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魂の還る場所
mimikakaさんへ。
---ばちーんっ
---べたーんっ
---ぼすっ
…文字にすると、無理矢理にでも穏やかと言うのは不可能な、そんな音が響いていた。
この音の発生源はキッチンである。
一般家庭のキッチンから聞こえてくる音とは思えないかもしれないけれど、紛れもなくキッチンから響いて、外まで聞こえている。
うららかな春の日の朝、キッチンから響いてくる音。
---びたーんっ
---べちーんっ
---ばしっ
初めて聞いた人は何事かと思うかも知れないけれど、
…間違い無く思うだろう音だけれど、もうご近所さんは慣れっこだ。
---びたんっ
---びたんっ
---びたんっ
---べたんっ
この音は、この家の娘さんであるところの、幸のパン作りの過程に響き渡る音なのだ。
---べちーーーんっっっ
…いつもより大きな音だけど…。
確かに今日は気合いの入り方が違っていた。
気合いと言うより気迫が違う。
ことの起こりは、昨夜の電話だった。
キレて切った電話は、いつもなら寝て起きたら忘れてしまうはずの幸に尾をひかせた。
理由は解らない。
でも今回ばかりは何故か寝ても冷めない。
どうやら流石のバクも幸に恐れをなして来てくれなかったらしかった。
夢と一緒にモヤモヤも食べて欲しかったのに。
思う存分パン生地を捏ね(ただ叩きつけていた訳ではなく)、オープンに入れて発酵させる。
「…はぁ…」
座ってテーブルに頬杖をついたとき、思わず溜め息もついた。
パン作りが一段落ついたせいなのか、別の理由のせいなのか、幸にもわからないけれど。
今の溜め息はどっちだろう?と考えてみて、
「…はぁぁぁぁ…」
出たのは、答えではなくさっきより長い溜め息だった。
…昨夜の電話も、いつもと変わらない他愛のないものだった。
それが何処をどう間違えたのか、キレて切ってしまったのだ。
電話の線を引っこ抜き(別に携帯なんて必要ないから持っていない)、さっさと寝てしまった。
きっと誉弥(たかや)のことだから「なんだよ幸のヤツ。まー良いや。寝よ」と爆睡したに違いない。
寝たら何が起こっても眠り続ける男なのだ。
「・・・・・・。」
そう思ったらふつふつと怒りが込み上げてきた。
パンの一時発酵が終わるにはまだまだ時間が掛かるから、音楽でも聴こうとMDの電源を入れた。
幸のMDデッキは、いつも同じアルバムを演奏し続ける。
入れっぱなしなのだ。
大好きなアーティストが次のアルバムを出すまで、延々同じ曲が流れ続ける。
立ち上がったついでにコーヒーを淹れた。
本当は緑茶や紅茶の方が好きなのだけど、面倒くさいのでインスタントコーヒーにする。
「…ふぅ…」
大好きな音楽を聴きながらコーヒーを一口飲んだら少し落ち着いた気がする。
オーブンのタイマーを見ると、発酵が終わるまでにはまだまだ時間があった。
幸がパンを作り始めたのは、焼き立てのパンがあまりに美味しくて感動したことがキッカケだった。
それは「好きな時に焼き立てのパンが食べたい!」と思わせ、「自分で作れば良いんだ!」と気付かせ、実行に移させた。
好きという気持ちで作っているので気合いが違う。
家族も幸が作ったパンが一番おいしいと言い、ご近所さんにもファンが居る。
そして、誉弥もおいしいと言ってくれた。
…思い出して、ちょっとムッときた。
怒っているハズなのに無意識のうちに
『幸のが一番旨くて好き』
と誉弥が言ったバターロールを作っている自分に。
思わずテーブルに突っ伏した。
何となく口惜しい。
何となく口惜しいのだけど…焼き立てのバターロールを幸せそうに食べる誉弥を思い出して、思わず笑ってしまった。
幸が作ったバターロールを、本当においしくて仕方ないって顔で幸せそうに食べるから。
いつも誉弥は。
…でも…
今日のバターロールは、もしかしたら美味しくないかもしれない。
いつもみたいに楽しい気持ちで作った訳じゃないから。
幸の中に溜まっていた色々な気持ちをぶつけて捏ねたから、あまり美味しくないかもしれない…。
---チーン!
その時、オーブンが高らかに幸を呼んだ。
一時発酵が終わったのだ。
オーブンから出すと、パン生地はふっくらふっくら膨らんでいた。
その膨らんだパン生地を指で突く。
ぷすーっぷすーっとガスが抜けていく。
…ぷすーっぷすーっ…
幸はこの作業が好きだ。
この、ぷすーっぷすーっとガスが抜けていく感じが妙におかしくて、何回もパン作りをしているのに
毎回笑ってしまうのだ。
ぷすーっぷすーっとガス抜きをする。
ぷすーっぷすーっ…ぷすーっぷすーっ…
気合いを入れているはずなのだけど、段々おかしくなってきた。
ガスを抜いている間に、顔から気合いが抜けて、肩の力が抜けて、何だか他のものもガスと一緒にどこかへ行ってしまう感じがした。
それこそ、自分の中のモヤモヤも。
「よし、ガス抜き終了」
幸以外誰も居ないキッチンなのだけど、両親が働いていて1人の時間が多い幸は、自然とひとりごとが多くなってしまった。
ガス抜きが終わってぺしゃんこになったパン生地を等分して、バタロールの形にくるくると巻いていく。
全部で12コ。
これからまた二次発酵が待っている。
オーブンに入れて、二次発酵させるのにまた時間が必要で。
---チーン!!
…必要なはずなのだけど、幸には一瞬くらいで出来てしまった気がするのは…
「・・・あれ・・・?」
…テーブルでうたた寝してしまっていたからだ…。
得したような損したような気持ちになりながら、オーブンから出したパン生地に水溶きした卵黄を塗っていく。
1つ1つキレイにツヤツヤにしてあげて、もう一度オーブンに入れた。
さー、もう少し、焼けたら完成だ、、、
---ぴぃーんぽぉーん…
この、妙におっとりしたチャイムの鳴らせ方をするのは。
---ぴぃーんぽぉーん…
…しぶしぶドアを開けると、そこに立っていたのは、紛れもなく誉弥だった。
「はよー」
「・・・はよ…」
いつもと変わらない誉弥に、三秒ほど掛かって挨拶を返した。
何を言えば良いのやら…
考えるそばから口から飛び出したのは。
「何で突然来るのよ。電話くらいしてよね」
…ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
可愛くないって言うか一言多いって言うか、あー両方か、ぐはっ
と自分の言動にツッコミを入れつつ、まともに誉弥の顔が見られない自分にも気付く。
「だって電話しても出ないし。
幸、電話の線、抜いたままっしょ」
「…え…?」
…そういえば…
電話の線を戻した記憶が無い…。
心の中でこっそり冷や汗を浮かべながら、同時に何でもお見通しな誉弥の言葉にムカっとしたり。
「…っ」
ここで何か言わないと負けっ放しという気がして、口惜しくて、でも何も出てこなくて。
「昨夜はごめんな」
頭の中がぐるぐるしているところに突然言われて、何のことかさっぱり解らなかった。
「はい?」
「『昨夜はごめんな』」
反射的に聞き返した幸に、誉弥はさっきの言葉を棒読みで繰り返した。
「はい…?」
「ちょいと幸さん、しっかりしてよ」
幸の様子に、誉弥は苦笑と微笑の間の笑い方をした。
そして、不意に気付いた。
幸の髪に白い粉が付いている。
「パン屋さん開店準備?」
手を伸ばして、軽く叩(はた)いて粉を落としてやる。
「…ありがと…」
「あれ?珍しく素直」
誉弥が驚いたフリをして、言った。
「うるさいなーっ」
「あー、その方が幸さんらしいかも」
笑う誉弥を見て、思う。
「どうしたらそんな風になれるのかしらね」
…思ったはずが、つい言葉になってしまった。
「え?」
こんなところで思ったことを素直に出してどうする私ー!?
と思うものの、言葉になって、誉弥にばっちり聞こえてしまっているのだから仕方ない。
「どうしたら誉弥みたいに言えるのかって不思議に思っただけよ」
「それは誉め言葉なの?幸さん」
誉弥は苦笑しているけれど、一応誉め言葉…だ…。
幸はポンッと言葉を出すことが出来ない。
どうしても考えすぎてしまうのだ。
慣れない人に対しても言えないけれど、親しければ親しいほど逆に照れくさかったり甘えもあったりして素直に言えなくなる。
「うーん…幸は素直じゃないからなぁ…」
あっさり誉弥が言ったので、ぐっさり幸は傷つきそうになったのだけど。
「ま、いんじゃない?その分俺が素直だから」
それも至極あっさり言ったので、あっさり過ぎて聞き逃しそうになってしまった。
「…はい?」
「素直じゃない幸さんと、素直な誉弥くんだから、バランス取れてるっしょ?」
…何か照れるようなことを言われている気がするのだけども。
「…そうなの?」
嬉しいのも素直に認めようとしないで返してみる。
ちょっと笑ってるのは隠せなかったけれど。
「そー」
言われて、仕方なく納得したフリをする。
…ホントは、仕方なくじゃないんだけど。
「折角来たし食べてけば。
パン焼いてるのバレちゃったし」
一言多いのは相変わらずのままだけど…。
「やったー。
旨いんだよね、幸のパン」
そりゃそうでしょ。
気合いの入れ方が違うもん。
『好き』って気持ちの入れ方も。
知らないうちに、一番のバターロール作っちゃうくらいなんだから。
…すみません…実はコレ、1年前にmimikakaさんがキリ番を踏んで下さった時のプレゼントです…
今頃になって申し訳ございませんでしたーーー!!(核爆)
お題は「パン」でございました。
…書き出しはすぐに浮かんでたんだけど…ネタとしても浮かんでたんだけど…文章書きの神様が来て下さるまでに時間が…そして滞在時間も短…(核爆)
きっと誉弥くん、バターロール1人で全部食べちゃって幸ちゃんを怒らせるんだろうなぁ…「バカ誉弥ーーー!!」って…(笑)
私の中では誉弥くんは「やせの大食い」です(笑)
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