魂の還る場所

魂の還る場所

第七夜   未来観測

 パノラマに広がる星を数えて、星座達を追いかけた。ジェットコースター…メリー・ゴー・ラウンド…観覧車…。ゆっくりと明りを落としていく遊園地がすぐ近くに見える。
 稜線をなぞる木製の柵に凭れかかった水月(みづき)の隣りで、瑞樹(みずき)は天体望遠鏡との格闘を続けていた。街で一番高い場所(ところ)、この海星の丘公園は、毎月一回(時には二回)の新月の頃だけ、私設天文台になる。自転車に二人乗りして、天体望遠鏡を大事に抱えて、前に乗る方が息切れしながら。眼下の明るさが少しずつ落ちて消えてしまうのを待って、目の前いっぱいに広がる瞬きの海に飛び込んでゆく。
「みーずきぃー。まーだかーい?」
 分けるつもりで焼いてきた星型のクッキーを食べていた荷物持ち担当が顔を向けた。
「…みづきって優しくない…」
 自転車運転担当にして天体望遠鏡の持ち主は、標準を合わせつつ、疲れた声で呟いた。
 月に一回のこの天文台を開設するようになって一年が経ったが、割り振られた担当が変わる気配はない。
 体力増進には繋がるが、あまり嬉しくないのが本音である。
「どうしてー?」
 クッキーを差し出すと、瑞樹はそのまま、ぱくっと食べた。「おいしい」と小さく言ったけれど、望遠鏡との戦いは続けている。
「私が代わっても良いのー?」
 水月の言葉に思い切り、くらくらするほど頭を振って答えた。新しいこの望遠鏡は、一所懸命お金をためて、やっと買ったものなのだ。今一番の宝物である。…たとえ気難しいい性格をしていても。
 「でしょー?」の言葉が出ると同時に、クッキーの流れ星が放り込まれた。
「…やっぱり優しくない…」
 こんな二人の目的は、『新星発見!』という天文ファンが憧れてやまない野望達成のため。…なんて大それたものではない。
 ただ「金星ってあれだよ」「土星ってホントに輪があるんだね」「綺麗だね、綺麗だね」というだけである。 お隣り同志になって、『みぃちゃん』『みいくん』と呼ばれるようになって、同じスモックを着て幼稚園に通った頃から、二人は意気投合していた。
 特に、「星が好き」という点において。
 だからといって専門的知識をつけるということではなく、「あれが○○座だよ」とか「すごくピカピカしてるよね」と互いの家の、同じ布団やベッドの中で空を見上げたり、本を広げた程度だった。今はもうお泊まり会を開いたりすることはないけれど、数年経っても、二人はこうして星を見ている。
 今日は、流星群がとても綺麗に見えますよ、とテレビで言っていた。だからこうしていつも寄り張り切ってきたのだけれど、本当は天体望遠鏡は必要なかったかもしれない。
「別に大きく見えなくても良いんじゃない?」
 そう口にしたのは、もちろん水月の方だった。
「…」
 動きの止まった瑞樹との間に沈黙が発生し、ぱりぽり…というクッキーが姿を消す音だけが響いてゆく。
 流星群はその名の通り、流れ星が群れを成して夜空を横切って行くということである。肉眼で見えないのであれば、ニュースキャスターもにっこり笑顔で、わざわざ教えてくれたりしないだろう。何か大変なものを準備することもなく、ネオン街に居たりしなければ何処でも見える。思い出に一つどうですか?くらいのものである。
「…」
 瑞樹は打ちひしがれた気持ちになりながら、がっくりと肩を落とした。
「…良いじゃんか…流星(ほし)のアップが見たいって思ったって…」
 間の悪いことに、苦労の末に求めた標準に設定された瞬間の台詞だったのだ。
「あー、ごめん。ふと思っただけのことだったのよぅ」
 クッキーを差し出すと、水月のことを恨めしそうに見ながらも素直に食べた。手を伸ばして箱ごと奪い取っては、まるでヤケ食いである。
 それでも、先に気付いたのは瑞樹の方だった。
「あ、水月。星が降りてきたよ」
 ようやく静けさを取り戻した遊園地に呼ばれ、少しずつ星が姿を現し始める。
 時には間を擦り抜けるように、時には一緒に行こうと誘うように、見送る星たちを置いて流れて行く。
「わー、キレイキレイ」
 小さく拍手を贈りながら、流星達を見送った。
 その時ふと、考えたことがある。
(来月(つぎ)も晴れたら良いな)
 瑞樹は身を屈めて、天体望遠鏡を覗き込んで。
(ずっと星を見れたら良いな)
 水月は返してもらったクッキーを食べつつ。
(…十年後も、やっぱりこうしているのかなぁ…)
 クッキーをもう一つ貰って。
(…間に誰か違う人が増えたりしても…)
 交替して天体望遠鏡で空を見ながら。
 二人は十年後も、こうして星を数え、星座を数える。
 真ん中に二人の大事な一人を挟んで。 


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