魂の還る場所

魂の還る場所

明日もずっと

 茶柱が立っていた。

 それは穏やかな陽差しの日曜日、遅い朝ごはん兼早い昼ごはんが終わった、食後のお茶の時だった。
 (時々自分たちでも実年齢らしからぬ好みだな…と思うけど、日本人に生まれたからには食後には緑茶だ)
 某コーヒー専門店のマグカップいっぱいに入ったお茶(急須と湯飲みが無いので、ティーサーバーで煎れてマグカップで飲む)を手に取ったところで気が付いた。
 そうして、正月に観たCMを思い出した。
 老夫婦が麗らかな陽の差し込む居間でお茶を煎れている…
 奥さんが台所か何処かへ立つとほぼ同時に旦那さんがお茶を飲もうとするが、ふと奥さんと自分の湯飲みを入れ替える…
 そこへ奥さんが戻って来て座り、お茶を飲もうと湯飲みを取ると「あ、茶柱」と、嬉しそうに微笑む…
 それを見た旦那さんも嬉しそうに微笑む…
 というCMだった。
 それを観た菜由はえらく気に入って、
「うわーっ何か凄く良いもの観た!!」
と興奮した口調で言った。共通語にちょっと関西弁の混じった妙なイントネーションで。
(関西出身の崇之と過ごす時間が長くなるに連れて、菜由の言語中枢への影響が大きくなっているらしい)
 それを思い出したのは、今のシチュエーションが似ていたからだ。
 お茶を煎れた菜由は洗い物をしに行った。洗い終わったら飲み頃かも?という計算らしい。
 水音が聞こえてくる中で、崇之はちょっと考えた。

 A  同じようにマグカップを入れ替える。
 B  そのまま自分が飲む。

 どっちにしようかなー?と思いながら、
「菜由ー、ちょっと来てみー」
と思わず呼んでしまっていた。
 悩んでる意味ないがな、と自分にツッコミを入れている間に水音が止んで、何ー?と菜由が戻ってきた。
「ほらほら、見て見て!」
 喜々とした様子でマグカップを差し出してみせる。
「茶柱!!」
 そう言うと、「え!?ウソ!?」と菜由が覗き込んだ。
「うわ!ホントだ!茶柱!!」
 長い人生でナマモノは初めて見たよ、と大はしゃぎだ。
(そんな「長い人生」なんて言えるほど長い人生じゃないけど)
「俺も初めて見た」
 言いながらテーブルに戻す。
 お茶がいっぱいが入ったマグカップというのは結構重い。
「うあー、良いもの見たよ」
 菜由の言葉に、それどっかで聞いたよなー、と崇之は思った。
「どうする?交換する?」
 自分の分と交換するかどうか。
 敢えて訊いてみた。
「あはは、こないだ観たヤツみたいだね」
 菜由はすぐに察して笑った。
「そうそう。
 悩んでんけどな、敢えて訊いてみた」
 さりげなく取り替えておこうかとも思ったけれど、どういう選択をするのか反応を見てみたくて本人に選ばせることにしたのだ。
「…うーん…悩む」
 困ったように曖昧な笑みを浮かべている。本当に悩んでいるらしい。
「こういうの決めるのニガテなんだよね。
 タキくんが決めて」
 菜由は崇之のことを「タキくん」と呼ぶ。「たかゆき」の「た」と「き」を取ったものだ。
 時々「タッキー」と呼んだり(俺は滝沢秀明かとこっそりツッコミを入れたり)、「ターキー」と言ったり(俺は七面鳥かい!と思い切りツッコミを入れたり)することもあるけど、いつもタキくんと呼ぶ。
 そういう風に呼んだ人っていないでしょ?と菜由は笑う。
 確かに居ないので、そういうのも良いかな、と面白かったので承諾したのだ。
「ふむ…じゃ、こっちが菜由」
 崇之は茶柱のない方を自分に引き寄せた。
 菜由の所には、茶柱の立っているマグカップ。
「良いの?」
「えぇよ」
 言いながら崇之は既に一口飲んでいる。
 菜由も椅子に座って、マグカップを両手で包むように持つと、中を覗き込んだ。
「うわーい、どんな良いことあるんだろ」
 本当に嬉しそうに笑っている。
「ね、タキくん、タキくんにも良いことあるからね」
「え?なんで???」
 茶を啜っていた崇之は、ちょっと熱かったお茶に舌がぴりぴりしていた。
「だって一緒に居るから、タキくんにも良いことあるに決まってるじゃん」
 思い切り笑顔で、菜由は自信満々で言い切った。
「なるほどな」
 いつも一緒だから、良いことがある時も当然いっしょ。
「よっしゃ、じゃあ午後から出掛けよかー」
 のびのびーっと腕を上に伸ばしながら崇之が言うと、
「洗濯物、干してからね」
と、菜由は笑いながら言った。
「タキくんが干してね」
「えー、しゃーないなー」
 こうして少しずつ時間を積み上げていく。
 陽だまりのように。
「わーい♪早速良いことあったー!!」
 菜由が笑うのを見て、崇之は「茶柱ってホンマに良いことあるんやな…」と思ったりした。
 菜由の笑顔で、自分も幸せになれるから。


      2004/01/05の日記に書きました、某CMの話。
      あまりに気に入りすぎて、小説のネタにまで使ってしまいました(笑)
      2004年最初の作品は、崇之くんと菜由ちゃんのおはなし。
      去年のクリスマスにやりました、「連続10日間執筆企画」で生まれた二人です。
      気に入ったので登場して頂きました。
      『明日』シリーズか?(笑)
      『シアワセの~~~』の「彼」と「彼女」を追い抜く勢いで好きかも?
      関西弁、書きやすいようで書きにくいんですけどね、実は(^^;
      普段使っているはずなのに、いざ文字にしたりセリフにしようとすると難しいんです。
      私が使っている関西弁(大阪弁)は北寄りなので、テレビで出てくるものより柔らかいかも?
      河内弁とはまた違うのです。
      …って、関西弁について語ってどうする(笑)

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