魂の還る場所

魂の還る場所

no title

 蝉時雨(せみしぐれ)が鬱陶しくて顔をしかめた。絡(から)み付くような暑さも相変わらずで、早く冬になってしまえば良いのにとさえ思う。
 夕暮れ時を迎えたはずなのにいつまでも冷めない熱が、更に思考を溶かす。
 街並みも今にも溶けそうで、いっそこのまま全て溶けてしまえば良いのになんて思ってしまった自分が妙に恥ずかしくて、その思いをため息で風に溶かした。
 夏の休暇に人通りも疎(まば)らなビル街はひっそりと佇み、オレンジに染まる。
 白い外壁(かべ)も、灰色の窓も、何もかも。
 あまりに眩しすぎて、もう見上げる気にはなれなかった。
 そのままビルにも太陽にも背を向けて、駅に向かって歩き出す。
 夏休みの間だけ、資料整理のアルバイトを始めた。
 家に居ても、することなんてないからだ。
 それに貯めておけば、例え衝動でもすぐに実行できる気がする。
 …衝動。
 ・・・一体なんだろう?
 そんな事、出来はしないのに。
 そんな事が出来るなら、もっと違っていたはずなのに。
 …そこから先に進めば、また思い出してしまうから、何も考えないようにした。

 途中で本屋に立ち寄った所為で夕闇が下り始めた頃に駅に着くと、人でごった返していた。
 あまりの人の多さに、ざわめきはまるで遠い言葉のように…蝉の声のように耳に届いた。
 そのまま頭を素通りしていく。
 一体何の騒ぎかと思っていると、浴衣姿の女の子も居る事に気付いた。
 ・・・あぁ、そうか・・・
 今日は近くで花火大会があると聞いた気がする。
 おぼろな記憶を眺める視線の隅に、この花火大会を告知するポスターが見えた。
 この夏最後を飾る、大きな大きな花火大会のはずだ。
 他の地域の有名はもう終わってしまった後だから、まだまだ夏の余韻とは言えないこの時期の花火大会に人が集まってくるのは当然だろう。
 誰だって、楽しい時が終わるのを認めたくない。
 地元の花火大会があったのは、8月最初の土曜だった。
 ・・・あれ以来か・・・
 人だかりを縫い、改札を通ると、丁度入ってきたばかりの電車に乗り込んだ。まだ座席に余裕があるが、ドアに凭れて見るともなしに外に視線を向ける。
 宵の空には星が瞬き始め。
 発車待ちの車内に、蝉の声が響く。
 蝉の大音量は止むどころか、更に大きく響いている気がする。夏がまだ終わらないことを告げるように、鳴き止まない。
 彼らの時間は、動いているから。
 ・・・止まってるよなぁ・・・
 自分が立ち止まっている事に気付かない訳にはいかない。
 どうしたって考えてしまうのだ。

 あの日。
 花火の夜。
 微笑んだ君。

 ・・・遠く遠く・・・。

 微笑んでいた君。
 ・・・微笑んで・・・。

 何度も何度も流れる・・・まるで壊れたビデオのように・・・繰り返し繰り返し・・・同じ場面ばかり・・・

 ---パーーーンッ!!

 大きな音に、全てが止まった。
 最初の花火が打ちあがったのだ。
 まるでそれを待っていたかのようなタイミングでドアが閉まり、電車が滑り出す。
 車窓からも大輪の花が見えた。
 夜空を照らす、眩しいほどの光が、視界いっぱいに広がっている。
 赤・黄色・オレンジ・緑・青…色とりどりの光の花が、幾重にも重なり合って、夜空を埋める。

 あの、花火の夜。
 花火が終わった帰り道。

 不意に離れて、人込みの中に消えた君。

 微笑んだ君。

 いつも、微笑んでいた君。

 ・・・いつも?

 ---わぁぁぁぁ!!

 一際大きな花火が上がり。
 電車の中に歓声が上がる。

 ・・・いつも微笑んでいた君。
 そして・・・
 歪んだ記憶。
 弾けた記憶。
 あの時の君が・・・
 ・・・零した・・・

「もう言ってくれないんだね」

 音も無く、君が零した、言葉と・・・

 ・・・ヒトシズク。

 …花火が、遠ざかっていく。
 あの日、…花火の夜の記憶。

 電話もメールも繋がらないから、そこで終わりにしてしまったクセに。

 終わっているなら、もう終わりにしているはず。

 あの時のことなんて、思い出したりしないはず。

 言葉を受け止めきれずに逃げていたから、こんなに時間が掛かってしまった。

 今更だけど。
 言葉にしなくても解るけど、言葉にしなきゃいけないこと。

 照れくささと、出し惜しみで、一度しか口にしなかった、言葉。

 大切にし過ぎて言えなかった言葉。
 だけど。
 大切な相手だから言わなきゃいけない言葉。
 だから。

 直接伝えれば良い。

 一番最初に、君に伝えた時と同じに。


                                         20020818 13:55up



 この作品のキーワードは、はい、そのままです、「花火」です(笑)

 コレ・・・もっと女々しい展開だったんですよ。
 あまりに女々しくて収拾つかなくなったんで、結構削りました(爆)
 それはそれで、別の作品で使わせて頂きます・・・。
 似た文章が出てきたら・・・笑って読み流してやって下さいね(爆)

 この作品のBGMもスガシカオさんです。




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