ています。

その方はかなりの男前ではないかと推測されますが、どうでしょう。 (2006/05/17 09:28:07 PM)

Re:備忘録 / 山本昌邦(05/16)  
こんばんは。
この本、何か興味あります。
読んでみたいな。

通勤の時聴いているFMの「フラワー・カンパニー」という番組に、ダバディさんとパンツェッタ「ちょいワル」ジローラモさんが出演してます。
(2006/05/17 10:35:48 PM)

こんばんわ  
ピーヒャラ5656さん

>通勤の時聴いているFMの「フラワー・カンパニー」という番組に、ダバディさんとパンツェッタ「ちょいワル」ジローラモさんが出演してます。

あらら、その情報はうれしいです。今度聴いてみよっと。
今日ちょっとシャツの第2ボタンを外してみました。気分はちょい悪オヤジだったんですが、周りの視線は冷たかったです。
(2006/05/18 11:20:48 PM)

Re:備忘録 / 山本昌邦(05/16)  
サリィ斉藤  さん
デヘヘヘラーさんの「ちょいワルオヤジ計画」に興味シンシンです(笑)

このところの、サッカー関連のブログも毎日楽しく読ませていただいてます。
山本さん、アテネ五輪の予選で苦しい試合に勝ったとき、インタビューで思わず涙された様子にはもらい泣きしたものです。何とか指導者としてもう一花もふた花も咲かせてほしいです。

ダバディさんも「黄金時代」って本を出されましたよね。表紙の写真に怖気づいて買いそびれてしまいましたが…
リンク&トラックバックさせてくださいませ。 (2006/05/19 02:59:20 PM)

Re[1]:備忘録 / 山本昌邦(05/16)  
サリィ斉藤さん

TBおよび、ご紹介ありがとうございます。
とても読み応えがあり、なおかつ共感ポイントがたくさんありました。増島さんの「6月の軌跡」も良い本でしたね。

ぼちぼちポスト・ジーコが気になります。 (2006/05/19 11:44:15 PM)

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Dehe@ Re[1]:カルトQ 2005 北の国から(10/18) adventさんへ ご指摘の通りです。例によ…
advent@ Re:カルトQ 2005 北の国から(10/18) 五郎が読んだ大江健三郎> 開口健ではなく…
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