魂の還る場所

魂の還る場所

ayumu06さんへ。2

  待ち合わせの時間も場所も、もう確認し合うことなんてない。夏休み恒例の市で催される花火大会に6人で行くようになったのは、小学生の時からの変わらない約束だった。
 それは、中学3年の今年も同じだ。誰も「今年はどうする?」なんて言わない。別に受験勉強の息抜きとかそんな理由ではなく、夏休みの約束は当たり前に続いた。
「・・・はーあ・・・」
 思わず大きなため息が零れてしまった。
 カレンダーと、時計と、鏡の中の自分とに交互に視線が向いて、そのため息は最後に零れた。
 待ち合わせまであとそんなに時間がある訳じゃないのに、姿見に映った自分は困ったような顔をしている。
 身体を左に向けたり右に向けたり、くるりと1周してみたり・・・もう何度そんなことをしたのか解らない。いい加減にしないと崩れてしまうかも…と言うくらい。母が着せてくれたのだから、そう簡単には崩れないだろうけど。
「・・・はーっ・・・」
 もう一度ため息をつき、あゆみは出かける気に無理矢理なった。
「いってきまーす」
 今年も変わらない約束のために。

 河原には人だかりが出来始めている。
 結局あゆみは少し早めについてしまったようだった。みんなの姿がまだ無かった。
 夜店からはソースのにおいや甘い香りが流れてきて、財布事情もダイエットも忘れそうになってしまう。
 それ以外のことも忘れてしまいそうに…。
「そんなに焼きいか食いたいの?」
 後ろから不意に声を掛けられて、心臓が飛び出しそうになる。
「違う違う違うッ!」
 力いっぱい否定したら、焼きいか屋さんのお兄さんが、あゆみ達をちらりと見た。目と鼻の先で否定なんてするんじゃなかった…と反省する。
「じゃあ、あのジャンボ焼きとりか?」
 更に向こうでもくもくと煙を上げているジャンボ焼き鳥の店を見る。遠くを見るように、右手で庇を作って。
「違うってば!!」
 いつもの調子でポカっと殴ってやりたいところだがそうもいかない。だから代わりに、巾着を武器に制裁を加えた。
「痛ッ!着物でもやるかー!?」
「康太がバカな事ばっか言うからでしょー!?それに、着物じゃなくて浴衣ですーっ!」
 我ながら子供だなぁと思いつつ、ついうっかりいつもの調子で返してしまった。いい加減このノリも止めなきゃなぁと思うのに。
 あゆみ達6人は、男女3人ずつのグループだ。小学3年生のある時の席替えで近くの席になり、気があって以来のグループだった。何がきっかけだったのか覚えていないけど、気が付いたらこうしている。クラス替えでバラバラになったり、中学になっても仲が良いのは変わらずで来たのは、女のコ3人が親友で、男3人も親友で、というままだからだろう。
 親友だから。
「まだ時間あるし、なんか飲む?」
 時計を腕時計を見ながら康太が訊いてくる。
「え?康太のおごり?マジで?じゃ飲む!」
 いつもの調子で言うと、「しゃーねーなぁ」と康太はラムネを買ってくれた。
「え?本当に?良いよ、悪いよ!」
 いつもの調子の冗談だったから、あゆみは慌ててラムネ代を払おうとしたけど、康太は頑として受け取ろうとしない。
「じゃあ、ごちそうになります」
 軽く頭を下げると
「おぅ、後で焼きいかとジャンボ焼き鳥で返してくれ」
と康太が笑った。
「何!?さっき言ったのは自分が食べたかったヤツ?ほいでもってラムネ代に利子?」
 あゆみがラムネに口をつけようとするタイミングを計っていたらしい。
 給食の時間に牛乳を飲むタイミングを計っていたのと同じような感覚だ。
「うっそうそ。焼きいかもジャンボ焼きとりも要らんって」
 あれは浴衣で食べたら大変だろうなぁって思ったものを言っただけらしい。
 また巾着で攻撃したい衝動を抑えたのは、ラムネが零れたりしたら勿体無いからだ。
「とにかくまぁ、それはおごっちゃる」
 康太がラムネを一口飲んでから付け足した。
「ま、餞別って事で」
「…」
 思わず視線が落ちてしまった。
 あゆみは一人、違う高校を本命にしている。
 5人は地元の公立高校を目指しているが、あゆみは電車で1時間ほどの私立を目指していた。
 あゆみの夢に近い場所だからだ。
 福祉系に力を入れている高校で、将来そちらに進みたいあゆみとしては、その高校に進むほうが良い。
 …良いのだが…。
 少しの沈黙が周りの賑やかさから二人を切り離そうとした時
「いった・・・ッ」
 不意打ちに、あゆみの額に衝撃が走った。
 顔を上げると、康太がわざとらしくラムネを飲んでいる姿が目に映る。
「あんた今でこピンしたでしょ」
「いつ如何なる時も油断してはならぬと言うておるだろう、修行が足りぬわ」
 ふぉっふぉっふぉ、と笑い声までつける康太に、あゆみの巾着が再び武器になった。
「いってぇ!」
「いつ如何なる時も油断してはならぬと仰ったではないですか」
 ふぉっふぉっふぉ、とあゆみも返す。
 どうしても康太相手には真面目な顔は続かない。
「おー、その調子その調子」 
 康太の手が、あゆみの頭を撫でた。
「あーもー、崩れちゃうよー」
 折角編みこんでもらった髪だったが、そんなの本当は別に構わなかった。
 落ち込んでるヒマなんて、康太はくれないのだ。
 だからこそ、好きになったんだと思う。
 …だからこそ、違う高校に行くと思うと、気が重くなる。
 違う高校になって、みんなと会えなくなったりして。
 そして、花火も…
「…今年で最後かぁ…」
 思わず呟いた言葉は声に出すつもりなんてなかったのに、気が付くと外に転がり落ちていた。
「…」
 隣で、康太の視線を感じる。
 なかなか何も言われないから、何だか息苦しくなってきた。
 間が持たなくて飲んだラムネが、すーっと喉を通っていく。
「どうかな?」
 あゆみの手からラムネのビンを取り上げて、康太が言った。
「え?」
「もう6年続いてるしな。最後じゃないだろ」
 それは、疑問系ではなく、断定系の言葉だった。
 康太は3分の1ほど残っていたラムネを飲み干すと、ビンを返して戻ってきた。
「待ち合わせ、いつもココだろ」
 地面を、指差す。
 その地面と康太の顔を交互に見て、あゆみは笑った。
「そうだよね、ずっとココだよね」
「そうそう」
 丁度その時、二人を呼びに来た声が聞こえた。
 今年は人出が多いから、場所取りをしてくれていたらしい。
「行こうぜ」
「うん」
 歩き出そうとした康太が、振り返って、言った。
「下駄、歩きにくかったら、つかまって良いぞ?」
 さっきまでとは変わって、「?」の付いた言葉だったけど。
「…」
 いつもの調子で返そうか、素直に「ありがと」って返そうか悩んだけれど。
「じゃあ、転ばぬ先の杖で」
 ちょっとだけ、勇気を出してみることにした。

 花火が打ち上がるまでには。

                                         20020818 20:30up


 ayumu06さん10000番踏んでくださってありがとう記念。
 この作品のキーワードは、はい、そのままです、「花火」です(笑)

 なかなか書かずにいたのですが、実はコレ、楽天で知り合った弓月さんの初短編が切っ掛けで出来た話なのです。
 ご覧になった花火大会に触発されたということで、私もそれに触発されて浮かんだ話です。
 ↑影響を受けやすいにゃあた。(爆)

 中学生が主人公なんて、何年ぶりに書いたことか・・・。
 最近の高校事情がわかりませんので、適当と言われれば反論しようがございません。
 …あーうー…。



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