ここはなつかしい場所だ。細い歩道の両側には乾いた田が広がり、家々がある。広がった田には時々牛が居り、はるか向こうには木が茂っている。 空はのんびりとした茜色。虫の声が聞こえる。行き交うのはサリーの女達、手をつないだ男達、スクーターのおじさん。 Tシャツに青いチェックのルンギーを着けたブロンドで大男のトーマスはさぞめずらしかったろう。
かなり歩いた後、潮の音がしてきたので、道行く女性に方向をたずねてみる。3人づれの一人が英語をしゃべった。「あなたたちの行きたいビーチは ここをずっとまっすぐよ。遠いわよ。マーケットの向こう側なの。」かたわらにいた老女はその女の子の祖母らしい。白に縁取りのあるサリーを着た小さな その人は、現地の言葉で私達に話しかけてくる。「何をしているんだい。どこからきたの。」そんなことらしい。私は日本、トーマスはヨーロッパと答える と、「すばらしい。すばらしい。家に寄っていきなさい。ご飯でも食べなさい。」と招いてくれた。しかし一泊しかないので、丁寧に断り、歩き続けた。 今思えば、彼女の言うとおりにするのもよかったなぁと少し後悔するが。
辺りは暮れてきて、ぽつりぽつりと家に灯りがつきはじめる。木づくりの家からもれる白熱灯の黄色い、あたたかい光。 ずいぶん歩き、茂みの脇を歩いていたとき、小さな小屋があった。普通の家屋のようでもあるが、外には木の長いすがあり、駄菓子屋にあるような、大きな ふたのついたプラスチックのびんが2つ並べてあった。「ナマステー。ナマステー。」と呼ぶと、中から中年の小柄な男が出てきた。「チャイハエー?」と聞くと うれしそうに、「チャイ、ハイ。チャイ、ハイ。」とうなずいた。
私達は長いすでチャイを待った。奥さんがヤカンを持って現れ、チャイを入れてくれる。 「インドってちょうどいいところに必ずチャイストップがあるよねー」などと、私達は散歩道の休憩を楽しむ。風もすこしでてきて気持ちがいい。甘いものが好きな 私達は、プラスチックのびんに入ったお菓子を味見することにした。片方にはビスケットが入っており、もう片方には直方体やひし形の白いものが入っている。 奥さんにひとつ出してもらう。この白いお菓子は、きびを使ったもので、糸が束におしかためられたような、ごそごそとしたテクスチャーだが、口の中で溶ける。 どこかで食べた味。綿菓子を固めたような・・。 そのうち犬がやってきて私達にしっぽをふる。トーマスはビスケットをなげてやる。店のおじさんは「これ!」と石を投げるふりをする。 少し座ったあと、ついでに白に赤いおびの箱のWillsを買って、さらに砂糖菓子をもう2つ買い、歩き出す。途中、材木を切り出す工場があった。
かなりとっぷり暮れ、もう夕日の時刻がとうにすぎたころ、マーケットにたどりついた。大きな鍋・釜を売る店、自転車の部品を売る店、レストラン、お茶屋さん。 ドルフィンゲストハウスなんてサインもある。テントにいすの集会所みたいのもある。政党の集会でもあったのかなと思う。
ある男に「ビーチは?」とたずねると「ちょっと遠いぞ」と言うので、私たちは何か食べて戻ることにした。ダヒ(ヨーグルト)のあるところをさがして入った。 ウィンドウには様々な菓子が陳列されている。店の外では男達がカランボールに興じている。私達はそこでいろいろなお菓子を試さずにはおれなかった。ミルクのシロップ につかった甘いスポンジ。みつのついたかりんとう。ココナツクッキー。
その晩、仲間たちと雑談した後、トーマスと話した。潜在意識がつながっているという話。初めてその話をしたのはニール島で泳いだ時だった。彼は、LSDでトリップ した時、夢の中で親友に会った。夢というよりも実感があったという。あとで聞くとその親友も彼に会ったと言ったそうだ。話の大きいトーマスのことだから 実際のところはしらないけれど・・。
彼は今まで、大麻や睡眠で自分の中にこもることが多かったという。「毎日寝て過ごす生活ってどんな感じ?」と聞くと、大きな目の上の金髪の眉毛をゆがめて 「Very, very lonely」と言った。

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