-Aria Heart's-

< 新しい記事

新着記事一覧(全255件)

過去の記事 >

Oct 31, 2009

雪と記憶と可能性

(2)

カテゴリ：カテゴリ未分類

きっと夜空なんて見たことない。
見えたことはたくさんあるけど、見たことは一度もない。
だから、僕は夜空を見上げた。

そこには太陽が沈んだばかりの中途半端な空が拡がっていた。
夕焼けも消えかかり、少し明るい夜……言葉で表すのは難しいような、そんな空。
街灯はまだ灯っていない。飛んでいる鳥の姿が視認できる明暗具合。

…………少し風に当たろう。

寒風に吹かれて冷え切ったドアに鍵をかけ、僕は街へと足を進める。
積もらない程度の穏やかな雪が顔に当たる。今まで暖かい部屋にいたから尚更寒い。

僕はどこに行くんだろうか？　街に向かってはいるが、街に行って何をするんだ？
思考し、止める。元々目的のある外出ではなかったことに気付く。

浮遊する雲が低い。濃紺色の空と僕の間、薄黒色の雲が見下ろす。
見られている。雲にだが……
少し、怖い。無駄な感情が僕を切迫する中、街の中心にたどり着く。
人が多いが、寒さは相変わらずだった。
買い物を終えて自宅への帰路を歩み出す家族や寄り添って互いを温め合う恋人達
様々な人がいた。特に珍しい光景ではない。ただ、僕が何を思考したかが僕自信にはわからなかった。

空は真っ暗になっていた。いつの間にか雲すら視認できなくなり、完全に夜だった。
僕は街の喧騒から逃れるべく音楽プレイヤーを取り出す。
自らここに赴いたというのに、僕はそれを拒絶していた。

耳元ではあどけない雰囲気の少女の歌声。僕はこの声が好きだった。
「僕だけの世界」に響き渡る綺麗な声で、いろいろな感情が舞い上がる。

近くにあったベンチに座り、空を見上げる。
雪が降っているせいで星は全く見えない。

帰ろう。ふと、そう思った。

すっかり身体が冷え切ってしまった。何か温かいものでも、と僕は近くの店でホットコーヒーを購入する。
糖分は多めだ。僕は甘いものが大好きだ。
そういえばあの子も甘いものが大好きだった…………今頃、何をしているのだろうか？

身体が内側から温まっていく。内外の温度差に違和感を覚える。
来た道を引き返し、自宅へ向かう。
何の為に、と言われたら答えに詰まるだろう。だが、それは当たり前だ。
この外出に意味などあっただろうか？　元々それを見いだしたものではない。
感情的に行動した結果である。僕は外に出たかった。ただ、それだけ。
なんだか文学的だ。文学的といえば、彼は今も小説を書いているだろうか？

時が進み、次第に寒さも増してきた。
コーヒーはとっくに飲み干し、すでに空だった。
ちょうど曲が終わった。無音になった途端、外界が僕に押し寄せる。
考え事をしていないと僕は世界に支配されてしまう。
ふと見ると、来る時には気にならなかった工場が目の前にあった。
業務は終わっているが、おそらく何人か残っているのだろう。明かりがついていた。
工場………一つ思い出すことがあった。コトノハを紡いだあの工場は、今もまだあるだろうか？

鍵を開け、家に入る。
家の中はとても静かだった。僕以外の存在は無く、音楽が無くてもここは僕だけの世界。
僕だけの当たり前が、そこに当たり前に存在している。
故に僕は当たり前にここにいることができる。僕以外には不可侵の領域。
彼女には彼女の、彼らには彼らの世界があるように、僕には僕の世界があるのだ。
各々違うかたちの世界を持ち、それらの神として世界を動かしていく。
ただ一人の世界にただ一人、自分だけが存在して、自分だけで世界を………
僕の世界には僕を含めて五人の住人がいる。
個性はバラバラだが、全て紛れもなく僕自身だ。僕自身であり、僕ではない。
他人と違って、一つの世界に五人もいる。窮屈であることは否定できない。
だが、とても居心地が良いのだ。全て自分であるから。

これが、僕の世界だ。

僕の世界だが、少し違う。

これは僕の…………未来における、ある一つの可能性に過ぎない。

お気に入りの記事を「いいね！」で応援しよう